幼女と御供と奇妙な宿題
ばあちゃんに頼まれていた仕事も何とか終了し、一息ついていると日は傾き、地平線の向こうへその三分の一程が沈んでおり、降り注ぐ西日が眩しく、朱色に染まる陽の光は一日の役目を終え、遅番の月の出番へと着実に近付いている様相を呈していた。
暑さも昼に比べると幾分かましになり、頬を撫でる風がじっとり絡みつく嫌な感じではなく、ひんやりと爽やかに通り過ぎて行った。
時刻は現在四時半過ぎ。
まだ明るいが、山の中は街灯などの人工物による明かりが殆どない。
なので暗くなるのも一瞬だ。
油断していると取り残されてしまい、野宿する可能性すらあるので、早めに下山した方が賢明だろう。
「うし、とりあえずお疲れ様…何とか暗くなる前に終われて助かったよ、みんなありがとう!」
ゴミ袋に細かい草を詰めて縛り、使った道具等を水で洗い終えると手を止める。
労いの言葉を掛けると、急ピッチの作業ながらも大活躍した樹たつきが、汗をぬぐい、コップに入ったジュースを傾け、途中で飽きて寝てしまい、境内の階段の方へ腰かけた久那妓くなぎさんに尻尾枕されて安心しきった表情で「くー…くー…」と、可愛らしい寝息を立てて親指をしゃぶり、安らぐコンの横に佇んでいた。
「ふぅ~…これでとりあえずは一段落ね。あ、花奈はなちゃんジュースありがと!」
花奈も先ほど最後の草束を縛り上げ、神社の隅へと積み上げ同じく仕事を終えた花奈がせっせと紙コップにジュースを入れて、近場の人から順番に手渡していた。
「おっけー、てか、めっちゃ疲れた~…だる~…」
口では何だかんだ言っているが、細かい所で一番動いてくれたのは彼女だ。
気配り上手な花奈の仕事ぶりは、草を纏めるために使うロープを使いやすいサイズにカットしたり、効率的に作業を行えるように機械の妨げになりそうな小石を退けたり、区画を分けて順番に作業する場所を指示したりと数えるとキリがない位だ。
その上自分の作業を終えるとすぐにジュースを配って回っている。
一体どれだけ気配り上手なのだろうか。
そんな二人に感謝しつつ、急ぎ足で撤収準備を開始する。
持ってきた荷物をリュックに詰めなおし、忘れ物が無いか点検する。
鉈よし、タオルよし、ゴミ…よし。
登りと違って飲み食いした分荷物自体は軽くなっており、パンパンに詰まっていたリュックのスペースも三分の一程の余裕ができる程だった。
荷物も詰めなおし、作業も終わり完全に撤収準備が完了すると、久那妓さんが労いの言葉をかけてくれた。
「皆様…本当にありがとうございました。今年も快適に過ごせるでしょう…ほら、コンあなたも皆さんにお礼を言うのよ」
久那妓さんは尻尾を器用に操り、寝ているコンの顔の前に持って行くとフサフサの先っぽでコンの顔をくすぐる。
二度、三度と往復するとコンは「うぅ…ぅ…ふぇ、へくちっ!」と、盛大なくしゃみをかまし、まだ眠たそうな眼を擦り、再び久那妓さんの尻尾に顔を埋めようとする。
しかし、尻尾でそれをガードされてしまい、強制的に座らされると、目をつむりぶるっと身震いして「ふぁぁ…」と、気の抜けたあくびをした後に「ありがとなのじゃ~…ぐぅ…」
と、再び眠りについてしまった。
「全く…仕方のない子ね…」
クスッ、と目を細めて尻尾に抱き着くコンを横目に久那妓さんは「よしよし…」と、コンの頭を撫でていた。
コンも「えへへ~…」とはにかみながら、尻尾に顔を埋めていた。
「神様って言っても沢山食べたかと思えば、元気に遊んで…電池が切れたみたいに眠っちゃって…ふふ、なんだか普通の子供みたいね」
樹がそういうと、久那妓さんは眉を八の字にして少し困った表情を浮かべる。
「私としては土地神として、もう少ししっかりして欲しいのですが…。親としてはいつまでも…かわいい我が子であるが故に悩みどころです…」
すっかり打ち解けてしまった樹と久那妓さんは世間話に花を咲かせながら、コンの頬を人差し指でツンツンと軽くつついている。
