22 勿体ぶらない
「……太陽の子ヒヨ……我が剣に荒々しいその憤りを発現させよ……フォトン・スポッティング……」
光魔法の呪文に言霊を乗せたコレット、そしてフォトン・スポッティング(光子の噴出)を命じた途端、右手に持った細身の剣がチリチリと輝き出す。それは剣自体が輝いているのでは無く、剣身に群がった無数の小さな光球の輝き。単なる細身の剣が光の剣へと変わったのだ。
■フォトン・スポッティング・ソード
光子フォトンとは粒子でありながらも波動も持つ、二重性物質である。
コレットの魔法具現力と呪文の言霊力をもって剣の周囲に大気中の光子を集めて剣自体にフォトンを照射するのが基本原理であり、
光を物質に照射すると物質の表面から光電子が発生する外部光電効果を用いて、その光電子の波長振動で剣を包み、恐ろしく斬れやすくそして折れにくい剣へと変化させたのだ。
つまり、見た目は単なる光り輝く細身の剣と言うイメージでしかないが、剣を包む光の膜が微細に超振動を繰り返す、高周波カッターの様な剣になったのである。
シャイニー・アテンションによる視覚撹乱と敵意獲得、そしてフォトン・スポッティング・ソードによる敵の防御力に影響されない攻撃。これがマスターズ・リーグのトップチームの一人であるコレット・ブーケの基本戦闘スタイルなのである。
「ここで終わらせる、これで終わらせる。これ以上お前の好きにさせてたまるか! 」
ブォンブォンと光の剣で空気を裂きながら天使の真正面で間合いを詰め、斬りかかる隙を狙い始めたコレットはまるで、この宇宙のどこかで今も戦っているであろう星間戦争の中で、民衆側反乱軍の精神的支柱とも言って良い伝説の騎士団の戦士のよう。
対する天使は右腕から生み出した大剣を振り上げて完全なる待ちの構え。
顔の前に出した左手を小刻みに動かしながらシャイニー・アテンションの無数の光を遮ろうと試みてはいるものの、あらゆる角度から差し込む光に対応しきれずにイライラの頂点なのは確か。
ただ、そのままコレットに斬りかかって事態を打破しようとする短絡性が見られないと言う事と、コレットに向かって唸り声を絞り上げ「さあ来い」とばかりに露骨に殺意を向けている事から、ある程度の知能が備わっているとも推察される。
しかし人の二倍はあろうかと言う身長から振り下ろす一撃は脅威以外の何者でも無く、もはや剣圧だけで人間の身体を軽々粉砕しそうな負のイメージがコレットの脳裏によぎり始めた。それだけ天使のプレッシャーと言うのは凄まじいのだ。
実際にコレットも昨年のノーム村襲撃事件でその様をまざまざと見せつけられた。
猫化獣人軍の前衛、完全鎧の戦士たちが構えていた盾を、あの天使たちはたった一撃で盾を持っていた腕ごと吹き飛ばしてしまうのだ。
片腕一本失っただけならまだましかも知れない。横になぎ払った天使の一撃で、獣人最強と謳われるライオンの戦士は下半身は地面に残したまま上半身が吹っ飛ばされ、生まれて初めて空を飛んでそのまま死んだのだ。
その地獄の様な光景を垣間見て来たコレットとマクスだからこそ、己の力など過信していない。天下のマスターズ・リーグのメンバーだと言う自信やプライドなど微塵も持ち合わせていない。
とにかくあの地獄で生き残る事の出来た二人の鉄板戦法を、勿体ぶらずに序盤で出したのである。
「ちぇすと! ちぇすとちぇすとおっ! 」
独特の掛け声で天使に斬りかかったコレットは、天使の一撃をギリギリ紙一重でかわしながら、腕に足に胴体にと確実に光の剣でダメージを与えているはずなのだが、さすが大いなる父の祝福を受けた心霊装甲は硬く、致命傷には程遠い。
中国拳法の女剣士の様にジャンプしながら剣を突き刺したり、バック転で回避したり上半身を思い切り仰け反って天使の一撃をかわしたりと、決死の覚悟で天使に張り付いている中、どうやらマクスの住民避難は完璧に成功する。
「待たせたねコレット、僕も始めるよ」
