呪われし仲間
「じゃぁ、ヒルドの記憶がなくなっちゃったってこと?」
近くの街、ヒーアルプレクの宿屋に辿りつくと、スカジが尋ねた。
道中でも色々と話し合ったが、スカジはいまいち理解できていないらしい。話を整理しようということになった。
ヒルドと初対面のシギュンは話に入って来れず、相手にしてもらえなくてつまらないのか、今ではベッドに身を投げ出して、俺の膝の上で眠っている。
「それも分からないんだ。何も覚えてないって話だから」
「ええ。神の怒りを買って呪いをかけられたことは憶えています。
ただ、その理由が分かりません。神のご意思に背いたのだと思います」
「あ、そういえば、アナライズすればいいんじゃないですか?」
遠巻きに俺たちの会話を聞いていたイズンが、突然言った。
「そういやそうか。忘れてた」
俺はヒルドの方を向いてアナライズを唱える。
【シグルドリーヴァ】
『
LV???
種族:人間族、アース神族
職業:戦乙女ヴァルキリー
称号:英雄アリカの戦乙女
ステータス: ???
その他:炎の館に入り、神々の呪いを解いたアリカの戦乙女となる
スリーサイズ:86-55-83
』
「シグルドリーヴァ? なんだこの名前」
「私のことですよ」ヒルドが答えた。
「え、どういうこと? ブリュンヒルドじゃないの?」
「それも私のことです。どちらの名前で呼ばれることもありますよ」
名前が違うのには意味があるのか?
見た目上は、ブリュンヒルドそのものだった。この世界に来て、一番最初に見た顔。俺のファーストキスの相手。間違えるはずもない。
でも、本当にあのヒルドなのか、分からない。名前が変わったのはなぜだ? 記憶を失ったことと関係はあるのか?
アナライズの情報はどこまで絶対なのだろう。
いや、ゲームのシステム情報のようなメタデータを表示するアナライズは、信用に足る情報のはずだ。
アナライズで名前が変わっているということは、単なる別称というだけでなく、何か意味があるに違いない。
どちらにせよ、ヒルドの記憶をどうにかしないといけない。
ゲームの中では、ゲームサポート用のマスコットキャラとしてのブリュンヒルドがいた。
その上、実際に、ヒーアルプレクの山頂には、マスコットとは別のブリュンヒルドもいたのだ。
つまり、ゲーム上では、2人のブリュンヒルドがいることになる。ゲームとここでの現実。そこに何か違いがあるのかもしれない。
そもそも、戦乙女は必ずしも勇者に割り当てられる訳じゃない。
俺のために特別に固有キャラとしての、"あの"ブリュンヒルドが生成された可能性はあるだろうか?
この世界がゲームである以上、"コピペ"したキャラクターである可能性も否定はできない。
名前の他には、称号とその他の欄が変わっていた(前回のアナライズからの変化点は文字が赤くなる)。
"勇者"が"英雄"に変わり、その他の欄が完全に書き換わっている。『勇者アリカの嫁』という記述も無くなっていた。
元々のヒルドはどうなったんだ? 本当に記憶を失っただけなのか?
どこからがゲームで、どこからがこの世界での"現実"なのだろう。
考えても答えは出ない。
部屋は沈黙に包まれた。
なんとなしに耳を傾けていた人々が廊下を行きかう足音。
それが、俺たちの部屋の前で止まった。
と、認識した時には、既に俺たちの部屋のドアが開け放たれた。
「失礼する」
ノックもせずに扉を開けた男は、それだけ言うと部屋を見回す。
短い銀髪で背は高い。甲冑を身にまとい、腰には剣をぶら下げている。
装備、それから佇まいがしっかりしており、貴族のような出で立ちだ。
傍らには従者と思しき男と女が2人、男を守るように並んでいる。
俺は咄嗟にベッドにかけてあった剣に手を伸ばした。いつでも引き抜けるように構える。
「王子に向かって無礼であろう!!」
俺の敵対行動を見て、従者の男が吠えた。
「よいではないか」と王子と呼ばれた青年が従者をなだめる。
「この宿に異国の騎士が訪れたと聞いている。騎士殿はどなたか?」
「騎士っていうなら、俺のことだと思うけど」
まさか武闘家のことを騎士とは呼ばないだろう。
俺の言葉遣いに怒りを覚えたのか、先ほどの男が睨み付けてくる。もう片方の女は、俺のことを値踏みするかのように全身に目を馳せていた。
「貴殿の名を教えてほしい」
「アリカですよ」
「感謝する、アリカ殿。
我が名はシグルズ。我が名誉にかけて、貴殿に決闘を申し込む」
シグルズと名のった男は、ズボンのポケットから白い手袋を取り出し……、損ねたのか手袋は俺の足元に落ちた。
いきなり入ってきてなんなんだ。決闘だのなんだの。
色々と慌て過ぎだろう。俺は手袋を拾って、「落としましたよ」とシグルズに返す。シグルズは会釈をして受け取った。
「アリカ殿、急な申し出への承認、感謝する。
では、明日の13時に街の正門を出たところにて待っている」
シグルズと従者の2人は、それだけ言うと出て行った。
入ってくるのも急なら、出ていくのも急だった。俺は唖然とするしかない。
「何がしたかったんだ? あいつ」
「あ……アリカさん、決闘を受けるのですか?」
「いや、そんなつもりはないけど。
いきなり決闘とか言われてもさ」
「え? 受けるつもりないんですか?」
「ないよ、そりゃ。見ず知らずと人と戦う理由がない」
「何言ってんのよ」スカジが言った。「さっき手袋拾ってたじゃない」
「白手袋を受け取るということは、決闘を受ける、ということなんですよ」
「え、そうなの!? 知らなかった……」
「アリカってあたしより知らないこと多いよね……」
「決闘をやめることって、できないの?」
「ええまぁ、……もう同意しちゃいましたからね」
確かシグルズはこの街の英雄だ。ゲームであれば、シグルズから出されるくっそ面倒な依頼をこなしまくると聖剣グラムがもらえる。
だが、俺には既にグラムをさらに鍛えた魔剣ドラグスレイブがある。今更、シグルズに構っている意味はない。
「明日の昼までにこの街を出ちゃおうか?」
「決闘を違えるなんて駄目でしょ!!」スカジが大声をあげた。
イズンも首を何度も上下に動かし、同意している。
「だってただの口約束じゃないの?」
「そんな訳ないでしょ。シグルズって言ったら、名誉ある王族の息子よ!?
