表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/83

侵入者とおさしみ動画

 俺と樹は互いに顔を見合わせると、一度目配せをしてから頷く。


 ガンッという鈍い音は二つ鳴った。


 一つは樹がテーブルに膝をぶつけた音。


 そしてもう一つの音は、樹がテーブルに膝をぶつける前に確かに鳴っていた。


 ここは三階である。


 中央区の繁華街とはいえ、メインストリートより外れた位置にあるのと、何よりこんな時間にわざわざ悪戯目的でここまで登って来る人間がいるとは考えにくい。


 居るとしたら酔っ払いか、はたまた迷い猫か…そういう類だと思うのだが、今日はどうやら勝手が違った。


「おい、今の…」


「あいたた…思いっ切りぶつけちゃったじゃないの…もう、酔っちゃったのかしら?あ、四季ちゃんトイレ借りるわね?」


 と、樹は俺のセリフを遮り立ち上がると、人差し指を立てて口元に引き寄せ、シーっと小声でジェスチャーする。


 すると樹はスマホを操作して、メッセージアプリを立ち上げると、手早く文字を入力して、スマホの画面をこちらに向ける。


 画面にはこう書かれていた。


 ”そのまま、気付かなかったフリしてて”


 とのことだ。


 俺がそれを確認すると、樹の顔を見て俺は一度コクリと頷く。


 樹もその様子を確認すると、頷き返しゆっくりとした動作で入口の扉の方へ向かい歩いていく。


 ”普通に会話して”


 と、新たにスマホに文字を打ち込み、その通り会話を試みる。


「ああ、トイレはその奥の部屋だ。あ、紙は大量に流しすぎるなよ?古いから詰まるんでな…」


「小さい方よっ!?全く…失礼しちゃうわっ!」


 と、俺がそう言うと、樹は忍び足で扉の右横の壁に背を張り付け、曇りガラスになっている扉の隙間から外の様子を伺うべく、ゆっくりと耳を近づける。


 ドキドキと心臓が暴れて早鐘を打ち、頬を伝う雫が煩わしい。


 緊張によるストレスで、喉が渇く。


 生唾を飲み込み、樹の様子を伺う俺。


 暫くすると樹が手招きをして、ハンドサインで反対方向の壁に待機する様に指示すると、俺もゆっくりと立ち上がり、足音を消して移動する。


 緊張感が高まる。


 お互いに定位置に着いた事を確認すると、樹が目配せする。


 俺が頷くと樹が右手でドアノブに手を掛ける。


 そして左手の指を三本立ててゆっくりと一本ずつ折り曲げる。


 合図だ。


 三、二、一………今だ!


「誰っ!」


 樹が短く声を発し、勢いよく扉を開け、辺りを見渡す。


 扉から外には出ず、警戒する様に辺りを見渡すが、そこには外灯の切れた暗い廊下が広がっており、気配どころか、湿った夜風が吹き抜けるだけで、人っ子一人見当たらなかった。


