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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第二十七楽章 率いる者の器

レイナとフランシスカが合流した翌日の事。レイナは予め言われていた通り、アルベルトの剣術指導に就く事になる。フランシスカは協議の末にミスティの助手として研究室を1つ与えられる事となった。


「それで貴方は朝からへばってるって事?」


「うるへー……レイナの奴、本気で殺しにかかってくるから洒落利いてねえんだよ……」


苦笑気味のセーラに、アルベルトは何とも言えない口調で返した。如何に『星』のカードの効果で致命傷を受けない結界を張っているとはいえ、痛いものは痛いし走馬灯だって見えるのだ。


「おまけに間合いの取り方だの呼吸を整えろだの……これで強くなれるのか不安もあるが」


「何事も基本は反復よ。私も最初はそうだったわ」


少なくとも剣術の経験に関してはセーラに一日の長がある。アルベルトもそこは素直に頷いた。


「それでなんだけど、今回アル達が《逆十字聖騎士団》として独立を果たした事で諸外国も興味を持って来ているわ。何しろ理由が『自分の学友の危機を救う為』だなんて関係者以外は誰も知らないから、《北国》以外の全ての国が動くと見ていいわね」


「そりゃまた急だな」


セーラは肩を竦め、サリが淹れた紅茶を受け取ってレモンを絞り入れた。


「そこで私としては、一刻も早く貴方の副官を決めるべきだと思うの」


「副官を?」


「ええ。国も組織もリーダーに求めるものは理想を体現するカリスマと皆が付いて行きたいと思わせる魅力。そして副官はその為の実務を行うのよ。そしてその人物は極力リーダーと反目する人間である事が望ましいわ」


意外な言葉にアルベルトは目を丸くした。


「一から十までリーダーを持ち上げるだけの信者集団なんて無用の長物よ。爆弾抱えさせて特攻させるくらいしか使い道がないわ。副官に求められる役割はリーダーに反目する事で他の仲間に憎まれる事と、理に適った反対意見を出す事で全体の判断に緻密さを与える事。そういう意味ではムーンライト学園から来たメンバーは大体アルの事が好きで、寧ろ貴方に尽くそうとするでしょうから全員が不適切なのよね。私も含めて」


「だとすると、バズバかトロイ辺りか?じゃなかったらトロイが連れてる執事の爺さんか」


セーラはその言葉を聞いて考え込んだ。


「そうね。確かにコルトンさんなら申し分ないけど、どうかしら」


とりあえず打診はしようと言う事になり、アルベルトはサリが用意した紅茶を一口飲んだ。








同じ頃。《南国》の港町にある酒場にてグラニは傭兵仲間の青年と朝食を取っていた。


「おい『鷹の目』。お前さん、夕べは何時に寝た?」


「俺は二軒目でドロップアウトしましたから、日付が変わった辺りですかね」


鷹の目と呼ばれた青年の本名はルバート。戦闘能力で言えば下の下もいいところだが、飼い慣らした渡り鳥の視覚を自分の視覚と同調させる事できわめて高い索敵能力を持つ事からグラニは彼を重宝がっていた。


「おいおい。まだ二十代だろうが、せめて四戦くらい頑張れよ」


「グラニさんのノリに付き合ってたらどんだけ精力あっても足りませんよ!ていうか幾ら纏まった金が手に入ったからって娼館ハシゴするって正気じゃないですって」


「まあ俺も五軒が精一杯だったがな。流石に若い頃のようにはいかねえわ」


ルバートは呆れながらも、近づいて来た新聞売りの女の子を呼び止めて一部購入した。


「お前も好きだな。そうやって新聞読むの」


「楽しいですよ?何々……へえ、独立国家。ん?そういえばグラニさんが以前話してた将来有望なガキってアルベルト・クラウゼンって名前でしたっけ?」


「ああそうだ。それがどうかしたか」


「そのアルベルトか分かりませんけど、同姓同名の奴が独立国家を作ったってうわっちいいいいいい!?」


グラニが噴き出したコーヒーが首にかかり、ルバートは叫びながら飛び上がった。


「貸せ!」


「ちょ、俺の惨状は無視ですか!?」


新聞を引っ手繰って読み始めるグラニに、ルバートは軽く涙目になりながらもウェイトレスが持って来てくれた濡れ布巾で首にかかったコーヒーを拭き取った。


「……くははははは!あの野郎、只者じゃないとは思ってたが斜め上の事をやりやがった!!」


「グラニさん、その子がお気に入りですもんね」


変な意味ではない。元々グラニは自分の年齢もありそろそろ後継者となる若者を探していたのだ。自分を越えられる素質を持ち、グラニの傭兵としての倫理観を理解出来てかつ継承出来る者を。


