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装殻甲戦アニマトゥーラ  作者: どといち
第二章 穿たれた童心は境界で惑う
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第四十四話 裏・逃避

 最上葵がショッピングセンターにて、松永供美に連絡先を渡したその日。

 その日、その場は事件の現場となった。


 凛音によって一応の解決を見たその事件は、現在報道の中心となっていた。


 葵は善治によって派遣された護衛と共に既に帰宅していた。

 リビングのテレビには事件の続報を伝えるニュースが流れている。


 幸いにして、死者は出なかったようだが、多数の怪我人が出ているとのことだ。


 葵の心に重く暗い感情が湧き上がってくる。


 普段から通っている場所が凄惨な事件の現場になってしまった衝撃と、その事件が自分の持つ力と同様のそれによってもたらされたという事実。

 そして、葵にとって大事な友人である凛音だけを矢面に立たせてしまったという負い目が彼女の心を波立たせていた。


 葵は自分の首元に触れる。


 さらりとした肌触りの良い感触、今はそれが無性に腹立たしかった。

 自分の力を知らずに無自覚なまま妹がそれを振るっていた頃とは違う。今の自分はそれを使わないという選択肢こそが正しいことであるし、そもそも封じられている現状を理解してはいた。

 だがそれでも、自分に出来ることが、出来ないという縛りに葵は不満を覚えていた。


 それが身勝手な感情であることは、葵にも分かっていた。それでも生まれた不満は容易には打ち消せない。以前の彼女であれば、たとえアニマトゥーラを持っていない身であってもそんな感情を抱くことは決して無かっただろう。


 自分のかつての行い、その贖罪について葵はずっと考えていた。

 謝罪は許されず、社会的に罰されることも無く、このまま友人達の庇護の下暮らしていくことは、葵にとって優しすぎた。


 自分に出来ること。それを考えたとき、真っ先に思い浮かぶのが装甲の力であることが、葵の苦しみを増していた。それと同時に、今日ショッピングセンターで暴れた人物達への理解も生まれていた。


 アニマトゥーラという力、その力についての見解は多種多様であり、正解など無い類のものかもしれない。

 だが一つの事実としてアニマトゥーラは強大であり、それを持つ者は、持たざる者に対してアドバンテージを得ている。

 ならば、それを積極的に使用しようという立場になるのは、無理も無いことだと葵は思った。


 だがそれは、自制によって制御されるべきものだと葵は考えていた。


 しかしモラルによる制御など、風前の灯、砂上の楼閣、簡単に崩れ去る物だろう。だからこそ、今葵は首輪を着けられている。


 使うべき時に、必要な分だけを。言うだけならば簡単だ。


 葵は改めて友人たちを尊敬した。そしていつか自分も彼女達に並んで、この力を制御できるようにと願った。

 そして葵の中に居る彼女の妹も、あるいは葵以上にそれを願った。


 いつの間にか、部屋は薄暗さを増していた。帰宅してから余り時間は経っていないが、部屋の外には夕闇が迫ってきている。

 葵は電灯を付けるために、すっくと立ち上がった。


「凛音ちゃん、どのくらい時間かかるのかな?」


 立ち上がると共に、葵はポケットへと仕舞っていた自分の携帯を取り出す。寮への移動中に凛音から帰宅が遅れる旨の連絡を受けてはいたが、それから暫く時間が経っていた。


 調書を作成するという話だった。


 葵には取り調べの経験は悲しいことにあれども、それがどのくらい時間の掛かるものなのか、という事は幸いなことに分からなかった。

 電話を掛けて確認を行うことも考えたが、調書を取るための部屋は携帯の電波が入らないようになっている。

 少なくとも、自分の際はそのように説明を受けた覚えが葵にはあった。


 それほど掛からないという話だったので、もう少しで帰って来るだろう。


 そう葵が考え、手元の携帯から目を離した時だった。


ヴー、ヴー、ヴー。


 マナーモードになっていた携帯が着信を示す振動を発した。それが友人からのものであると咄嗟に判断した葵は、しかし画面に目を落として怪訝な表情を浮かべた。


 公衆電話。


 その表記を見て、葵は着信を受けるかどうか迷い、少し経ってその通話を繋げた。


「はい、もしもし? 最上ですが。どちら様ですか?」


 だが、そうやって出た電話口からの返答は無かった。間違い電話かと思った葵が通話を切ろうとした時だった。

 微かだが、音が聞こえてくる。その音に耳をそばだてた葵は、どうやらそれが女性のすすり泣く声だということに気づいた。


 その瞬間、葵の全身に鳥肌が立つ。


 まるでホラー映画のワンシーンだ。


「す、すみません。本当にどちら様なんでしょうか?」


 相手がせめて生きた人間であって欲しい気持ちからか、葵は電話の相手へ確認の呼びかけを続けた。それと同時に、自分の携帯へ掛けてくる可能性のある人物を頭の中で思い浮かべていった。


