第二十六楽章 居場所の定義
《エクスカリバー》は進路を北に取り、《北国》の領土を北上していた。そんな中、アルベルトは応接も兼ねている自室で3人の人物と相対していた。
「こうしてお会いするのは初めてですね」
「ええ、まさか娘の学友が独立国家を旗揚げしてまで助けに来てくれるとは思っていませんでした」
ころころと笑うミスティの母は親子揃ってよく似ている。主に笑い方が。
「それで、皆さんの意見も聞かずに《逆十字聖騎士団》への移住を決めてしまいましたのでその辺りを協議したいのですが」
「私は構いませんよ?」
「そうだな。異存はない」
ミスティの両親はあっさり頷いた。仮にも祖国から離れる事になったのだし、もう少し何かないかと思ったアルベルトであるがそもそも自分も里心なんてついてなかった事に気付いて納得した。
「私も特に問題はないかな。別段故郷に思うところがある訳じゃなし」
ミスティの姉だというエミリアは腕組みをしながら言った。その拍子に妹以上の膨らみが重たげに弾んだ。
「とはいえ気になる事は1つ」
「何ですか?」
思わず及び腰になりながらアルベルトはエミリアに問いかけた。
「貴方はミスティの為だけに独立国家を旗揚げして、大国に戦争を吹っかけてまで助けに来てくれたのよね?」
「まあ、そうなりますね」
実際問題ミスティの事以外で《逆十字聖騎士団》を組織した理由などないのだから、改めて考えるとこんな個人的極まりない方法にセーラや小春はともかくセルヴィやナオ達がよく付いて来てくれたと思う。
「その後は?」
「……正直なところ、ミスティを助け出せさえすれば満足でした。でもこの艦に集まった人間以外の仲間を見ていて思った事があります」
自分でも考えを纏めるように、言葉を選びながらアルベルトは言った。
「《空白の歴史》……何故人間はそう呼んであの悲劇を隠さなければならなかったのか、それはつまり《勇者》や《戦乙女》・《姫巫女》といった人間以外が他の種族と余りに遠かったからだと考えてます。交流があったのはアドゥンやガーランドと言った他種族の中のほんの一部だけ、それなら皆『よく分からない』という理由で疎遠になり結果真実は闇の中だ。俺も《勇者》を名乗った以上は、そういった悲劇が繰り返されないよう動かなくちゃならないと思っています」
「その為に今後は動くと?」
アルベルトは頷いた。
「俺はミスティに約束したんです。あの皇帝とは違う、新たな世界を見せてやると。その為の片腕になれとも言ってしまったんでそちらには事後承諾になるんですが……」
「いいわよ。あの子に居場所をくれて感謝こそすれ、反対する理由はないわ」
ミスティの母・ミネアは優しく笑ってアルベルトの手を取った。
「娘をお願いね。何なら今からでもお義母さんと呼んでもいいのよ?」
「何故に!?」
一気に空気が瓦解した。
「だってさっきの台詞、『1番間近にミスティに新しい世界を見せてやる為に嫁に貰う』って意味じゃなかったのかしら」
「全然違います!そりゃミスティは可愛いし頼りにもなりますが……あ」
全身から負のオーラを立ち上らせながらミスティの父・クリフトがゆらりと立ち上がった。
「いいだろう……娘が欲しいならまず私を倒してもらおうどわああああああああああ!?」
その瞬間ミネアに投げ飛ばされ、クリフトは背中から床に叩きつけられて失神した。
「勝負あり。家の人も納得したから何時でもミスティを攫っていいわよ」
「それ納得って言うんですかい!!」
ミスティに失礼かもしれないが、何となくこの親にしてあの子あり等と思ってしまった。
その後、何とかクリフトを宥め(というかミスティとエミリアが説得した)アルベルトは疲労した体を何とかすべく食堂へ向かった。