マクスはコレットの後方に位置して、周囲を見渡せる場所にいたのだが、嵐の中心から時計の逆方向に向かってツカツカと歩き出す。
斬れない敵を押し付けてトップの剣士に恥をかかせてしまったとぶつぶつ言いながらも、何やら両手を胸の前に、左右の指を複雑に組ませながら印を結び出した。
「……ドンウサ……ザ……トーィウス……ウハ……スイレグ……グンジーメア……」
マクスはフードの影から血走った眼から発せられる凶悪な視線を天使にぶつけつつ、音楽ソフトを逆再生させたかの様な奇妙な言葉を発し始める。
するとどうだ、今までアストラルソングの祝福で硬い心霊装甲に包まれていた天使に対して、コレットの剣撃が面白いように決まり始める。それこそ皮膚を切り刻んでいただけのコレットの光の剣が、天使の筋肉を裂き動脈を骨を断ち始めたのだ。
「グギャアアア! 」
あまりの形成逆転に天使も理解がついて行けずおぞましい悲鳴だけが辺りを包む。
■ソング・オブ・ディスグレイス(汚辱の歌)
剣を持たないマクス・オルロックが味方に与える最大の戦闘支援。敵に対して呪いの歌や屈辱の歌を投げかける事で、敵の神的防御力を相殺して無効化する効果を持つ。
いかに大陸を震撼させるほどのノスフェラトゥであっても、基本は戦闘種族でも戦士でも無く闇の眷属吸血鬼である。十字架や聖水をかけられれば酷い火傷を負うし、胸に杭を打たれれば死ぬ。
いくら不死の力を持っていても戦士としての技量に乏しく、剣を持って前衛壁役が的確では無いのであればと、マクスが苦心の末に編み出した前衛役を生かすための技。
特に「対天使」には絶大な威力を発揮する、コレット・ブーケを引き立たせるスキルであったのだ。
「オラオラオラオラオラオラ! 惨めに切り刻まれろ、天使ごときめっ! そうだ、貴様なんか天使ごときだあっ! 」
マクスのソング・オブ・ディスグレイスの効果を自らの剣で実感したコレットは、いよいよエンジンフル回転状態で剣を振り回す。
天使の持っていた剣を根元から切り落とし、右手を右腕を、そして左肩を叩き落としもはやトドメを刺す段階。
だがコレットはこの期に及んで最大の見せ場であろうトドメを刺さずに、華麗なバックステップで天使との距離を開けながら腹の底から仲間の名を叫び、それをフィニッシュムーブメントの代わりとした。
「やれマクス!好きなだけやってしまえっ! 」
彼女の声と重なるように、天使の背後に漆黒のローブ姿のマクスが電撃的に現れ、天使の頭を掴みながら喉元へと噛み付く。吸血鬼最大の恐怖【エナジードレイン】である。
「ギイイイッ!?ギイ……」
腕を切り落とされ、何ら抵抗も出来ないまま天使はその場にひからびて沈んだ。
そう、コレットとマクスの勝利、マスターズ・リーグの完全勝利である。
「はあっ、はあっ! やったなマクス」
「そうだね、僕ら二人でやり遂げたね」
でも……と、マクスは何かをコレットに伝えようとした。
戦闘中そしてエナジードレインを敢行した際に抱いた違和感を、何かがおかしいコレットに伝えようとしたのだが、何やらコレットの表情も百パーセント晴れ晴れとはしておらず、マクスと同じ違和感を抱いている事が分かったからだ。
【あれ? こんなにたやすく倒せたっけ?】
自分たちも戦士としては確かに成長している。マスターズ・リーグのトップチームとしてね実力はいかん無く発揮している。
だが、昨年のノーム村襲撃事件の際に戦った天使たちと比べても、今回の天使はあまりにもあっさり勝つ事が出来た。……天使が弱いのである。
だが、その場にいた二人はあらためてその違和感に納得しつつ、新たに湧いた疑問に心胆を寒からしめる事になる。天使は天使ではなかった、純粋な天使ではなかったのである。
食あたりにあったかの様に涙を流しながらその場でキラキラと嘔吐し始めたマクスと、色白の美男子が台無しだねと彼の背中をさすってやるコレットの目の前で、天使の死骸は人の死体へと変化したのだ。




