第六十六楽章 勇者の挑戦
並み居る魔物を蹴散らし、アルベルト達はとうとう最下層の地下30階に到達した。
「如何にも魔王がいますって感じの扉だな……」
忠勝でも楽に通れそうな大扉。更には悪魔をモチーフにしたかの如きおどろおどろしいデザインと来て、これで出てきたのが魔王でなかったらアルベルトは盛大に脱力する自信があった。
「踏み込む前に確認だ。装備は?」
「今用意出来る奴では一番良いのを持って来たわ」
「魔力も十分よ。一戦どころか十戦は余裕ね」
セルヴィとセーラから好戦的な台詞が飛び出し、アルベルトは小さく笑う。
「何だか結局何時ものメンバーになっちゃうわね」
「まあ良いさ。俺もこの顔ぶれが一番落ち着くし、安心して背中を預けられる」
口には出さないが、ダンジョンを攻略している間ずっとセーラを無意識に頼っていたのだ。咄嗟に背後を任せようとセーラを呼びかけた回数など、アルベルトは20から先は数えるのを放棄していた。因みにそれは地下14階に差し掛かった辺りである。
「さあ、行くか。伝説を作りに」
「ケーナも頑張る!何時でも良いよ」
マオとバレリアも拳をバキボキと言わせてすっかり臨戦体勢である。全員に覚悟がある事を確認し、アルベルトは先頭に立って扉を押し開いた。
「待ちかねたぞ《勇者》よ!妾が待つ生贄の祭壇へとよく来た」
まるで戦いのリングのように作られた祭壇と、その奥に据えられた玉座。その玉座にルキナは不敵な微笑を浮かべて座っていた。
「まずはこの迷宮を逸早く攻略して来た事を褒め称えよう。そして訊ねておかねばならぬ事があるのじゃ」
「それは?」
友人と会ったにも関わらず、ルキナは王としての態度を崩さずに笑みを浮かべた。
「《勇者》よ、妾の物となり共に世界を統べる気はないか?」
「ない」
「少しは考えんか馬鹿者!そなたが来るまでずっとどんな言葉を言おうか考えておった妾が道化みたいではないか!」
本当にずっと考えていたらしい。微妙に涙目になっている辺り、アルベルトもかなり悪い事をした気になって頭をかいた。
「あー、そりゃ悪かった。とはいえ俺とルキナは対等の盟友であるべきだろ?俺がルキナの物になるってのはちょっとな……」
「むー。ならいっそ婚姻でも結ぶか?それなら対等に同盟関係を築けるが」
「それは戦いが終わった後でな。つかお前が自分を惚れさせろって言ったんだぞ?俺の剣で」
ルキナは忘れていたのか、指を擦り合わせながら目を逸らした。
「コホン、では始めるとするかの。《勇者》よ、妾の腕の中で息絶えよ!」
「総員戦闘開始!俺に続け!!」
ルキナが《ベカトゥム》を抜いて斬りかかり、アルベルトも《エクスピアティオ》と《レーヴァテイン》の二刀流で迎え撃つ。援護に向かおうとしたセーラの前に三叉の槍を構えた有翼魔人が舞い降りた。
「ルキナ様にお仕えする一番槍、閃光のガーネット!いざ!!」
速さで勝負するタイプならセーラにとっても望むところだ。《アスカロン》を構え、彼女も不敵に笑った。
「ではこちらも。《勇者》を守る騎士、セーラ・アスリーヌ!参ります!!」
槍と剣では一概にどちらが有利とも言えない。間合いの裏に飛び込まれてしまえば槍を持つのは不利にしかならないが、逆に言えば間合いに入らせなければ槍が一方的に剣を攻められるのだから。
「セーラ、ケーナも一緒に……」
「待って下さい!貴女とは私が戦います!!」
弓を構えて飛び出して来たのはリセルだ。アルベルトがいる事が恥ずかしいらしく、既に顔は真っ赤だがそれでも目は闘志に輝いていた。
「リセル?そっか、やるんだね?じゃあケーナも本気出すよ!竜変化!!」
「はあああああああああああっ!!!!」
銀と金の竜へと変わり、ケーナとリセルは激しくぶつかり合う。小春は二丁の魔銃を構えて此方を見据えるキルトに目を合わせ、錫杖を構えた。
「やれやれ、女相手に銃は使いたくないが……あんた相手だとそうも言っていられんか」
「かもしれませんね。行きます!」
キルトの連射する魔弾を錫杖を回転させる事で弾きながら、小春はあえて接近戦を挑む。そんな彼女を見送り、マオは途方に暮れていた。
「え、えーっとじゃあ僕は誰と戦えば?」
