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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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復讐するは我にあり

 夜会の場から立ち去る道化師の後姿を見ながら、クロカゲは隣に座るニレハの腕に触れた。


「少しだけ、外しますね。すぐに戻ります」

「はい、承知いたしましたわ」


 貴婦人のようなに気取った振舞いのニレハを置いて、広間を出た。


 既に姿は見えない。

 だがクロカゲの鋭敏な感覚は、道化師の気配を追っている。なんともか細く、ともすると見失ってしまいそうだ。


 その気配は、とある一室に入ると、まるで待ち構えるようにそこに留まった。


 部屋の前までゆっくりと歩くと、扉越しに中を伺った。室内にはたった一人の気配しかない。意を決して、扉を開いた。


 そこにいたのは、先ほどまで夜会の広間を沸かせていた道化師だ。のんびりと長椅子に腰掛けながら窓外を眺めている。


 その姿は、誰かに似ているような気がする。だが彼女がここにいるはずがない。呼吸を整えて目に力を込ると、錯覚を追い出した。


 クロカゲが室内へ足を踏み入れると、道化師は無垢な笑みで振り返った。


「やあ、久しぶりだね、クロカゲ。逢いたかったよ」

「……ヘポヨッチ」

「そう、まさしく余の名はヘポヨッチ」


 そこにいたのは、七勇者が力を合わせて倒したはずの存在だ。

 銀月帝国と東方平原が五万を超える兵を動員し、七勇者が死力を尽くし、クロカゲが不滅を奪い取り、ユユがとどめを刺した。


 不死の魔王ヘポヨッチだ。


「何で……生きている?」

「うふ。なんでだろうねぇ」


 顔が裂けたかのように、広く薄く口を開けて笑う。討伐戦の時に見た表情そのままだ。


「ところで君には、余の姿がどのように見えている?」


 おどけたような仕草で立ち上がると、手のひらで自ら体をぺたりぺたりと撫で回す。


「ちょっとした工夫を加えた幻惑魔法を使っていてね。見る者が心から恋愛をしていたり、大切に思っていたり、強い親愛の情を抱いている者に似て見える。そんな幻術だ。君には、余が誰に見えている?」


 答えるわけがない。弱点を晒すわけにはいかない。


「何で、生きている?!」


 クロカゲの剣幕も気にせず、楽しそうに口をゆがめたヘポヨッチは、勿体つけるように口を開いた。


「なあに、簡単な答え合わせだ。余の二つ名を知っているかな?」

「不死の魔王……」

「正解」


 わざとらしくぱちぱちと手を叩く。


「魔王職固有のスキルは不滅だが、余の二つ名は不死だ。この違いは何だろう? 分かるかい? え? まさか、分からないのかい?」

「不死と不滅の違い……だと?」


 沸き上がる困惑の念を押さえつけ、クロカゲは必死に考えを巡らせた。が、わかるわけもない。


「百年に満たない生の人間ごときには理解が及ばぬか。ちなみに、余は魔王職に就く前は不死のヘポヨッチと呼ばれていた」

「ま、まさか……」


「そう、不滅は魔王職固有のスキルだ。だがそれとは別に、余は個人的に不死でもあるのだ。不滅を奪われても、不死が消えるわけではない。先の戦いでは、そもそも死んでいない……ってコトさ」


 驚くクロカゲを見て、ヘポヨッチがにんまりと笑う。目を細めて口の端を持ち上げる表情から、心からの愉悦を覚えているのだと分かる。


「どうだ? 今、どんな気分だ? 人類が力を合わせ、勇者たちが集い、ようやく倒したと思っていた魔王が、生きていた。まったくの健在だ。今の気持ちを教えてくれないか? なあ、頼むよ」


 喉の奥でクククと笑い、クロカゲの目を覗き込む。

 長い戦いの果てに、ようやく倒したはずの魔王が生きていた。その絶望に、膝から崩れそうになる。


「クロカゲ、君は復讐をして回っているんだろう? 自分を殺した者たちへの復讐だ。ならば余も復讐を考えても良いんじゃないかな? 何せ君達に一度コロされたんだから、余の復讐こそは正義だろう?」


「仕返しを……しようというわけか?」

「そう、魔王からの復讐だよ」


 ぞわりと肌が粟立った。

 もし魔王が再び侵攻を開始したら、どうなるか。もう七勇者が力を合わせることはない。各国が協調して軍を起こすことも難しいだろう。現在の世界情勢は、魔王がいないという前提で形成されている。


 終わりだ。

 世界は破滅する。

 クロカゲは短剣を取り出した。白刃が、月の光を受けて煌めく。


「おや? やる気か」


 もう問答は終わりだ。今ここで、やるしかない。


 クロカゲは狩人職の技である隠蔽で、気配を消した。

 たとえ目視で捉えていたとしても、まるで空気にでもまぎれたかのように気配が希薄になる。ぼんやりと輪郭を知覚できたとしても、指先の動きや足運びなどは漠然としか見えないはずだ。