「で、御眼鏡には適ったんですか?」


「おうよ。まあちょいと女に初心過ぎる辺りが俺としちゃ減点対象だが」


「グラニさんのノリで今の歳から女喰ってたら大問題でしょ」


「あのチビみたいなのもいるのにか?」


「……」


ルバートは頭を抱えた。グラニの言う『チビ』とは最近傭兵団に転がり込んできた少年の事だ。年齢の割に背が低く童顔。にも関わらず性格は外道という言葉でも足らない程の鬼畜ぶりで、彼が戦えば主に敵側に対して余計な被害が恐ろしい程に広がるのだ。一度依頼のあったマフィア殲滅の折には、マフィアの潜む街ごと焼き払ってしまい何十人という住人が巻き添えを食った。


「その件で仲間が文句言ったら、『僕がやらなければこうはならなかったと証明出来る?』ときやがってますし。悪魔の証明を免罪符に使う奴は下衆以下だって死んだ親父がよく言ってましたけど、マジですね」


「あればっかりは俺もどうにかしたいが、何で俺の所に自分から来る奴はあんなのばっかなんだ?」


グラニは溜息をついて新聞を置き、残っていたカツサンドを纏めて頬張った。


「そんな奴が娼館のみならずそこら中で女口説いて喰い荒らしてるんだから、世も末っちゃ末だと思います」


「全くだ。何とかどっかで捨てていけないもんかと思うが……放し飼いにして面倒起こされても困るんだよな」


グラニとルバートはのどかな朝に似合わない溜息を2人してつく事になった。


「まあ何だ。早い所後継者を見つけて、今まで稼いだ金で慎ましく野良仕事でもして生活したいもんだぜ」


「あー、それいいですねぇ。道楽でも体を動かしておかないと何か腐りそうですし」


傭兵という仕事はそういったささやかな夢を叶えるのには余りにも不向きだという事は、グラニもルバートも嫌と言うほど分かっていたが。


「よし、これから《中央》へ発つぞ。来月は世界中から要人が集まるし、デカい仕事に当たれるかもしれん」


「アイサイサー!」


伝票と財布を持ってウェイトレスを呼ぶルバートに支払いを任せ、グラニは大きく伸びをして立ち上がった。









所変わって《西国》。《北国》との戦争で大きな被害を受けたルクレツィア・テスタロッサ王女の領地はゆっくりではあるが、確実な復興を進めていた。柔らかそうな金髪が窓から差し込む光で美しく輝いた。


「姫様、少し休憩されては如何ですか?」


執務室で政務に取り組んでいた彼女を気遣ったのは、先日《魔装騎兵団》への配属が決まったバルクレイである。身長は2mを越す巨漢だが、その顔は意外と人懐っこく『気は優しく力持ち』を地で行く若者だ。元々は城下町でパン屋を営んでいたのだが、そこで作られるビスケットサンド(ビスケットにマシュマロと甘いバターを挟んだ菓子)を気に入ったルクレツィアが直接買いに行った時にその身のこなしから物は試しと試験を受けさせてみたのが始まりであった。


「うむ……もうこんな時間か」


時計を見れば時刻は既に正午を回っており、道理で空腹を感じる訳だと彼女は微苦笑と共に納得した。


「済まないが何時もの様に頼む。見ての通り、妾も手が離せん」


「そう来ると思って持って来ました。今日は良い豚肉が手に入ったのでこの様な物を作ってみたのですが、如何でしょうか」


彼が持っていた皿には出来たての良い香りを漂わせたホットドッグが2本乗っていた。ルクレツィアは上機嫌に頷き、決済を終えた書類を脇の箱に入れて場所を空けた。


「バルクレイの腕は信頼している。冷めてはいかんし、すぐに頂くとしよう」


「恐縮です」


かつて祖父が《北国》で料理を学んでおり、その教えを受けたというだけありバルクレイの腕は確かだ。事実彼が参入し手が空いた時に騎兵団の食事を担当させてみたところ、全体の士気が大きく上がったのでルクレツィアはバルクレイが料理をする際に必要と具申した材料の発注は全てフリーパスとするよう指示を出していた。


