第六十七楽章 祝福の日
ルキナのダンジョンを最深部まで攻略した事で、少なくともアルベルト達ムーンライト学園の生徒は3年に進級する為の単位は最低限手に入った。なので後は少しでも成績を上げる為のレアアイテム収集に勤しむ事となった。幸いルキナがダンジョン内にばら撒いたアーティファクトの目録(1度手に入れた物品だけが自動で記されるようにキルトが魔法をかけてある)をくれたので、これを参考にしていけば効率良く集められそうなのは助かったが。
「久々に何も無い1日だな……」
とはいえ急ぐ話でもない上にコレと言って急ぎの案件もなく、アルベルトは珍しく暇を持て余してベッドに寝転がっていた。
「暇過ぎると何か腐りそうだし、聖四郎と軽く戦って来るか」
《エクスピアティオ》を手に取り、アルベルトは服を着替えてから部屋を出た。今日が何の日かをすっぱり忘れたまま。
同じ頃。同じ様に暇を持て余していたセーラ達は食堂でお茶と菓子を用意して取りとめもない話に興じていた。去年こうして小春達と出会うまではシャロンとトリア以外に友達と呼べる相手がいなかった身としては、今の状況がとても嬉しい事に思えた。
「あら、集まってるわね」
「レベッカさん、どうしたんですか?」
何やら商業区(《エクスカリバー》の居住区にカーティス商会傘下の商人達が集まって店を構えている区画。最近出来た)から大量の買い物を抱えて帰って来たレベッカに、セーラは会釈と挨拶をしながら訊ねた。
「ええ、今日はアルの誕生日だから今まで放っておいた分もしっかりお祝いしてあげたくて」
「……え?」
思わずその場に居合わせた、バレリアとマオとナオとセルヴィを除いた全員が固まった。
『ええええええええええええええええええええええ!!?』
「もしかして知らなかったの?やだあの子ったら、自分の事はろくすっぽ話さないのは絶対にあの人譲りね」
これは叱っておかないと。などと言い出すレベッカを慌てて止めつつ、セーラは素早く今の時刻を確認する。まだ午前10時、何かをしようと思えば十分間に合う時間だ。
「手伝える事があったら何でも言ってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
レベッカがその場を去り、セーラ達は額を突き合わせて相談に入った。
「なあ、誕生日って何だ?」
バレリアの質問にセーラは軽く調子を狂わされてしまった。それでも答える辺りは彼女の生真面目さなのかもしれない。
「えっと……簡単に言えばその人が生まれた日にちの事よ。毎年お祝いするの」
「んー、人間って分かんないな。毎年生まれてる訳じゃなし、何でそんな事するんだ?」
バレリアは人間の文化に馴染みがない分、こういった疑問を直球でぶつけてくる。そしてその場合、えてして核心を突かれる事も意外と多かった。
「どっちかというと、『生まれてきてくれてありがとう』のほうかも。私も自分の誕生日より人の誕生日祝うほうが楽しいし」
「まあ小春はそうだろうねー」
織江に言われるが、小春は楽しそうに微笑むだけだ。
「じゃあま、アルの誕生日をサプライズで祝うという事で異議は?」
「無いわ」
「同じくです」
「ケーナも賛成!」
異論が出ない事を確認し、自然とセーラが話の中心となっていた。この辺は彼女もまたリーダーの気質なのだろう。
「シャロン、とりあえずケーキは必須としてこういう時のお約束ってどれ位用意出来る?」
「アルに気取られないように、と言われると少し難しいです。食材の出入りやお金の動きは必ず彼が目を通す書類に記録されますから」
少しは仕事をサボってくれと思いつつ、セーラは一計を案じる。
「確かこの時間はセイシロウ達と外で鍛錬を兼ねて戦ってる時間ね。なら私も参加して出来る限り時間を稼ぐわ」
