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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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同棲と南国旅行と金髪美少女の死体①

「昨晩の舞踏会、私とレオンは目立っていたかしら?」


 イオニア家で開かれた絢爛たる舞踏会の翌日、メイプルは朝から自堕落に過ごしていた。薔薇の香油を焚き占めた自室で長椅子に座り、召使に命じて髪にブラシをかけさせ、足を按摩させてもいる。そして執事に鏡を持たせ、自分は眉毛を整えている。


 精力的に活動することの多いメイプルには珍しく、早朝から葡萄酒にも手を付けていた。そうでもしなければ感情を抑えられないからだ。

 メイプルが不機嫌を隠さずに投げた問いに、初老の執事からは打てば響くような答えが返ってきた。


「ええ、お二方とも存分に耳目を集めておりました。特に容姿端麗で洗練された礼儀作法のレオンナトス様は、年若の女性たちに人気でございました」


 執事は、レオンナトスの成功を我がことのように喜んでいる。主に仕える者としては当たり前のことだとは思いながらも、愛する弟に向けられる好意にメイプルの心は癒される。しかしすぐに、じりじりとした怒りがこみ上げて来た。


「では、舞踏会で最も目立っていたのは誰かしら?」

「……それは、イオニア家のご令嬢であるロクサーヌ様たちではないでしょうか」


 この男は嘘を言わない。メイプルはそれを知っている。わずかな言い淀みを感じ取ったメイプルは、あえて執事を見ずに、彼の持つ鏡に映る自分を見つめて言った。


「本当にそう思っているの? もう一度聞くわ。昨晩、人々の目を奪う主役であった、最も美しく華々しい者を一人挙げるなら、誰だったかしら?」

「……それはサン嬢でしょう」


 バンッ!


 改めて聞かされると、頭が沸騰しそうになる。怒りに任せてサイドテーブルを叩いた。隣に立つ召使の女が「ひっ」と驚きの声を上げ、持っていた葡萄酒の瓶を取り落とした。


 床には幸いにも毛足の長い絨毯が敷き詰められている。瓶が割れることはなかった。だが、すぐに拾い上げたものの、絨毯には小さくはない染みが付いている。


「あらあら、汚れちゃったわね」

「す、すみません……」


 この世の終わりのような顔をする召使の女へ、メイプルは微笑を向けた。


「私、失敗は許さないことにしているの。それでも今まで、お前には情けをかけて来たわね」


 わざとらしく目の前に手を掲げ、指を折っていく。


「この前は強く磨き過ぎてガラスのカップにひびを入れていたわ。その前は、暖炉がまだ熱いうちに掃除を始めて、箒をダメにした。しかも失敗を隠そうとして報告が遅れたんじゃなかったかしら。それでも説教だけで済ませて、大目に見てきたのよ。だというのにお前は……」


 つらつらと過去の失敗を挙げていくメイプルの前では、召使の女が目に涙を浮かべて唇を噛んでいる。


「もしかして、泣けば許されると思っていない? そんな甘ったれな考えだから、あなたは駄目なのよ」


 未熟者は厳しくしごかねばならない。甘やかすことなく鍛えないと、人は成長しない。それは、メイプルにとってはごく当たり前の考えだった。


 弱小貴族プルケラ家に生まれたメイプルは、常に生き馬の目を抜くような人生を駆け抜けてきた。僅かな失敗も過大に伝聞され面目を失う。少しの出遅れで利益を他者に奪われる。そんな貴族社会を小さいころから見てきた。


 自分に魔法の才能があると分かってからは、自身を徹底的にいじめ抜いた。不眠で魔法書を読み、倒れては泥のように眠る。起きてすぐに魔窟ダンジョンに籠って実戦を繰り返す。そして魔法を使い果たすと、再び座学に没頭する。

 その合間には着飾って社交をこなし、浴びるように飲み、食べた。


 そして17歳を迎えた誕生日、同年代の友達が華々しく社交界で活躍する姿を横目に、一人旅立った。西方のロムレス王国よりも更に西に赴き、伝説に謳われるほどの魔法使いに弟子入りをしたのだ。家の財産を切り売りして作ったお金で、何年も異郷での修行を続けた。


 そうした積み重ねで勇者級の魔法使いへとたどり着いた。皇帝の命で魔王討伐に参加し、実力に相応しい活躍で貴族としての地位を上げた。

 今日まで死ぬ気で生きてきた。だから今の自分があるのだ。そしてこれからも、止まることなく進み続ける。僅かの緩みも無く、全力で。


 そんな信念があるからこそ、つまらない失敗を繰り返す者は許せない。燃やしてしまいたくなる。けれども未熟者を導くことも貴族の責務だと考えてもいるから徹底的にしごくのだ。


「失敗をするな。私が言っているのは、たったそれだけのことなのに、何で出来ないのかしら? 全身全霊で仕事に当たってほしいわ」

「申し訳ございません……」

「本当にそう思ってる? 主人たる私がこれほど命じているのに改善しないなんて、爪の垢ほどの配慮も感じられないんだけど」


 召使の女は、ぽろぽろと涙を流し始めた。それを根性なしの甘えと見たメイプルは、語気を荒くした。


「いいこと? 私に仕えている以上、あなたの人生は私のためにあるのよ。だったら私の言葉に忠実であるべきじゃない? それが嫌なら、さっさと辞めなさい」


 ついに召使の女は泣きながら部屋を出て行ってしまった。その背を一瞥したメイプルは、「あれはクビね」とつぶやき、葡萄酒をあおった。使えぬ者に興味はない。

 逆に、役に立つのならばどんなものでも利用する。


 メイプルには、欲しいものが山ほどある。


 まずは貴族としての声望だ。現在のプルケラ家は、十分に上位の貴族と言える位置にまで来たが、それでも足りない。もっとなのだ。四大貴族を筆頭とする大貴族たちには頭が上がらない。彼らに頼らなければならない場面が多くある。

 それでは駄目なのだ。何にも忖度せずにいられるほどに自立したい。尊敬を集め、多くの者にかしずかれたい。


 金も欲しい。領地を増やして牛を飼う。葡萄や小麦も栽培する。そこで得た利益で土地と奴隷を買い増し、さらに牧場と畑を広げる。官職を買い、利権を集め、収入と権威を増やす。

 その行動の根底にあるものを言語化するならば、それは自己顕示欲であり承認欲求である。自らの欲を満たすため、今よりわずかでも高い地位と更なる名声を渇望しているのだ。


 そのためには何だってやる。


 過去には、七勇者の仲間であった盗賊の勇者とその一族を害したことさえある。排除を決めた皇帝自身も剣を取り、メイプルだけでなく神官の勇者ビィルや狩人の勇者カ・エルらも与した企てだ。

 遊牧民の一族を魔法で焼き払った時には、何の感慨も無かった。盗賊の勇者が死んだという報せを受けても、心は動かなかった。異国の未熟者が敗北しただけのことだ。敗北者のことなど、過去の事として頭の片隅に追いやっている。


 同じ名ではあるが、東方藩王国の王太子などは全く違う。もっともっと親しくならねばならない。彼に気に入られることで、東方との交易から生じる利権をつかみ取っていかねばならない。


 そのためには――。

 葡萄酒を飲み干すと、メイプルは口の端をいびつに持ち上げた。


「サンを呼んできなさい。あの子とは少しお話をしなくちゃ」


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