「うむ、美味い。しかし羨ましいものだ」


「何がですか?」


「武人としても恵まれた体躯を持ち、何時軍を抜けても十分やっていけるだけの技術も持ち合わせているのだ。天は二物を与えたという奴だろう」


「褒め過ぎですよ姫様。俺は唯自分が美味い物を食いたいだけの無骨者です」


「そうよね。あんたそれだけが取り得だし」


ずかずかと入ってきたのは同じ《魔装騎兵団》の魔法部隊員であるアナスタシアだ。身長149cmのルクレツィアよりも更に小柄な141cm(それでも実年齢は今年で20歳なのだが)で体型と顔立ちもそれ相応に幼い彼女であるが、それ故にかやたらとバルクレイに突っかかる所があった。


「確かにな。料理が出来なければ今頃店を畳んでその辺で工事の手伝いでもしていたところだ」


「ってこら頭を撫でるなー!」


両手を振り回して叫ぶアナスタシアを見ていると、ルクレツィアはこの2人が始めて出会った時の事がついさっきの様に思い出せた。








数ヶ月前の話ではあるが、バルクレイを他の騎兵団メンバーに紹介した時の事だ。


「……子供?」


アナスタシアを見て目を丸くしたバルクレイの第一声がこれである。当然アナスタシアは激怒して彼の向こう脛を蹴飛ばしたが、バルクレイは既に全身を覆うヘビーアーマーを装着しており彼女のほうが痛い思いをしただけであった。


「いたた……だ、誰がお子様よ!私はこう見えても一人前なんだから!」


「ああ済まん!難しいお年頃だったか」


「普通に大人だああああああああ!!」


頭に血が上ると数秒前の出来事を忘れてしまうのがアナスタシア唯一の欠点だとルクレツィアは常々思う。自分をチビ呼ばわりした他の男を幾人も沈めて来た必殺の頭突きを叩き込んだまではよかったが、バルクレイが鎧を着込んでいる事を忘れておりこれまた彼女だけが痛い思いをした。


「くああああ……!!いい!?私はもう今年で20歳、ムーンライト学園だって二年前に主席卒業したんだから!」


「……そういう設定なのか?うん、夢を見るのは良い事だ。何時か叶うといいな」


「前提から信じてないのかこらあああああああ!!!」








あれからずっとこんな調子である。ルクレツィアも口添えして説明した事で、何とかアナスタシアが大人の女性である事は理解させたものの普段の言動が子供っぽい所為か、バルクレイはかなり露骨にアナスタシアを子供扱いしていた。この辺りはバルクレイが今年で25歳で、アナスタシアよりも5歳年上である事も起因しているのかもしれないが。


「大体私が小さいんじゃなくて、あんたが無駄にデカ過ぎるのが悪いのよ!」


「いや、俺の身長を抜きにしてもお前は十分チビだ」


「誰の身長が顕微鏡がいる位にミニマムだああああああああ!!」


「そこまで言ってない!ああもう……」


があーと吼えるアナスタシアの口に、バルクレイが飴玉を1つ放り込む。これで大人しくなる辺り、やはり子供なのかもしれないとルクレツィアは5歳年上の女性に抱く物ではない感覚を覚えてしまった。とりあえずバルクレイの振舞ったホットドッグは全て食べ終えてから手を叩いた。


「さて、お前達の夫婦漫才を眺めるのも中々に楽しいが今回アナスタシアを呼んだのは別件だ」


「あ、はい」


飴玉を飲み込んでアナスタシアが敬礼した。


「昨日一方的な宣戦布告から始まり、一日で終わった《北国》との戦争。悔しいが、妾達《魔装騎兵団》は精々が足止めだった」


「実際に戦争を止め、この国を救ったのは彼等ですからね……」


バルクレイの言葉にルクレツィアは重々しく頷いた。


「最もその後に何かしらの褒賞を要求したりといった此方に対する動きがない辺り、単純に別の目的があり《西国》を助ける形になったのは偶然かもしれないが」


実際その通りなのだが、その辺りはルクレツィアの知る所ではなかった。


「だが助けられたのも事実だ。妾としてはすぐにでも接触を持ち、願わくば友好的な付き合いをしたいものだな」


「確かに《逆十字聖騎士団》を率いるアルベルト・クラウゼンは《西国》の出身ですが、果たして靡くでしょうか?」


「この新聞記事によれば、《中央》の宰相であるカルロス・アスリーヌ卿の末娘が特命全権大使として派遣されています。ここから鑑みても彼は《中央》寄りなのでは?」


バルクレイもアナスタシアも慎重な意見を出す。その事にルクレツィアは気を良くして頷いた。


「確かに今の段階で会いに行っても門前払いされる可能性すらある。だが来月、今年の終わりには世界会議がある事を忘れたか?あの会議は国家代表のみならず、各街の代表も参加する正に世界規模の会議だ。当然《逆十字聖騎士団》も参加してくるだろう」


