1.茶会と転生の自覚
人は転生したら勇者になったり、聖女になったりする――らしい。
けれど俺、レオン・アルベリクは伯爵家の三男。ゲームで言えば「背景に一瞬だけ映るモブ」ってやつ。なぜなら兄二人はそろって美形。父も母も容姿端麗。俺だけがどうにも平凡な顔立ちで、親戚からは「身内だからかわいい」と言われるタイプだからだ。
でもまあ、可愛がられて育ったんだ。転生といえど、それなりに幸せだと思っていた。
問題が起きたのは八歳のとき。王家主催の茶会に参加したときだ。
アルベリク家はなぜか王家と代々親しい縁があるらしく、父もまた現王とは学生時代からの友人だとか。そんなわけで俺たち家族も当然のように招待された。……まあ、モブにありがちな「ゲーム的ご都合設定」ってやつだろう。
俺は会場の端で菓子をつつきながら、目立たないよう過ごしていた。可愛がってくれているのは家族やその周り。社交界に出ていなくても噂ってものはなぜか耳に入ってくるし、正直家族が美麗揃い過ぎて、平凡な俺は人前に出るのは得意じゃない。
ところが。
「うわあっ!」
「待てよー!」
走り回っていた子どもたちが勢いよくこちらに突っ込んできた。避ける間もなく、俺はそのまま薔薇園に押し倒される。
バラの棘が頬を裂き、腕や脚にも鋭い痛み。さらに倒れ込んだ拍子に、レンガの縁で頭を打った。周りの大人や子どもたちがざわつく。俺は家族たちから離れていたから、両親たちが慌ててこっちにくるのが見えた。
「……っ痛っ!」
視界がぐらぐらする。血がにじみ、泣きそうになる俺。
そのときだった。
「おい、何しているんだ!」
子供たちを叱る声が響いた。
ふらつく視界の中で、金の髪が陽光に輝くのが見えた。
――ユリウス・フォン・リューベルト。
ゲームの中で、“妹”が夢中になっていたキャラ。
金髪碧眼、切れ目の眉目秀麗。身体能力も頭脳も完璧超人、王太子の親友兼側近。冷徹の貴公子と呼ばれ貴族令嬢たちが婚約者の立場を狙い競う侯爵家次男。
……そして俺の“推し”。
まさかここで会うことになるとは。
そのときの俺は、痛みよりも衝撃に震えていた。
◇◇◇
茶会の騒動はすぐに収束した。
俺は手当てを受けたけれど、頬に小さな傷が残った。両親も兄たちも涙目で近くにいなくてすまないと謝ってきたけど、彼らは悪くない。
「……まあ、いいか」
鏡を見るたびに赤い痕は気になる。でも、俺はモブだ。背景に紛れてしまえば、誰も気に留めない。
そう思ってこの数日は療養と称して引きこもって過ごしていた。
けれど――あの時の光景が頭に焼き付いて離れない。
あの金髪の少年。推し。
俺は怪我をしてから思い出したことを必死でまとめた。けれど1番衝撃だったのか、ここは、前世で妹にやらされていたアプリゲームの世界だということだけがずっと頭から離れなかった。
転生したことは前からなんとなく感じていて、でも怪我がきっかけで思い出した“妹”のこととゲームのこと。それと“俺”自身のことはあいまいなのに“推し”のこと。
このゲームではピンク髪の主人公が攻略対象たちと恋をして、愛の力が世界を救う。
俺? アルベリク伯爵家の三男なんて、ほんの一瞬だけテキストに出てきた程度の“通行人”。
でも――“推し”は確かに存在する。
「……はー……マジかよ」
俺の感情はぐちゃぐちゃだ。
俺は……
ただ、その姿を見られるだけでいい。
遠くから、そっと推しの幸せを見守ろう。
そう、心に決めた。
◇◇◇
数年が過ぎ、俺は15歳になった。
王立学園への入学。貴族の子どもたちが集う場所で、物語が大きく動き出す舞台だ。
馬車の窓から学園の城門を眺めながら、俺は心の中で自分に言い聞かせた。
「大丈夫、俺はただのモブ。攻略対象者にも主人公にも関わらない……」
そのはずだった。
だが、この入学式の日こそ、俺と推しの物語が本格的に動き始めることになる――。




