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18 あなたに預けた



 人間種が統べる国シュラッテンフルー王国の王都リースタルに次いで、華やかで勢いのある街と言えば誰もが中核都市サンクトブリエンツェの名前を上げる。

 王都リースタルよりも内陸側に位置しているので海上交易の便は弱いものの、陸路を利用した大陸の物流や交易の中継地点である事が幸いし、大陸の東西南北から様々な物と人が行き交う街として非常に賑わっていた。


 そして、サンクトプリエンツェにはもう一つの側面がある。

 第一次天使蹂躙の際に確認されたのだが天使は大陸を西海岸から上陸して進軍を始めている。これは天使を統べる大いなる神が、大陸でも古来から受け継がれている西風信仰【ゼファー】に基づいて動いているとも思われるのだが、天使蹂躙が西から始まったのは間違いの無い事実。

 大陸西側の地上人が東のサンクトプリエンツェ向かって一時撤退を開始し、尚且つ大陸東側の戦士たちがサンクトプリエンツェに集い、全ての戦士たちが再集結再編成した後に大反攻作戦を行う戦略拠点ともなっていたのである。


 だから、サンクトプリエンツェに設立されたのである。

 各地上人たちが軍隊をまとめ上げ、そしてまとめ上げた巨大な軍勢の頂点に立って、旗を掲げる英雄たちの登竜門を。

 その名は【王立フェレイオ学園】と呼ばれ、大陸中の選ばれた若者たちが集い、英雄の中の英雄を目指すために日々研鑽を重ねていた。この大陸における最強の集団マスターズ・リーグに名を連ねるために。


 春もいよいよ終わりが近付き、太陽もいよいよ本格始動を始めようかとしている初夏の季節。

 雲一つ無い昼下がりのサンクトプリエンツェ中心街は、普段の市場の喧騒と、この暑さから飲食街に涼を求めてやって来る人々とで、なかなかの賑わいになっていた。


 その賑やかな飲食街の一角に、昼食を終えた御婦人たちが集まる様なお洒落な喫茶店がある。

 店の名前は「オーロラ」、こんな陽気の良い日のためにと、道側には綺麗なパラソルが並んだテラス席も用意されている今話題の店で、炎天下とはいかないまでも、重ね着している上着が野暮ったく思える様な汗ばむこんな午後はと、喫茶と甘味処を兼ね備えたオーロラに客が群がり大繁盛していた。


 だが、そのオーロラのテラス席にいる一組の男女が何故だか周囲の景観に合わず浮いている。上品な御婦人方や上流貴族が醸し出す雰囲気など皆無で、商人同士の元気な商談を繰り広げている訳でもない。ましてや男女の今宵を賭けた駆け引きも、甘い囁き声の応酬も無いのだ。


 見るからに風体が異質で「街人」とは言えないこの二人、

 女性の方は凛々しい顔つきにおでこが丸見えになるほどの短い頭髪。そして王立騎士団とも近衛兵団とも違う、王国の軍服のデザインとはかけ離れた黒い軍服をまとい、まるで男装の麗人とでも表現するのが適切に思えるほどに美しくそして凛々しい。

 そして男性の方はもっと異質で、この暑いのに全身をローブで覆い尽くし、フードを目深にかぶって最早顎くらいしか姿を見る事が出来ないのだ。

 女性のみの歌劇団から飛び出したような男装の麗人と、“人間種ではないかも”と疑念の湧く漆黒の布に包まれた男性。

 だが意外に二人の会話は重苦しくは無く、聞き耳を立てていると実に興味深い内容の会話を重ねていた。


「ね、不思議だと思うでしょ? 」

「まあ……そうだね。でもそれが何を意味しているのかまでは、さすがに見えて来ないなあ」


 女性が投げかけている話題は実は、王立フェレイオ学園の今年度の新入生について。

 精霊王エリーゼ・フィオ・デラヒエの息子だとされる少年が入学して来たのだが、伝説の騎士王に肩を並べていた友人の精霊王、その息子がまるで無能で今学園はその話題で持ちきりなのだそうだ。


「私ね、精霊王からの無言のメッセージだと思うの。まっさらで真っ白な子供を学園に送り込んで、学園側がどこまでその子を育て上げる事が出来るか試してるんじゃないかな? 」