「よ、アル。今日の夕飯はイワシの唐揚げと味噌汁と胡瓜の芥子漬け、因みに作ったのは私だよ」
織江に言われ、アルベルトは軽く手を挙げた。
「作ったのが小春じゃなくて残念?」
「何でだ?」
「だってほら、前の食事当番の時に小春が作った肉じゃが。アルったら鍋に余ってた分まで平らげて『また作ってくれ』って言ってなかった?」
思わずアルベルトは固まった。それは確かに事実だったからだ。
「あああああ、あれは感想を聞かれたからであってだな」
「分からないなぁ。何で男ってこう肉じゃがに弱いんだろ?手抜き料理の代表なのに」
「聞けよ!」
小春の名誉の為に補足しておくと、肉じゃがは決して手抜き料理ではない。適当に作ってもそれなりの味が出せる料理という意味である。拘ろうと思えば幾らでも拘れる為、ある意味において作り手の腕前とセンスが如実に現れる料理と言えた。
「友達の私が言うのも何だけど、小春はいいよ?華奢に見えるけど脱ぐと結構あるし」
「あのなぁ!」
「冗談」
思わずアルベルトはズッコケた。織江はというと、悪戯っ子の笑みを浮かべて彼を見下ろしていた。
「まあ小春が脱ぐと結構あるというのは本当だけどね」
「……もう突っ込まんぞ」
喧々諤々とやり合いながらアルベルトは料理を受け取り席に着く。小春とケーナが座っていたのを見つけて歩み寄った。
「ここ、いいか?」
「アル?ええ、いいわよ」
円テーブルなので、丁度3人で囲む形になる。手を合わせ、ある程度食事を進めた時だった。
「そういえばさ、小春やケーナの名前の由来って何なんだ?」
「どうしたの急に」
アルベルトは軽く肩を竦めた。
「《西国》でも親がつける名前はその子供に込める願いだと言うからな。そこからケーナのルーツを辿れないかと」
「そういう事。私の場合は、小春日和からだって。意味は晩秋から初冬にかけて時々起こる穏やかで暖かい日の事なんだけどね。アルは?」
「正直何でこんな名前をつけたと親を恨みたい気持ちだがな……『高貴な光』を意味する言葉から来てるみたいだぜ。もう親いないんで、自力で調べた結果がコレだ」
「そっか。高貴は分からないけど光は十分あるんじゃない?私達の光になるんだし」
「……」
無茶苦茶に恥ずかしい事を言われた気がするのはアルベルトの気のせいだろうか?
「そ、それはともかく本題はケーナだ。何かないか?」
「んっとね。ケーナって楽器の名前なんだって」
「楽器か。そういえばケーナは歌も上手いものな」
アルベルトが言うと、ケーナは首を振った。
「違うの。孤児院に入った子供は皆物の名前をつけられて、引き取られたらその時初めて本当の名前を貰うの」
その瞬間アルベルトは自分がこの質問をした事を心底後悔した。小春はハンカチで目を拭っている。
「でもケーナは、ケーナが本当の名前」
「うぅ……ケーナちゃん、家の子になりなさい!」
「どういう事!?」
小春の言葉に流石のケーナも目を見開いた。アルベルトは小さく小春に感謝の合図を送っておく。
「……」
そんな3人を少し離れた席に座っていたセーラは、何とも言えない表情で見ていた。その彼女に同席していたトリアが声をかけた。
「セーラ様の名前の由来は確か……」
「言わないで。この16年名前負けも甚だしいとずっと思ってるんだから……!」
因みに意味は『神聖なもの』である。
(でもまぁ……アルが私達の光なのは同意ね。良い事言ったわコハル)
翌日。現地に到着した《エクスカリバー》からアルベルトとケーナ、道案内にトロイ。そして現地の品揃えを知りたいとオリーヴ、後は単純に好奇心で小春が付いて来ていた。
「此処は何ていう町なんだ?」
「《フリージアの町》と呼ばれている。私が生まれ育った街の丁度隣にあり、規模こそ小さいが温泉が湧いているのでそれ目当ての観光客で賑わう町だ」