「すると時間からして夜に祝うんじゃなく?」
「ううん、セイシロウだけじゃなく私にモトノブとタダカツも加われば夜まで持たせて見せるわ」
問題はセーラのスタミナだが、そこも何とかなると思いたかった。
一方その頃。アルベルトは《エクスカリバー》ではなくルキナのダンジョンから程近い草原で聖四郎と睨みあっていた。
「では、参るでござる!」
「来い!」
聖四郎は槍の1本を地面に突き刺し、それを支点にして炎を纏った回転蹴りを仕掛ける。アルベルトも《エクスピアティオ》を正眼に構え、真正面から迎え撃った。
「おおおおおおおおおおおお!!」
「でりゃああああああああああ!!!!」
蹴りと一緒に槍を振るい攻撃する聖四郎に、アルベルトは一瞬の気合と共に斬りかかる。普通なら聖四郎の足は斬り飛ばされている筈だったが、その瞬間彼は叫んだ。
「紅蓮闘衣!!」
聖四郎の全身が炎に包まれ、《エクスピアティオ》の一撃を真っ向から止めていた。
「それが新技って訳か?」
「如何にも。防御力を付与した炎の鎧にござる!」
元々聖四郎は長物を扱った攻防一体の武術を駆使している。そこにこういった常時発動型の防御魔法が加われば鬼に金棒と言えた。
「続けて更なる技をお見せするでござる!名付けて炎狼閃!!」
槍の刺突を《エクスピアティオ》の刀身で受け止めると、接触した部分が爆発を起こしてたまらず吹き飛ばされる。
「なるほどな。槍の先端に魔力を込め、接触と同時に炸裂させる技か」
「その通りでござる。貴殿が東の剣を覚えたのなら、某は今ある技をより高みへと昇華させる……貴殿の背中に追いつく為、某の出した答えにござる!」
その言葉にアルベルトはにやりと獰猛な笑みを浮かべた。全身から吹き上がる闘志が抑え切れようも無く膨れ上がっていたのだ。
「上等だ!だったらどっちがぶっ倒れるまでガンガンやろうじゃねえか!」
「此方も望む所にござる!!」
更に力を振るって戦っていると、しばらく聞いていなかった声が頭に響いた。
(おいアルベルト!お前ばっかり楽しんでないで、少しは俺達にも暴れさせろ!!)
「聖四郎!何か俺の中でドラゴン達が騒いでるが、出しても良いか?」
「それこそ我が魂を滾らせる鍵。是非にお願い致す!」
「分かった……ならまずはサラマンダー!存分に暴れろ!!」
炎が竜を形作り、久々に肉体を得たサラマンダーは歓喜の咆哮をあげる。対して聖四郎はアルベルトに負けず劣らずの獰猛な笑みを浮かべていた。
「相手に取って不足無し!我が胸の炎、燃え尽きる事無しでござる!!!」
聖四郎の闘志に呼応するように三吉が駆け寄り、彼はその背中に騎乗して身構えた。アルベルトも同様にサラマンダーに飛び乗り、互いに武器を構えた。
「いざ……!」
「尋常に……!」
『勝負!!』
2人の戦いは始まったばかりであった。
一方小春達はそれぞれ食堂とミスティの研究室に篭っていた。
「アルが好きな物って何だったかしら……大体全部何でも食べちゃうから、こうして考えると案外分からないものね」
「人間の好き嫌いなら分かるけどね。ヤズミが嫌いってのは」
「……あれを好きな人間って聖人君子か底抜けのお人好しか、さもなきゃ唯の馬鹿ですよ。もしくは救いようがない位に調教されているか」
織江のボケにリリィが突っ込み、献立に悩んでいた小春は思わず笑ってしまった。
(でも、確かにそうね……ヤズミは……私も嫌いだわ)
気分の滅入る事を考えるのはやめにし、小春は鶏肉の唐揚げと照り焼きを作る事に決めて前掛けを巫女服の上から着込んだ。
「おかーさん、小雪もお手伝いする」
「そう?じゃあこのお肉をタレに漬けてくれるかしら」
「はーい」
味を染み込ませておかないと、唯加熱しただけの肉になってしまう。どうせやるなら美味しい物を食べて欲しいという小春のささやかな願いであった。