「なるほど。そこで彼と接触し、今後の事を相談すると」


ルクレツィアは首肯し、アナスタシアに向き直った。


「そこでだ。こう言っては見も蓋もないが、妾は今まで同年代の男と話した事がない。どう話を切り出せばいいのか教えてくれ」


『……』


バルクレイとアナスタシアは思わず顔を見合わせた。


「頼む。本気で分からんのだ」


「あの、失礼ですが姫様。社交界等では」


「殆どが中年紳士とボケの始まりかけた老人ばかりだが何か?肝心の本人を出さないままにやれ息子の嫁だの孫に嫁げだの……!」


「……失礼しました」


本気で経験がないのだと分かり、アナスタシアは少し姉気分で微笑んだ。


「では姫様。私が愛読している恋愛小説をお持ちしますので、それで勉強致しましょう」


「助かる!」


「……?」


盛り上がる女性陣を眺め、バルクレイは思わず首を傾げずにはいられなかった。











「へーくしょい!」


「どうしたのアル?風邪なら無理せずに休んだほうがいいんじゃないかしら」


《エクスカリバー》の運用方法について会議していたアルベルトだったが、唐突なくしゃみに思わずきょとんとなった。


「いや、そもそも風邪どころか病気ってかかった事ねーし」


「……丈夫なのね」


感心しているのか呆れているのか微妙な空気でセーラが苦笑した。


「それで次の議題だけど、今この国には人間・エルフ・ドワーフ・リザードマン・人魚・竜の六種族が集まっているわ。まあ竜はアルが呼ばないと来ないから非常勤みたいな扱いで良いと思うけど、それでも五種族。歴史も文化も生き方も違う種族が集まれば、規模が大きくなる分だけ摩擦も大きくなる。此処までは良い?」


「ああ。規模が小さければ上に立つ者の目も全体を見渡せるし、下の意見も通り易い。けど大きくなればその分一部の意見が通り難くなり、それが転じて不満となる事もあるだろ?」


セーラは満足気に頷いた。


「では問題。そういった不満はどうすれば軽減出来るかしら?因みに全部叶えるというのは不正解よ。誰も犠牲にしないという貴方の理想には共感するし協力も惜しまないけど、国というシステムを運営する上ではどうしても無理が生じるから」


「そりゃ言われんでも分かってるさ。つまり不満は解消じゃなく軽減するものって事か……」


アルベルトは紅茶の茶請けにサリが用意したタルト(作ったのはシャロンらしく、中身はプリンだった)を頬張って考え込んだ。そんな彼の様子を同席していたセルヴィは楽しそうに見つめている。


