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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
3章 狩人への復讐

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戦いの後 ―ルキウス―

「最初に東方属領の服従状態についてご報告いたします。まず新たに設置した東方藩王国の統治体制に係る……」


 皇帝の執務室には、帝国の施政を司る文武の高官が整列していた。

 それら十数人が作る列から一歩前に出た老齢の重臣が、片手に持った書類を確認しながら流暢に舌を動かしている。その老臣の痩せた背中を間近に見ながら、ルキウス・コルネリウスは緊張につばを飲み込んだ。


 まだ二十歳のルキウスは、皇帝の側近くに仕える上級官僚の中では最も若い。自発的な発言の機会などは無い。

 しかし皇帝の問いに対して、上役の老臣が的確に対応できるよう資料を用意するのは彼だ。時には報告の最中に走り書きの紙片を渡すこともある。上役が滞りなく職務遂行できるよう、過剰ともいえるほどの入念な準備をして、常に備えているのだ。


 要職が居並ぶこの場では、些事でも将来に響く。

 説明を間違えるなどもってのほかであるし、皇帝の問いに適切な回答ができない場合も致命的だ。わずかな言い間違いや、不明瞭な説明があっても失点とみなされることがある。そして上役が失脚すれば、ルキウスの将来も途絶する。


「……以上のことから、東方属領は、我々に対して反抗する意思も実力もないと考えられます」

 上役が報告を締め括ると、瞑目しながら椅子に腰かけていた皇帝が目を開いた。


「当初の想定より順調だな。その要因は何か?」

 必要な情報は、書面で渡してある。ルキウスが、彼自身が書き上げた文章を思い返しながら見守っていると、上役は資料の項を繰りながら答弁を始めた。


「先ずもって旧盟主アイセンが復帰し東方五氏族同盟が再結成されたこと。これが、東方属領の安定に寄与したものと考えられます。もしあの小娘がおらねば、弓王亡き後、あの地を治めるために諸氏族と個別に交渉し服属させねばなりませんでした。場合によっては武力制圧が必要となる場面もあったでしょう」

「それが省けたと?」

「はい。交渉窓口が一つになりましたので、大きく手間が減りました。東方属領の者どもとしても、もともとの盟主であったアイセンの下ならば、その上に帝国が立とうとも抵抗が少なかったのではないかと推測しています」

「推測? 現地民へ直接の聞き取り調査などはしていないのか?」


 更なる問いにルキウスが上役の背を軽くたたく。上役も慣れたもので、後ろを見ることなく手を出すと、ルキウスから追加の資料を素早く受け取った。


「先日のユユ様のお成りの際に、随行させていただいた文官らが市井の者の話しを聞いております。弓王の治世への評価といたしましては、重商政策で潤った一部の商人やシカ族をはじめとする弓王直下の優遇された者たち以外からはそれほど高いものではなかったようです。その後に盟王として即位したアイセンが、経済施策の一部を継承しつつ、論功行賞や税、人事、公共投資でより公正な施策を進めたために、幅広な分野と階層で支持を集めているようで、その声望はかつてを凌ぐ勢いでもあるようです」


 皇帝の眼が鋭く光る。


「かつてを凌ぐとは、どういうことか?」

「はい。以前は盟主に並び、その重臣らが五騎四槍などと呼ばれ名声を得ていました。ですが此度のでその半数は失われました。一方でアイセンは、一度は大敗しながらも、寡兵を率いて逃げ延び、再度の戦いで弓王を破りました。強さを重視する東方属領では、声望を博するに十分な働きであったようです。とはいえ、先ほどご説明申し上げましたとおり、藩王国となることで外交および軍事の権限は制限されております。なにより二人の勇者を失ったうえに、多くの兵を損じておりますれば、いくら下々の人気が高まろうとも、東方属領がかつて以上の脅威を持つには至らないかと」

「……王弟について、追加の情報はあるか?」

「はい。ユユ様からの聞き取り内容及び随行文官らの調査内容をご報告いたします」


 王弟にして王太子であるクロカゲという名の男は、東方属領における懸念事項の一つである。その理由は、これまで存在を知られていなかったことにある。

 一方で、皇帝に刃を向けた反逆者の盗賊と同名であることは、帝国ではそれほど問題視されていない。


 盗賊の勇者クロカゲと王太子クロカゲは別人である。

 これが帝国における公式の認識である。帝国が手を尽くして徹底的に調べたからだ。ルキウスも調査に駆り出され、実際に人相や体躯などの確認作業を手伝った。加えて、皇帝ガイウスが持つ勇者級のスキル王眼でも見定めたと言われている。ルキウスの身分ではまだ詳細を知り得ないが、王眼はそれほどまでに強力で正確な力を持つらしい。

 かつて盗賊の死亡を誤認したことの方が、稀有な例であるらしかった。


「既報のとおり、盗賊の死は蓋然性の高いものでありますし、ユユ様の目から見ても、王太子と盗賊とは別人であったと推察されます。そして実際の王太子クロカゲですが、政治の見識は無く、性質はひ弱らしく、盟王の隣にただ座しているだけのようです。密約があればこそ、今の地位でいられるだけの愚物かと」