「でも元々精霊界なんて俗世にあまり興味なんて無いはずだよ? 学園側の育成能力を知ったところで精霊王はどうするんだい? 」

「そうね、そう言えばそうね。へそ曲がりで天邪鬼、気が強くてムラっ気の塊。……秋の空の様な精霊王が学園の行く末を気にするなんて考えられないか」

「僕はむしろ、その子自体に秘密があるんじゃないかと思い始めてる」

「でも戦闘スキルどころかまともに読み書きも出来ない子がどう化けるって言うのよ。私には理解出来ないわ」


 どうやらこの男女が話題にしているのは、シリルとその背景についての事。

「お待たせしました。ラム酒漬けベリーのフローズンシェイクと、ホットコーヒーです」

と店員が飲み物を持って来ても、二人の会話は尽きる事が無い。


「陰と陽の概念、コレットは聞いた事があるかい? 」

「あら、案外私って馬鹿にされてるわね。陰陽道、万物には二面性があるって教えでしょ? 」

「うん、サムライがこの大陸にもたらした【和文化】の教えの一つなんだけど、興味深い教えがたくさんあって、僕は最近ずっとその勉強ばかりしてるんだ」

「話が脱線しそうになってるわよ。それでそれが精霊王の息子とどう関係するのよ」

「教えの基本概念なんだけど、世界には光があって闇がある、全てに正があって負があり、対と成って阿吽を為す。……だから彼にも二面性があるんじゃないかなって事さ 」

「なるほど、無能者は彼の一面に過ぎず、もう一つの隠された顔がある……か」

「うん、だから精霊王は自信を持って彼を送り込んだ。そう考えたらなかなか自然だと思わないかい? 」


 全身をローブで覆った男性がそう言い終えた瞬間だった。

 男装の麗人もローブ姿の男性も全身をカミナリで打たれたかの様に身体をビクリと震わせ、申し合わせた訳でも無いのに二人して市場がある南西側へ瞬時に視線を向けたのだ。


「……何? 何なのこれ? 」

「この気配僕は覚えているよ。コレット、君も去年その場にいたじゃないか」


 二人は市場方面に何かの異変を察知して警戒色を露わにする。

 何者かの気配、何かしら悪意を持った気配、大陸に住まう者たちとは全く異質の気配つまり、極めて純粋な喜びと祝福に満ち溢れた殺意が二人をこれでもかと刺激して来ている。


 コレットと呼ばれた男装の麗人は男性の助言を元に、記憶の引き出しに眠るものと今体感している異変を照らし合わせて愕然とする。

 そして言った側の男性も実は余裕など微塵も無く、椅子を退いてヨロヨロと立ち上がるのだが、小さく震える手が椅子を離そうとしていない。


「……マクス」

「何だいコレット」

「ローデリッヒたちは今、王都にいるのよね?」

「ああ、ローデリッヒと副長は王都、後のみんなは大陸中に散らばっている」

「って事は、私とあなたでヤツを何とかしないと街は滅びるって事ね? 」

「そうだね、僕たちが何とかしないとマズいね」


 互いに確認し合う様な会話が二つ三つ続くが、これは相手に対して確認しているのでは無い。街のど真ん中でいきなり生じた戦慄と絶望に対して、自分が立ち向かわなければと自らの心を奮い立たせていたのだ。


「やる、やってやる!死ぬ気でやってやるっ! マクス、背中はあなたに預けたよ! 」

「ああ、任されたよコレット。存分に剣を振るうと良い」


 慌ててテーブルに代金を置いた二人はお釣りを待つ時間すらもったいないと、その場に吹いた一陣の風の様に駆け出して行く。

 もちろん二人が向かう先は街の出口ではない、異変を感じ心胆をあっという間に冷やしきり、決死の覚悟を持たないと太刀打ちすら出来ない【ヤツ】のいる方角へ。



 男装の麗人と表現した彼女の名はコレット・ブーケ、二十三歳。

 そしてローブ姿の男性の名はマクス・オルロック、二十四歳(推定又は自己申告に基づく公式書面上)。

 二人は同じ組織に属しており、各種族国家の国家運営とは全く違う主旨で動いている。その主旨とは「天使蹂躙の絶対阻止」であり、この二人がいる組織こそ、天使に対抗する魁であり要であり一筋の光明なのだ。


 その組織の名前こそ【英雄連盟(マスターズ・リーグ)】。


 第一次天使蹂躙を生き延びた英雄と、フェレイオ学園を卒業して選ばれた者が集まった地上人最後の希望。

 あの悪夢の様な出来事から十六年も経ったと言うのにまだ八人しか集まっていない、大陸最強の対「天使蹂躙」抵抗組織であった。




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