「はぁ~…!」


「ふぅ…なんだったのかしら…今の…」


 俺と樹は互いに顔を見合わせると、安堵のため息を漏らす。


 ピンと張り詰めた空気が一瞬で弛緩して、樹の強張っていた表情も緊張の糸が解けいつものおっとりとした表情に戻っていた。


「気のせい…じゃないわよね…?さっきの」


 樹がそう言うと扉を閉める。


 だが、俺は手で樹を制し一度扉の外に出る。


「どうしたの?」


 と、樹がこちらの様子を伺う様に覗き込む。


「気のせいじゃないさ…」


 と、俺は扉から外に出ると、丁度俺の目線より下…大体地上高百五十センチくらいの扉に付いている窓枠の辺りを指でなぞる。


「間違いなく誰か居た…ここだけほんの少しだが、ガラスが曇ってる…。ここにこう…顔を当てて、俺達の会話を聞いていたんだと思う…」


 ろくすっぽ掃除もしていなかったので、扉の横のアルミ製のサッシは長年のチリや埃が蓄積ており、少し指を押し当てただけでもざらざらとした感触の後に黒い汚れが付着する。


 俺はそこに目を向けると、僅かだが何かが掠れて汚れが拭き取られた後の様なアルミの鈍い光沢がクッキリと浮かび上がっている所があった。


 もし何者かが身体を摺ったりしたら当然クッキリとその部分の汚れが掠れて筋が出来上がる。


「ほら、ここ…筋になってる…」


「ホントだわ…。痕跡からすると…身長は…大体百六十~七十センチくらいかしら?だとしたら男…やっぱり着けられてた可能性が高そうね」


 と、俺が指さして言うと樹もそこを確認すると、スマホのライトを点灯させて窓枠を照らす。


「だろうな」


「厄介な事になったわね…」


「元々厄介事なのは承知の上さ…ただ、動きにくくなるな」


 俺は腕を組み、左手の親指で顎に当てる。


 考え事をするときのクセで、ついやってしまうのだ。


「ええ、あちらさんにコソコソ嗅ぎまわってるのがバレちゃったら今後の動き方も注意が必要ね…」


 樹は俺の背中をポンポンと軽く叩くと、ニコリと笑って言う。


「まあ、でも用心するに越した事はないけど、四季ちゃんの実家の方に行かなくて良かったわね?コンちゃんや家族さんの居場所を突き止められなかったのは大きいわね。不幸中の幸いよ?」


 確かに、樹の言う通りだ。


 今日もいつもの様に実家の方に戻っていたら、危うくコン達を危険に晒す可能性もあった訳だ。


 その点については良かったかもしれない。


 だが、あちらに面が割れた以上、これからの調査に今まで以上に慎重にならざるを得ないかもしれないな…本当に厄介だ。


「はぁ…気が重い…」


 と、俺はため息を吐き扉を閉めて部屋へ戻る。


 樹も一緒に部屋の中へ入るものだと思っていたのだが…。


「身柄がバレてるなら…まだ近くに居るかもしれないわ。探してとっ捕まえて逆に情報吐かせるってのはどう?」


 何とも危険な事を考えるやつだ。


「あのなあ…誰か居たのは間違いないが、顔も見ていない誰かを探すのは無理だろ…というか、逆に奇襲される可能性もあるんだから…んな危険な事しなくてよろしい」


「あら、心配してくれるの?」


「当たり前だ。それに今日はアルコールも入っているからな。今日の所は大人しくしておくべきだ。面が割れたとは言え、あちらに俺達の目的がバレているわけではないし、今日の感じからすると偵察だけってところだろう。まだ今の所大丈夫なはずだ…。だからさっさと部屋に入れ…ま、確証はないけどな!」