一方のミスティは研究室で何度目か覚えていない回数の爆発を引き起こしていた。
「うあ……また失敗かぁ……」
魔力の封印によく使われるのは真銀とミスリルだが、これらの金属は練成に使用すると互いに反発して爆発を起こすという事は分かった。
「せめてそこが分かっただけでも収穫なのかもだけどね」
「アルの腕輪が何か分かればもっと話も早いんですが」
「そこは分かってるよ。真銀とミスリルの合金だから」
セルヴィは思わず絶句した。たった今ミスティが派手な爆発を起こした物体こそ、その真銀とミスリルを合金に練成するという実験だったのだから。
「この割合でも駄目となると、別の何かが必要かもしれないわね。物質と物質の繋ぎになる何か……」
ナオがノートに纏めながら溜息をつく。今まで何だかんだで結果を出してきた天才錬金術師も、こればかりはお手上げと言いたかった。
「この際アルにプレゼントするのに封印の腕輪というのは諦めて、別の物を用意したらどうでしょうか?私はこれなんですが」
セルヴィが取り出したのは草を編んで作ったらしいシャツだった。植物なのでゴワゴワしているかと思いきや、手触りは柔らかく絹にも負けていない。
「エルフ族にとっては普段着なんですけどね。人間にこれを渡すのはアルが始めてです」
「つまりペアルック?」
ぼそりと呟いたフランシスカの台詞でセルヴィはガチンと固まった。何気に冷静な彼女の表情としては初かもしれなかった。
「うーん……じゃああたしは護身用の短剣とか作るかなー」
「アルに必要なの?今のアルなら素手でゴーレムでも屠りそうなんだけど」
ナオに突っ込まれ、ミスティは思わず呻いた。
「でも逆に何をあげたら良いのかが全然分からない……」
思わず全員が納得してしまった。多少遠慮がない部分はあれど、基本的にお人好しの彼である。極端な話ガラクタを渡されても喜んで受け取ってくれそうな気がして、贈り物をする側としてはこの上なく困る相手であった。
「絶対に受け取りたがらない物なら思いつくんだけどね」
「何それ?」
マオの疑問に、ミスティは苦笑いしながら言った。
「自分の銅像とか肖像画」
『あー……』
余り自己顕示欲の強くないアルベルトの事だ、絶対に嫌がる。こればかりはミスティも絶対の自信があった。しょうもない自信だが。
「……!これがあった!」
何かを思いついたのか、ミスティは図面を引き猛然と何かを描き始めた。
それから時間は過ぎて夕方。聖四郎と壮絶な戦いを繰り広げ、双方へとへとになって意識を失ったところまでは覚えている。それから草原に大の字で寝ていたのだと把握したところで、アルベルトは自分の後頭部が土にしてはえらく柔らかい事に気付いた。
「あ、起きたのね」
「……セーラ?」
自分の顔を覗き込むセーラの顔から、どうやら自分はセーラに膝枕されているらしいと気付いた。
「何時からやってんだ?」
「15分くらいかしらね」
「そうか、悪いな。足痺れたんじゃないか?」
起き上がりながら聖四郎を探すと、毛布をかけられて大鼾をかいていた。
「まだ辛いならもう少し続けててもよかったのに」
「体は休まっても他が休まらんわ」
流石に仲間内で最も機敏に動けるだけあり、セーラの足はしなやかでありながら柔らかさと弾力に富んでいてアルベルトとしては色々と刺激が強過ぎたのだ。
「にしてももう夕方か。道理で腹が減る訳だ」
「そうね。時間もそろそろ良い頃合だし、セイシロウを起こして戻りましょうか」
体を解しながら頷き、アルベルトは聖四郎を起こしに向かった。
それから《エクスカリバー》に戻り、ざっとシャワーで汗を流してから食堂に入ったアルベルトを迎えたのは無数のクラッカーだった。
「わわっ!何だ!?」
「アル、誕生日おめでとう!」
