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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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イオス王国に来てはみたものの、こんなん困難じゃん

「日差し強い! でも風が涼しい! 気持ちいい!」


 イオス王国の港に立ったサンは、陽光と海風を全身で楽しんだ。大内海を挟んで南に位置するこの国では、激しい日差しが照り付けている。麻で編まれた白い服を選んだのだが、それでも暑いくらいだ。

 初めて体感する熱気に興奮していると、チトスが日除けの傘を差しだしてくれた。


「気を付けろよ。強い熱気で具合を悪くする者もいるらしい」


「ありがとう」


 風が爽やかなので、チトスの作ってくれた影に入ると、すっと涼しくなる。


「どんなに暑くても、空気が気持ちいいから何とかなりそうだね。日影がすっごく過ごしやすいよ」


「そうだな。ほら、もう少し近くに……」


 チトスと一つの傘を使っていると、ロクサーヌが日傘を手にズイッと近寄って来る。


「二人で一つの傘だなんて、狭いでしょう。でも私となら充分じゃない? 二人とも細身だから、身を寄せ合えば十分よ。チトスはあっちに行ってもいいわ。しっしっ」


「身を寄せ合ったら、結局暑いだろう。それに俺には護衛という役目がある。離れるわけにはいかない」


「あら、そう」


 結局、右にチトス、左にロクサーヌという陣形での進軍になった。しかも両側から日傘を差し出されている。前後には文官が付き従い、さらにその周りを護衛兵の兵が固めるので、みんなから変な目で見られているような気がして落ち着かいない。


「あ、はは」


 思わず苦笑が漏れるけれど、長く歩く必要は無かった。港には、既にイオス王国の出迎えがあったからだ。


 美男子だった。

 背が高く、腰を越えるほどの長髪が特徴的な貴公子が、文官や兵を従えて待ち構えていた。


「イオス王国へようこそ。いにしえの帝王にちなんだ名を持つこの王都アレクサンドリアに、同じ由来の名をもつアレクサンドラ様をお迎えできること、素晴らしきご縁を感じております」


 美青年は、一礼の後に

「イオス王国の書簡官、セネンセ・テプニプタハと申します」

 と名乗った。サンが見上げるほどの長身で、絹のように滑らかな髪を持ち、肌は幼子のように瑞々しい。鼻は高く瞳はきらりと輝き、大きな口がにっこりと笑っている。そして女性的な顔つきながらも、筋肉質で服の上からも鍛え上げられた肉体だと分かる。


 美丈夫にして偉丈夫だ。

 サンとロクサーヌがそれぞれに名乗ると、港に隣接した建物へと案内された。


「イオス王国の支配者であり、神でもあらせられるペルアア大王を祭る神殿でございますよ」


 セネンセが長い指で指したのは、港に流れ込む川に面した石造りの大きな神殿だ。巨大な白い柱や壁面には彫刻があしらわれ、前庭には樹木と花々が彩を演出している。帝都の大神殿に匹敵するほどの規模と荘厳さだ。


 銀月帝国は神の信託を受けた皇帝が支配する国であるが、イオス王国はそもそも王が神であると信じられている。その威光を最初に見せつけるためにも、港の側に巨大な神殿があるのだろう。


「日ごろから親しくお付き合い頂いておりますペイライエウス家の若き当主アレクサンドラ様だけでなく、イオニア家からもお客人をお迎え出来て、この上ない悦びでございます」


 にこにこと笑みを絶やさないセネンセの先導で、神殿の前庭に設えられた席にサンたちは案内された。日除けの飾り幕が作る影は涼しく、木製の椅子も肌触りが爽やかだ。人心地ついたところで、セネンセが芝居じみた優美さで対面に座った。


「お美しいですね」


 急にそんな言葉が来たのできょとんとしていると、セネンセはこちらをじっと見つめている。何だろう。ロクサーヌの事かな。それともイオニア家が用意してくれたこの衣装の事かな。色々考えていると答えがポンと放られた。


「あなたの事ですよ、アレクサンドラ様。とても美人だ」


「うえっ?!」


 美形から急に褒められると心臓に悪い。悪いんだよ!