 帝国と東方藩王国には暗黙の了解がある。それは、「『盗賊の勇者クロカゲは死んだことになっている』ということになっている」ことだ。

 つまり東方藩王国から、「盗賊の勇者クロカゲが生存しており弓王カ・エルと戦い、相打ちとなり死んだ。狩人の勇者を倒したという快挙を利用するため、王弟クロカゲを盗賊の勇者と同一視させることで、盟王アイセンと王太子クロカゲの支持を盤石にしたい」との申し出があり、帝国はこれを黙認したのだ。


 当然、書面や公式の場でのやり取りではない。東方藩王国の外交使から内密に打診を受けて、秘密裏に皇帝の裁可を受けてのことである。本来であれば、反逆者の名が利用されるのは避けたいところではあるが、当の盗賊の死がほぼ確定していることに加え、現在の従順な東方政権を安定化させたいという判断もあり、決断に至った。


「盗賊と王太子は別人であり、盗賊は確かに死んだ。そして王太子は凡庸な人物である。これは間違いないか?」

「はい。王太子と直接会話した文官の話しでは、学の無い気弱な子どもであったとのことです。そして、仮に盗賊の技がどれだけ優れていようとも、陛下とユユ殿下のお二人の眼を欺けるものではございませんし、盗賊の死を目撃した者も多くおります。この件、まずは安泰かと」

「……盗賊の死を目撃した者が複数いるという報告だったな。具体的には誰だ?」


 ルキウスが要点を書いた紙を素早く手渡すと、上役は白髭をいじりながら淡々と読み上げていく。


「帝国貴族では外務官のピウス卿と交易商のプラエネステ卿、それとサツマの刀王殿もです。三者とその従者らが、盗賊の使用した魔剣ベンズがその効力を喪失した瞬間を目撃しています。また刀王殿は、あれほどの出血ならば命はないだろう……と周囲に漏らしていたそうです」

「死体の確認はどうか?」

「既に焼かれておりました。罪人用の共同墓地に入れられたということで、遺骨の選別すらできない状態でした。ですが、陛下のご確認に加え、ユユ殿下の御様子と多くの目撃情報など、全体を勘案いたしますと、盗賊の勇者クロカゲの死は極めて蓋然性の高いものであると言えます」


 皇帝がしばし瞑目した後に、安堵した表情で上を向いた。


「ひとつ、大きな懸念が片付いたな。東方の蠢動が止まず、盗賊が生きていては、安心して魔王軍残党の駆除やロムレス王国の対応に取りかかれなかったが……これで遠征に専念できる」

「御意のとおりに御座います。弓王の愛人らもこちらで保護しておりますし、幾人かは懐妊しております。向後、東方での火種に使えるものかと考えます」

「うむ、これで東を考慮しなくて済む。ユユも使えるな。北部に投入しよう」

「仰せのとおりに」


 会話が北部や西部の軍事行動に及びつつあることに、ルキウスは安堵した。そちらは彼の領分ではない。そうして皇帝らの会話に耳を傾けつつも、並行して思考を巡らせた。


 彼が懸念するのは、むしろ弓王の残したものの後片付けである。

 弓王の愛人たちは、元王妃ララが保護して帝国に連れ帰った。当初は対応に苦慮したものだが、そのうちの幾人かが妊娠していると知り、帝国は扱い方を定めた。使いどころが無ければ飼殺せばよいし、いざとなれば旧王の遺児として東方属領の火種とする。そう方針を定めた。


 だが決めたは良いものの、どこに住まわせ誰が世話をするかなどと言った実際的な問題はルキウスらが処理することになる。

 こうなってくるとルキウスの目には、弓王を擁立し東方平原を服従させようとした事業自体が負債にも見えてくる。実際には東方平原の無力化が図れたので収支は釣り合っているのだが、後片付けに汗をかくルキウスとしてはため息の一つも漏らしたくなる。


 ルキウスの手元には、今回の紛争に関する多くの資料がある。その中には当然ながら、弓王についても資料も多くある。眉間を矢に貫かれて絶命と書かれている。

 その他、詳細こそ報告していないが、シカ族の主だった者達の死に様が書かれた書類が何枚もある。大半が重騎兵に切り刻まれたか、弓矢で射られたかだ。弓王の腹心であった若者など、背中を十以上の矢を受けて絶命している。体の正面に傷が無い様子は、戦うことも無く散々に逃げまどった様子を暗示している。

 まったく、帝国われわれに踊らされていると知らず、はしゃぎまわった挙句のこの死に様か。ルキウスとしては嘆息を禁じ得ない。


 そこでルキウスは、はたと気付いた。矢傷を受けた者は、ほとんどが背から射られている。体の正面に傷ある者は、大抵が重騎兵の刀傷だ。だが弓王は正面から矢を受けている。

 眉間を一矢で射抜かれて絶命しているのは、弓王のみだ。まるで狩人の勇者が使う神弓を受けたかのような死に様だ。だが弓王の他に誰が神弓を使うというのだ。


 くだらない思い付きを一笑に付そうとして、ルキウスは答えを思いついてしまった。盗賊は、弓王との戦いで魔剣ベンズを使っていた。もしその際に弓王から神弓を奪取していたとしたらどうか。もし奪取した技が消え去るのではなく、盗賊も使い得る状態になるのだとしたらどうか。事実、盗賊が武器や道具などを奪取した時は、そのまま使うこともあった。

