10 呪いの仮面
シャフベラルク大陸に住まう様々な種族の中には、不死の一族と呼ばれる者たちもいる。
ヴァンパイアや死霊術師リッチや精霊など、その種族自体が不死の特性を持っていたり、長寿の延長線上に結果としての不死があったりと、それこそ千差万別とも言って良いほどに多岐に渡っていた。
その種族のくくりとは違い、普通の生物が何かしらの影響を受けて、突発的に不死の力を得てしまう者がまれにいる。
王立フェレイオ学園の一年B組に在籍するジェイサン・ネスがそれである。
彼は大陸北端の辺境に住む狩りを生業とした普通の人間種であった。……三年前までは。
しかし一族でアザラシ猟に出た際に、海岸に漂着した謎の物体が彼の人生を変えてしまったのである。
【呪いの仮面】
流れ着いたどこの物とも思えないその仮面を気無しに顔に付けた途端、彼はその仮面と人生を共有しなければならなくなったのだ。つまりは呪い、ジェイサンは呪われてしまったのである。
呪われたアイテムについては、ホープダイヤモンドなど有名な逸話などがあるが、所持した本人や家族・一族に様々な不幸が訪れると言うのが一般的である。キーアイテムが無くても、ファラオの墓を暴いたとして、カーナボン卿らがみまわれたツタンカーメン王の呪いと言う逸話もあり、どちらにせよ呪いで幸せになる事などあり得ない。
そしてジェイサンが拾った仮面は新たな所有者として彼に呪いをかけ、彼自身をこう変化させてしまったのだーー「どうやっても死ねない身体」に。
最初は呪われているとは気づかなかったのだが、小さな怪我があっという間に治る事で自身の身体の変化に気付いた。
その後漁で海に出た際に大波に襲われ、舟から投げ出されて行方不明となったのだが、家族が絶望視して葬儀を行っている目の前に彼は現れた。海底を歩いて岸にたどり着いたのだ。奇跡だと喜びつつ、人ではなくなった自分を凝視して来る家族の「畏れ」をもって彼は自覚したのである。
「俺はこの仮面に呪われた」「死ぬ事が許されなくなったのだ」と。
元々ジェイサンの一族は狩猟民であり、猛々しい戦士でもある。
呪われたと言っても不死の戦士である事に変わらないジェイサンは、一族に戦士としての栄光をもたらすため、この王立フェレイオ学園の門をくぐる事となったのである。
新学期が始まり数日が経ったある日の午後。本日よりいよいよ【武道】の講義が始まるため、クラスの生徒たちは指示通り武道場へと集まった。
英雄に選ばれるべくこの地に集まった少年少女たちが、自分の方向性を決めるのは学園二年生から。
二年生より選択科目制度を取り入れて各々が弓なり馬術なり魔術など自分の極めるべき道筋を複数選択した上でそれに傾倒するのだが、入学してから一年間は基礎学力と基礎体力の向上を目指すカリキュラムのみが組まれ、ひたすら水準以上への上昇を求められる。
この日の一年B組の武道の授業も、生徒それぞれが得意とする専用武器を用意する事を禁じ、木で出来た片手剣と木で出来た長方盾を使ったシンプルな騎士教練に終始する。
弓の得意な者、ナイフを持って忍ぶ者など、既に自分のスタイルを早々に確立している者も中にはいるのだが、何と言っても剣と盾は闘いの基本中の基本。
間合いや立ち合いせめぎ合いなど、「歩兵から王」までが踏襲する基本スタイルである以上、誰もが身体で覚えていておいて損はないし、個人の特殊能力が枯渇し身体一つとなったいざと言う時、最後の頼みとなるのはやはり剣と盾なのだ。
「荒々しい接近戦は苦手だし美しく無いわ。私なんか敵に気付かれる前に射抜いちゃうもの! 」
剣と盾の攻防が下品だと言って、エルフのエステル・ブロフリーチェは嫌悪の顔を露骨に見せる。
「困ったな、肉弾戦闘は苦手で……」
四大元素魔法の中でも水の分子運動低下を引き起こす氷結の魔術が得意な、極寒の貴公子(自称) ジャンカルロ・バイロンは、講義が始まる前から弱音を吐いている。
「我が拳は無手にのみ活きる道を得たり。得物を持つなど自死に等しい」
そう言って体操服の上着をおもむろに脱いで、フォフォフォ! と風を斬りながらシャドーボクシングを始めたのは、黒豹の獣人ゴディンガ・オチオ。
