21話
子供達がいたことに驚いていた三人だが、マールがゆっくりと近づいて声をかける。
「みんな、どうしたの?」
マールの問いかけに子供達は何も答えない。それどころか、マールの顔を見ていきなり泣き出す子供もいるではないか。
これにはマールはもちろん、キースとモーリスも慌てる。
マールが泣きだした子供の傍に座って、ゆっくりと涙を拭いてあげると子供は泣くのを堪えながらマールのことをじっと見てくる。
その視線に戸惑いながらマールは再び声をかける。
「どうしたの…?」
「…おねえちゃん、ここからでていっちゃうの?」
「え…?」
子供の口から返ってきた内容にマールが戸惑っていると、周りの子供達もマールに近寄ってくる。
マールが戸惑いながら近づいてきた子供達を抱きしめる。そこにキースが近づこうとすると、子供達のリーダー格であるアークが立ちふさがる。
「お前のせいだ…。お前が来たからマール姉さんがここから出て行くんだ…。帰れよ!さっさとここから帰れよ!」
「アーク!」
アークがキースに暴言を吐くが、モーリスに一喝されると暴言を吐くのをやめる。だが、その目はキースのことを睨んだままだ。
それはアークだけではない。アーク以外にもキースを睨んでくる子供達がいる。
敵意剥き出しの目や、涙目で睨まれキースはどうしたらいいのか分からなくなった。
キースが戸惑っているとモーリスが子供達に諭すようにゆっくりと話しだす。
「マールは自分の意思でこちらのキースさんと一緒に帰るんだ。そう言う風に言っては、失礼ではないか」
「だって…マール姉さんと離れたくないんだ…」
モーリスとキースはその言葉を聞いて、顔を見合わせるとマールのほうを見る。
子供達はマールに抱きつき『行かないで』『ここにいて』と泣きながら訴えており、マールは戸惑っている。
そんなマールの姿を見て、キースもまた戸惑っていた。
モーリスだけでなく、子供達ともマールは短期間でありながらこれほどの信頼関係を築いている。
それなのに、今マールを連れて帰ってもいいのだろうか…。子供達がこんなに慕っているのに、引き離していいのだろうか…。
しかし、キースとしてもマールは自分の傍にいて欲しい。それが今の自分が一番望んでいることだから。
だが、小さい子供達を泣かせてまで…連れて帰っていいのか。
キースが自分の頭の中で、いい方法がないか悩んでいるとマールがキースに近づいてきた。
「キース?どうかしたの?」
「え?あぁ、いや。ちょっとな…」
少しマールと話すだけで、子供達から睨まれる。
でも、自分も小さい頃は自分が好きなものを取られそうになると、こうして誰彼かまわず睨んでいた覚えはある。
おもちゃであったり、好きな本であったり…。ただ片づけようとしているメイにさえ、泣きながら『もっていったらやだー』など言っていた気はする。
『そういえば、あの頃はまだ旧館で生活をしていたんだなぁ』とキースは何気なく思った。だが、そこから一つの考えを思いついた。
「…待てよ。あれを改造すれば…。だけど、父さん達にも…」
「キース?」
キースが何やら独り言を言いだしたのでマールがまたキースに声をかける。
だが、キースはその声に返答せずにまだブツブツと、独り言を言って何やら考えている。
そして、その考えがまとまったのかキースはモーリスに近づく。
「モーリスさん、すいません。少しお話をしたいのですが…」
「…分かりました。マール、皆を連れて外に出ていなさい」
「は、はい…」
モーリスの指示にマールは頷くと、子供達に声をかけて外へと続く廊下を進む。
中にはまだキースのことを睨んでいる子供達もいたが、マールの指示に渋々と言った形でマールについていく。
外につくと、マールは子供達をアークに任せ近くにあったベンチに座った。
「はぁ…」
子供達が遊び始めたのを確認してマールが顔を俯かせると、口からため息が零れた。まさか、子供達に泣かれるとは思ってもみなかったのだ。
確かにマールは子供が好きだし、子供達からも姉として慕ってもらっていたとは思っていた。
だけど、あんなに泣いて引きとめられるなんて思ってもみなかった。それに…キースと気持ちが通じ合ったのに嬉しくて子供達のことを忘れていた。
そんな自分を責めていると、マールの近くで足音が止まった。マールが顔を上げるとアークが近くに立っていた。
「マール姉さん、隣座っても良い?」
「もちろん」
先ほどまでの顔を見せると、アークに心配かけるだろう。そう思ったマールは、いつも子供達に見せる笑顔で応対する。
その顔を見て、アークはホッとしたような顔をしてマールの隣に座る。
アークが座った後に、マールが子供達の方を見ると、皆楽しそうに遊んでいる。先ほどのやり取りが無かったかのように…。
マールも安堵してからアークに笑いかける。
「アーク、どうしたの?」
「マール姉さん…、あいつとここを出て行くの?」
「…うん、そのつもり」
