研究所
しばらくすると湿地帯を抜けて、中間地点である町に着いた。おれの住んでいた町と雰囲気は変わらず、宿も普通だった。
ただ、一つ違ったことがある。ご飯だ。味が全体的に薄いと感じた。まずいわけではないし、何より宿屋のご飯は色々な都合があることも分かっているから文句はない。ただ、違うなと感じた。
ユウガオは美味しそうに食べている。幸せそうだ。というか、やっぱ食べる量多いな。おかわりしている。やっぱりガオちゃんだ。
うちの町のご飯はみんな美味しいと言っていたし、特別だったんだなと気がつく。母さんも料理は上手かったし。初めての遠出だからなのか、知らずと町や母さんを思い出してしまう。
動かずにじっとしていたみたいで、それに気がついたユウガオが箸を止めて、こちらを見る。
「どうしたんですか?」
「え……あぁ。少し町とかあ……とかを思い出して」
母さんと言うのが恥ずかしくなり誤魔化したが勘づかれた。
「そっか……女将さん一人にするのは心配だからね」
「……ん?いや、思い出してただけだよ。そういう心配はしてないな。母さん強いし」
「強い?どういう意味?」
「そのままの意味だ。その辺の人じゃまず勝てない」
「えぇ?あの女将さんが?」
「そう。親父からあいきどうとか言うのを習ったら、メキメキ強くなっていたな。とんでもない才能らしい。大体の人を投げ飛ばしてたぞ」
「……全然そんな風には見えない」
「だろうな。だから心配はしてない」
だからこそ、おれは安心して旅立てた訳だしなと残ったおかずを一気にかき込む。
「さてと」
気持ちを切り替えて、部屋に向かう。早く寝ないと。明日は研究所だ。
部屋に戻ると、興奮して疲れていたこともあり、すぐに寝てしまった。
次の日の朝、出発の準備を終えて、とっておいた団子を食べて、馬車へ向かう。
馬車では、羽の付け替えをしていた。これが昨日言っていた百本の羽根か。
なんか、気持ち悪いな。
付け替え作業を見学していると、木蓮さんとユウガオがやってきた。
「おはようございます。ふふふ、早いですね」
「はい!今日研究所に着くと思うと楽しみで!」
「そうですね。それでは早速いきましょう」
全員が馬車に乗り、護衛の人たちもそろったところで出発する。
ここからは、このまま川沿いに下っていくと研究所に着くらしい。
「ここまで問題なく来ましたね」
「ええ、順調ですね。夕顔さんも初めての補充作業お疲れ様でした」
「はい!なんとか役目を終えられてよかったです」
初めて……それで気を張っていたのか。なるほどと納得する。
「次回以降は一人で大丈夫ですね」
「え!あ、はい。大丈夫です……」
大丈夫じゃなさそうにユウガオは答える。木蓮さんはニコニコしてる。本当にずっと変わらないな、この人は。
「次回はおれが同行してやるから!」
「なんでそうなるのよ。あなたが来ても変わらないでしょ!」
「そんな拒否しなくても!町に帰れるし、ちょうどいいと思ったんだけど」
「え!あぁそういうこと。そ、それなら来てもいいわよ。最初からそう言ってよ」
「ふふふ、まぁまたその時考えましょう。今はこれからのことを考えましょう」
「これからのこと?」
おれとユウガオは同時に尋ねる。
「ユウガオさんは結界の魔力消費原因の考察。月明さんは住む場所や入所の準備。やることがいっぱいですよ」
「はい」
実際にやることを示されたことで、自分が働く姿を想像するが、あまりピンとこない。仕事の内容は想像できるが、場所が想像できない。
「そうだ。ツキアカリくん。あの粉ある?」
「ん?あるけどなんでだ?」
「水が飲みたいんだけど、魔道具の魔力が切れちゃって。ちょうどいいから改めて使ってみたいの」
「あぁ。ちょっと待ってくれ」
