スキ、キライ、ダメ絶対!
玄関で靴を脱ぎ、きちんと揃えて端に寄せると、それに倣い二人も同じようにする。
「おじゃましまーす」
「まーす!」
と、言ってぞろぞろと着いてくる。
家の中へ二人を招くと、声のするダイニングキッチンの方へと向かう。
良い匂いが鼻孔をくすぐると、引き戸を開けて中に入る。
「ただいま。母さん…もう出来てる?」
そう問いかけると、キッチンの方から母が顔を出し料理を盛り付けているところだった。
俺らに気付いた母は手早く皿に盛りつけると、ダイニングテーブルともう一つ座卓を用意しており、そこへ料理を運ぶよう頼まれた。
「ごめんね四季。こっちのお料理とお皿とコップそっちの小さいほうのテーブルに運んでちょうだい。母さん今手が離せなくて」
帰ってきて早々頼みごとをされたのだが、キッチンカウンターの上に並べられた料理はどれも暖かい湯気が込み上げており、食欲をそそる匂いが立ち込めていて、美味しそうだった。
「ああ、分かったよ…先に手を洗わせてくれ」
と、言って一度キッチンを通過する。
そこに後ろから着いてきた二人も倣い、洗面所へ向かう。
「うわっ!めっちゃご馳走じゃん!この照り焼きチキンめっちゃ柔らかそう!食べなくても分かる!これ超美味しいやつじゃ~ん!」
と、花奈は盛り付けられた料理に目が行っており来る前に駄菓子をあれだけ食べていたのに全然余裕といった様子だ。
「あら…ほんとに美味しそう。こっちのスープはいろんな野菜が入ってて体に良さそうね~。あらやだ~セロリも入ってるじゃないの~最高ね!」
と、樹も母の料理に目が行っていた。
まあ、登山であれだけ運動したのだから、お腹は減っていて当然か。
二人共料理にばかり目が行っているが、先に中へ入っていたコンとばあちゃんは座卓の方で隣に並んで座っており、コンがばあちゃんに何かを話していた。
「それでの~母様がの~…そんなんじゃ、立派な土地神になれませんよ!しっかりしなさいっ!って言うんじゃ~…」
ばあちゃんはそれを「ええ、そうですか…それはそれは…」と、耳を傾け、楽しそうに相槌を打っていた。
こちらの方には目もくれず、二人の世界に入っているのだから、ばあちゃんはよっぽど嬉しいのだろう。
今はそっとしておこう。
後で食事しながら話もできるだろうし。
そう思い、手を洗い母に頼まれた料理を座卓の方へと運ぶ。
本日のメニューは、鳥もも肉の照り焼き、野菜サラダ、四種の野菜スープ、ほうれん草のお浸し、中華風ひき肉の餡かけ豆腐、そして最後に稲荷寿司。
どれもこれも俺の好物ばかりで懐かしいメニューだ。
小さい頃はご馳走と言えばこんな感じだった。
誕生日や人が集まる時などに母とばあちゃんが作ってくれた我が家のご馳走だ。
どれもこれも手作りで、先程電話をしてからすぐに準備してくれたのだろう。
二人には感謝しかない。
座卓に次々と皿が並び、料理が到着するとコンは耳をぴこぴこ動かし、尻尾をちぎれんばかりに左右に振ると、座卓にダンッ!と、手をついて目を輝かせてよだれを垂らしていた。
ご飯と俺の顔を交互に見渡すその様子はまるで餌を前にした子犬みたいだった。
神様相手にこんな事を考えるのは罰当たりかもしれないが、その様子を表現するのにそれ以上の言葉が見つからない程ぴったりな表現だと思った。
「おい、コン!待て!」
思わずそう言ってしまうと、コンはこちらをじーーーーっと凝視して、大人しく待っている。
ただ、その尻尾は相変わらず左右にブンブンと揺れており、今にも飛びつきそうな勢いだった。
「先に手を洗いなさい。ご飯はそれからだ」
と、洗面台を指さすとコンは一瞬首を傾げるもすぐに立ち上がり、たたたたた…と走って行き洗面台の前へ立つ。