そのシグルズの決闘を、約束した上で反故になんてしたら、アリカの名誉が無くなるわ!」
この世界の人間は、名誉名誉と気にし過ぎる。そんなこと、俺には大したことのように思えない。
「名誉なんてどうだっていいよ」
「だ、だめですよ!!
私たちの血の誓いだって、無効になっちゃうんですから!!」
イズンが勢い込んで言って、俺の襟をもってがくがくと揺らしてくる。
俺の膝で寝ていたシギュンが床に落ちて、「いてー」と呻いたが、睡魔に負けたのかそのまま寝息を立てた。
可哀想なので、シギュンを抱き上げて、ベッドの上に戻した。
興奮しまくっているイズンを、何とか抑えて事情を聞くとこういうことだった。
血の誓いとは、誰でも行えるようなものではない。
王族か、王族によって認められた人間のみが行える儀式だ。
誓いを一度行った人間同士は、家族かそれ以上の繋がりを持つようになる。
しかし、王族から資格を罷免されるか、不名誉(今回の一度約束した決闘を反故にするなど)な行為を行うと、誓いの効力がなくなる。
ということだった。
決闘自体が血の誓いと同程度の約束と言えるのだそうだ。
安易な決闘は禁止されており、破ると最悪の場合死罪になる。
イズンとスカジは婚姻関係が崩れることを心配しているらしい。
別にそんな建前上の誓いがなくなっても、俺はスカジもイズンも好きだけど、彼女たちは聞き入れてくれない。
「夜を一つのベッドで共にできなくなる!!」と慌てている。
どうにも誓いがどうとかよりも、自分たちの都合ばかり考えているような気がするんだが……。
俺としては、毎日エロい生殺しばかりで助かるような、でも惜しいような……悩みどころである。
イズンとスカジは、懇願するかのように俺の両腕に縋り付いている。
「アリカ、もう誓っちゃったんだから、勝負してよ。絶対勝ってね」
「アリカさんは余り気にされてないようですけど、名誉を守るのは大切なことなんですよ。
約束してしまった以上は、果たすべきです」
「でもさ、俺って魔族の捕虜になった上に、魔王に加担してる訳じゃん?
それって不名誉なことじゃないの?」
「王族の方々以外には、詳細は分かりませんけど。
王族から直に言い渡されて、返還の儀を行うか。同程度の誓いを反故にしなければ大丈夫なんだと思いますよ」
へー、そういうもんなのか。
でも、逆に考えてみたら、俺は魔族の王であるシギュンと旅をしているわけだ。それはそれで名誉なことだよなぁ、と思った。
人間を基準にした時には不名誉でも、別の視点で名誉なことはいくらでもありそうだ。
「アリカぁ、絶対勝ってよぉ」
あまりにしつこいので、「分かった分かった」とぞんざいに扱っていたら、「本当にわかってるの!」と怒られた。
「アリカが負けたらね。あたしたち、あの英雄に取られちゃうかもしれないんだよ!!」
「え!! そんなこと聞いてないよ」
「……本当に私たちの風習のことが全然分かってないんですね。
決闘で負けたら、すべてを失います。相手が要求するものを全て差し出さなければなりません」
「じゃぁ、逆に勝てば俺はシグルドの代わりに王子になれるの?」
「なれません」
「なんだよ、それ!?」
「王子の方が身分が高すぎますから。王子が負けた場合、名誉は傷つきますが、王子のすべてを手に入れる訳ではありません。
もちろん、アリカさんが勝てば、賠償金としてかなりの額の報酬をいただけると思いますけど」
なんかズルいな、それ。方や全てを失い、方や財産の一部を失うだけ。
身分の違いってのは、そこまで大きいものなのか。
報酬と言われても。正直、今の装備以上のものは街では買えないし、ロキに都合してもらって財布事情はかなり明るい。
お金を必要とする場面も、今後はあまりないと思うので、財産を貰っとしても、そこまで嬉しいことじゃない。
「ねぇねぇ、わかってんの!! 危機感足りなくない!?
あたしたちが取られちゃうかもしれないんだよっ! いいの? よくないでしょ!」
俺に発言の余地はなかった。
「明日は万全の準備で臨みたいから、今日はゆっくり寝かせてくれ」
そう頼んだのだが、今日で一緒に寝れなくなっちゃうかも、と言われていつも以上に悩殺される。今生の別れ、とばかりにキスをされまくる。
ヒルドはそんな俺たちを見て、静かに微笑んでいるだけだった。
「戦乙女の私がついているから、大丈夫です。
貴方は絶対に勝てます」
以前とは違い、ヒルドは俺の横ではなく、イズンを隔てた場所で眠った。