「お父上譲りの金の髪が陽光のごとく神々しい。こうして親しく話せるなんて夢のようです。これもまた神の祝福でしょうね」


 白い歯を見せて笑うセネンセとは対照的に、犬歯を剥き出しにしたロクサーヌが卓を叩いた。


「お戯れは、ほどほどに。早速ですけれど本題に移りましょう。イオス王国でも時は浪費するものではないのですよね?」


「ええ、もちろんですよ。イオス王国と銀月帝国の友好のために波濤を越えていただいたからには、最大限に歓迎と接待でおもてなしいたしましょう。まずは今日この日を友好の記念日として祭日に定め、山海の珍味を取り寄せ、王宮の楽団と踊り子でお迎えをし、更には――」


 白い歯の間から漏れ出すおしゃべりの合間に、サンはようやく自分の言葉をねじ込んだ。


「あ、あの~。歓迎に感謝申し上げます。両国の友好のために来た身としてはとても嬉しく思います。ところで、王陛下への謁見と条約締結に向けたお話を……」


 謁見や条約締結については、渡航前に打診をしている。条約は、既に草案を送付していた。

 友好及び通商、相互不可侵を目的とした条約の案を作るだけでも、大変な騒ぎだったのを覚えている。

 通商となれば商売ごとではあるのだけれど、経済や税務、国内自治など様々な要素を含む。それぞれを担当する高官たちが議論を重ね、時には対立しながらも案を作り上げていった。


 そして相互不可侵となれば軍が絡んで来るが、こちらも一筋縄ではいかない。強硬派は「平穏の維持に努める」という程度の記載までしか許さぬと息巻いている一方、穏健派からは単に「相互いに攻めない」と約すだけでは不十分だとして明確に国境線を設定すべきという意見さえも出た。


 そんな混沌とした議論を前に、サンとロクサーヌは文官らの力を借りながら、時には懇願し、時には高級将校に直談判で強く交渉し、何とかまとめ上げた。そうして渡航の準備と並行して完成した草案は、ロクサーヌ私案と名付けられ、すでにイオス王国へ提示してある。


 これをもとに国王に謁見し調印を目指している――はずだったのだが。

 セネンセは心底困ったように眉を曲げた。


「ああ、実は大変に申し上げにくいのですが、ペルアア大王は臥せっておいでです。ですのでお会いいただくのは難しいかと……」


「えっ?! もしや、重篤でいらっしゃいますか?」


「いえ、そんなことはありません。ですが謁見の出来ぬ期間は相当長く続くでしょう」


「ではご検討いただいていた件については?」


「検討を続けさせていただくことになりましょう」


 おや、おかしいぞ?

 さすがのサンも気が付いた。検討を続けると言っても、これでは全部拒否に近い回答ではないだろうか。


 隣ではロクサーヌが鋭い目つきでセネンセを睨んでいる。今にも激昂して立ち上がりそうだ。

 事前調整を担当した文官も、射殺さんばかりの鋭い目つきでセネンセを注視している。


 それはそうだ。内々に打診した際には、拒否的な反応はなかったと聞いている。だからこそ、こうして渡航してきているのだ。それらのを全てひっくり返そうというのだろうか。

 騙されたか。そんな考えがよぎったが、サンはなるべく穏当な言葉を選んだ。


「王陛下が持病をお持ちであるとは寡聞にして存じ曲げませんが、もしかすると今回のお話が相当のご負担になりましたでしょうか」


 今回の話が嫌だから仮病しているのか。装飾を外せば、そういう詰問だ。だがセネンセは神妙にほほ笑んだ。


「これまでもペルアア大王は、重要事を前に長く瞑想に入られることや神殿に籠られることはありました。その都度、その職務を所管する官僚たちが自身の権限で進めていたのですが……」


