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「護衛一、ささっと進めよ」
薄暗く生臭い臭気が漂う地下通路で、雇用主から護衛二と呼ばれる男が悪態をついた。
彼らは雇い主の商人から、何故か護衛一、護衛二と呼ばれているため、お互いのことをそう呼んでいた。
言葉にもう一人の男――護衛一はムッとしたのか、足を止めた。
「此方は慎重に進んでいる」
「はい? 慎重に進むのはいいですがね、一さん。もうそろそろ、エレミー様の処刑が実行されたりしたりするんですが」
嫌みったらしく発せられた言葉に、護衛一は自らの腰にかけられたナイフを何故か凝視した。
一歩下がって、護衛二が溜息を吐いた。
「なあ、ほんと速く行かないとまずいだろ」
「……何故我々が雇い主の命令でもないのに動かなくてはいけないんだ」
理性では分かっているのに、違う部分で許容できないという声だった。
護衛一の苛立ちに、護衛二は深く溜息をつき、子供に言い聞かせるような口調で、しかし僅かながらの共感も乗せて、言葉を発した。
「命が掛かってるからだよ。エレミー様の命令で動きたいのはオレも同じだぜ。だけど、命令しないんじゃ仕方ない。結局オレらは独力で動くしかなかった。そこに現れたのがあのオッサン。オッサンの協力がなければ――認めたくー、はないが、助けられなかった」
「……そうだな、分かっている」
溜息と共に擦れた声を護衛一は搾り出す。
「もっと気楽に考えろよ」
護衛二は一とは長い付き合いなので分かっていた。一は雇い主からの命令以外聞かないという矜持があり、それを何十年にも渡って厳守していた。しかし幾ら雇い主のためでも、その自分の掟を破るのに抵抗があるのだろう。
「気楽か」
「そうそう。こんな機会めったにないぜ。大陸最大の帝国の一番上から、命令されるなんて。ああ今は違うのか。……皇帝の位についていた人間に命令されるなんて」
「あれが皇帝だったのか」
護衛一は悲しげに首を振った。
「今頃、あの護衛共が俺の可愛い娘を助けに行っているだろうな」
楽しげに壮年の男が笑った。美しいと喩えるには、顔の一つ一つの造詣が余りにも強すぎる。眉も、鼻のラインも、唇も、全てが苛烈な印象を抱かせる。
大きく口を開けて、赤い果実を飲み込む。
「あくど過ぎます。これが娘に対する仕打ちですか」
非難がましく、傍に控えていたメイドが言った。
「いい父親だろう? 好きな男のための行為を今まで助けてやったんだぞ。流石に死んだ振りまでは可哀想だったな。俺が死んだと聞いて、きっと泣いてた。まあ死んだと言っておかないと、油断しないだろうからな、エレミーは」
「……お泣きにならなかったと思いますよ。エレミー様は貴方様のことを、軽蔑してらっしゃるところがありましたから」
「ああ、問題はそこだった。あんなに可愛がって、可愛がっても、エレミーは俺に『ある程度』の愛情しか感じなかった。結局、あいつは自分のことで一杯一杯だった。ただ息子のことは別みたいだったけどな。……なあどこがいいと思う。息子」
饒舌で上機嫌な主人に、メイドは醒めた視線を送る。
「……少なくとも貴方よりかは」
「そうか。くくっ」
何を言っても上機嫌なのだろうと、メイドは推測した。前までは、そんなことを言うと異様に不機嫌になったくせに。
「エレミーにはもう仲のいいやつはいないな」
確認するような言葉に、メイドは返事をするのも面倒になり無言を通した。
「これでのんびり二人で暮らせる」
「エレミー様はお許しにならないのでは?」
「諦めるさ。エレミーはもう何も残っていない。そんな時に、こういう状況になれば流される」
何年越しの計画だったか、と前皇帝は指折り数え始めた。
長さを見誤り、少し短くなってしまいました。
完結まで遅くなりましたが、読んでくださった方本当にありがとうございました。
お気に入りや、評価などしてくださった方ありがとうございました。