困ったように斧を構えるマオの前には、黒髪を長くたなびかせた若い女鬼が躍り出た。その得物は長大な薙刀である。
「ではそちらには身共がお相手仕りましょう。骸旅団が団長、不死鬼の桔梗参る!」
「あはっ!じゃあ遠慮なく!!」
全身のバネを使って体を回転させ、連続した斬撃を叩き込む桔梗に対しマオは一撃の威力を重視したカウンターで迎え撃つ。バレリアは桔梗の呼び出した大勢の鬼を相手に戦い始めた。
「バレリアの援護は私がやります」
「ではコハルさん達の援護は私ですね。遠慮は無し、じゃんじゃんばりばり……乱れ撃つぜええええええええ!!!」
微妙に性格が変わったリリィに軽く引きつつ、セルヴィはバレリアの背後を取りかけた鬼の後頭部を弓で貫いた。
小春達がそれぞれの相手と戦っている間、アルベルトとルキナは互いにスピードを上げながら全力で斬り合っていた。
「全く……この短期間でこれ程までに成長するとは、嬉しいぞアル!」
「そうか?俺もルキナの本気が見れて嬉しいぜ!」
神剣と反神剣、相反するアーティファクトが激突し激しい火花を散らす。ルキナの斬撃がアルベルトの頬を浅く斬り、逆にアルベルトの刺突がルキナの髪を一房斬り飛ばした。
「散々待たせて何様かと思っておったが、その成果がこれなら十二分に許せてしまうのじゃ」
「そりゃ悪かったな。キルトの作った罠が鬼畜過ぎてよ!」
「む、そうか。ならば後で兄上には少しばかり折檻をしておくか」
アルベルトは「俺も混ぜろよ」と言いながら《レーヴァテイン》の炎を解き放つ。ルキナも負けじと《ベカトゥム》に紫電を纏わせた。
「これから更に力を上げていくぞ?付いて参れ!」
「望むところだ。寧ろそっちが癖になるなよ!?」
更に剣戟を重ね、2人は戦いのギアを上げて行く。立場上では《勇者》が魔王に挑む戦いの筈だが、今の2人には関係がなかった。
「アル大丈夫!?」
「セーラか?こっちは気にせず存分に戦ってくれていいぜ。寧ろルキナとは俺だけでやらせてくれ」
セーラは「仕方ないわね」と苦笑し、自分も声を張り上げてガーネットの懐へ飛び込んで行く。既に《戦乙女》の鎧を身に纏い、縦横無尽に飛び回り戦う姿はまさに赤い流星の様であった。
「イビルアイ!!」
小春と戦っているキルトが魔眼を発動させる。インキュバスのそれは女性を強制的に発情させたり、或いは軽めの暗示を与えて心を奪う等の効力を持つ。しかし小春の全身が一瞬の輝きを放った瞬間、キルトの放った魔眼の波動は全て焼き払われた。
「なるほどな……太陽の懐に闇の波動は届かないという事か」
「それもあるでしょうけど、私の全てはアルの物ですから。今更他の人の物になんてなれません」
一切の迷いなく言い切った小春にキルトは小さく笑った。
「確かにそうだ。なら俺の魔眼は無粋極まりなかったな。謝罪しよう」
そう言いながらもキルトは両手の魔銃を連射しながら小春を追い詰める。しかし小春を庇うように躍り出た八咫が額のルビーを輝かせ、それらの魔弾を片っ端から跳ね返した。
「よく分かった。確かにこいつは、ある意味一番厄介だ……!」
まるで全ての状況が小春を勝たせようと動くとしか思えない運命力の補正。キルトの攻撃は全て何らかの要因によって防がれ、逆に小春の攻撃は全てが大なり小なり命中していくのだ。
「だとすれば鍵は寧ろ《勇者》ではなく彼女のほう……っと危な!」
唸りをあげてリセルの振るった尾がキルトの頭上を通過し、壁の一部を粉砕する。ケーナは咆哮をあげて突撃を仕掛け、浴びせ蹴りの要領でリセルの頭に自分の尾を叩き付けた。
「おわあっ!?お、おいケーナ!危うく俺まで不味い挽肉になるところだったぞ!?」
「ルゥ……」
「いや怒ってる訳じゃなくてな?気をつけてくれ」
凹むケーナを慰めていると、マオとバレリアの同時攻撃で桔梗が壁に叩きつけられる。本来なら既に致命傷レベルのダメージを負っているにも関わらず、桔梗は全く意に介さない様子で立ち上がり戦い続けている。
「まあ当然じゃな。桔梗は不死鬼、つまりは何があっても死ねない鬼なのじゃ」
「それは……地獄だな」
