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「天の王」学園を卒業し、メジェリ国へ戻った僕は、第一級の魔法使いとして、国の為に働くことになった。

 とはいえ、ただのお城勤めのお役人だ。

 毎朝、決まった時間に出勤し、簡単な事務を終えると、ただ只管、様々な雑務をこなす日々。

 魔法使いだからと言って、この国の経済や生活が即座に豊かになる魔法などあるはずもないし、魔法で目の眩む宝がホイホイと見つかるわけでもない。

 だが困窮する国の為に、早急に何かの対策を考えなければならなかった。


 メジェリ国は国土が狭く、高地にあり、農工業が栄える土地ではない。

 冬は積雪も多く、凌ぎやすい夏は短い。

 激しい丘陵の草原も羊や牛が食むには十分とは言えず、低地での麦や野菜の栽培もわずかなもの、隣国の穀物の輸入を得て人々がなんとか飢えずに生活している。

 なんとか他国の助けを借りずに、生活できるだけの資金を得なければならない。

 ただ、利益を生む生産が、今のメジェリには無い。


「お花が一杯咲くと幸せになれるね、兄上」

 七つ下の弟、ユークが無垢な笑顔を見せる。

 彼は今年で十二歳だが、城の外にはあまり出ず、大人に囲まれて育っている所為か、「天の王」の同学年の子とは比べようもなく幼い。

 純粋と言う意味ではアーシュもユークも同じだと思うが、こうも真逆の観念が姿に現れている様を見せられると、唖然とする他はない。

「何を笑っているの?兄上」

「いや、ユークの賢さに感心しているんだ。ユークの言う通り花には素晴らしい魔法があるんだよ。だからね、僕はこの国のシンボルとなる花を育てて、それを他の国々へ輸出して、利益を得られる方法を考えているんだ。もし上手く事が運べば、この国も少しは豊かになるかもしれない」

「素敵!僕の国で育った花が、沢山の人を幸せにするんだね。やろうよ、兄上、絶対成功するよ。僕も一生懸命お手伝いするから!」

 一点の曇りもないユークの目の輝きを、僕は笑って受け止めた。


 簡単に行くはずもない。

 だが、メジェリ国にとって、やる意味はあるはずだ。

 花の生産なら設備の予算はかからないだろうし、様々な苦労も災いも、最大限の魔力を使いこなして乗り切ればなんとかなるかもしれない。


 この国でしか育たない新種の花を咲かせ、人々を少しでも豊かにする。

 もし、それができれば、僕は母の望んだ者になれるだろう…。


 僕は幾つかの国を回り、メジェリの土壌に合う花を捜し歩いた。

 良い園芸家をスカウトし、新種の花作りにも力を貸してもらうことにした。

 その甲斐合って、一年後には、耐寒性に優れた観賞用の花を作り出すことに成功した。

 消して派手ではない小さな白い尖った花弁を持つ多年草。淡いシトラス系の爽やかな香りも、この花に似合っている。

 キラキラと輝く雪の結晶のようなその花に、僕達は「スノークラウン」と名付けた。

 

 二年目に、「スノークラウン」を国外にまで輸出する算段になんとかこじつけた。

 もっと早くに輸出に踏み切りたかったが、公妃の里国のアーマイア帝国が、簡単に許さなかった事情があった。輸出管理が自国で勝手にできない腹立たしさはあったが、父の粘り強い交渉の成果だろう。一年後には他国との「スノークラウン」の自由な取引が可能になった。すると、近隣の国々からの購入願いも段々と増え、「スノークラウン」はメジェリ国の国花とまで囁かれるようになった。


「ユークの花だよ」

 枝を繋いで作った花冠を弟の頭に載せてやった。

 ユークは素直に喜び、「兄上は世界一の魔法使いだ!」と、僕を讃える。

 「国のみんなも、これで幸せになれるね!」と、言うユークの単純さを嗤う気にはならなかった。事実、僕は浮かれていた。自分がこの国を救えると思っていた。

 たったひとつの花で、この国の金蔵が豊かになるはずもない。


「そんな事はこざいませんよ、ラファエル様。あなた様のおかげで、この冬はアーマイアの援助無しになんとか国民の生活も維持できそうなのですから」

 普段は不機嫌な顔をした宰相のアッカドが、慣れない世辞を言う。

「なんとか…ねえ」

 あまりに切実さに僕は苦笑する。

「それよりもラファエル様、気になることが…」

「何?」

「公王の…父君のご様子が…少々心配なのです。ご承知の通り、公王は自分の事より、他人に気を使われる御方です。先日、苦しそうに胸を押さえる姿をお見受けしました。気にするなと、言われましたが…。お頼みしても頑なに医師にもお見せにならないのです。あなたからお願いできませんか?」