何故かそれがまたえらくカッコよく見えたのか、たまたま隣にいたシリルがあっという間に影響され、見よう見まねでシャドーボクシングの物真似を始めてしまう。
「ほう! シリル君も肉弾格闘戦は望むところか。我が雷猫咬牙拳の門下となるかね? 」
楽しそうな顔で真似しているシリルを見て、コイツなかなか見所があるなとゴディンガはニンマリ。
すると何故か、後ろから見ていた召喚士カティア・オーランシェが、シリルを見てなんだか楽しそうだと判断したのか、彼の隣に立ってシリルの物真似を始めたのだ。
「フォフォフォッ!フォフォフォッ!」
「ほほほ!……ほほほほ……」
「……シリル君、カティアさん。それは拳が空気を裂く音であって、声で表現するものじゃないんだが」
滑稽な風景になってしまったのか生徒たちは次第にクスクスと笑い出し、辺りは爆笑の渦となってしまう。
(……俺のダチ公見て何笑ってんだテメエらは! ケンカ売ってんか、死にてえんか! おっ!? おおっ!? ……)
笑われているシリルとカティアの名誉を守ろうと、ドラゴンのエステバンは険しい表情を作りながら、ポケットに手を入れてクラスメイトにガンを飛ばしまくるのだが、脳裏に浮かんだセリフが口から出る事は無く、膝はカクカクと小刻みに震えていた。
「既に講義は始まってるんだぞ! 」と、騒々しさに気付いた教官のカミナリで全てはリセットされ、やがて午後の講義が始まる事となる。
そして始まった武道の講義は、基礎となる型から攻撃防御コンビネーションとつつがなく進み、いよいよ生徒同士で攻撃と防御を繰り返す乱取り形式が始まった時に、事件は起きた。
「わあああっ!」
「きゃあっ! 」
一部の生徒が悲鳴を上げて、道場が騒然となったのだ。
「何だ、どうした!? 何が起きた! 」
慌てた教官は、生徒たちが逃げて来る方向に向かって走り出すと、驚くべき光景を目の当たりにする。生徒の一人が巨大なナタを振り回して、暴れ回っていたのだ。
暴れているのはジェイサン・ネス。
教材用の木剣と盾を持たず、保護用の兜も着けず、どこで用意したのか怪しい仮面を装着して巨大なナタを振り回しているのだ。
「先生、エルヴィンにからかわれて怪我をしたジェイサンが……いきなり変身したんです! 」
ちょうどその状況を目撃していた生徒が、教官に事の次第を報告し始めた。
名前の出たこのエルヴィンと言う少年は王都に住む宮廷貴族の子弟だ。王立フェレイオ学園に多大な寄付をしてい家柄で、彼のキャリアに「箔」を付けるために親が入学させたつまりは裏口コネ入学の少年。
性格が温厚であれば良かったのだが、自分を立てるために相手を下げるタイプの嫌な奴だったのだ。
そしてエルヴィンはペアを組まされたジェイサンに対して数々の暴言を吐き始めたのである。
「剣と盾は騎士の基本、北の蛮族に何がわかる」
「ああ野蛮、野蛮だねえ。生肉を食ってると、性格も獣に変わるのかねえ」
元々のんびりした性格なのか、きびきび動かないジェイサンを笑いながら、自分は凄いんだと周囲にアピールを繰り返す。
挙げ句の果てには俺が教えてやるとばかりに、木剣を持って勝手にジェイサンに斬りかかり、慣れない盾の上から攻撃を繰り返した際に、彼の顔面を殴って大量の鼻血を出させたのだ。
ここまでなら、どの学校にも起こり得るいじめ事件と同じだった。ここまでなら。
しかし、鼻骨を折ったのか大量の血を滴らせたジェイサンの容姿に劇的な変化が起きる。
いつの間にか異様な仮面を付けて、どこから取り出したのか全く理解出来ない巨大なナタを手にしていたのだ。
「……ジェイサンは戦士、血には血の報復を……」
情け容赦や躊躇の念など微塵も無く、ドカリドカリと足音を立てながらジェイサンはエルヴィンに襲い掛かり、追い回し始めたのである。
いくら北の狩猟の民と言っても、その様相はあまりにも異質。静かな湖畔の別荘地を恐怖に陥れたあの、ホッケーマスクの殺人鬼にそっくりではないか。
「ジェイサン・ネス、やめろ! やめないか! 」