そういえば民族衣装なのか、道を行く人達は皆白と青のマフラーを巻き同じ色の毛糸帽子を被っていた。それでも割合はアルベルト達のように外から来た人間のほうが多い。
「そっか……温泉っちゅう事は汗もかくやろうし、売り込むなら飲み物関係がええな。帰ったら水分吸収の能率をあげたジュースとか研究してみよ」
すっかり商売人モードのオリーヴに苦笑しつつ、アルベルトは土産屋の呼び込みや温泉に持ち込むタオルや玩具の店で商品を物色する声に耳を傾けながら周囲を見渡した時だった。
「……は?」
つかつかとこちらに歩いてくる1人の女性。彼女は色々な意味で目立つ容姿だった。短く切った金髪や、『まるで作り物のように整った容貌』。本来なら耳があるであろう場所を覆う『07』とマークされたヘッドギア。サリが着ているものと同じ規格(即ちビクトリアンスタイル)である緑色のメイド服。そして何よりも目を引いたのは背中に背負われた《エクスピアティオ》と同等の大剣だった。
「……」
反射的にアルベルトは重心を前に移す。彼女からは殺気も歓迎の空気も感じ取れず、それどころか一切の感情があるように見えなかったのだ。
「ようこそ。我が主、クリスタ・ペンドラゴンの使いとして参上した」
「……魔女クリスタは俺達が来る事を知っていたのか?」
無機質な声で彼女は一礼する。その動作も完璧なものであったが、それ故に彼女が如何に無機質な存在であるかを如実に表していた。
「知っていたというのは正確ではない。いずれその銀髪に赤目の少女が訪ねて来る事を望み、その為に私を待機させていたのだ。あえて言うのであれば、お前はおまけだ」
「そりゃどーも」
無機質かと思えば毒舌も飛んで来る。何とも読めない相手にアルベルトは苦笑せざるを得ない。
「付いて来い」
「仮にもメイドならもうちょい態度を何とかしようぜ?シャロンが聞いたら怒るぞ」
メイドは耳のヘッドギアから「ヒュィィィィィン」と小さく音を響かせてこちらを振り返った。
「私はメイドとしてデザインされているが、本来の役目は主の敵を殲滅する自動人形だ。よって必要ない」
そのまま歩き出す彼女を、アルベルト達は慌てて追う事になった。
彼女に案内される事数十分。アルベルト達は町外れの一軒家の前に到着した。
「チャリオット、ご苦労様」
家に通され、アルベルト達を迎えたのはベッドに横たわった病床の女性だった。
「始めまして。クリスタ・ペンドラゴンと申します」
「あーっと……《逆十字聖騎士団》団長、アルベルト・クラウゼンです」
「こんな格好でごめんなさい。医者からはもう起き上がるなと言われていて……けほ」
小さく咳き込むのを、傍に控えていたあの行商をやっていた娘が慌てて看病に走る。
「誰かと思ったらこの間のお客さんね。この前はどうもありがと」
「いや、こちらこそそちらの商品のお陰で随分と助けられた」
元を辿れば、ミスティを助けられたのもケーナの呪いを解けたのも彼女から買ったアーティファクトの効果なのだし。
「それで、貴女……」
「ケーナ?ケーナがどうかしたの?」
首を傾げるケーナを、クリスタは眩しい物を見つめるように目を細めた。
「大きくなりましたね」
「どういう事だ?」
問いかけながらもアルベルトは大体察しがついていた。恐らくケーナを《中央》の孤児院の前に置いて行ったのは彼女なのだと。
「俺が訊ねたい事は1つだ。仮にあんたがケーナの関係者だとして、何故彼女を放り出した?」
そっと袖を摘むケーナの手を優しく握ってやり、アルベルトは挑むようにクリスタを見た。
「そうですね……かつて私は《北国》で竜の力を兵器転用する研究を行っていました。貴方達が帝都で破壊した生体兵器もその1つです」
