2.学園入学と同担拒否
王立学園は、首都の中心にそびえる巨大な白亜の建物だった。
城のような正門を抜ければ、整然と並ぶ石畳の道、左右には整えられた花壇と噴水。
これから数年間、俺はここで生活することになる。
――いや、正直に言えば不安しかない。
主人公は来年2年になる攻略対象たちと出会い、物語を紡いでいく大事な場所だ。まだ、1年先のことだけど何せここはゲームの舞台。何が起こるかわからない。
「俺はモブ、モブ、ただのモブ……」
自分にそう言い聞かせながら、入学式会場へと向かった。
◇◇◇
入学式は滞りなく終わり、クラス分けが発表された。
俺はA組。周囲には同い年の貴族子息たちがざわざわと集まり、初対面の挨拶を交わしている。
「アルベリク伯爵家の三男だって?」
「ほら、あの家って兄二人が美形で有名な」
「え、じゃあ三男坊も……」
「……あれが……?」
でも髪の色は、眼の色も、何処となく似てはいる……ヒソヒソと漏れる声と期待からの憐憫の視線を浴びて、俺は苦笑した。残念ながら俺だけは平凡な顔なんだよな。
なんとなく遠巻きにされていることを感じたが、まあ今日は初日だ。焦らずクラスに馴染めたら良い、と思った俺は窓際の空いている席に座った。
そのとき――。
「隣の席、良いかな?」
ふいに声をかけられ、心臓が跳ね上がる。
金の髪。穏やかな笑顔。
――推しだ。
ユリウス・フォン・リューベルト。
「僕はユリウス。これからよろしく」
すらりと差し出された手に、俺は思わず固まった。
推しに、話しかけられた!?
いやいやいや、モブは背景に徹するんじゃなかったのか!?
慌てて手を取り、ぎこちなく握手を返す。
「あっ! お……わ、私はレオン・アルベリクと申します……よ、よろしく……お願いします」
声が裏返った。死にたい。
ユリウスは楽しそうに笑い、「知ってる」と席についた。いや! たしかに席は自由だが?!俺はもしや全ての運を使い果たしたのか?!推しが……っ! 推しが隣? いや、だって彼は侯爵子息だぞ?! 俺みたいな伯爵家の人間の隣?!
……そっと横をチラ見したら、また微笑まれてしまった。
――やばい、尊死する。
けれど、夢のような時間はすぐに終わった。
「おい」
低い声に驚き振り向けば、ユリウスの側で鋭い目をした少年が立っていた。
栗色の髪、端正な顔立ち。けれどその目は明らかに敵意を帯びている。
「お前みたいな場違いが、ユリウス様に近づくな」
――え?
「お前はただの伯爵家の三男坊。しかも平凡な顔立ち。ユリウス様の隣に立つ資格はない」
……同担拒否!?
あまりのことに呆然とする俺に、少年は鼻を鳴らして去っていった。たしか名前はカイル・ベルナー。準男爵家の子で、ユリウスの幼馴染だったか。
そういえばゲームでユリウスのスチルの後ろにいつも誰か居たな……。俺のぼんやりとした記憶を掘り起こしてみたが、ユリウスをはじめ攻略対象たちは大体2人か3人の取り巻きがいた。
いまのところカイルしかいないようだが……それにしても。
「……睨んでた」
俺は頭を抱えた。推しに話しかけられたのは嬉しい。でも、そのせいで“同担拒否”を食らうなんて。
家に帰り、部屋に戻ってから、俺は鏡を見つめた。幼少期の傷を隠すための長い前髪は真ん中で分けているが、右側を耳にかければそこには傷の痕。
アルベリク家はみんな鮮やかな薄紫の髪の毛に紺の瞳に、パッチリとした二重とスッとした鼻筋。俺だけ一重の眠そうな眼で鼻も低め。前世よりは、可愛い系だと思う。……ただ、やっぱり今世においては美形揃いのなかでは平凡で冴えないだろうな。
「……このままじゃ、ファンなんて烏滸がましい。カイルの言うとおりだ……」
ユリウスに近づいて文句を言われるくらいなら――。
誰にも文句を言わせないくらい自分を磨いてやる!
そう決意した瞬間、胸の奥が熱くなった。推しの隣に立ちたいわけじゃない。ただ、ファンとして堂々と「ユリウス様のことが好きです!」と胸を張りたい!だったら、平凡な顔はどうしようもないが出来ることはやらないと!
こうして俺の異世界自分磨きライフが始まった。




