23 獄門のダンジョウ
マスターズ・リーグのトップチームであるコレット・ブーケとマクス・オルロックが街中で天使と戦っている頃、郊外にあるここ王立フェレイオ学園でも恐るべき事件が始まっていた。
「サンクトプリエンツェの街中に天使が出現して人々を襲い始めた」
この報をもって学園の通常カリキュラムは全て中止され、生徒たちは各クラスに待機のまま次の指示を待てと学園長命令が発せられたのだが、当たり前の話それは戦闘準備ではない。
学園の生徒は確かにマスターズ・リーグ候補生としての教育を受けるためにこの学園の門をくぐったのだが、今は単なる生徒であって人々の命を背負って戦う戦士ではない。
つまりはサンクトプリエンツェが壊滅的ダメージを受けたとしても、世界の「明日」を担うべき子供たちだけは安全な場所に退避出来る様にと言う学園長エノキダ・ダンジョウの厳命の元で、教職員たちは一致団結して状況の把握に努めていたのであった。
だがその状況も教師たちや生徒たちにとって悪い方向へと転じてしまった。
学園の正門の外で何やら落雷があった様に輝きが発生したかと思ったら、敷地の中にゆっくりと……巨大な剣を肩にした天使が一体侵入して来たのである。
「学園長、天使が……天使が現れました! 」
教頭のヘッツァーがパニックを起こしながら、血相を変えてノックもせずに学園長室になだれ込むと、既に学園長は自慢の長物「備前スターファイター」を帯に挟んで上着にタスキを掛けている。
「今衛士たちが集まって天使排除を行おうとしてます……が、学園長、!? 」
「ヘッツァーさん、教室に待機させている生徒たちを講堂に集めてください。そして術者を総動員して結界を張るように言ってください」
「学園長! もしかしてあなたも出るのですか? 」
「今は議論している暇などありません、衛士たちだけでは無理だから私が出ると言うだけの事。あなたは言われた通りに生徒の安全確保を! 」
それでも食い下がるヘッツァー教頭を半ば無視しながら、結界が破られた場合も考えて退路はしっかり確保しておいてくださいねと、自分の二倍は歳をとっている教頭に捨て台詞を一言吐いて、ダンジョウは窓の外にへと飛び出す。
五階のベランダから覗く学園の正門側敷地内、既に衛士たち二分隊総勢二十名が天使に挑み始めたが、地面に二人三人と早々に倒れている様子を見れば彼らだけではもたない事は明白。
「先日花見酒も済ませた事だし……。ふむ、死ぬにはちょうど良い日か」
一瞬青々とした空を見上げながら晴れ晴れとそう呟いたダンジョウ、次の瞬間には緩んだ表情も消し飛ぶくらいの険しい顔に豹変し、軽々とベランダから飛び降りて地面に着地した。
「さてと、始めるかね。……っと! 君らはこんなところで何やってんだい? 」
愛刀備前スターファイターの柄に手をかけ天使に向かって駆け出そうとしたダンジョウ、背後の気配に気付いて声をかける。
ダンジョウに気取られたのは三人の学園生、三人が三人とも鎧や剣や戦闘用の装束を身に付けて、やる気満々でダンジョウに向かって来た。
「三年A組アーロン・ミレニアム、学園を護る生徒会会長として参戦致します」
「同じく三年A組エーデルトルト・バルテン、生徒会副会長としての責務を全う致しますわ」
「三年C組ビーティー・ベアトリクス、風紀委員長として馳せ参じました」
ダンジョウの背後にいたのは学園の生徒会役員、アーロンを含めた【学園最強】の三人が揃っていたのだ。
全身鎧で身体を頑丈に包みながらも、兜を被らず顔だけはしっかりと露出させ、気品ある優雅な美男子ぶりをアピールするアーロン。
そして隣の長身の少女エーデルトルトは、少女と表現しながらも長身の巨人種で、神秘的な白い肌と長い銀髪を風に揺らす様な可憐さを持ち合わせていながらも、アーロンの身長もあろうかと言う巨大で凶悪なハンマーを軽々担いでいる。
その背後にはウサギの獣人、褐色の肌に凍り付く様な刺す視線と表情を浮かべるウサギ耳のビーティは、彼女の国の栄光ある特殊部隊『聖峰特殊作戦群』の黒い戦闘服をまとい、腰のベルトに邪悪なククリナイフを何本もぶら下げていた。
「アーロン君、君たちは当学園の生徒として避難すべき立場だと承知しているのだが? 」
「学園長、立場はどうあれ天使を前に子供も大人も関係ないと思うのですが? 」
ダンジョウもアーロンたちも、ズカズカと天使に向かって進みながら問答を続けている。