「たちゅきぃ~…」
だが、使い方が分からない様子で樹の名前を呼び、助けを求める。
「あらあら…」
助けを求められた樹は、コンの傍へ行くと「ここを捻るとお水がでるのよ~そうそう、少しだけね」と、使い方を教えていた。
「うお!水が出てきたぞ!なんじゃこれは井戸か!?こんなに小さい井戸なのか!?」
と、コン節を発揮していたがクスリと笑ってそれをたしなめる樹。
「ええ、小さな井戸みたいなものよ。でもそれよりもっと便利なのよぉ~…ここを逆に捻るとお湯も出てくるのよ?」
と、蛇口を反対側に捻りお湯を出す。
すると目を丸くして尻尾をビクンと震わせて叫ぶコン。
「うおおおおお!なんじゃ、妖術じゃ!樹はやはり妖怪じゃったのか!」
と、何とも微笑ましいやり取りをしていたがあまり遊び過ぎてせっかくの料理が覚めてしまっては勿体ないので声を掛ける。
「おいおい、それくらいにしておけ。冷めちまうぞ?」
と、呼びかけると「それもそうね」と、樹が言ってコンにタオルを差し出していた。
「ほら、これで手を拭いて。そうそう、水気をしっかり拭うのよ。そう、上手ね~」
「できたのじゃ~!」
と、コンは樹に洗ってぴかぴかになった手を見せてニコニコとほほ笑んでいた。
そんな様子を傍目に、花奈は相変わらずの気配りスキルを発揮していて、母さんの横で皿を並べたり人数分の取り皿を配ったり、お箸を準備したりとせわしなく動いていた。
「あらあら…悪いわねえ、お客さんなのに…」
「いえいえ、ご馳走になる身っすから!このくらい手伝わせてくださいっす!」
と、二人して妙に意気投合していた。
「さて、それじゃそろそろ食べましょうか?どうぞ、召し上がれ?」
と、母さんが最後にスープの入ったトレーを運び終えると、食卓には見事なご馳走が並んでいた。
「良いか?良いのか?もう食べても良いのか?」
と、相変わらず子犬の様に尻尾をブンブンと振りまわしこちらの様子を伺うコン。
先ほどから待ちきれない様子の神様も居る事だし、早々にご相伴に預かるとしよう。
「ああ、いいぞ。熱いからゆっくり食べろよ?」
「いっただきまぁーす!」
と、言ってすぐに手を伸ばしたのは稲荷寿司。
やはりというか、なんというか。
好物なんだなーとしみじみ思った。
コンは一番近くにあった稲荷を手掴みで頬張る。
「んはぁあああはああ…美味ぁ…はぁぁぁ~…!!」
と、一個頬張るともぐもぐと小さな口を動かしてしっかりと咀嚼して、次の稲荷を取ろうと手を伸ばすが、一度チラリと俺の顔色を窺っている。
その視線は「もう一個いってもいいかの?」と、訴えかけている様子だった。
流石に招かれている自覚はあるのか、少し遠慮がちな姿に俺は吹き出してしまった。
「ぷっ…!」
しかし、こんだけ美味しそうに食べていると母さんも皆も肩を竦めて互いに顔を見合わせて息を吐いたかと思えば、自然に笑みが零れていた。
「ええ、どうぞどうぞ。沢山ありますのでたーんと召し上がれ」
ばあちゃんがそう言うと、コンは再び目を輝かせて稲荷に手を伸ばす。
許可も得た事で遠慮も無くなり、今度は皿に盛られた稲荷を両手で掴み取ると一個頬張り咀嚼、そしてもう一個と次々口に放り込んでいた。
その様子を見て皆も次々に食事に手を付け始めた。
取り皿におかずを乗せて、一個ずつ実家の料理を堪能する。
久々に食べる母の味に懐かしくなっていると、テーブルの向かい側では樹と花奈と母が料理の味について話していた。
「すっご~いこれ柔らかくて美味しいわぁ!お母さんこの照り焼きのたれ自家製?このコクは凄いわぁ…一体何を使ってるのぉ?」
料理を褒められるとやはり嬉しいのだろうか?
