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VS英雄王シグルズ 騎士の決闘

 毎夜のお色気のおかげで、よく眠れず、二度寝をしてしまった。

 勝負が13時からでよかった。遅い昼食を取った後に、宿屋を後にする。

 チェックアウトを済ませると、「では、私はこれで」と宿屋の主人が俺たちよりも早く外に出て行った。

 どうしたことだ? と眺めていると、どうやら街の入口に向かっているらしかった。

 街は、昨日の活気とは異なって人っ子一人いない。

 夜に賑わう街なんだろうか? と考えていたが、予想は全然違っていた。


 街の入口、シグルズに指定された場所に赴くと、街の人によって決闘のフィールドが形成されていた。

 砂地の中央に円形の線が描かれており、みんなお行儀がよくスペースを空けて、その周りに立ち並んでいる。俺たちパーティーを見る視線が、心なしか厳しく感じる。

 アルファベットの"C"のように町から続く一か所が道になっていた。かなりの数だ。一体どれだけの村人が集まっているんだろう。俺たちはその道を進んでいく。

 シグルズと昨日の従者が"C"文字の中央に立っている。その奥側には、シグルズと同じように甲冑などを装備した騎士たちがズラっと並んでいた。

 村人たちとは異なり、ばらばらに並ぶのではなく、整然とした列を作っている。


「アリカ絶対勝ってよね! 大丈夫かな……?

 相手はフンディング王族殺しの英雄だよ」

「相手はあの英雄シグルズさんですからね。慎重にいってください」

 心配そうにスカジとイズンが話しかけてくる。

「だいじょうぶだよー、アリカ強いもーん」とシギュンは楽観的だ。

 記憶を失ったヒルドは、俺のことを知らないはずだが、シギュン同様に俺を信じているようだった。

戦乙女(ヴァルキリー)の私がついているのですから、大丈夫ですよ」

 いや、俺のことを信じているというよりは、戦乙女としての役割を信じているのかもしれない。戦乙女の見方する英雄には勝利がもたらされると言い伝えられているからだ。

 しかし、北欧神話では英雄はたびたび負けることがある。


「ところで、決闘で戦乙女の加護とかって使っても大丈夫なの?」

「もちろんですよ、アリカ。戦乙女の加護は、英雄に与えられるべき祝福なのですから」

「じゃぁ、イズンから防御魔法とかもらうのはいいの?」

 出来る限り痛い思いをしたくないんだが。

「それは駄目ですよ。決闘は2人の実力を競うものですから」

 イズンが説明してくれる。戦乙女の加護はよくて、他の仲間の加護(魔法)は駄目? ルールがいまいちよく分からない。

 まぁいい。なるようになるか。


 円形の真ん中でシグルズと昨日の取り巻き2人が待っている。

「貴様! 国王に時間を待たせるとは、無礼であろう!!」

 男が吠えるが当のシグルズ自身は「まぁよい。まだ約束の時間前ではないか」と男をなだめるだけだ。

 傍らの女は、昨日とはうって変って、俺を視線で殺さんばかりの表情だ。鋭い視線を俺に投げかけてくる。

「絶対勝てるから大丈夫だよ」「慎重に、慎重にいってくださいね」

 心配性の2人が俺の腕にすがりながら、応援(?)しながら、相手の一向を睨み返す。

 どうも俺とシグルズ本人同士より、脇の方が盛り上がっている気がしないでもない。


「よくぞ参られた。騎士、アリカ殿。

 突然の決闘要請にも関わらず受け入れていただき、改めて感謝する。

 そこで、貴殿には決闘の武器を選んでもらおう。

 槍か剣か。どちらを選択するのか?」

 そんなこと言われても、俺は槍を持ってないし、使ったこともない。

「じゃぁ、剣で」

 答えると、周りの人間から「おおおお!」と歓声があがる。

 鋭くねめつけていた村人たちの視線が、心なしか尊敬のそれに変わったように見えた。

「この私を相手に剣と選ぶとは、……相当な武人と見える。

 もはや言葉は不要であろう。剣にて己が意志を貫かん。

 では、従者のものは、列まで後退してくれ」


 シグルズの従者がすたすたと向こう側の列に加わる。

 ヒルドは俺に戦乙女の加護をかけてくれた。シグルズ陣営がそれを見て、苦い顔をしたが誰も何も言わなかった。

 戦乙女の加護自体はやはり問題にはならないらしい。

 加護を書け終わると、ヒルドは街の入口側の列まで戻った。シギュンは「たのしみだねー」と言いながらヒルドに続く。

 スカジとイズンは俺を信用してくれていないのか、何度もちらちらと俺の方を振り返りながら、よろよろと列に加わる。


「かまえーーーーーーーーーい」

 従者の男が、辺りを響かせる大声をあげた。

 シグルズが帯剣していた剣と盾を構える。

 おそらく剣は聖剣グラムだろう。

 俺も魔剣ドラグスレイブとメタキンの盾を構えた。

「はじめーーーーーーーーーい」


「では、参る」

 開始を告げる言葉の後、シグルズはそれだけ言って突進してきた。


 早いッ!

