桃の夢
どんどん進んでいくと、あの懐かしい白い鳥居と、寝殿が見えた。
「守様…!」
私は喜びのあまりためらいも恥じらいもかなぐり捨てて、寝殿に駆け込んだ。
祭壇に向かっているその背中が、振り向いた。
「守様・・・!」
私は嬉しくて立ち尽くした。それ以上、言葉が出てこなかった。
だが、彼は厳しく言った。
「なぜ、光の方へ行かなかったのです。そしたら…安らぎを得ることができたのに」
「だって・・・」
予想もしなかったお怒りにどうすればいいのかわからず、私はこどものように手を握りあわせた。
「守様・・・私が、戻ってくるの・・・お嫌、でしたか・・・・?」
彼は立ち上がって、私の方へ向かってきた。その顔は悲しげだった。
「嫌なわけがないでしょう・・・でも考えてごらんなさい、あなたは永遠にここを出る機会をなくしたのですよ。この閉じ込められた池にずっとしばられなければいけない。私のように・・・」
私は守様へ手を伸ばした。
「それこそ、私の望みです。守様も知っておられるはず」
「あなたには、わからないんです、ここにずっと居るというのが、どういう事か・・・何人も去ってゆく人の巫女を見送るのが、どんなに辛いことなのか・・・」
そうだったのか。守様も、辛かったのか。
「守様、もう巫女がくることもありません。私が最後の、巫女なのです。神社を守れなくて・・・すみません」
守様の顔が深い悲しみで翳った。
「私は、この村を救えなかった・・・神社も。あなたが苦しめられている時ですら、助けられなかった。神など、なんの力もない、悲しい存在です」
「そんな・・・そんな事言わないでください!私は、守様にお仕えするのが喜びなんです・・・!」
そういう私に、守様は諦めたように微笑んだ。
「しょうがない子ですね・・・桃は。母さんのところへ行きたくはないのですか」
「さっき、母さんとおばあの声が光の中から聞こえてきて、安心しました。もう苦しんでないんだ、って。だから・・・」
守様はじっと私を見つめた。
「ありがとうございます、桃・・・あなたは立派に働いて、戦ってくれました。その、礼を言うのが先でしたね」
「いいんです、お礼なんて。私は守様と一緒にいられれば、それで」
守様の手が桃の頬に伸びた。桃は恍惚と、その接吻を受けた。
「ならばここで一緒に。ずっと・・・私のかわいい桃」