カバンを探り、瓶に入った粉を出す。そういえば、結界核に補充してから使っていなかったなと思う。
目的の瓶を取り出して、ユウガオに渡す。
「ほい。まだあるから自由に使っていい」
「ありがとう。……」
お礼を言った後に瓶を見つめる。いっこうに蓋を開けようとしない。
「どうしたんだ?使わないのか?」
「いえ、馬車の中で開けて、手にかけたら溢れそうだなって」
「あー確かにな。結構揺れているからな」
「そう。それに手が汚れる」
「それはいいだろ」
「よくないでしょ」
汚れることが気になるらしい。いいだろそれくらいと初めは思った。
ただ、自分には考えつかない問題点だった。なるほど。汚れたくない状況。極端にいえば触れない場合にも使えないかと言い換えることもできる。あまり考えてこなかった視点だ。早くもこれまでとは違うことができそうな予感を感じて、ウズウズしてきた。
「汚れたくないのは分かったが、どうするんだ?」
「うーん。とりあえず」
ユウガオは、瓶ごと魔道具に当て始めた。側面や底など当てる場所を変え、その度に魔道具に力を込める。キンッキンッと瓶を当てる音がしばらく続く。
「……ダメそうね。あなたもやってみて」
「いや、いい。それやったことがあるし、ダメなのは分かってるから」
「……止めなさいよ!」
「止める間もなかっただろうが!」
「まぁ、いいわ。じゃあ次はこうかな」
すると、ユウガオは瓶の蓋を開けて、その蓋に粉を移す。そして蓋の上に溜めた粉に魔道具を当てる。
それはやったことないな。
興味が湧いて様子を見る。
しばらく経ったが何も起きなかった。
「……ダメそうね。やっぱり粉を手につけないとダメそう」
「そうみたいだな」
「……じゃあ、ツキアカリくん補充してくれる?」
「なんでだよ」
「……この粉、触った後に手がチクチクするからよ」
「は?」
「この粉、手に塗った後痛いのよ。しばらく。なんであなたは抵抗ないのよ」
「え?あぁ確かに昔は痛かった気がするが、慣れたというか、むしろ気持ちいいというか」
「はぁぁ?どこが気持ちいいのよ!変人ね!そうかと思っていたけど、やっぱりあなた変人ね!」
ユウガオが酷いことを言ってくる。変人と自覚はあるけど、人から言われるとなんか腹が立つ。
「木蓮所長」
「はい」
「ユウガオさんが後輩を変人呼ばわりします」
「ちょっ、ちょっと!」
「そうみたいですね」
意趣返しとして、木蓮さんにチクる。まぁチクるも何も、所長はずっと目の前で見ていた訳だが。
「二人とも実験はそのあたりで終わりましょう。月明さん。外を見てください」
木蓮さんの言葉にまさかと思い、窓から身を乗り出す。
「今はこの旅が無事に終わりそうなことを喜びましょう」
木蓮さんが旅の終わりが近いことを告げる。
ただ、おれの耳には、その言葉は入ってこなかった。
目の前の景色に目を奪われていたからだ。
少し傾斜を下っているため、街の全貌が見える。そう街だ。
川に沿って街があり、その後ろに高く白い塀に囲まれている巨大な建物が見える。
また、川の対岸にも同じく街があるが、その後ろには塀はなく、代わりに大きな倉庫みたいなものがいくつかあり、そのいくつかから煙突が突き出しており、煙が出ている。
川の中にはそこそこの大きさの船があり、動いているのがわかる。
規模がでかい!なんだあの街は!建物が多すぎだ!
向こうに見えるのは工場か?煙突多すぎだろ!船も初めて見た!
それになんだあの高い塀は⁈
もしかしてあれが!
窓から見えた景色を見て、2人をみる。
「えぇ、あそこが目的地で、私たちの研究所です」
あそこで、おれも魔道具を作る。
そう思っただけで、じっと座っていられないほど胸が躍った。




