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アンナさんが文書を学校へ提出して数週間、復活したかと思えば変態の称号を受けて即退陣した西園寺有栖は神社にいた。
由緒正しき高名な神社はしかし、これでもう数十件目。そろそろ煩悩に肩を優しく叩かれるのも蚊が止まってるのかってくらいに慣れてきた頃だ。
お祓いを毎日の様に受けていた。それも毎回違う場所。
今日は明日が学校だから、最後のチャンスとなる日だ。
治るまで行かないという選択肢もあったし、それだけ長期的に休むのも今更感はあるんだけど、アンナさんは行けるなら行くべきと背中を押してくれている。
あの人はきっちり無表情に見えて有栖への愛情はたっぷりと感じられるんだよね。
その愛情をもってもっと色々な事をしたいしされてみたい。ご主人様とメイドってみんな大好き。きっとアンナさんも大好き。そんな事を言ってるから神社変えられるんだけど。
「……終わりました。私にできる全力は尽くしたつもりです」
何て考えている内にお祓いが終わった。
ありがとうございました、と簡単な挨拶を済ませてアンナさんはわたしに向き直る。
こほん、と1つ咳払いをすると静かな口調で語り始めた。
「有栖様。今欲しいものは?」
「女の子(無欲です)」
「学校で何をしたいですか?」
「スカート捲り(お勉強に励みたいです)」
「お友達と仲良くできますか?」
「しっぽりと(もちろんです)」
「私の事をどう思いますか?」
「同性婚に寛容な社会を目指していきたいです(慕っております)」
「……学校で無理をしないと約束できますか?」
「もちろんです(もちろんです)」
矢継ぎ早に並べ立てられたのは以上の質問。
お祓いの後はいつも聞かれてるんだけど、ま、ざっとこんなものさ。
口を開けば答えたい言葉の代わりに煩悩が出てくる。相も変わらず、それに何の変化も見られない。
「以上です。それではありがとうございました」
アンナさんは冷たく神主を睨み付けると、震える巫女たちを横目にわたしの手を引いて本殿から連れ出す。
毎日毎日、見慣れてきた光景だ。そして、何も変わらない。
「……旦那様方になんてお伝えすればよろしいのでしょうか」
さんさんと境内を照らす日光の眩しさに目を伏せながら、静かにため息をつく。
ごめんなさい、と言いたいけれど今口を開けば出てくるのは「地球がまた浄化されたね」って言葉に決まっている。
わたしの煩悩は、留まることを知らなかった。それは口を塞げば塞ぐほど増して、いつしか学校の時の様に呑み込まれるのではないかと不安になる。
だから明日からの登校には一人だけ協力者が付く事になった。
転校生として転入してくる手筈の、月島瑠璃子ちゃん。
アンナさんの息が掛かった、というより西園寺家の息の掛かった名家の子。
何がどう協力者なのかって、わたしがいつか普通に学校に毎日通えるようになったら体調の具合や友人との関係などを見守る為に、元々両親が両家のもと話し合いを進めていたらしい。
いろんな意味で普通じゃないけど通えるようになったので、少し趣旨はずれるけど今回からお願いする形となったようだ。
申し訳ないと思う、アンナさんにも、その子にも。
学校を必要とせずずっと自宅と学習塾の往復生活だと聞いたけど、やっぱり大人の事情で振り回されて転入なんて。
早くこのお口を何とかしないとなぁ、と。
今度は本音で、わたしも深くため息をついた。
*
ところでわたしはわたしで、この呪いとも取れる症状について調べた事がある。
恐らくこれと同時に起こった超常現象、転生の事も含めてね。
アンナさんがいない留守の時間を見計らって、父の書斎へと侵入した。
いくつも小さな頃から、入ってはいけないと言われていたけれど良い子じゃなくなった有栖はそれを守るはずがない。
べ、別にえっちな本とかを期待して入ったわけじゃないんだからね!
勉強が好きで趣味にしているような父の書斎には、様々な資料が置いてあった。
物理数学の専門的で堅物的な冊子から、果ては保健体育の教科書(R18)まで幅広く勉強なされていたようだ。
わくわくと部屋を荒らすわたしに他意はない、念のため。
しばらく保健体育の参考書回収に勤しんでいると、それは見つかった。
分厚い赤の皮で出来た丁寧な表紙、しかし年季は相当入っている。
題には一文、「神と願い」。
どうしてかこれだとピンときたわたしはすぐに部屋に持ち帰って、その本を隅から隅まで読み込んだ。
お姉さんのいない本をこんなに読み込んだのは前世だけと比べれば初めての事だ。
しかし、案外やってみるものだ。気になる文書を発見する。
『その神は強い願いと引き換えに、死という代価を頂戴する。それがどんなに歪んだ形で叶えられるかこそ、神のみぞ知る』
一体それがどんな神様なのか、どんな成り立ちなのか、どんな影響を与えるのか。
そんな厨二病みたいな神様がいるのか、そんな事について大真面目に厳かな文章で文書が成り立っている。
そんな馬鹿な、と思うのはやはり難しい。
現に転生者として明確な記憶のあるわたしは、どうしてもその一文が忘れられなかった。
神という存在が歪んだ形で叶えたのが、今のわたしなのだろうか。
美少女でありながら、病弱で。
病弱ではあるが、美少女ではある。
煩悩を放つ災いの口はしかし、
全てわたしの本音でもあるという事。
間違ってはいない願いの形、だからこそどうしてか、手掛かりがある気がしてならなかった。
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