「ヒューベリオンの腕を核にしたアレか」
クリスタは頷いた。
「あれは竜の肉体を軸としたアプローチでしたが、それとは別に魂のほうを核とした研究も行われていました。それがオーガニック・マテリアル」
アルベルトは無言でケーナの手を握る自分の手に力を込めた。ケーナが痛がらないように加減はしているが。
「実験は成功し、竜の魂を持った人間を生み出す事には成功しました。しかしその赤子が目を覚まし、目が合った途端私はそこでようやく自分が何をしているのかを悟りました」
クリスタの手がシーツを握り締め、恐怖で震えていた。それは恐らく自分への恐怖だったのだろう。
「幼い子供の命を弄び、人を人とも思わない兵器の研究……恐ろしくなった私はその子を連れて研究所を脱走し、《中央》の孤児院へ向かいました。そこなら詳しい事を訊かれずに済むと思ったからです」
「もう、いいよ……」
ケーナが首を振ってその言葉を止めた。
「ケーナは、もう《逆十字聖騎士団》の一員で人間じゃないとかどうでもいいの。産んでくれた親もいなくて、帰る家もないのも、家族がいないのももういいから」
「それは違うだろケーナ」
アルベルトはぽんとケーナの頭に手を置いた。
「俺の場合は帰る家を自分で焼いちまったんでな。確かに親をもう一回用意するのは無理だが、帰る家も家族も新しく作る事は可能だぜ?」
「そうなの?」
ケーナが首を傾げる。
「忘れてないか?今ケーナは何処に帰ってるのか」
「……《エクスカリバー》?」
「そう。そしてそこにいる俺達がケーナの家族とは思えないか?」
「……!」
ケーナは目を見開き、潤んだ瞳でアルベルトを見上げた。
「生まれがどうとかはこの際どうでもいい。少なくともムーンライト学園に入学して、俺や小春達の友達になって、そして俺のやらかした《逆十字聖騎士団》結成という稀代の大馬鹿にも笑って付き合ってくれたんだ。俺に取ってはその事実だけが大事で、他は間に合ってるからな」
何も言わずに抱きつくケーナを受け止めながら、アルベルトはクリスタを見下ろした。
「という事だ。あんたの自己満足による懺悔は壁にでもやってくれ。巷で女神呼ばわりされてようが、これ以上俺の大切な仲間を傷つけるのであれば俺は遠慮なくあんたを斬る」
「そうですね……結局話す事で自分が楽になりたいというだけだったのかもしれません。お詫びと言っては何ですが、チャリオット」
「はい」
チャリオットというらしい此処まで案内してきたメイドが無機質に答えた。
「彼女の剣は《バルムンク》。その《エクスピアティオ》を模倣して作った機工剣です」
「それが?」
クリスタはアルベルトを見据えて言った。
「今の貴方はその剣の力を殆ど引き出せていません。あえて言うのであれば、鉄骨を振り回すチンピラと同じ」
「痛いとこ突いてきやがったな……」
「ですので、チャリオットと戦いその剣の扱い方を身を持って知って下さい。《バルムンク》に搭載した能力は全てオリジナルの《エクスピアティオ》と同じ物ですから」
彼女なりの餞別なのだろう。アルベルトは若干苦笑気味ではあったが頷いた。
「チャリオット、全てはあらかじめ伝えた通りです」
「……分かっている」
チャリオットは無表情のまま頷いた。
クリスタの家に作られた闘技場にも似た一角。そこは特殊な結界が張られており、何をしても外に被害は及ばないという便利な代物だった。
「戦いを開始する前に使わせて貰おう」
チャリオットは腰のバックルから1枚のカードを抜き出した。
「アルカナ・《星》を発動する」
左手のガントレットについているスリットにカードを通すと、彼女を中心に優しい金色の光が満ち溢れた。
「フィールドがこの光に満たされている間、お互いの攻撃は『常に致命傷にならない』。これは私が自動人形でありながら扱える魔法の1つだ」