母も久々の来客とあって、張り切っていたらしく料理の感想を貰うと口元に手を当てて、嬉しそうに答えていた。
「嬉しいわー。この照り焼きチキンはねーはちみつ使ってるのよ。普通のお砂糖よりも甘くてコクがでて、お料理に艶もでて美味しいのよねー」
箸で照り焼きチキンをつついてみた。
柔らかく箸でも簡単に崩れるくらいにしっかりと火が通っているが、完全に食感を無くした訳ではなく、程よい弾力を残していた。
ほろほろっと崩れるくらいの柔らかさだが、味は全体に染み込んでいる。
表面は甘辛の醤油タレがコーティングしており、艶々と光り輝いていた。
一口食べてみると、醤油タレの優しい甘みが広がり、鼻孔を抜けるショウガの香りが何とも食欲をそそった。
肉も舌の上で解けるように千切れ、殆ど咀嚼の必要が無いくらいに柔らかく絶妙な食感が最高だった。
美味しい料理にしばらく舌鼓を打っていると、花奈もスープを飲んで絶賛していた。
「このスープもめっちゃ美味しい!ナニコレ、激ヤバ!めっちゃシンプルなのに味がしっかり纏まってる!すごいっす、四季っちのママさんまじすごいっす!」
「ふふふ、野菜の出汁がしっかり出てるから味付けはシンプルでいいのよねー。ベーコンとかセロリから良い味がでるのよ~?」
俺も一口スープを頂いたが、安定の味だった。
使っている野菜は玉ねぎ、人参、セロリ、コーンの四種類。
どれも野菜の味が濃く、スープにして煮込むといい塩梅で出汁が取れていた。
口当たりはまろやかなコンソメ風味で、塩味が優しい甘みを強調しており、うま味が口いっぱいに広がるそんな味だった。
シャキシャキしたコーンの食感と、人参、玉ねぎの甘みがセロリの野菜臭さを上手く緩和し、食感だけを上手く残し纏め上げていた。
小さい頃に野菜が苦手だった俺に何とか食べてもらおうと工夫を凝らしたのがこのスープだった。
野菜の甘みが強く感じられ、野菜臭さが少ないので子供の敏感な舌でもうま味を強く感じられたっけ。
料理を夢中で食べ進めていたが、コンがはぐはぐと次々口に放り込む稲荷寿司も気になり手を伸ばす。
箸で摘み口の前へ持ってくると、甘いお出汁の良い匂いが鼻孔をくすぐる。
しっとりとしたお揚げはシンプルに醤油と砂糖とお出汁を染み込ませた味付けで、中の酢飯には、白ごまと細かく刻んだ柚子の皮が絶妙な割合で入っている。
一口齧るとより強く柚子の風味を感じられ、味覚が敏感になったところで甘いお出汁が口に広がり、程よくあたたかい酢飯が口の中に解ける。
噛めば噛むほど味わい深く、飲み込むのを忘れていつまでも噛み続けてしまいそうな程美味しかった稲荷寿司。
これはばあちゃんのお手製で、昔からよく作って貰っていた。
母さんもこの味を食べて育ってきたとのことで、これが八雲家の家庭の味なんだろうな。
勿論他の料理も絶品だった。
どれもこれも優しい家庭の味といった感じで、店屋物には無い温かさがそこにはあった。
コンは相変わらず稲荷ばかり食べていたが、樹が他の料理も口に運ぶ。
照り焼きチキンや餡かけ豆腐はすんなり口に入れていたが、どうやら野菜類は苦手の様だ。
「コンちゃん、ほらこれも食べて?野菜も美味しいのよ~?」
スプーンでスープを掬ってコンの口元に運ぶ樹。
しかし、コンは乗っている物を見ると明らかに視線をそらし、人差し指と人差し指を合わせると言い訳を始めた。
「そ、その…わしはほら、神様じゃから!そう、神じゃから野菜は…野菜は食べなくてもよいのじゃ!」
明らかにバツが悪そうに、視線を明後日の方向へ反らすコンを樹がなだめる。
「コンちゃん?野菜も食べなきゃ大きくなれないわよぉ?」
「い、いやじゃ…野菜はその…マズそうで…苦手なのじゃ!」
ぷっくりと頬を膨らませて反論するコン。
何だろうこれ、小さい頃母に叱られていた時を思い出す。
「ほらぁ~、コンちゃんこれも食べてみなよ~?甘くて美味しいよ~?」
花奈の加勢も空しく、コンは「嫌じゃ!」と、首を横に振るだけだった。
