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異形

 

「────ニンゲン、逃げて!!」


 額の少し上、頭髪の生え際の辺りから刀剣のような一本角を生やした少女は俺たちに警告した。


 "逃げる"とは一体何からだろうか。この少女は一体何者だろうか。そのような疑念はどこか隅の方へ追いやられ、それよりも緊急事態を告げる彼女自身の身を案じて俺の身体は走り出していた。


「あっ、だめ!こっちに来ちゃだめだって!」


 彼女の元へ駆け付け、俺は手を差し伸べる。


「ここは危ないんだろ?それなら君も一緒に────」


「やめなさいッ!!」俺は背中に怒鳴り声が浴びせられた。


 その声の主はデール副官だった。振り返って彼女の顔色を窺うと、勝手に行動したことへ憤っているというよりは酷く焦っているように見えた。


「なんでだよ!!こんな場所に子供を平気で置いていけるのがこの国の大人なのか!?」


「そっ、その子は…………その子の()()には、私たちが干渉すべきじゃないんです。聞き分けてください」とデールは力なく溢した。


『種族』ときたか。どうしてそんなに嫌な言葉を使うのか。この娘は確かに部分的に自分たちとは違うけれど、殆ど姿も変わらず会話も通じるし、敵対的な様子もない。


 事実この子は俺たちのことを『ニンゲン』と呼んだのだから、少なくととも『人間は自分達とは違う』という旨の教育を受けていることは確かかもしれない。それでもいい、俺の眼には人間にしか見えないし、聴こえない。だって彼女は俺たちの身を心配して警告してくれたじゃないか。


「行こう」デールの言葉を跳ね除けて、俺は少女の手を引いた。


 ───その時だった。


 俺たちが通ってきたのとは反対側の穴から、地響きが聴こえてきた。


「あいつ、やっぱり()()()……どいてっ!」少女は俺を自分の後ろへ追いやって穴の方に向き直った。


 次の瞬間、正面の穴は灼熱の大炎で満たされた。後方にいるこちら側にもその強烈な熱波が膨張した空気の流れと共に伝わってくる。何よりも驚いたのはその炎の出所が、この娘の可愛らしい口からだったことだ。


「ぜんぜん、だめ……」


 止まらない地響きに少女がうなだれた直後、地響きの主は洞穴からひょっこり顔をのぞかせた。漆黒の体表に宝石みたいな真黄色の瞳、もう何者かはわかり切っていた。


「サル───!!手を貸せぇ───!!」


 絶叫に応じて、サルが弾けるようにこちらへ飛びこんでくる。


「あんた、やっぱりとんでもねえヤツだな」とサル。


「この子を頼む」


 俺の願いを聞き届けると、サルは迅速かつ強引に少女を抱き抱えた。


「あっ。ちょっ、何するのっ!」少女は銀の髪を振り乱して抵抗している様子だった。


「全くこいつァ、大変なことになるぜ」そう言い残しサルは無理矢理に少女を抱えて後方へ跳躍していった。


 水量減少の原因は間違いなく()()()だ。


 しかし、この異形さといったら何か根源的な嫌悪感を抱かずにはいられない。


 円形の口唇にびっしりと生えた犬歯、太く強靭な前足が六本も均等な間隔で首の根元あたりから伸びている。それは扇風機の羽根を思わせた。しかも一本の腕につき三つの高質化した巨爪を備えていて、今はそれらが洞穴の淵をしっかりと掴んでいる。


 俺は見た。このシーズが穴から出てくる直前、六本の腕を前方へ突き出し、一点に集中させて身体ごと回転して穴の中を突き進んでくる姿を。


「ショウくーん!」後方からダフトがぼてぼてと走ってきた。


 その表情はこれまでの彼とは違って戦う男の顔になっていた。


「ダフト、こいつを倒すのは自警団の仕事か?」


「もちろんさ。頼りにしてるよ~」ダフトの口ぶりは緩いが、表情は険しい。


 シーズは俺たちを襲うことに決めたのか、とうとう穴からこちらへ向かって飛び出してきた。先程穴の内側を進行してきたのと同じくドリルみたいに螺旋を描いてだ。


()やっ────」


 鈍重そうな図体からは想像もつかない突進の速さに、反応が遅れる。


 無我の境地とも言える集中力によってか、あるいは死の直前に与えられた猶予か。時間がゆっくり流れる感覚を憶えた。


 思考は出来るのに身体は酷く緩慢にしか動かない。あの高速回転する爪に巻き込まれてしまったら、俺の身体はどうなってしまうんだろう。


 自分自身が細かい肉片になってしまっても、時魔法による巻き戻しは可能だろうか。いや、無理だろうな。


 主観的な時の流れが世界に追いついた頃、俺の視界に広い背中が割り込んできた。


 ダフトだ。彼は俺を脇へ突き飛ばし、庇うように攻撃を受けた。


「ダフト─────!!」


 回転する爪を食らって、たまらず後方へ吹き飛ぶダフト。


 高速回転する爪がダフトに命中した時、俺は想像していたのとは違う音を聞いた。それは金属を加工する時のようなかん高い音。


 そして、振り返るとシーズの全貌が明らかになった。


 驚いたことに六つあるのは前足ばかりでなく、後ろ足も同じだけの数あるではないか。そのシーズは、ちょうど三匹の土竜を互いに背中合わせで結合させたような異形だった。



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