「そりゃ便利だな。じゃあま、遠慮なくやりますか」
小春とケーナは魔女の先輩としてクリスタの研究室を見せて貰っている。そこは例の商人(フランシスカという名は教えて貰った)に案内されているが。
「では主より全力を尽くせと言われているので、殺すつもりで行かせて貰うぞ」
「そいつは重畳。スクラップになっても恨むなよ!」
アルベルトと同じく大剣を左手1本で構え、チャリオットは戦車の名に相応しい加速で一気に突撃を仕掛けた。
「うおおおおおお!?」
その速さたるや、そこらのオークの体当たりなどこれに比べればカタツムリとすら思える。何とか《エクスピアティオ》をの刃を寝かせ、盾にする事で受け止めたが衝撃で数m後ろに下がった。
「ふむ……データ更新。筋力A+、耐久S、敏捷B、魔力Dと」
「褒められているのか馬鹿にされてんのかどっちだおい」
「少なくとも筋力と耐久については一流以上の素質と言える。敏捷性に関しても武器の重量や取り回しを鑑みれば許容範囲だ。だがそれはあくまで身体能力の話、技術は話にならん」
次々と稲妻の如き突きを繰り出され、アルベルトは防ぐので精一杯になる。これが人間相手なら呼吸の瞬間を狙ってカウンターに転じる事も可能だが、自動人形相手ではそれすらもないのだ。
「変形も知らないか。やはり貴様は剣士等ではない、唯鉄棒を振り回すだけのチンピラだ」
(おいアルベルト!言われてんぞ!?)
「実際言われる程度の腕だからな」
サラマンダーの苦言に軽く返しながらも、アルベルトに余裕は全くない。
(小僧!剣の柄だ!)
バハムートの声で、アルベルトは思わず反射的に柄に取り付けられた少し太くなった部分を掴んだ。
「どわあああ!?」
その瞬間刀身から衝撃波が放たれ、チャリオットはたまらず吹っ飛ばされた。
「それが第一の力、《斬撃の返還》だ。剣に与えられた衝撃を蓄積させ、使用者の意思で撃ち返す」
「唯の馬鹿デカい大剣じゃなかったのかよこいつ……!」
絶句するアルベルトに、チャリオットは何処か呆れたような空気で彼を見た。
「唯の馬鹿デカい大剣が、仮にも神剣の称号を得るなどある訳がないだろう。そしてその力はほんの一部に過ぎない。次は私が見せてやる」
チャリオットは《バルムンク》を一振りする。刀身が展開し、クワガタの顎のように開いた。
「いっ!?」
「剣の逆位置、《スティング・ダガー》!」
轟音と共に展開した刀身が火を噴き、無数の弾丸がアルベルトに襲い掛かった。
「だああああああ冗談じゃねえ!!」
《エクスピアティオ》を盾にしながら走り、何とか直撃だけは回避した事で安堵の息をつく。チャリオットは追撃を仕掛けずに剣を元の形態に戻した。
「今のが第二の力、《飛燕弾》。私のは模造品故に実弾だが、本来それは使い手の魔力を使い弾丸を精製する」
チャリオットは静かに告げ、もう一度剣を展開させて見せた。
「射撃以外にもこの形態ならソードブレイカーとしても扱える。分かるか?貴様の持つ剣は本来なら変幻自在の武装、唯のチンピラが持つには余りにも過ぎた代物だと」
「ああ、よく分かった。随分と参考になったよ……だがな」
《エクスピアティオ》を軽く回転させ、アルベルトは不敵な笑みを浮かべて構えを取った。
「そうそう何度もチンピラ呼ばわりされて『ハイそうですか』で通してたらこっちもプライドが泣くんだよ!!」
アルベルトの意思を受けたからか、《エクスピアティオ》の刀身に刻まれた文字が赤く輝く。刀身が展開し、チャリオットの物と同じようにソードブレイカーの形に変形した。
「その意気だ。存分に戦い、そして学べ」
2本のソードブレイカーが互いに噛み合い、まるで甲虫同士の決闘のような様相を見せてきた。
