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9.手を繋ぐ。



 尾久川君はしばらく硬直していたけれど、やがて振り返って後ろ手に扉を閉めた。


 ぎゅうっと抱きしめて来る。びっくりしたし、暖かい身体は見た感じより大きく感じた。力も、ちょっと強くて、苦しい。


 尾久川君が黙ったまま動かないから、だんだんびっくりが緊張に変わっていく。鼓動がどんどん速くなっていく。


 そっと手を胸にあてて押すと尾久川君はびっくりしたように離れた。


「うわっ、ごめん! ごめんごめん!」


 真っ赤になって謝られて、こっちまで赤くなった。


 それからわたしと彼はゆっくりと歩いた。

 校門まで来て「家、電車なんでしょ?」と聞くと「もうちょっと、話したいし、送らせて」と照れ臭そうに笑う。頭の中は依然ふわふわしていたけれど、朝や昼に感じていた緊張やヒリヒリは無くて、どこか幸せな浮遊感だけがあった。


「ありがとう」と言って、数歩進んで大事なことを思い出す。


「そ、そうだ、尾久川君。 クラスに、あの……髪の長い……可愛い子がいるでしょ……」


 ベランダで聞いた顔の見えない声と、廊下と教室で二回目撃した彼女が同一人物か確認はしていなかったけれど、きっとそうだと思っていた。


「髪の長い子はたくさんいるけど」

「尾久川君と……仲がいい子……」


 あの人と、付き合うんじゃないの? とか、どうなってるの? とか、あまり直接的な単語を口にしたくなくて、出来なくて、それだけしか言えなかった。けれど、彼はわたしの顔を見て、それから前を向いて数秒考えこんで、わたしの言いたいことをなんとなく察したようだった。


「あー……うん。一年のときからずっと、好きって言ってくれてる……」

「すごい……」

「でも俺はその頃から好きな子がいたから……ずっと断ってたんだけど……それで、いい加減にしろって発破かけられたのもあって」


 尾久川君はボソボソと歯切れ悪く言う。


「で、でももう、今は……あの人と、付き合ってる? あの、ベランダで……」

「えっ、すず、聞いてたの?」

「途中まで……聞こえただけ」

「どこまで? その感じだと最後までは聞いてないよね……」


 最後がどこかも分からない。


「好きな子が、自分と別れた翌日に目元腫らしてたから……なんか、自意識過剰かとも思ったけど……どうしても諦めきれなくて……また断った……」


 好きな子……。さっきから名前は言わないけれど、何度も好きと言われているようで、胸の奥がじんわり熱い。


「俺もつくづく、しつこいよなー」


 尾久川君はそう言って笑って、少しだけ早足になって前を歩く。


「あ、あの、いつから?」


 聞いたけど、振り返ることなく「内緒」と返される。きっとわたしが思ってたより長いんだろう。彼が声をかけてくれて、好きだと言ってくれてよかったと、今は素直に思える。


「ありがとう」と、小さな声で言ってみる。聞こえていないかもしれない。そうしたら、また今度、伝えてみようと思う。


 制服の袖から出ているその手が気になって、じっと見つめる。


 尾久川君が早足過ぎて、少しずつ距離が空く。それに気付いた彼が立ち止まって、こちらを見ながらわたしを待った。


 早足で追いかけて、隣にならんで、また、彼の手をちらりと見た。


 色んなこと、自分の足りない部分だとか、たくさん知った。今まで、ずっと見えてなかった部分だ。

 お洒落じゃなくて、野暮ったくて、頼まれると断れない。上手くしゃべれなくて、後で落ち込んでばかりいる自分。


 どれも鈍臭いわたしには、難しくてすぐには変われそうにない。


 でも、お弁当だって、一度めより二度めの方が上手に作れた。一回目より、二回目。昨日より、明日。


 きっと、彼は今みたいに、待っててくれるんじゃないかな、と思う。


 たくさんの〝これから〟を頭の上に押し上げて、わたしはとりあえず隣にある彼の手を、思い切って、ぎゅっと握ってみることにした。



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