 十分開いていた距離を一瞬で詰められた。

 突き出される一撃を盾でいなす。剣につられて体勢を崩しながらも、シグルズは駆け出した勢いを殺さず、盾を構えて体当たりをしかけてきた。

 こちらも盾を構えて迎えうつが、勢いの乗ったタックルに後退せざるを得ない。足がこらえきれなくなる前に、俺は自ら後ろに跳んで体勢を立て直す。

 追撃を防ぐために奮った横一線の攻撃は、むなしく空を切った。

 それを軽いサイドステップで避けたシグルズは、一歩踏み込んで飛び上がる。高い位置からの振り下ろす一撃をお見舞いしてきた。

 俺は攻撃に盾を合わせたが、体重を乗せた一撃は重かった。ダメージはないものの、俺は数歩下がってよろめく。

 王国の騎士や村人によってつくられた円形のスタジアムが沸き立つ。四方からシグルズをたたえる声が聞こえてきた。


 勢いこんで追撃を加えようとするシグルズ。このまま押されてはまずい……。俺は足を踏ん張って、腕だけで力を込めて、向かってくるシグルズに剣を突きだす。

 体勢の悪い状態からの攻撃が意表をついたようで、シグルズは防御に徹し、追撃が止まった。

 俺はチャンスとばかりに1歩懐に入りこみ、右からのけさぎり、中段の横一線をお見舞いする。どちらも剣と盾に防がれる。

 身体を旋回させて、がら空きの左からの一線。これもまた盾で防がれるが、勢いを殺し切れず、シグルズは押し出される。

 立て直しの隙は与えない。俺は続けて何度も剣を打ち付ける。

 攻撃はすべて防がれているが、力はこちらの方が上のようだ。シグルズは防戦一方に押しとどめることができている。

 逆に、防御に徹しきられると、俺の方で隙を見出すことが難しい。

 シグルズの表情が徐々に苦悶に歪んでいく。しかし、何度も斬撃を重ねてもシグルズへの直接ダメージは与えられない。


 俺は焦れて、剣での一線の後、立て続けに直線蹴りを放った。

 予想外だったのだろう。シグルズは、俺の蹴りに盾を合わせたが防ぎきれず、その衝撃は盾越しにシグルズの肋骨を叩いた。

 シグルズの身体が吹き飛ぶ。だが、着地に合わせて後方に飛ばれ、さらに距離が開いてしまった。

 前方のシグルズは、剣と盾を構え直して体勢を立て直す。


 ……今のはよくなかった。

 こちらが押していたのにも関わらず、蹴りごときのダメージで攻撃の勢いを殺したのは悪手だ。

 既に立ち直っているシグルズに大きなダメージが入ったようには見えない。

 俺もシグルズも息が上がっている。

 どちらの方が、よりスタミナを消費しているのか、判断できない。

 体勢を崩した状態ですら攻めきれなかった。本格的に防御に徹せられると、泥仕合のスタミナ勝負になってしまう。

 俺は、どうも体調が本調子じゃないのを感じた。寝不足や二度寝が原因だろうか。

 頭を振る。今さら言い訳を考えても仕方がない。スタミナで勝負するのは不利だ。


 先ほどまでは、剣の打ち鳴らされる音と自分の息遣いしか聞こえなかった。なのに、今は自分の吐息の合間に周りの歓声の声が混じってくる。

 集中力が途切れてきたのかもしれない。あまり良い傾向とはいえない。

 騎士や村人たちのシグルズを応援する声に交じって、俺の仲間たちの声援が微かに聞こえる。

 俺はこんな所で負けられない。仲間の為にも。


 シグルズは用心しているのか、開始時の勢いとうって変って、慎重だ。

 装備を構えながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 俺はちょうど円形の中央辺りに位置し、シグルズは円形の外側に近い。

 多少、俺からは攻め辛い。余りシグルズに近づいて、周りの人間を巻き込んでしまってはいけない。

 まずは、シグルズを中央におびき寄せたほうがよさそうだ。

 俺は、一旦肩に入った力を抜いて、シグルズの歩みに合わせて無造作に後退する。

 相手に近づく緊張感に比べて、退く方が気が楽だ。

 シグルズは、距離が開くのを嫌ったのか、ぐっと足に力を入れて飛び出してきた。


 俺はシグルズに向かって無詠唱の「ハイフレイム」を叩き込む。

 シグルズの足が地に着くか、という絶妙なタイミング。そこに火の玉が襲いかかる。シグルズは驚いたのか、一瞬きょとんとした顔をした。

 しかし、さすがは英雄王、体勢が悪いながらも盾で炎を防いだ。

 盾によって、火の玉がはじけ、防ぎきれなかった火の粉がシグルズの肌をあぶっていく。


 ハイフレイム自体は、大したダメージにはならない。

 しかし、俺は既に傍らに駆け寄っている。燃え移った火の粉を消したばかりのシグルズの首に、剣を這わせた。

「俺の勝ちだ」

 シグルズと視線があう。彼は驚いたように何度も瞬きを繰り返した。


「ひ、卑怯であろう!!」

 観戦していたシグルズの従者の男と女が駆け寄ってきた。

 火の粉を払ってる時に攻撃をしかけたのが卑怯なのだろうか?

「何が卑怯なんだ。決闘なんだから仕方ないじゃないか」

「卑怯に決まっておる!!

 決闘で魔法を使うなど、お主は決闘の場を侮辱したのだ!!」

「え? 魔法使っちゃいけないの!?」

「騎士同士の剣の勝負なのだから、当たり前であろう。

 しらを切るつもりか!! 白々しい」

 今にも俺を殺しそうな勢いで、従者の男がねめつけてくる。

「い、いえ、そんなつもりはまったくなかったんです」

「そんな道理が通るものか!!

 ものども、この卑劣なる者をひっ捕らえろ!!」


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