 それは、残念なことに片手で数え終わるほどの人物しか居なかった。だがそれゆえに、葵は公衆電話から自分へ電話を掛けてきそうな人物に心当たりがあった。


「……松永さん?」


 その瞬間、電話の向こうから息を呑んだような音が聞こえた。それによって葵は電話の相手を確信した。


「松永さん? どうしたの? どうして泣いてるの?」


 電話口からの泣き声は強くなっていた。事情を聞きだそうと、葵が声を掛けようとしたその時だった。


『助けて……』


 たった一言、絞り出したような声が聞こえ、通話は唐突に終了した。

 

 通話が終了した事を告げる音を聞きながら葵は、恐らく松永供美であろう先程の相手の言葉の意味を考える。

だが、その言葉は余りにも唐突過ぎた。葵が先程の言葉から考えうる状況は、どれも切羽詰ったものであるが、それは妄想に過ぎず、つまりは彼女に対して何もアクションを起こすことが出来ないということを示していた。


 最初に名前を名乗らなかった事から、初めは何も話すつもりは無かったのかもしれない。あるいは、話すことが出来ないでいたのかもしれない。


 電話が出来るのだから、警察へ掛けることも出来たはず。それをせず、わざわざお金を払って自分へ掛けてきたということは、通り魔やなどに襲われたということも考えにくい。


 何も分からない。


 だからこそ、葵は友人を待つことにした。


 自分一人ではどうにも出来ないことがある。

 それを葵は諦観ではなく、実感として理解していた。


 焦燥が葵の心と呼吸を乱す。だがそれは、時間と共に落ち着きを取り戻していった。

 

 葵は自分の妹の感情をしっかりと知覚していた。人間、自分以上に慌てている人間がいると不思議と自分は落ち着くものだ。


 葵は誰に向けるでもなく苦笑を浮かべた。


 いつの間にか時刻は夕方を過ぎ、夜の闇がその暗さを増していっていた。葵はリビングの入り口へ向かうと、その付近の壁にあるスイッチを押し、部屋の電灯を点けた。


 照明により、リビング内は明るさを増す。彼女はベランダへ通じる窓のカーテンを閉めるために、そこへ向かった。


 そうして足を運んだ窓からは、他の家々の明かりが見えた。あの明かりそれぞれに、人が住んでいる。

 

 明かり、家、松永さん、公衆電話。


 瞬間、葵の脳内にも電球が灯る。

 

 もしかしたら、松永供美の現在いる場所が分かるかもしれない。


 だが、その考えが正しいとして、それを実行できる人間が果たしているのだろうか。葵は自身の考えに疑問を呈する。

 少なくとも、葵自身には絶対に不可能なことだ。しかし葵には自身のひらめきを投げ捨てるつもりは無かった。


 葵は、今すぐにでも可能性を確かめられずにはいられない気持ちを必死で抑える。


 友人と調書の作成を行っているであろう彼に連絡を取ることは、現時点では難しいだろう。


 あるいは、今葵の周囲で彼女の監視を行っている人々に何かしらのアピールを送れば、それは可能かもしれなかった。だが、その方法はそれによって様々な人に起こる迷惑を考えれば、最終手段に近いものだ。

 

 だからこそ、やはり葵は待つことにした。


 葵は窓のカーテンを一気に閉める。


 もうここから出て行くような真似はしない。


 ふと気づくと、彼女の手には携帯が握られたままだった。それをゆっくりとした動作で元の位置へ仕舞うと、葵はこれからお腹を空かせて帰って来るであろう友人のために、キッチンへと向かった。


「松永さん、必ず行くから、待っててね」


 冷蔵庫から取り出した食材を前に、葵は目の前にはいない人物へと向けて、そうひとりごちた。


 

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