「うーん……意見が採用されないのは同じでも、無下に却下されるのと一応でも吟味されるのとじゃ大分違うよな?だったら意見を募集する箱とか設置するのはどうだ?」


「目安箱を置くって事?それも結構な量になりかねないと思うわ」


セーラは面白がるように笑い、どうするのと目で問いかけた。


「そこは……そうだな。各種族に代表を一名決めて貰う。そしてそれぞれの種族で出た意見を吟味し重要度の高い案件を幾つか選んで、それを俺達で考えればと思うんだが」


「そうね。上出来だわ」


それぞれの代表がまず選ぶのであれば不満も出難い。そしてそれらを各代表と協力して協議するのだから、より良い形で物事を決定出来るだろう。


「うん、よし……こちらから訂正したり意見する事はないわ。それで行きましょう」


決まった事をノートに書きとめていたセルヴィも頷いて立ち上がった。


「私はこの件をナオ達に報せて来ます。それにしても……」


「それにしても?」


アルベルトが首を捻ると、セルヴィは意味深に微笑んだ。


「期待した以上の動きです。これなら私も預けて大丈夫かもしれませんね」


「預けるって何を……おい!?」


ついと近寄り、そのまま頬に口付けられて流石のアルベルトも飛び上がった。


「人間は親愛を示す時にこの様にするのでしょう?」


「いや間違ってないが微妙に間違ってるとも言えるし……でもどうしたんだ?」


「バズバから貴方は互いの歩み寄りが大事だと考えていると聞きましたから。今度はエルフが人間に歩み寄る番だと考えました」


そう言われてはアルベルトも黙るしかない。笑って部屋を出て行くセルヴィを見送り、恐る恐るセーラを見たが彼女は楽しそうに笑っていた。


「じゃあ今日はこれくらいにしておきましょう。午前中は体を動かし今までは頭を使ったのだし、少し休憩に町へ降りてみる?」


「そうだな。そうするか……ところで2人きりか?」


何気なしに訊ねたアルベルトだったが、セーラは途端に狼狽した。


「あ、え、そ……いやいや、よし!コハルも連れて行きましょう!」


そう言いながらセーラが微妙に涙目だったのは果たしてアルベルトの気のせいだったのだろうか?









そして数分後。アルベルトは何とも居心地の悪いやら良いやら微妙な気分で、先日訪れた《フリージアの町》を訪れていた。何しろ周りの視線が痛いのだ。小春もセーラもそれぞれタイプは違えど見目麗しい美少女である事は確かで、そんな2人に左右を挟まれる形で歩いているアルベルトに周囲の男は良い感情を抱きはしないだろう。というか彼自身、第三者の立場なら同じように殺気をぶつけるかもしれない。


「あ、これミスティに教えて貰ったの。美味しいんだって」


売店で売っていた菓子を買って歩いていると、商店街の方から怒鳴り声が聞こえて来た。


「ん?何かトラブルか?」


「行ってみましょうか」


何が悲しくて休憩に出て来て厄介事に首を突っ込まなければならないのかと思うかもしれないが、流石に放っておける程彼等は薄情ではなかった(お節介とも言う)。何とか人ごみを掻き分けて現場に出ると、数人の大人が1人の子供を捕まえていた。


「やっと捕まえたぞこのガキ!今まで散々梃子摺らせてくれた借りを此処で返してやる!」


「何か穏やかでないな。何かあったんすか?」


暢気で声をかけると、男の1人が不快気にこちらを見た。


「何だ?別に他所から来たお客の手を煩わすもんでもないさ」


「とは言ってもな。こっちもお節介なのは自覚してるんで、教えて貰えないか?」


「それは私も聞いておきたいな」


振り返ると、トロイが買い物袋を抱えてやって来た所だった。


「と、トロイ様!?」


「彼等は私の知人で、義妹の友人でもある。少し後学も兼ねて話を聞かせては貰えないか?」


「は、はい……こいつはここいらの店から商品をかっぱらってる常習犯でして。何とか網を張ってやっと今日捕まえたところなんでさぁ」


押さえつけられた子供はまだ8歳そこらだろう。その割には随分とふてぶてしい態度であったが。


「なるほどな。では少年、君に何か言い分はあるか?腹が空いているのなら、町に配給所がある筈だが」


配給所とは孤児や浮浪者に最低限の食事を取らせる事を目的に作られた施設の事だ。元々は魔女クリスタが私財を投げ打って始めた事だが、彼女の考えに共感した周辺貴族が金を出す事で今も続いていた。


「うるせえ!金持ちの施しなんか受けるか!どうせ大人にばかり回って、俺や弟達にはパン1個とかその程度だろ!?」


「このガキャあ……!」


「ふむ……つまり配給所のやり方に不備があるという事か。分かった、すぐに調べさせよう。では君の両親は?」


「とっくに死んじまったよ!」


トロイは警邏の最中だった自警団の1人を呼び止めて何事かを伝えると、その団員は慌てて走り出した。その様子を眺めながらアルベルトは状況を整理してみた。


(子供の側は生きていく為に盗みを働いた。本来面倒を見るべき親はすでに亡く、確かに仕方の無い行動かもしれない。だがそれによって損害が生じているのも事実か……)