「でもぉ…かわいがるだけが愛情じゃないわよぉ?叱る時は叱らなきゃ、何もできない子になっちゃわ。大事なのはバランスよねぇ…って、私たったら、神様相手に何言ってんのかしらね~」
そう言って口元のに手を当てて「おほほほほ~」と笑う樹に久那妓さんは「そうですよねぇ~…」と腕を組み、首をコクコクと上下させて同意する。
そこへ自分の分のジュースを持った花奈が来て、ごっきゅごっきゅと豪快に喉を鳴らしながら一気飲みしたかと思えば、コンの目の前でしゃがみ込むと、二人に混じってコンの頬をつまむ。
「あはは…おもしろ~やっぱ子供の肌って柔らかいね~…ってか、これ餅みたいでぷにぷにしてて可愛い~…持って帰りたいくらいだわ~…もらっていい?家来ちゃう?」
若干寝苦しそうにしながらも当の本人のコンは「あう~…むにゃむにゃ…すぴ~…」と、寝息を立てている。
日も沈みかけているというのに、呑気な奴らだ。
俺は気合を入れて軽くなったリュックを背負いなおすと、皆に声をかける。
「おい、お前ら神様でなにやら愉快なことをしている場合じゃないぞ?本格的に暗くなる前に下山しないと、下手すりゃ野宿だぞ、野宿!」
そう言うと、花奈が立ち上がり軽く膝をはたいて埃を落とす。
樹も「そうね、そろそろお暇する時間ね」と、コンの方から視線を外すと、名残惜しそうにしながらも荷物を拾い上げ帰り支度を済ませた。
「それじゃ、久那妓っち、寝ちゃってるけどコンちゃんもばいば~い…また遊びにくるよ~?」
そう言って花奈もこちらの方へと歩き出す。
忘れ物がないか最後の点検をもう一度行い、最後に久那妓さんに挨拶してから帰る事にする。
「それじゃ、久那妓さんばあちゃんに報告して調査が終わったらまた来るよ。見つかるかどうかは分からないけど、何とか探してみる」
そう言うと、久那妓さんはコクンと頷き「どうか、よろしくお願いします。お気をつけて…」と、短く告げると右手を上げて、小さく手を振ってくれた。
俺達はそれぞれ「じゃ!」「またね~」「また来るわね~」と、短く言い放ち歩き出す。
過酷な山道だが、帰りは下りの分幾分かましになるだろう。
暑さも和らいでいるし、荷物も軽い。
急いで下れば暗くなるころには麓にたどり着くだろう。
久那妓さんに別れを告げて、参道を歩き始める三人。
石畳を超えて鳥居を潜る。
ここからはまた未整備の道だが、登ってくるときに軽く鉈で雑草を排除していたので、一人分通れるくらいの道が続いている。
丁度そこへ差し掛かる頃、三人とも無言でこれから山下りする体制に入っていると社の方から声が聞こえてきた。
「あの!皆様!すみません、ちょっとお待ちください!」
凛とした鈴の様な透き通る声は少し慌てた様子でこちらを呼び止める。
振り返ると、久那妓さんが鳥居に手を当て佇んでいる。
背中にはコンを負ぶっており、息を切らせて肩を上下させていた。
「あの、まだ何かありましたか?」
と、俺が質問すると久那妓さんは一瞬神妙な表情をするも、決意した様に続けた。
「すみません、皆様もう一つお願いが御座います!」
声を張り上げそう告げる久那妓さんはどこか真剣で、決意を込めたような表情をしていた。
「どうしたのぉ~?そんなに真剣な表情かおしちゃって…?」
「ん~…私なんかしたっけ~?ゴミ置きっぱだっけ?だる~…」
二人も久那妓さんの方へと振り返り視線を向ける。
「重ね重ね申し訳ございません!ですが、これはある意味チャンスだと思いました!」
久那妓さんは言葉を区切って続ける。
「この子はもっと広い世界を見て回るべきです。土地神として、民の暮らしぶりを知って、現代の知識を身に着けてほしいのです…」
皆が久那妓さんの方へと意識を集中して次の言葉を待つ。
「皆様、どうか、この子に調査のお手伝いをさせてあげてはくれませんか!?」