ルキナは少し悲しげに頷いた。老いる事もなく死ぬ事もない。そして周りの者は次々と老いて死に、彼女は今までどれ程の時を取り残されてきたのかも分からない。そして死なないという事は本来味わえば死ぬ程の苦痛も治るまでずっと感じ続けるという事でもあるのだ。
「遠慮も同情も無用にありんす。身共のこの死なぬ体、ルキナ様の御為に戦い続けられるとくれば寧ろ便利ですので」
アルベルトの近くまで飛び、桔梗は艶やかに微笑んだ。
「そうか?なら俺も気にせずにおく」
「そうあって下さいな。ルキナ様との逢瀬中に他の女に目移りしてはなりませぬ」
その言葉とほぼ同時に繰り出されたルキナの刺突を《カドゥケウス》で防ぎ、アルベルトは笑みを刻みながら《エクスピアティオ》を振り上げた。
どれ位の間戦っていたのだろうか。気付けばケーナとリセルは変身が解けて人間の姿になっており、もう立ち上がる事も出来ない位に疲弊していた。小春は途中で幾度と無く八咫や天乃、布都が共に戦った所為かまだ余力がありそうである。バレリアとマオは桔梗の不死身ぶりに彼女達のほうが先にスタミナが尽きた形となっている。
「セーラは……」
「どっちもグロッキー。もう指1本も動かしたくないわ……」
「因みに私とセルヴィさんは弾切れです」
群がる鬼達を倒した後はひたすら桔梗と戦っていた彼女達だったが、やはり無理だったらしい。
「何じゃ、アルはまだ元気そうじゃの?」
「ま、タフさには自信あるしな。どうするルキナ?まだやるか?」
実際は少し膝が笑いかけているのだが、そこはあえて言わずにおく。
「ふむ……悪くはないが、そなたの修羅が目覚めかけておるがどうするのじゃ」
「やっぱ分かるか」
胸の奥から湧き上がる衝動、今までと同じ様に自分の全てを喰らい殺し尽くすような感情をアルベルトはそっと押しとどめた。
「俺は修羅には呑まれない。今はっきりと理解出来た」
「ほう?それは何故じゃ?」
「俺は1人で戦っていない。修羅と孤独は異なるようで似ているからな……もし呑まれそうになったなら、その時は後ろを振り返れば良い」
何とか起き上がったセーラやケーナ達の回復に走り回る小春、ケーナ達も此方を見守っていた。
「俺が守りたい、そして俺を守ってくれる大切な皆が後ろにいる。その事実を再確認するだけでも俺には十分だ」
ルキナは満足気に微笑み、《ベカトゥム》の切っ先をアルベルトに向けた。
「見事。妾がこうして骨を折った甲斐はあったというものじゃな」
「ああ、本当に助かった」
アルベルトも《エクスピアティオ》を構え、刺突の体勢を取った。
「これが最後の一撃になるであろうな。正直妾はもう限界じゃ」
「実は、俺もだ」
笑みを交わし、2人は腰を落とす。そして飛び出した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「はあああああああああああああああああああああ!!!!」
激突と共に神剣と反神剣は宙を舞い、得物を失ったルキナは同じく無手となったアルベルトの胸に飛び込んだ。
「待っておったぞ。我が半身となるべき者よ!」
小柄なルキナの体をしっかりと受け止め、アルベルトは照れ臭そうに笑う。そんな2人の背後に2本の剣が突き刺さった。
その後、ルキナの城まで向かったアルベルト達は傷と体力の回復を終えて食堂へ通されていた。
「魔界の食事が人間の口に合うかは分からんが、まあ寛いで欲しいのじゃ」
「ああ、助かる」
運ばれてきた料理は意外にも美味しく、アルベルト達がしばらく舌鼓を打った後の事。ルキナは本題に入った。
「今回こうして城までそなた達を招いたのは他でもない。アルよ、そなた妾と婚姻せぬか?」
「……とりあえず理由を聞いてもいいか?」
ルキナは軽く頷いて食後のお茶を一口飲んだ。
「まず公的な理由を挙げれば、人間と魔族の共存を示す第一歩として互いに歩み寄る用意という形じゃな。妾もそなたの部下として《エクスカリバー》に乗り込む事も考えたが、それだと人間側はともかく魔族の側が納得せぬ」
「だろうな。どういう思惑があれ、俺とルキナは対等の関係であるべきだ」
どちらが下でも対等の共存関係にはなれない。故にアルベルトとルキナは友であれ同盟関係であれ対等の立場である事が求められていた。