トロイはこちらを振り返り、何かに気付いたように笑みを浮かべた。


「アルベルト、君ならこの件をどう処理する?」


「へ!?」


唐突に話を振られ、アルベルトは飛び上がった。


「難しく考える必要はない。君も為政者となる以上、こういった経験は多いほうが良いだろう。予行演習と思い考えてみるといい」


言われてアルベルトも困ってしまう。思わず小春とセーラを見ると、察したようにそれぞれ意見を言ってくれた。


「私は許してあげるべきだと思う。この子が信頼出来るような行動を取っていなかった大人の側に問題があると思うから」


小春に対し、セーラは首を振った。


「それでは法の意味がないわ。情状酌量の余地があるのは確かだけど、だからと言って放免して良い理由にはならないわよ」


2人の意見を聞き、アルベルトは考え込んだ。


「……よし、まず店が受けた損害は《逆十字聖騎士団》で弁償する」


「ほう?」


「はい!?」


驚いたように声を出すトロイと、目を丸くした店主達の声が揃った。子供も唖然としたようにアルベルトを見上げる。


「その代わり、その金額を俺達はこの子に貸す事にしよう。その借金は俺達の艦で働いて返して貰う。その間の衣食住は面倒見る、どうだ?」


「ふむ……面白いやり方を考えるな?」


トロイは何度か頷き、店主達に向き直った。


「どうだろうか。彼は先日この国の暴虐皇帝を打ち破り《北国》を救った《逆十字聖騎士団》の団長だ、この件を彼に預けては?」


「こいつ……あいや、この方が!?いやいやそんなそこまでして貰う訳には」


「この子をあっさり放免したんじゃあんた達も納得出来ないだろうし、弟や妹が何人いるか分からないけど結構な量を盗まれてるだろ?その分を補填しつつこの子がもう盗みに手を染めないやり方を考えたんだが、この位しか思いつかなかったんだ」


店主達は困ったように顔を見合わせ、自分達が押さえつけてる子供を見下ろした。


「分かりました。こいつの事、よろしく頼みます」


一応此処で逃げ出さない程度の分別はあるのか、子供は膨れっ面ながらも大人しく座った。


「それで、名前は?」


「……リオン」


「リオンか。良い名前だな。じゃあリオンの弟達も連れて来てくれるか?一緒に《エクスカリバー》へ帰ろう」


「その前に1つ聞かせろ。何でお前はそこまでしてくれるんだ?良い事がしたいのかよ」


何を言い出したのか分からず、アルベルトは首を傾げた。


「俺や弟達に飯を食わせてお前は何を得するんだって訊いてるんだ」


「あー、そういう事か。まあぶっちゃけコレ自体には何もメリットはない。人手が欲しいならその辺で大人とか適当に捕まえて話を持ちかければ済む話だからな」


リオンはがくりとズッコケた。というか小春達もズッコケていた。


「あえて言うなら先行投資という奴だ。リオンやその弟達が将来大きくなって何をするか、その選択肢を選ぶにもまずは今日食べるパンを確保しなきゃならんだろ?それに俺は手を伸ばせるのに伸ばさないのは嫌いだ」


「……何も返せないぞ」


「十年後も同じ気持ちだったら返さなくていいさ。オリーヴ曰く、先行投資は大きなリスクがある分当たると大きいらしいからな」


背後でセーラが「それ唯のギャンブルでしょ……」と呟いたが、実際その通りである。


「分かったよ、その話を受ける。弟達にも仕事をさせるのか?」


「勿論出来る範囲でな。俺のルールとして『働かざる者食うべからず、食った分は働け』ってのがある。まあ《逆十字聖騎士団》のルールに追加するかは今後セルヴィ達と協議する必要があるが」


リオンと握手を交わし、交渉成立した事を確認したアルベルトは笑みを浮かべて頷いた。








その後、アルベルト達はリオンとその弟3人と妹2人(いずれも4歳~6歳)を《エクスカリバー》に迎える事になった。


「それで仕事って何をすればいいんだ?荷物運びとか、皿洗い?」


「いや、読み書きと計算を覚えて貰う。最低限これが出来ていれば将来働く時に賃金を誤魔化されたりしないからな」


「お前……実は俺達を働かせる気なんてなかっただろ」


ジト目になるリオンにアルベルトは軽く笑い、その頭をポンと叩いた。


「子供は学ぶのが仕事だ。ま、かくいう俺も日々勉強の毎日だけどな。それから俺の事はアルかさもなきゃリーダーと呼べ」


「わーったよリーダー。じゃあま、弟達共々よろしく頼む……飯、期待してるからな」


「ああ、存分に期待してくれ。その前に風呂かもしれないが」


全く休憩にならなかったにも関わらず、楽しげに艦内を案内していくアルベルトを見送り小春とセーラは顔を見合わせて笑ってしまった。














世界会議まで、後一ヶ月に迫っていた。











          続く

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