久那妓さんはそう言うと、身を反らして負ぶっていたコンをこちらに向ける。
くるりと反転すると同時に、フサフサの長い尻尾と美しい白色と金色の髪がひらり揺れて、風に靡なびく。
「調査に同行させてもらい、現世の姿を自分の目で見つめて、これから自分が守って行く存在というものを意識して貰えたら…嬉しく思います。私はこの子が人間の世界を知れば、きっと人を好きになってくれると思っています…」
その姿が夕日に映えており神々しく、そこだけ急に幻想的な雰囲気を醸し出している。
「先ほど樹さんに言われて決心がつきました。この子が立派な土地神になるには経験が足りてない…と。今回の仙狐水晶の探索、この子の土地神としての資質を見極める良い試練になると思うのです!本来なら土地神としてもっと威厳と落ち着きを持ってもらわなければならないのですが…」
なおも続ける久那妓さんはまっすぐとこちらを見据えて言う。
「どうも、末娘だけあって…甘やかしてしまうのですよ」
目を細め、ニコリとほほ笑む久那妓さんは、優しい母性と厳しい父性が合わさったかのような何とも言えない葛藤を浮かべた様な表情をしていた。
「本来なら私にもう少し余裕があれば、外に連れて回ることが出来たのですが、仙狐水晶が無くなってしまった今、その歪みを調整する為にこの社から離れることが出来ませんので…」
「その…コンは一応神様なんだよな?その、色々と大丈夫なのか…?」
「大丈夫だと思います。皆様の心配は最もですが、私はそれよりも、貴方達だからこそこの子を託したいと思ったのですよ。今日この子が本当に懐いてしまっていますからね…私が外に連れていくよりも、きっとこの子に良い刺激を与えてくれると確信しております」
ここまで信頼されてしまっては、コンを預かるのは吝かではない。
だが、問題なのは一般的に見てもコンの容姿は整っているどころかずば抜けている事。
そんな子供を引き連れていては、調査どころではなくなってしまうと思うのだが…。
「容姿に関しては問題ありませんよ」
久那妓さんはそう言うと、ニコリとほほ笑む。
まるで心を読まれたかのように、俺の疑問にすんなりと答えてくれた。
「そこは認識阻害の力が働くと思います。この子にも似たような力がありますし、可愛い子供くらいにしか認識できないと思います。私達は狐ですので、化かすのは得意なのです」
「便利なもんだな」
「そうなのです。太古の昔より人間に混じってその暮らしを近くで観察してきたので。今の姿も実はその為に身に着けたものなのですよ?」
そう言うと、一瞬ぶわっと風が吹いたかと思えば、巫女服を着ていたはずの久那妓さんが全く違う姿に変身していた。
そこには、黒っぽい藍染の地に鮮やかな朱色の牡丹の花柄、金色の糸で刺繍された蝶が舞うデザインの着物を着た美人さんが立っていた。
先程まで神々しい白色だった髪も、艶々の黒髪になっていて、頭上にあったはずの耳と、長く目を引くフサフサの尻尾が消えていて、一瞬誰だか分らなかった。
確かに、その容姿であれば美人で目立つことはあるが、普通の人間にしか見えない。
「うわ、久那妓っち元も美人さんだったけどそっちの方も超美人さんじゃん!女優さんみたい!」
花奈が感嘆の声を上げると、樹が尋ねる。
「でも、本当にいいのかしらぁ?親御さんが信頼してくれるのは嬉しいけどぉ…」
一度コンと久那妓さんを見比べて続ける。
「コンちゃんはまだ子供でしょう?親元を離れるのは不安じゃないかしら?それに、本人の意思を尊重してあげたいわぁ…まあ、私としてはぜひとも連れて行ってあげたいのだけど!」
しかし、久那妓さんは「ふふっ」と、笑うとコンを軽く揺すって起こして、地面に立たせると、まだ眠たそうなコンの頭をぽんぽんと軽く撫でて言った。
「ほら、コン起きなさい。いいですか?今からあなたに土地神として初めての仕事をしてもらいます。この方々と一緒に無くなった仙狐水晶を探して取り戻してきなさい。あなたなら出来ます。立派な土地神になる為に頑張るのですよ?」