 ロクサーヌが鋭利な視線でセネンセを貫く。


「今回はそれをさぼろうってことなのかしら? 無能なのか不誠実なのかは分からないけれど、イオス王国では前言を翻すことに何のためらいも無いのね。帝国とは随分毛色の違う考え方だこと」


 外交の場としては例に無いほど痛烈な批判だが、セネンセは舌鋒をするりと躱した。


「もちろん我がイオス王国では信義と誠実を友としています。そう怖い顔をなさらずとも、言葉を違えるつもりはありません。ペルアア大王が快復するのであれば謁見も可能でしょうし、その他のご提案についても、それぞれ権を持つ者に伝えてあります」


 そこまでは明快に言い切ったセネンセだが、結論を口にするにあたっては困ったような笑顔のような、微妙な表情で肩をすくめた。


「ですが……事前の打診には“検討する”とお答えしていましたが、それは言葉のとおりなのです。複雑な官僚制を持つイオス王国においては、残念ながら大王を除いては、一括に裁可できないのですよ」


 セネンセの言葉に、帝国の使節団は一様に黙った。ロクサーヌでさえ、険の浮かんだ顔でセネンセを睨むばかりだ。だが王が不在であることが理由であるならば、出来ることは何もない。


 帝国では皇帝が親征で不在であっても、執政長官を中心に家臣団が政務を取り仕切る。イオス王国にはそういった代位者がいないのだろう。権限を持つ者という意味でも、国内の意見をまとめる手腕を持つ者という意味でもだ。


 ――失敗。


 皆の脳裏にこの言葉がよぎる気配を、サンは感じ取った。皇帝の意を受け、帝国を挙げて送り出された外交使節が、不首尾に終わるのだ。それも交渉を始めることもなく、初手から門前払いに近い格好で、だ。

 ロクサーヌをしても血の気の引く思いだろう。どんな顔をして帰国の途に就けばいいのかと顔を青ざめさせている。


 そして大型の外交交渉に意気込んでいた官僚たちも、暗澹たる将来を想像して戦慄している。果たしてこのまま帰ったとして、居場所があるのだろうか。


 イオス王国側もけっして冷淡ではない。セネンセも心苦しいのだろう。眉根を寄せて肩を落としている。脇を固める側臣らにも面白がっている気配はない。


 誰もが言葉を失った場で、サンは努めて能天気な言葉を選んだ。


「あ、じゃあこちらでそれぞれの方とお話ししちゃいますね。通商は宰相さん、相互不可侵は軍の高級将校の方、それと条約の文面とかは文書官さんとお話すればいいですよね?」


 にこりと笑いながら、さらりと言った。

 そちらで動けぬなら、こちらが動く。イオス王国内の合意を取り付けるところまで、面倒を見る。そんな宣言だ。


 が、それは途轍もなく困難な道だ。大王が欠ければ意思の統一が難しいと白状しているイオス王国において、外国からふと訪れた小娘が、折衝によって王国の意見をまとめようというのだ。


 無理だ。


 きっと多くの者がそう考えただろう。けれどサンは笑みを絶やさずセネンセを見つめた。美貌の官僚は、面白いものでも見つけたように口元をほころばせている。


「確かに、それぞれ権限を所管する方々と合意に至れるならば、その者たちが役職を離れない限りは有効でしょう。ですが、官職の罷免は容易く起こり得ますよ」


 困難を乗り越えて交渉に成功したとしても、人が変われば方針は変わる。前任が交わした約束を守る保証はない。いや、この大陸では外交姿勢を転換させるために、外交を担当した将軍や高級官僚を挿げ替えることさえある。

 国王が約さねば簡単に反故にされる。


 そんなことはサンとて百も承知だ。

 だとしても、やらぬよりはいいだろうと、即座に割り切った。


「それでも、次善の手でいきましょう。王陛下との謁見が無理ならば、せめて実務者との合意を取り付ける。さすがに王陛下の臥所に入り込んで銅鑼を鳴らしながら叩き起こすわけにもいきませんからね」