「うん…わかった」

 近頃は多忙で父とは顔を合わす機会も少なく、具合が悪いなんて、気づきもしなかった。

 その晩、アッカドの予見通り、父が倒れた。

 急いで父の部屋へ行っても、公妃は僕を部屋へは入れさせてはくれなかった。


「大丈夫ですよ、ラファエル様。父君は少し心臓の具合が…良くないとの事でした…。医者が言うには、過労が原因らしく…、しばらく安静にしていれば心配することはないという話ですから。なんとも…あの方はどんな仕事にも過ぎる程に生真面目な御方ですから…」

 部屋から出てきた父の執事ガトゥが、珍しく愚痴を言う。本人もそれに気づいたらしく、咳ばらいをした。

「ラファエル様のお顔を見たら、つい本音を口にしてしまいました。申し訳ございません」

「いいよ、そんな事。いつも父の傍で苦労を掛けているのは、僕にもわかっているし、有難いと思っている。愚痴ぐらい、いつでも聞くよ」

「ありがとうございます…。さあ、今日はもう遅うございますから、自室へお戻りください。明朝、おひとりでお部屋に来て欲しいと…。カレル様からの伝言です」

「…」

 父が僕に会いたいなんて、少し驚いた。公妃の手前、絶対に僕への愛情を人前で示した事がなかったのに…。


 その夜は一睡もできず、朝方早く、僕は父の部屋へこっそりと忍び込んだ。

 ベッドで眠る父の顔を見つめていると、胸が締め付けられる。

 父は段々と老いていく。

 深くなっていく皺や、白んだ顔色、つやの無い肌。白髪の目立つ髪。痩せていく身体。

 幼い頃、僕を抱き上げた強い腕が、こんなに細くなるものだろうか。

 僕は父の手を取り、その痩せた甲をそっと摩った。

 眠る父の思考は深く、それでもこの国の事だけを憂いていた。

 

「…ラファ…」

 目を開けた父は、僕の顔を見て微笑んだ。

「お父さん…具合はどう?どこか痛いところは無い?」

「大丈夫だよ。以前から時々こんな事があったんだ。昨日はちょっと大ごとになってまずかったね」

「みんなが心配しているんだから、苦しい時はちゃんと言わなきゃダメじゃないか」

 思わず強い口調で父を責めると、父は嬉しそうに笑った。

「そんな風に怒る顔が、ロレーンにそっくりだ。すっかり良い魔法使いになって…ラファは母さんの良いところを受け継いだね。本当に良かった…」

 僕を見る父のまなざしはいつも同じだ。

 母の面影を探し、懐かしんでは、後悔している。

 

 父が母と僕を捨てたことを、今更どうこう思ったところで、何の意味もない事。

 だが今でもそれに囚われている父を、僕は嫌いじゃない。

 彼のこの贖罪が、死ぬまで続くかもしれないと思うと、心の底のどこかで母の恨みが少しでも晴らせた気にならないわけではない。

 …そうだ。

 囚われているのは父だけじゃない。

 僕の方がよっぽど…


「ラファをこの城に閉じ込めておくのは、私の本意じゃないんだ。君にはもっと色んな世界を見て、学んで欲しいんだ。ロレーンが夢見た立派な良い魔法使いになって欲しいからね」

「わかっているよ、お父さん。もう少し、メジェリの財政が安定したら、一人で好きな国々へ旅に出ようと思っているんだ。この国の為にも色んな勉強をしたいからね」

「君がやるべき仕事は…君の魔法は、この国の為のものだけじゃないはずだ。人々を救う魔法使いになる事は、ロレーンの願いだったからね」

「…」

 父の言葉は、僕には呪いのように聞こえた。

 叫びたかった。


 今だって精一杯やってるじゃないか!この国の為に、やりたくもないお金儲けを考えて、政治的な交渉も愛想笑いも、頭を下げる事も、すべてすべて、誰のためにやっている?

 あんたの国を、少しでも豊かにしてやろうと…


 虚しすぎて涙が出た。

 父の手が僕の頬を拭き、小さな声で「頑張るんだよ」と、呟くのが聞こえた。

 僕はもう、笑うしかなかった。


 

 父が倒れてからは、父の仕事は制限され、週の半分はベッドで休むことが多くなった。

 その分、周りの者たちの仕事は多くなる、勿論、僕にも休日などない。

 その頃の僕は、煩わしいものを考えなくて済むように、目の前の仕事だけを見ていた。

 母の遺言や父の期待は、僕には重荷にしか感じなくなっていた。


 立派な魔法使いって、どうなったらなれるのか?

 そんな者に、僕はなりたいのか?

 皆の期待に応える事が、僕の使命なのか?


 僕は…一体どう生きれば良いのだろうか。

 誰か、誰か…僕を導いて欲しい…


 


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