「ふぇ~っ…母様…?」
久那妓さんはコンの頬に両手を添えると瞳を覗き込み、しばし沈黙。
じーっと見つめ合う美人親子を眺めていると、それだけで映えてしまい目の保養になるのだが。
時間的には数秒に満たない時間だったが、コンも久那妓さんの真剣な表情を見て何かを察したのか、一度コクンと頷くと「分かったのじゃ!」と、元気よく返事をしていた。
「ふふ…いい子ね。あなたなら出来るわ。コン、頑張りなさい!」
久那妓さんはそう言うと、コンの背中を軽く押し出した。
コンは一歩前に出てくると、とてとてと何とも可愛らしくこちらに歩み寄ってくると、俺達の目の前で止まる。
そしてこちらにペコリと一礼すると、顔を上げて言った。
「土地神見習いのコンじゃ。改めて、よろしく頼むのじゃ!」
元気に挨拶をしたかと思えば、くしくしと眼を擦り「くあぁ~…っ!」と、あくびをするコン。
「起きて早々で悪いが、良いのか?」
そう尋ねると、コンは目を丸くして首をかしげる。
「ふみゅ…母様がそういうのなら…仕方あるまいのじゃ…ふぁ~っっ…」
そう言うと、両腕を天高く掲げて「ん~~~~~っ!」と思い切り背伸びをすると、樹の方へと歩いていき、シャツの裾を掴み「一緒にいくのじゃ…」と、離れなくなってしまった。
「あらまぁ~…この子めっちゃ可愛いわ!もう、ほんとダメ!可愛すぎるわっ!」
コンの魅力に骨抜きにされてしまったオカマ。
くねくねと身をよじらせるその様は何とも不気味な物ではあるが、コンがなついてるのならいいのか。
…いいのか?
しかしまあ…神様とは言え、一般人的には幼女にしか見えないわけで、むやみやたらに連れまわしても良い物だろうか?
まあ、神様が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫なのだろうけど、俺とはあまり似てないせいで警察の世話になったなんでいう風になるのだけは勘弁してほしいところだ。
まあ、ここまで言われてはもう覚悟を決めるしかないのか。
「分かった。じゃあしばらくコンを預かるぞ?」
俺がそう言うとコンの頭をわしわしと無遠慮に撫でまわす。
「ぬ、ぬぁああ…!な、なにするのじゃ!おぬし!わし、神じゃぞ!呪うぞ!祟るぞ!」
コンは尻尾を逆立て、耳をピンと立てて八重歯を覗かせると、精一杯こちらを威嚇している。
ふわふわの髪の毛の感触が心地よいが、これ以上続けると本気で祟られそうなのでやめておく。
「ふふ…。ふつつかな娘ですがどうか皆様よろしくお願いいたします」
久那妓さんは再度頭を深く下げ一礼すると「コン、いってらっしゃい!」と優しく手を振って送り出してくれた。
コンは久那妓さんに手を振ると「行ってくるのじゃ~!」と、ニコリとほほ笑むと元気に手を振って答えた。
ただ、その際にボソッと漏らした言葉に一同が驚愕した。
「土地神としてはまだ未熟で幼いですが…人間の尺度で言えば八十年は生きていますので、せめて年相応に落ち着いてくれたら良いのだけど…」
「え?」
「まじで?」
「嘘ぉ…?」
三人とも驚愕していた。この見た目で俺らより年上だし何ならばあちゃんの方が年が近い。
嘘だろ…、見た目詐欺にも程がある…というか、コンでこの年齢なら久那妓さんは一体幾つなんだ?
「ふふふ…それは、聞かない方が身のためですよ?」
一瞬殺気の籠った視線を向けられると、身体がぶるりと震え上がり悪寒が走った。
どうやら、地雷だったようだ。
当のコンは「ん?」とこちらを覗き込んで、頭の上に?マークを浮かべていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)
執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)