 存在を曖昧模糊として、戦士の脚力で跳躍した。接近戦最強の職の力で疾駆すると、盗賊の技で短剣を振った。

 勇者三人分の力を乗せて、魔王を討つ。その気合を乗せて魔王の首元を狙った。


 魔王の華奢な顎と浮き出た鎖骨を間近に見た。その肌と刃の間の距離が、髪の毛一本ほどに迫ったところで、短剣がぴたりと止まった。


「おいおい、乱暴はよしたまえよ。こちらは元魔王とはいえ魔法使いの系統なのだから、物理の肉弾戦は不得手も不得手。大嫌いなのだよ」


 ヘポヨッチの細い人差し指と親指が、短剣の切っ先を優しくつまんでいる。小指を立ててさえいる。


「おお、怖い怖い。危うく死ぬところだったじゃないか」


 ヘポヨッチがふっと息を吹きかけると、鋼の短剣は一瞬で錆びつき、砂となって崩れていく。


 武器を失ったクロカゲが急いで飛びのこうとするが、無造作に伸ばされた右手がクロカゲの首を掴み、その体を軽々と持ち上げた。


「ぐっ……」

「魔法を主体とする相手に接近戦を挑むのは実に理に適っている。おかげで余は一つも魔法を使えない。困ったなあ」


 クロカゲを掴み上げたままのんびりと窓を開くと、おもむろに投擲した。

 音を超える速さで窓から投げ飛ばされたクロカゲは、屋敷を飛び出し、皇城を越え、都市の城壁に激突した。


 猛烈な破砕音が響き、大きく穴が開く。その中心には、まるで壁に咲く薔薇のような赤いしみがある。クロカゲだったものだ。


 四肢が粉微塵になった直後から、魔王職のスキルである不滅が、猛烈な勢いでクロカゲの肉体を再構築していく。


「……くっ……そ……っ!」


 血を吐きながら、必死に城壁の穴から這い出ようとする。が、いつの間にか隣にヘポヨッチが座っていた。


「君も随分強くなったようだけど、まだ足りないなあ」


 慈愛に満ちた目でクロカゲを見つめ、優しく頭を撫でる。


「盗賊職を修め、魔王職と狩人職と戦士職を奪い、奪取に加えて不滅と神弓と必殺を手に入れた。だが、たったその程度で、このヘポヨッチに勝てるとでも? 余を倒すには、聖神か邪神でも連れてきてもらいたいものだ」


 手遊びのように指先に闇魔法を練り上げ、弄んでは消している。その一つ一つが、クロカゲを殺すには十分な威力を持っている。


 例え不滅があったとしても、殺され続けてしまえば勝ち目はない。百年間でも二百年間でも、十万回でも百万回でも、クロカゲを殺し続けることが出来る。

 それが魔王ヘポヨッチだ。


「うふふ。それに、いくら強くなろうとも余の不死をどうにかしないと、無駄な努力になるだろうねえ。うふふふ」


 心の底からの愉快を覚えているのだろう。その笑い声は無邪気で無垢だ。


「……それなら、不死も……奪取してやる」

「うむ、その心意気やよし。だが、無理だ。余は奪取の弱点を知っている」


「弱点……だって?」

「うむうむ。クロカゲ、君は余の手のひらの上にある物を奪取できるかな?」


 そう言って、ヘポヨッチは左の手を開いて見せた。手のひらには何も乗っていない。


「どういう、ことだ?」

「そう言う事さ。盗賊職の奪取は、奪うべき対象を認識していなければ発動できない。つまり君は、どうして余が不死であるのかを理解し、その根源を突き止めなければ奪取できないというわけさ。別に不死というスキルを持っているわけではないのだからね」


 ヘポヨッチは、余裕たっぷりに笑う。


「さて、クロカゲ。世間話はここまでにして、本題に入ろう。余は君に会うために舞踏会に出たのだけれど、色々と苦労をした。特に衣装を合法的に手に入れるのが大変だった。この幻術を使っているせいで、衣服を魔法で誤魔化すことが出来ないからね」


 そう言って、身に着けている服を自慢げに見せつけてくる。


「そこまでして、わざわざ君に会いに来たのには理由がある。そう、二つほどお願いがあってね。聞いてくれるのなら、復讐を少ぅしだけ、お預けにしてもいいのだけれど、どうだろうか?」


「お願い……だと……?」


「そう。かわいい女の子を二人、助けてやってほしいのだ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヘポヨッチの名前が出てきてまさかと思いましたが、まさか〇〇が魔王だったとは。でもあんまり復讐する気がなさそうに見えますね。どんなふうにかき回してくれるのか楽しみです。 [気になる点] 聖神…
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