アークの問いかけにマールはゆっくりと答える。
アークはもうすぐ15だ。それに、子供達の年長者だからか年の割にアークは大人っぽい。きっと受け止めてくれるだろう…。
そう思って、マールは正直に答えた。だが、アークは納得いかないような顔をする。
「マール姉さんは、ここが嫌いなの?」
「ううん、そんなことないよ。ここもだし、皆のことは好きだよ」
「じゃあ、ここにいたらいいじゃんか!皆だってマール姉さんにいてほしいって思ってるよ!」
アークの説得に、マールは申し訳なさそうに首を振る。
「ごめんね…。でも、私はキースと一緒にいたいの」
「だって、今までもあいつと離れてたじゃない…」
「うん。キースの邪魔になると思ってね…。でも、キースは私を迎えに来てくれた。それに、私のことを好きだって言ってくれた」
「で、でも…!」
アークがさらにマールに詰め寄ろうとすると、話が終わったのかキースとモーリスが近づいてきた。
キースが近づいてくると、アークは悔しそうに人睨みすると走り去っていく。
いきなり睨みつけられて何がなんだか分からないキースがマールに視線を向けると、マールは困ったように笑う。
「ごめんね…」
「いや、いいけど…俺何かしたか?」
「…ところで、モーリスさんとの話は終わったの?」
「え?あ、あぁ…。それでさ、マール…」
「なに?」
「また迎えに来るから…。それまでここで俺を待っていてほしいんだ」
「…どういうこと?」
キースの言葉にマールは少し間をおいてから問い返す。
「いやな…、今マールを連れて帰ると子供達が可哀想だなって…」
「うん…、それは分かるけど」
「俺だって、たった三ヶ月なのにお前がいなくて寂しかった。その気持ちをまだ小さい子供達に、この先ずっとさせるのは…」
「そんなこといっても、どうするの?だって、キースがここに来るわけにはいかないでしょ?」
「まぁ、それは俺に考えがある。ただ、父さんや母さんにも色々相談しないといけないけど。モーリスさんには俺の考えを伝えて了承してもらってる」
キースが後ろに立っているモーリスに視線を向けると、笑顔で頷く。
二人だけ分かっているのが少し気に食わない、マールは顔をムッとさせた。
「その考えって何なの?」
「まだ内緒。けど、この考えが実行できれば俺達二人も、子供達もきっと幸せに暮らせる…はず」
「何で自信なさげなの…」
キースの、子供達も気にかけた言葉に嬉しさを感じながらも最後の呟きに不安を感じるマール。
だが、そのマールの不安を心配ないというようにキースは笑顔になる。
「大丈夫だって。きっと、父さん達も認めてくれるって」
「本当に…?」
「もし、駄目なら違う案を考えるさ。マールと一緒にいるためにな」
「…うん」
キースがマールを抱きしめようと手を伸ばし、マールも少しキースに近づいた。
が、その時に二人ではない声が聞こえる。
「オホン…、私もいることを忘れないでほしいのだが」
居心地が悪そうにモーリスが一つ咳払いをすると、キースとマールはそーっと顔を向ける。
「「すいません…」」
「まぁ、いいですよ。ところでキース様、いつまでこちらにおられますか?」
キースとマールが謝るとモーリスは笑顔で軽く頷き、キースに問いかける。
少し考えてからキースはモーリスの問いに答える。
「そうですね…、なるべく早めに行動したいので…。でも、マールとまだいたいし…」
「キース様…、子供ではないのですから」
キースの言葉にモーリスが呆れたような顔をする。
それを見て、キースは苦笑いを浮かべて再度答える。
「それは言わないでください…。決めました、明日帰ります」
「そうですか。では、今日はゆっくりお休みなさい。それに、少しでも子供達とコミュニケーションを取っていた方がいいでしょう」
モーリスの言葉にキースは頷く。
確かにモーリスの言う通りかもしれない。自分の考えが実行できれば、子供達との関係も必要になってくる。
ならば、今のうちから子供達とコミュニケーションを取るのは大切かもしれない。
「マール、行くぞ!」
「行くってどこに…?」
キースはマールに声をかけてどんどん歩きだす。
急いで後を追いながらマールがキースに尋ねると、すぐに回答が返ってきた。
「決まってるだろうが!子供達の所だ!お前が間を持ってくれよ!」
「で、でも…私は他に仕事が…」
「あぁ、それは後で良いから。キース様と一緒にいなさい」
キースの言葉にマールは困惑した言葉を口にするが、それにモーリスが答える。
マールが『えっ?』と顔をしてモーリスの方を振り返ると、モーリスは笑顔でキース達を見ていた。
そして、マールが断れずにいる間にキースがマールの手を取って子供達の所にどんどん進んでいく。
キース達が近づいてきていると気付いた子供達が、集まってこちらをじっと見ている。
中には『何で来るんだよ』というような視線を向けている子供もいるが、キースは気にせずにその集まっている輪に入っていった。