「やれやれ、ここまで扱い難い武器は初めてだ。けど、こちとら武器の数なら扱い慣れてるんでな!」
「データ参照……大剣、ブーメラン、鞭、戦斧、大砲か。七帝竜のサポートがあるとはいえ、確かにこれらの武器を切り替えながら扱えるのは驚嘆に値する」
「あれ、意外と高評価?」
「扱えるだけで何一つ使いこなせていないがな」
持ち上げて落とすのが好きらしい。
「だが使いこなせれば向かう所敵なしとなれるだろう。主がお前を鍛えろと言った理由がよく分かった」
「へえ、あの魔女にそこまで評価されていたとはな」
ケーナの事もあるので、アルベルトは若干皮肉屋になる。チャリオットは一瞬瞑目し、手首のスナップを利かせてアルベルトを引き離した。
「お前は彼女を哀れむ必要も悼む必要もない。どの道主はもう長くないからな」
「そうかい。だったらお望み通り、何も言わずにおくさ!」
その後、2人は小春達が呼びに来るまでずっと剣戟を重ね続けていた。
「《エクスピアティオ》の力、少しは分かりましたか?」
「お陰様で」
ベッドに横たわったまま、クリスタは小さく微笑んだ。
「ではチャリオット、貴女に最期の命令を下します」
「拝命しよう、主」
クリスタは息を吸った。
「マスター権限を私からアルベルト・クラウゼンに移乗。以後は彼に剣術を教え、同時に彼を守る事を任務としなさい」
「了解した」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!こいつに剣を教わるのは吝かでないが、俺にマスターを移すってどういう事だ!?」
淡々と話を進められ、慌てたのはアルベルトである。咄嗟に割って入るが、クリスタもチャリオットも「何言ってるの?」という空気だ。
「チャリオットからもう聞いたかもしれないですが、私はもう長くありません。自分の死期が間近に迫っているのは分かっています」
クリスタは天井を見上げ、悲しげに笑った。
「心残りがないと言えば嘘になります。ケーナにももう少し償いの為に何かしたかったし、私が犯した罪も殆ど償えていません。ですが薄情な事に最も心残りなのは弟子のフランシスカと私の最高傑作であるチャリオットの事なんです」
「つまり?」
「私が死んだ後、この子達はどうなるのか。せめてある程度の指針というか選択肢は示しておきたいですから」
クリスタはアルベルトに目を向け、「お願い出来ますか?」と訊ねた。
「そう言われちゃ断れないな」
「ありがとうございます。これで大分心が軽くなりました」
そう言って、魔女クリスタ・ペンドラゴンは静かに息を引き取った。女神と呼ばれ、皆に愛された魔女。己の罪を償うべく、病的なまでに他者に尽くし続けた女性は最期まで他人の事を心配しながら逝った。果たしてそれが幸福な事なのかはアルベルトには分からなかった。
《エクスカリバー》へ戻る道すがら、荷物を纏めたフランシスカとチャリオットを伴いアルベルト達は小型機の所へ向かっていた。
「そういえば、チャリオットってタロットカードの『戦車』だよな?」
「その通りだ、マスター。といってもそれはあくまでコードに過ぎず、お前達のような名前ではない」
「そっか。じゃあこっちで呼び名を考えても良いか?」
構わないと答えるチャリオットに頷き、アルベルトは小春達と顔を見合わせた。
「レイナってどう?07だし」
小春の提案に、アルベルトもケーナも異存はなかった。
「レイナ……了解した。以後はレイナと名乗ろう」
チャリオット改め、レイナはスカートの裾を摘んでアルベルトの前で一礼した。
「不束者ではあるがよろしく頼む」
「こちらこそ。剣の師匠としても頼りにしているぜ」
とりあえず不束者どうこうについてはスルーした。
続く