しかし樹も一歩も引かず、救い上げたスプーンを無言で差し出すだけだった。
両者とも譲らない展開が続き、ついにコンがキレた。
「やじゃ!野菜など食いたくない!」
髪の毛やら耳やら尻尾やらの全身の毛を逆立てると、歯を食いしばって眉間に皺を寄せるとイーっと威嚇する。
するとリビングの電気が明滅したかと思えば、突如パッと消えた。
「きゃっ!何?停電…?」
と、母が叫ぶと直後、室内で窓は閉めているはずなのにブワっと強い風が吹き抜けた。
直後ガチャン!と皿のひっくり返る音がして、流し台の水が勝手に流れ溢れ出し、ガスコンロから青い火柱が上がる。
「おい、どうなってるんだ?」
暗くなった室内で何とかポケットからスマホを取り出しライトをつける。
辺りを見渡すと、置いてあったスープの皿がひっくり返っており、座卓の上から床にぽたぽたとその雫が垂れていた。
更に蛍光灯が再び明滅し始め、ボンッ!と音を立てて破裂した。
幸いカバーがかかっているので、破片が降ってくることは無かったが、食事どころではなくなってしまった。
花奈もスマホのライトをつけて辺りを照らすと、樹が見た事も無いような形相でコンと対峙していた。
「どうしても、ダメ?」
なおも詰め寄る樹にコンは駄々っ子の様に「嫌じゃ、嫌じゃ!」と、首を横に振る。
なだめる為に第三者が口を挟める雰囲気ではなかった。
すると樹は真剣な面持ちで、立ち上がりコンの傍へと歩み寄る。
コンはその一挙手一投足を見逃さぬように睨みつけて威嚇し続けている。
逆立った髪の毛はまるで生きているかの様に動き、樹の進行方向へと伸びていく。
それはまるで樹の進行を遮り拒むかの様に立ちふさがる長い髪の毛を、樹は手の甲で払いのける。
一触即発の緊張感の中、樹はコンの目の前へと辿り着くとまっすぐと目を見据えた。
コンの方も負けじと樹の目を見つめ返し、興奮状態で歯をむき出しにして今にも飛び掛かる勢いで威嚇している。
「フーッ!フーッ!!」
「………」
無言で視線を交わす両者を皆が見守る。
そんな緊張感で、見ているこっちが疲弊しそうだ。
真剣そのものの樹は「ふぅー…」と、息を吐くと眉を八の字にして目じりを下げ、ニコリとほほ笑み瞳を見つめると、しゃがみ込みんでコンに目線を合わせ優しくぎゅっと抱きしめる。
「んなっ!?」
突然の行動にコンは一瞬ビクッ!っとはねたが、樹が頭を撫でてより腕に力を入れて抱きしめる。
「はな…せ!離さぬ…か!こら、たつき!離せ!」
と、駄々っ子の様に駄々をこねていたコンだが、樹の顔を見ると急に大人しくなった。
「たつ…き?」
どんな表情をしているといえば良いのだろうか?
無理強いをした申し訳なさと、悲しさと、力及ばぬ無力さと、とにかくそんな感情が入り混じった何とも言えない微妙な表情を浮かべて樹は笑っていた。
「たつき?」
今度はコンが目を丸くして、樹の方を見つめ返す。
怒りはどうやらもう収まった様子で、逆立った髪の毛やらも落ち着き、今も尚も笑顔を浮かべる樹を眺めていた。
「その…ごめんなさい。コンちゃん、無理言ってごめんね。ちょっとやりすぎちゃったわね。その…ちょっと飲み物買ってくるわね…」
そう言って樹は立ち上がると、一度コンの頭を軽くポンと撫でる。
それと同時に先程割れた蛍光灯以外の電気がつき室内に明かりが戻った。
出っぱなしの水道も青い火柱を上げていたコンロも大人しくなっていて、今は止まっていた。
「その、ごめんなさい。少し頭を冷やしてくるわね」
と、一言詫びを入れ頭を下げるとさっさと出て行ってしまった。
ガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえ、同時に花奈が立ち上がり「たっちゃん!」と、言って追いかけて出て行った。
直後バタンと閉じる音が聞こえた。
全員が一瞬の出来事に呆気に取られていた。
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