 サンがおどけた口調で諧謔を飛ばすと、幾人かがくすりと笑ってくれた。


「それに王陛下が一時でも回復なされば拝謁が叶うわけで、そのときにささっとお話をまとめるには、今から膝を詰めて交渉を進めておいた方が良いと思うんですよね。ね?」


 サンが問いかければ、ロクサーヌは弾けるように応えた。


「アレクサンドラの言うとおりだわ。一つつまずいただけで転んでいては前には進めない。今はやれることをやってしまいましょう。交渉の相手や回数が格段に増えるから忙しくなるけれど、当然に便宜は図っていただけるのでしょう、セネンセ殿?」


 狂犬の恫喝に、傾国の美男は大きくうなずいた。


「ええ。まずは王都での生活も不自由が無いよう手配りをいたします。そして宰相だろうと高級将校であろうと、そちらが必要とされるのであればご紹介しましょう。抑えるべき要人は、おっしゃっていたとおりです。さすがアレクサンドラ様、わがイオス王国に精通していらっしゃる」


 官職名と職務の分掌は父の手記などに残っていたものをそらんじただけだが、なるべく自信ありげに見えるよう黙って笑っておいた。するとセネンセは感じ入ったようにため息をついている。


「さすがに累代の名君を輩出するペイライエウス家ですね。威厳も能力も抜きんでている」


 いえ、張りぼてです。

 さすがにそこまで正直に申告するのは憚られたので、適当に笑っておいた。するとそれすら余裕の表れと捉えたのか、セネンセが身を乗り出した。


「このセネンセが就く書簡官は、王の補佐と外交が役です。儀礼上の外交の範疇ならば独断で決められます。まずもって、友好と言うことであれば、書簡官たるこのセネンセとアレクサンドラ様とで親しくお付き合いすることを約束致しましょう」


 美男が屈託なく笑うと、即座にサンの隣で狂犬が吠えた。


「うちのアレクサンドラに色目を使ったら承知しないわよ。もしわきまえないようなら棺が必要な体にしてあげるから」


「イオス王国では遺体を木乃伊ミイラにするので木棺は不要なんですけどね」


「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」


 吠え声を無視したセネンセは、懐から指輪を取り出した。はめ込まれた宝石が白く輝いている。


「これは友好の指輪です。外交を司る書簡官が他国の客人に渡すもので、これを身に着けている方の身元を保証するものです。左手をお借りできますか?」


 促されるままに手を差し出すと、その薬指に指輪があてがわれる。指に環が嵌るその瞬間、横から伸びた手がセネンセの腕を掴んだ。


 メイプルだ。

 成り行きを黙して見守っていた魔女が、動いた。


「その指輪、魔術的な気配がいたしますわね」


「ええ、濫用を防ぐために簡単には外せぬようになっていますよ」


「じゃあ、だめ。皇帝陛下の勅命による使節にわずかな危険も許されない」


 メイプルが強い視線でセネンセを睨むと、セネンセもためらわずに見つめ返した。サンがばちりと飛ぶ火花を幻視したところで、セネンセがゆっくりと引いた。


「さすがアレクサンドラ様、目の良い忠犬を飼っていらっしゃいますね」


 忠犬だなんてとんでもないです。いつ噛みついてくるか分からない猛犬です。たまぁ狙われてます。

 などということも口にできるはずもなく、やっぱりおほほと笑っておいた。


「指輪のことは後に回しましょう。いずれにせよ、この書簡官セネンセの名において、アレクサンドラ様を歓迎いたしますよ」


 微笑むセネンセを、メイプル、チトス、ロクサーヌが睨んでいる。

 イオス王国での戦いが始まった。

猛犬メイプル、狂犬ロクサーヌ、忠犬チトスと行くイオス王国。果たして無事に交渉をまとめられるか。なお死人が出る模様。

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