小春を皮切りに集まった仲間達からも次々と「おめでとう」という祝いが飛ぶ。それでアルベルトはようやく今日が自分の誕生日だったと思い出した。
「あ、そうか。そういえば今日だったな」
「忘れてたの!?まあ、アルらしいと言えばらしいんだけど」
セーラは苦笑しながらもアルベルトを席に連れて行く。
「時間なかったからアレだけど、私達も皆で作ったのよ」
渡されるプレゼントや運ばれる料理に、アルベルトは胸が一杯になって思わず俯いた。
「本当に、お前等なぁ……最高だよ」
「ならよかったわ。おめでとうもあるけど、何よりもありがとうかしらね。生まれてきてくれて」
後ろからレベッカに抱き締められてはアルベルトも笑うしかない。
「これは皆の誕生日もしっかり祝わないとな。去年は知らなかったとはいえ思いっきり流してしまったし」
「そういうつもりでアルを祝ったつもりはないんだけどね」
苦笑するミスティに、アルベルトも笑みを返す。
「俺も同じさ。祝いたいから祝う、簡単だろ?」
「もう……」
その時、バタバタと荒っぽい足音が響きルキナが駆け込んで来た。
「ま、間に合ったのじゃ……」
「ルキナ!?どうしたんだ一体」
「どうしたもこうしたもないわ!婚約とはいえ夫の誕生日を祝わぬ程薄情な嫁とは思われたくないぞ妾は!」
自分も応えたとはいえ、こうして堂々と嫁だの夫だのと言われては流石のアルベルトも顔が熱くなる。
「待ってたわルキナ。貴女の席は此処ね」
「うむ」
小春が出席したメンバーの杯にジュースを注いで回り、アルベルトは視線を受けて立ち上がった。
「えー、今日は俺の為にありがとう。今年も夢を追い続ける1年であれるよう、皆の力を貸してくれ」
「勿論よアル。最期まで私は貴方を守るわ」
セーラに言われ、アルベルトはグラスを掲げた。
「では乾杯!」
『乾杯!!』
此処からは何時も通りの大騒ぎとなったのだが、それはアルベルト自身も望んだ事であった。
リザードマンやグラニの傭兵団も加われば、最早少年少女の健全なパーティどころか完全に宴会となるのは自明。結局前と同じ様に後片付けに追われるハメになったのは当然の帰結と言えた。
「なんだかごめんなさいねアル。貴方にまで手伝わせてしまって」
「元より唯持ち上げられるのは好きじゃないんだ。これくらいは働かせてくれ」
小春が洗い終わり、拭いた皿を次々と棚にしまいながらアルベルトは笑った。本当は拭くところもやっておきたいが、左手だけではそれも難しい。
「はい、お終い。小雪お待たせ……あら」
ソファーに転がって寝息を立てる小雪を抱き上げ、小春は小さく微笑んだ。
「そういえば小雪からもプレゼントがあるの。部屋に置いてあるから見に行きましょう」
「ん?ああ、分かった」
小春と並んで暗くなった廊下を歩き、自室に戻ったアルベルトはサイドボードに丸めた画用紙があるのを見つけて手に取った。
「これ……!」
「凄いでしょ?今日1日で全部描いちゃったのよ」
クレヨンで描かれたのはアルベルトと小春の間に立つ小雪。それだけでなくセーラやミスティ、ケーナ、リリィ、バレリア、ナオ、マオ、セルヴィ、ルキナ等《逆十字聖騎士団》の主なメンバーが全員描かれていた。ミスティが作ってくれた仲間達のイニシャルが刻まれたオルゴールと並び、アルベルトの心を激しく揺さぶるプレゼントとなっているのは言う間でもない。
「本当に……最後の最後で威力あり過ぎるだろこのプレゼントはさ」
「……」
小春は黙ってアルベルトの目元を指で拭う。自分でも気付かないうちに泣いていたと気付き、彼は袖で乱暴に目を拭った。
「改めてありがとうな。今までで最高の誕生日になったよ」
「それはよかったわ。来年も再来年も、ずーっと皆でお祝いしましょ」
希望に満ちた言葉。それは此処に集う皆が願う言葉なのだろう。
続く