恐怖におののきながら逃げ回るエルヴィン、それを早歩きで追い詰めるジェイサン。彼を制止しようとして教官が腕を掴むと、あり得ないほどの力で振りほどかれ、吹っ飛んだ教官は壁に激突してしまった。
「誰か、誰かジェイサンを止めるんだ! 」
クラスメイトからの信頼を集め始め、リーダー的存在になりつつあったロミルダ・デーレンダールが叫ぶものの、殺意の塊となったジェイサンに立ち向かおうとする者はいない。
ロミルダを含めて、それをもって臆病者だと後ろ指を刺されたり罵られるのも酷な程に、変身したジェイサンは恐怖の象徴であったのだ。
「……僕が行く! 」
「あっ! バカ、やめろシリル! 」
誰もが尻込みして逃げ惑う中、意を決したシリルがエステバンの制止を振り切ってジェイサンに向かい始めた。
「何か感じるんだ、ジェイサン君以外の意思を! 」
「ったく! クソ、クソッ! 」
ーークラス内でもカティアに並んで背の低いシリルが、巨漢のジェイサンに向かって飛び出して行く。だけどあいつの勇気はデカイんだ、ここにいる誰よりもデカイんだ。だったらシリルより背の高い俺はもっとデカイ勇気を持たなきゃならないんだ。勇気のデカさは負けてられないんだ!ーー
逃げ出したい気持ちへ真っ向から勝負を挑む様に、シリルに続いてエステバンも身体が動いた。
幼い頃より精霊界に住み、精霊たちと暮らして来た影響なのか、ジェイサンの姿を見て普通の人が見えないものが見えたシリル。
そんな彼が泣きそうな顔をして後を追いかけて来たエステバンに向かって叫んだ。
「エステバン君、あの仮面が怪しい! 僕が囮になるから! 」
ーーちょ、ちょっと待てよ。囮になるって事は俺が仮面を何とかしろって事かよ!? ーー
「あああっ! クソ、やってやる。俺に任せろシリル! 」
エステバンの覚悟の叫びを背中にズドンと受けた。もうシリルに怖いものは無い。
エルヴィンを追いかけるジェイサンに向かい突進、彼の目前に向かってジャンプした。
ーーぱん!
背の低いシリルがジャンプした先は言葉通り彼の目の前、そこで思い切り自身の両手を叩いて「猫だまし」を敢行したのだ。
いきなり視界に飛び込んで来た他人の両手、それがいきなり破裂音を発して鼓膜も刺激すれば、さすがの大男もたじろがざるを得ない。
「ぐわあっ!」
瞬間的に何が起きたのか理解出来ないジェイサンは、身体を激しく揺すりながら目障りなハエを追い払う様に、左手で目の前をぶん!と振る。
運悪くシリルはその直撃を顔に喰らい、ぶはあと悲鳴を上げながら吹っ飛ばされるのだが、シリルの意図を汲み取っていたエステバンがすかさずジェイサンの仮面を剥ぎ取ったのだ。
「……あ、ジェイサンまたやってしまった……」
ふわぁっと霧が散る様に、仮面と巨大なナタが消えて行く。するとジェイサンも正気に戻ったのか、その場で呆然と立ち尽くしている。
「痛ててて……。もう大丈夫みたいですね」
「シリル君、ジェイサン迷惑かけたみたいだ。すまない」
「気にしないでください。あの黒いモヤモヤは呪いですね、昔妖精に教わった事があります」
「ジェイサン、あの仮面から逃げる事出来ない。だから上手く付き合わなければと反省してる」
「そうですね、上手く付き合えばもっと強くなれますよ」
騒ぎが落ち着き、自分でも制御の難しい凶大な力を秘めた少年と、身を呈して騒ぎを収めた少年をクラスメイトたちが取り囲む。
カティアはいそいそと濡れタオルでシリルの顔面を拭いてやり、仮面を剥ぎ取ったエステバンには無数の賛辞が送られニヤニヤを我慢するので精一杯だ。
こうやって、日々起きるトラブルを仲間で解決し、絆と言うものが生まれ、そして育まれていくのであろうが、その輪の外にいる者も確かに存在する。
「くそ……シリル・デラヒエ……」
自分は評価されるべき人間なのだと勝手に自分を評価する者は、得てして他人の成功に嫉妬しやすい。
そして他人の成功を自分が上回る様になりたいと願望する時、自分自身を磨く努力よりも他人を卑下して貶める事を選ぶ。
裏付けの無いプライドで身を固めた少年、エルヴィンがそれであった。