 俺は扉を閉めて樹を招き入れる。


「まあ、四季ちゃんがそう言うならそう言うことにしときましょう!」


 パンッと掌を合わせて、素直に樹は部屋の中に入ってくるとドカッとソファに座り込み足を組み、何かを考え込んでいる様子だった。


 俺はそんな調子の樹に声を掛ける。


「ああ、今日は泊まっていけ。一人で帰るのは流石に危険だろうからな」


「って…あらやだ、四季ちゃんたら意外と大胆ね!?」


 何やら変な勘違いをされてしまってのか、いつものとぼけた調子で言う。


「おい、そう言う意味じゃない!」


「あ~ら、分かってるわよ!ほら、ベッドはどこかしら?当然一緒に寝るのよね?」


 と、くねくねと体をしならせてこちらに擦り寄って来る筋骨隆々の百八十センチを超えた大男である樹。


「ええい、やっぱ帰れ!違う意味で危険が危ないわ!」


 樹の態度に若干の苛立ちを感じたが、これはこれで彼なりの気遣いだろう。


 あくまで危機が去ったということで、場を和ませるために態とふざけた態度を取っているのだろう…そう願うばかりだ。


「あら、それは遠慮するわ~…あ、そうだトイレ借りるわね~」


 と、樹はひらひらと手を振って、悪びれた様子もなく、部屋の中に戻って行ってしまった。


「ったく…違う意味で危険だわ…さっさと寝よ…」


 俺は扉を閉め、しっかりと施錠してから室内に戻った。


「はぁ…とりあえず、家に電話しておこう…」


 と、スマホを取り出し画面を確認するとメッセージアプリに通知が付いていた。


 差出人は母さん。


 メッセージは短く”はよ、かえってこい”とだけ。


 次いで一件の動画ファイルが添付されており、画面をタップしてそれを開く。


 数秒の読み込みが終わると、動画が再生された。


 ◇


 撮影場所はどうやら家のキッチンの様で、コンが椅子に立ってまな板の前で包丁片手に格闘している所だった。


「ほらコンちゃん、ゆっくりよー…猫の手、猫の手よー!」


「うぬぬ…分かっておる。分かっておるが…しかし、ワシは狐なのじゃぁ~…」


 撮影者はどうやら母さんの様で、コンはまな板の上の柵状の魚に悪戦苦闘している様だった。


 その証拠に尻尾をふよんふよんと悩まし気に動かしており、耳もせわしなく小刻みにピクピクと揺れ動いている。


 形の良い眉も八の字に垂れ下がり、眉間にはぐっと皺が寄っていた。


「あらあら、本当に猫の手にするんじゃなくて、こうお手てを丸くして、ゆーっくり包丁を当てて手前に引くのよー。あまり力を入れ過ぎずに優しくねー?」


 台の上に乗り、ぷるぷると手を震わせて慣れない手つきで包丁を扱うコンだったが、母さんのアシストを受けて、何とか柵状になっていた魚…恐らく今日コンが釣り上げた真鯛を懸命にスライスしていた。


「こ、こうか…?」


「あ、そうそう、上手よ~その調子!」


 大きさや形は不揃いだが、何とか悪戦苦闘しつつもしっかりと包丁で一枚一枚懸命に…刺身を切る事に成功していた。


「おお、出来たのじゃ!見ろ、ハル、とーこ!切れたのじゃ!」


 一本分の柵を切り身状にし終えたコンは、その内の一枚をつまみカメラの方へと向けてニコニコと成果を披露していた。


「ええ。コン様お上手ですよ。ささ、残りも手早く切ってしまいましょう!もたもたしていると折角新鮮なお魚の鮮度が落ちてしまいます!」


「おお、そうじゃな!よし、残りも頑張るのじゃ!」


 ばあちゃんにそう言われると、俄然やる気になったのか、包丁を持ったまま胸の前で握りこぶしを作り、フンスフンスと息巻いていた。


「それじゃ、残りもがんばってー!」


 と、母さんがそう言うとコンはニコリとほほ笑むと、若干伏し目がちになり、ぼそりと呟く。


「…四季は、喜んでくれるだろうかの…?」


 小首を傾げコンが問うと、ばあちゃんが言う。


「ええ、きっと喜んでくれるはずですよ。ほら、カメラに向かって早く帰ってくる様にお願いするといいですよ」


「おお、これかの?」


「ええ、それです」


 と、ばあちゃんがそう言うと、コンはテテテテとカメラの方に近寄って伏し目がちにぼそっと言った。


「えっと…その…待っておるぞ…早く帰って来るのじゃ…!」


「美味しいお刺身用意して待ってるから、早く帰ってくるのよー!」


 ◇


 と、頬を赤らめそっぽを向いて、恥ずかしさを誤魔化す様にもじもじと身をくねらせるコン。


 母さんの最期のセリフで画は途切れてしまったのだが、俺はそれを見て自然と笑みが零れてしまい、傍から見たら不審者に思われてしまうかもしれない程、にやけている自覚はあったが、それはもう仕方ないと諦めた。


「まあ、明日には一度戻って合流しないとな。今日は寝よう…」


 そう呟き、母さんに”午前中には戻る”とだけ伝えてスマホの電源を落とす。


 最期に確認した時刻はもう既に深夜一時を回っており、慣れない釣りの疲れもあってか、俺の意識はあっという間に、深い眠りに落ちて行ったのだった…。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)




 執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