ダンジョウの立場からすれば、アーロンたちはまだ可愛い教え子であり守るべき存在であり、ダンジョウ自身が決死の覚悟を抱いたのは、まさしくこんな子たちを守りきって温存するのが目的なのだ。
翻ってアーロンたちにしてみれば、マスターズ・リーグに所属しなければ天使と闘う権利は無いなどと言う法律などなく、時期的に早いか遅いかの差なども関係無い。天使と闘う事が己の定めだと決めて、その為に己を鍛え抜いたのだから、今戦わずしていつ戦うのかと退く事を一切考えていない。
「確かに君たちがトップチームにいてもおかしくない実力を持っているのは認める。だが学園の生徒である事に変わりは無い。何かあったらどうするのかね? 」
「何かあったらと言う仮定は、学園長も含めた全ての者たちに当てはまる言葉です。逆に天使を屠ろうとする戦士はその言葉の範疇の外にいると判断いたしますが? 」
「会長の意見に賛成ですわ。私、この日の為にと戦神の槌を我が一族から託されましたの。この日の為にと」
「生徒も教師も関係ありません、天使は殺して捨てるだけです」
アーロンたちの鼻息の荒さにやれやれとため息をつきながら、ダンジョウは天使の前へとたどり着いた。
二十人もいた衛士は既に半分以上が倒されてしまい、残りの衛士たちも迂闊に切りかかれず、間合いの詰め合いを全員でしている様なこう着状態へと陥っている。
「アーロン君、生徒会が壊滅したら夏休みのダンジョン祭りはどうするのよ? 」
「二年生には赤竜の姫もいます。人材が枯渇する事無く生徒会も学園もこのまま安泰ですよ」
ダンジョウはその言葉を背に受けながらニヤリ。ゆっくりと腰の備前スターファイターに手をかけ天使との間合いを詰め始めた。
「う~ん、でも却下だね。【俺よりも前に出ちゃダメだ】」
その言葉を吐いた途端、アーロンたちの間に一陣の風が吹き抜けたかの様なつむじ風が起こり、ダンジョウの姿が見えなくなる。
あれ? と思う間にダンジョウは衛士たちを飛び越えて天使に斬りかかったのだ。
「アーロン!? 」
俺より前に出ちゃダメだと言う言葉に戸惑うエーデルトルトだが、その言葉の意味を拡大解釈して学園長の真意を理解したアーロンは、食えない人だとほくそ笑みながら、長身の副会長と暗殺者の風紀委員長を奮い立たせた。
「あの方より前に出なければ良いんです! 戦闘補助や間接攻撃も有りですが、その前に私たちにはやるべき事がある! 」
ヒーターシールドを置いて右手に持った片手剣を高々と掲げたアーロンは、周りの衛士に気を配る様に視線を投げかけ、高らかと宣言した。
「エーデルトルト、ビーティー、負傷した衛士たちを安全圏に避難させてくれ! まずそれが僕たちが負うべき責務だ! 大地の精霊、優しきグノームの恩恵を持って荒野に慈悲の光を照らせ、エバーラスティング・ヒール! 」
ーードクン!
その場にいた衛士だけでなく、エーデルトルトやビーティそして、ダンジョウにまで肌で伝わるアーロンの鼓動。その鼓動を感じるだけでみるみる内に身体が芯から熱くなって行く。
■エバーラスティング・ヒール(不朽不滅の回復)
エルフと人間種のハーフであるアーロン・ミレニアム唯一無二の精霊魔法で、大地の精霊であり慈愛の女神であるグノームの祝福を仲間と認識した全ての者たちに与える回復術である。
魔法有効範囲は自分の視界に入った者全てが対象であり、アーロン自身が解除するか死ぬまで回復の効果は持続し、それはもう単なる回復治療と言うよりも「陣防御」と呼ぶに値するスキルである。
エルフの精霊魔法と人間の耐久性を兼ね備えたアーロンが完全鎧で身を守りつつ陣防御を行えば、彼の視界に入る味方は小隊であろうが大隊であろうが、自動回復に包まれた屈強な戦士へと変わるのである。
そこに彼の理知的で高い知能が合わされば、彼が戦場で扇の要となるべき将であり参謀であり、そして陣地である事に誰が疑問を抱こうか。
「さて、腕前を見せて頂きますよ学園長……いや、伝説の天使大量殺戮者、獄門のダンジョウを」
マスターズ・リーグ入りが確実視されているアーロンでさえも、彼を伝説と讃えて目に焼き付けようとしているダンジョウの戦いが始まったのだが、アーロンたち以外にもダンジョウを見詰める瞳があった。
それは憎悪の真っ黒い炎を瞳の奥でメラメラと燃やしていながら酷く殺伐とした表情で成り行きを見据える青年。
「ダンジョウ……、この胸の傷が貴様を覚えている。許さん、許さんぞ……」
サンクトプリエンツェの郊外で、ひざまずく信徒たちに最後の審判だと号令をかけた、丸眼鏡の司祭であった。