「それで結婚というのも話が飛び過ぎている気がしないでもないが」
「戦う前に言った通り、世界を統べるというのは言い過ぎとしてもこれからの世界を変えていく過程で必要とは思ったのじゃ。人間だけでなく、そなたを信じて集まった様々な種族と上手く付き合っていく上でも魔族の側はそれだけ大きな一歩を踏み出す覚悟と用意があると示す為にの」
「そういう事なら政治的な面でやぶさかでないが……それだと1人の女の子としてのルキナの気持ちが置いてけぼりだろ?政略結婚も国を率いる以上は必要悪というのは理解したが、俺は可能な限りそういうのは避けたいんだ」
ルキナは「やはり優しいのじゃな。見込み通りである」と微笑み、またお茶を一口飲んだ。
「そなたの気持ち1つと言っておこう。此度のダンジョン攻略でアルが度々見せた武勇、そしてその中で見せてきた誇り高い心も全て妾を惚れさせるには十分であったのだからな」
「そ、そうか……」
一瞬横に座っている小春達に目をやるが、特に気にした風も無く笑っており寧ろ「どんと来い」な状態なのが余計に申し訳なくなる。
「気持ちは嬉しいが、今の俺は人間の法律で結婚出来る年齢じゃなくてな。多分どんなに進めても婚約止まりだと思うがそれでも良いか?」
「構わぬよ。とはいえそなた、妾に押し切られる形になっとるが本当に良いのか?自分で言っていれば世話ないが、見てのとおりのちんちくりんなのじゃが」
確かに小柄な体躯だけでなく薄い胸など、セーラなどと比べるとどうしても見劣りしてしまうのは否めない(逆にルキナ級じゃないと嫌という男も世の中には相当数いそうであるが)。だがアルベルトは特に気にしていなかった。
「ルキナは可愛いだろ。十分だ」
「……そういう事をサラっと言うからずるいと言うに」
その言葉は口の中で噛み潰し、ルキナは指を鳴らして侍女に1組の指輪を持って来させた。
「では略式であるが、此処に《逆十字聖騎士団》団長にして《勇者》アルベルト・クラウゼンと魔王ルキナの婚約を締結する。期限はそうじゃな……そなたが適齢となった暁という事で良いか?」
「その辺は副官達と相談しないといけないが、俺個人で言えば問題ない」
ルキナは満足気に頷き、アルベルトの手に指輪を渡した。
「まあ順序はセーラ達に譲るとしようかの。どう考えても妾が割り込んだ形じゃし、そこは考えておるのじゃ」
「ありがとう。実際の順序がどうなるかは分からないけどね」
セーラは笑うが、アルベルトとしては本気なのかと今更ながらに少し思ってしまう。
「寧ろ必要だと思うわよ?セルヴィはエルフ、ナオとマオはドワーフ、バレリアはリザードマン。つまり他の種族と円滑な交流を行う上でも、それぞれの長と関係があるほうが何かと」
「政治的には良くても個人的にはどうなんだよ」
「アタイはオッケー」
「とりあえずナオがめちゃくちゃ喜んでるよ。僕もアルの事は好きだしねー」
「末永いお付き合いになりそうですね」
セーラの説明に思わず食い下がるが、当のバレリア達は実に涼しい顔であった。
ルキナに見送られ、町に戻る途中の事。小春がアルベルトに近づいて来た。
「どうした小春?」
「さっきルキナと戦っている時に言ってたでしょ?『後ろを振り返れば皆がいる』って」
「ああ、言ったな」
小春はすいとアルベルトの腕を取って微笑んだ。
「私はね。後ろよりも隣がいいな」
「……」
色々と吹っ切れたのか、随分と積極的な小春の台詞にアルベルトは顔が熱くなるのを感じた。
「あ、コハルずるい!僕も!」
「おわっ!」
マオが背中に飛びついて肩に跨り、アルベルトは思わずよろめく。
「じゃあケーナはこっち!」
右手に抱きつかれた。
「そんじゃアタイが背中な!」
「俺はアスレチックかぁ!」
「え、えっと……えい!」
正面からセーラに抱きつかれ、アルベルトはとうとう身動きが取れなくなる。
「……?」
腰の辺りに何かを感じて振り返ると、セルヴィはアルベルトの服の裾をそっと摘んでいた。
「私はこれで」
「……」
一生勝てる気がしない。そんな自分が無性におかしくなり、アルベルトは思わず声をあげて笑ってしまう。小春達も笑い出し、周囲の冒険者達の生温かい目にもしばらく気付く事はなかった。
続く




