第三章 林とタケシ①
オープニング『【2番】宇宙記者ギャノン』
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白い廊下。白い部屋。病院というものは大概はそうしたものだ。その廊下を、小ぶりな花束を持った男が一人。林だ。
「失礼するよ」
「道隆さん…!」
外科入院病棟6人部屋の一室。午前の柔らかな光が差し込む窓際のベッドで横たわっていたのはガーディアンの本城。布団で大部分が覆われているもののそれは彼女の体格の割にはこんもりと盛り上がっており、頭も包帯でぐるぐる巻きになっていた。治療のために切ったか剃ったか、艶やかな長い黒髪は見当たらない。
林は花束をキャビネットの上に置くと点滴スタンドを少し避け、ベッド横のスツールに腰掛けた。
「具合はどうだ?」
「正直芳しくありません。折れた肋骨は幸い肺や内臓には刺さっていませんでしたが、右膝の方は…絶望的だと言われました」
本城は小さな声で答える。それはあまりにも小さな声だったので、林は身を乗り出し顔を寄せた。
病院に運び込まれたガーディアンの隊員たちは即手術。その中でも本城は損傷が酷く、一命を取り留めたものの身体のあちこちに障害が残るであろうレベルの怪我を負っていた。
「…そうか。いや、あの状況で君が生きていてくれただけでも儲けものだ。今まで忙しかったんだ。少し体を休めるといい」
「はい…」
本城の返事には力が無かった。
「彼らのことは聞きましたか?」
「ああ。ちょっとばかりな」
本城の意識が回復し、身体以外に異常が無いことが確認されるとアンジェラスの面々についての報告が為されていた。ガーディアンの隊員同様、彼らもまた重傷を負った者がたくさんいた。そしてやはり同様に障害が残る可能性が告げられた。
鈍器を以て骨を折る戦略は本城の指示だった。アンジェラス以前に会敵していた相手から得た情報でその戦略を立てた。刃物も銃弾が効かない者たちを精鋭揃いとはいえ少人数で制圧するには止むを得ない、そう本城は思っていたのだが。
「通隆さん…私は正しかったのでしょうか?」
本城の心を揺るがしたのは、今件の相手が十代の子供ばかりだったことだった。投降を呼びかける演説の原稿作成のため関係各所へ問い合わせたのだが集まった資料を見て愕然とした。その時は任務遂行こそが自分の使命とばかりに粛々と進めたが…相手ばかりか味方にまで甚大な被害。その結果を知ってしまった今となっては。
「世の中絶対に正しいことなんてない。絶対の悪なんてのもない。それぞれに言い分があって、それぞれ正しいと思ってるからな。君はたくさんの人たちの幸せを守った。誰かには憎まれるだろうが…君も俺も、そういう仕事をしてるんだ。割り切れ」
「分かってはいます。でも私はもしかしたらあの子供たちの未来の可能性を潰してしまったのではないのでしょうか? そう思うと…私は…新しい命を授かることのできなかった女ですから…せめてこの世界の子供たちの未来のために役立てればと…でも…」
「自分を責めるな。誰にも…どうしようもなかったんだ」
「はい…」
微かな返事の後、小さな嗚咽が聞こえた。
「すみません…目を…拭ってくれますか? 動かせませんので」
「お安い御用だ」
林は枕元からティッシュを数枚引き抜き、そっと本城の目元に充てた。
「私は…男性を見る目がなかった。自分勝手な理由であなたのような優しい人の元を去ってしまった」
「それなら俺は女を見る目があった、ってことだな。お前のような素晴らしい女性と、短いながらも一緒に暮らせたんだ」
「ふふ…おだてても何も出ませんよ」
目に涙を湛えて本城が微笑む。林はそっと拭った。
「男と女の関係なんて、一枚の皿のようなもんだ。一度割れちまえば元には戻らん。だが俺は、またお前と一緒に生きていきたいと思っている。お前の気持ちが整ったら…その時、また答えを聞かせてくれないか」
「はい」
「…さて、ちとこれから用事があってな。もう行かなきゃならんのだが、また様子を見に来てもいいか?」
「はい。お待ちしております」
「じゃ」
林はスッと立ち上がると、同室の見舞客や看護師に挨拶をしつつ、病室を出ていった。
◆
今日もまだタケシが眠っている間の朝早くに、ルミは出勤していったようだ。タケシは少し遅めの朝食を摂ると、校正箇所を直した記事原稿を持って編集部へやってきた。
「おはようございまーす。アレ? 人少なっ!」
「ようタケシくん」
「あ、秋山さん、おはようございます。今日は人少ないですね」
「ああ。佐藤副編は例によって渡辺連れて取材、ルミさんも取材に出てるんだ」
「守人さんが? 珍しいですね」
「朝イチで編集長から直々にってね」
「あ、岩竹さんもいないのか」
「小林も今所用で出てるんで…入稿? だったら俺が預かることになってる」
「あ、それならこれを」
タケシが入稿用のSDカードをカバンから出すと
「そういえばさっき電話があって」
秋山が言いかけたところでノックの音。
「はい、どうぞ」
ドアを開けて入ってきたのはこれが2度目の訪問者。
「おはようございます。先ほど電話しました県警の林ですが」
ただし前回と違い部下を連れてはおらず、一人だ。
「あちゃー、もう来ちゃったか」
「え?」
「いや、いま言いかけたことなんだが」
「風音タケシさん、よろしければお話したいのですが」
と林は警察手帳を提示するが慌ててそれを引っ込めた。
「おっとイケねぇ、いつものクセで」
秋山が経緯を説明する。
「話が前後しちゃうんだが、先程電話があってな、県警の人がタケシ君と話をしたいって。任意だって言うから編集長に聞いてみたらタケシ君の意思で構わないって言うんで…どうする? 断ってもいいんだぞ。こっちのことは気にしなくていいから」
それを聞いたタケシは少し考え、林に向き直る。
「何の話ですか?」
「主に君が書いた記事についてなんだが…」
言いかけたところで林は編集部内をさっと見回すと
「…ここではなんだ、外でいいかな?」
と提案した。
「別にどこでも構いませんが」
「ではここを出たすぐ先にルーブルって喫茶店があるだろう。そこでどうかな?」
「いいですよ」
「では、俺は先に行って待っている。準備が整ったら来てくれ」
「分かりました」
「じゃ、待ってる」
林は去った。
「案外あっさりしたものだな」
秋山が言う。タケシも同感で、てっきりこの場であれこれ問い詰められるか警察署まで出頭することになると思っていたのだが。
「あれこれ出せって言われるのも嫌だし、荷物は置いていきますね。向こうは話だけって言ってることだし」
「分かった。俺が預かるよ。いずれにしても、編集部はともかく、タケシ君が言いたくないと思ったことは言わなくていいぞ。必要なら俺たちが相手するからさ」
「ありがとうございます」
「終わったら戻って来るんだろ? そしたらメシ食いに行こうぜ」
「分かりました。まぁ、とにかく行ってきます!」
「気を付けてな」
◆