 過去の記録には、盗賊の勇者が、奪取した技を行使したという記述は無かったように思う。だがルキウスも、今の観点で全ての資料を精査したわけではない。一抹の不安が残った。


 そこルキウスは、さらに電撃的に閃いてしまった。盗賊の勇者クロカゲは、魔王討伐の際に、魔王の“不滅”を奪取したのではなかったか。当時、奪取した技は消え去るものという前提で皆が動いていた。だがもしその前提が違っていたならどうか。


 眼前では、ルキウスより年齢も身分も遥かに上の重臣たちが、北方と西方の戦略に話題を移している。それを上の空で聴きながら、ルキウスは自身の仮説を検証した。


 魔王職固有のスキルである不滅は、その名のとおり持ち主が滅することはないという効果を持つ。

 殺されても、蘇るのだ。過去の記録では、四肢を大陸の各地に封印された魔王が、その百年後に復活したとも記されていた。もし盗賊の勇者クロカゲが、不滅の技をその身に宿しているとしたら、どうなるか。もし弓王から神弓までも奪取しており、それさえも自由に使えるとしたらどうなるか。


 ルキウスの額にじわりと汗が浮かぶ。

 かつての魔王は、気まぐれだった。不死の魔王と呼ばれて恐れられてはいたが、積極的に他国を侵攻することは少なかった。禁術の実験でイオス王国の巨大墳丘墓を吹き飛ばしたこともあるし、自儘に振る舞いたいという理由で北方諸国を併呑することもあった。だが、明確な意思を以って人類を攻撃したのは、先だっての侵攻が初めてだった。


 だが()()()()は、銀月帝国に強い恨みを持っているはずだ。自らを謀殺しようとし、一族や仲間を惨殺し、故郷を焼いた帝国に対して、きっと復讐するはずだ。魔王の不滅に対する唯一の武器は、盗賊の勇者が持つ奪取だけだった。その奪取は、今、魔王が持っている。のみならず、狩人の勇者の持っていた力も手中にしたはずだ。


 ――銀月帝国は、もう、手遅れなのではないか。


 ルキウスがふと我に返ると、御前会議がちょうど終わったところだった。皇帝が席を立つと、重臣が一斉に頭を下げる。ルキウスも慌てて礼をしながら、必死に頭を回転させた。

 この考えは、あくまで可能性に過ぎない。皇帝へ進言するには、もっと材料が必要だ。皇帝と皇女ユユが二人の盗賊の勇者の死を確信している。その詳細を知りたい。

 そのうえで少なくとも、上役を味方に付けて奏上せねばならない。思案に沈もうとするルキウスの肩を、上役が叩いた。


「よくやってくれた、コルネリウス。これで東方属領での建国事業はひと段落だ」

「……陛下に奏上をいたしたく、ご相談をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「重要か?」

「あくまで推測ですが、先ほどの報告内容で見落としていた危険があるかもしれません。それを検討するためにも、皇帝陛下の王眼の詳細を知ることは出来ますでしょうか」


「何を言う、陛下のお力は機密だ。私とて全てを知らされてはおらん。それに先ほどの報告内容を訂正するだと? お前はさっき、ただの推測の危険性だと言ったではないか。そんなあやふやなもので、正式な報告を覆せるものか」

「は……なにぶん、先ほど思いついたばかりのことでして……」

「止めておけ。そんな思い付き、陛下の耳に入れるものではない。陛下はこれから遠征でお忙しいのだ」


 上役が顔をしかめる。

 確かにそのとおりだ。一人の人間が処理できる情報量には、限りがある。様々な場面で皇帝の判断を鈍らせないために、提供する情報の質と量を慎重に吟味するのも、ルキウスら高級官僚の責務だ。

 だがルキウスの思い至った考えが的中していた時の危険の大きさは、かつての魔王の比ではない。


 ――情報収集と検討を進めつつ、折を見て陛下に直言しよう。


 案件の軽重や時期を考え、いつどのように話しかけるかというところまで考慮しながらであれば、皇帝はルキウスの言葉でも耳を傾ける度量がある。

 ちょっとした報告や書類の送達の際に、会話することは十分可能だ。これまでも、そうしてきた。上役を飛ばして報告することになるが、この際仕方があるまい。


 そう決意すると、ルキウスは大人しく上役に従って歩き出した。そんなルキウスを見ながら、上役は何を思ったか陽気に話し出した。


「そうだ。お前の働きにも報いないとな。ここのところ多忙を押し付けてしまったからな。東方藩王国に派遣されるよう進言しておこう。帝国から派遣する公式の政治顧問団の一人だ。出世街道に乗れるし、何より現地で王侯貴族を顎で使えるぞ」

 ルキウスは、皇帝への進言を成せぬままに、帝都を離れることになった。

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