第9話 事件発生。でも、動けない柊さん。
「もう、クラスの皆には困っちゃうわ。わたしと植杉くんはタダの友達なのに、分かってくれないの。どうして、女の子って何でも恋バナにしちゃうのかしら?」
「それを男の僕に聞かれてもコメントにも困っちゃうよ。第一、僕は柊さんの事がす、好きだから……」
「ん? 今、何言ったの? クラクションで聞こえなかったんだけど?」
「あ、なんでもないよ」
僕たちは今日も一緒に帰宅中。
駅までの道を二人で歩く。
……柊さん、顔が赤いから聞こえないふりしてくれたのかな?
「そ、そうだ。ちょうど買いたい物があるから、あそこのコンビニに行かない? 猫ちゃんのアニメマスコットが関連商品購入で貰えるの!」
「そ、そうだね」
急に話題変更をする柊さん。
僕もそれに話を合わせた。
……まあ、慌てなくても良いよね。僕たちの関係は。
僕らは二人で大きな道沿いのコンビニに入る。
「あ、これなの! 猫ちゃん可愛いぃー!」
柊さんがとても幼い表情で笑うのを見て、僕の心臓はドキドキしてくる。
「お姉ちゃん、猫ちゃん好きなの?」
「うん、そうなの。貴方も猫ちゃん好き?」
「うん!」
しゃがみ込んでお菓子を物色している柊さん。
幼稚園児くらいの女の子も一緒になって猫ちゃん可愛いとしているのは、見ていて微笑ましい。
「じゃあねぇ、お姉ちゃん!」
「うん、またねぇ!」
お母さんと一緒に手をつないで手を振りながらコンビニを出ていく幼女。
柊さんも手を振りかえした。
「え!?」
「きゃぁぁ!」
しかし、次の瞬間。
コンビニの入り口からフルフェイスヘルメットを被った不審者が飛び込む。
そして幼女を奪い去り、彼女にナイフを突きつけた。
「おかーさん!」
「カコちゃん!」
泣き叫ぶ幼女と突き飛ばされて立ち上がれない母親。
僕は一瞬あっけにとられたが、何かできないかと犯人を見た。
犯人は、手が随分と震えている。
それに身長は少し僕よりも高いけれど痩せ型で、そこまで強そうに見えない。
……だったら、なんとかなるか? あ、柊さん! 彼女を止めないと!
僕は、柊さんが拳銃をカバンから取り出して犯人を撃ってしまう事を危惧した。
こんなところで撃ってしまえば、柊さんの正体が多くの人々に知られてしまう。
それでも子供を救うためなら、柊さんは自分の事など考えないはず。
僕は一瞬でそこまで考え、柊さんを見た。
「ど、どうしよう。ま、また手や足が動かない。どうして、また動けないの。わたし、どうしてまた助けられないの……」
真っ青な顔でぶるぶる震える柊さん。
動きたいのに動けないと、小声で呟く。
月夜の学校でテロリスト共を薙ぎ払っていた戦士は、ここに居なかった。
……柊さんには、やっぱり子供の事でトラウマがあるんだ! じゃあ、ここは僕があの子を助けなきゃ。そして、柊さんのトラウマを軽くするんだ。
僕は犯人から視線を外さずに、柊さんの腕をそっと触れる。
「え!?」
「柊さん、ここは僕がなんとかするよ。君はあの子を助けて」
僕が左手で平木さんの右手を握ると驚き、びくっとした柊さん。
僕が耳元で小声で話しかけると、真っ青な顔で僕の顔をまじまじと見てくる。
「あ、危ないよ。植杉くんには関係ないし、わたしは銃も持っているから。あの子を救うのは、わ、わたしの……」
「あのね、柊さん。僕の事を関係ないって言わないでよ? 僕は柊さんの友達。君が苦しむ姿やあの子が刺される姿なんて、僕は見たくないんだ。それに、柊さん。そんなに震えていたら戦えないよ? 大丈夫、僕にだって勝算が無い訳じゃないから」
まだ心配そうな柊さんを背後にし、僕は前に進む。
スモークシールド越しに顔が見えないフルフェイスヘルメットを被った男?は、幼女を左手に抱え、右手に小さなナイフを持つ。
そして彼は、コンビニの入り口からレジの前まで幼女を引きずり進む。
幼女のお母さんは、娘を返してと悲痛な叫びを繰り返していた。
コンビニのガラス越しの道路には、多数の人だかりができている。
……道路にはスマホ構えた野次馬が多いけど、誰か警察には通報してくれたよね? じゃないと困るんだけど?
「すいません。女の子を解放しませんか? このままでは、貴方は強盗致傷になりますよ? 初犯でも実刑になるのですが、それで良いんですか?」
僕は念のために警察に一報を入れた後、犯人の注意を僕に向けるべく、ゆっくりと話しかける。
……犯人との距離は2.5メートル。足元には子供用の買い物カゴあり。ふむ、だったら、これでいこう。
「な、何を言い出す? このガキがぁ。お、俺はなぁ、会社を首にされたんだぞぉ。た、たかが会社の金を数万円横領したくらいで、首にすることは無いだろう!? 今まで馬鹿にしていた奴らを見返すために、会社の金使って馬券買って何が悪い!?」
「貴方の言い分は、ひとまず置いておきます。社会への不満があって事件を起こそうとするのはよくある事ですが、それでは不幸の擦り付け合いでは無いですか? 第一、その女の子には何の罪も無いですよ?」
僕は、右手に教科書が入ったカバンをぶら下げながら、犯人と話しつつ徐々に前に進む。
間合いを「僕向き」にするために。
「お、俺が全部悪いって言っているのか、このクソガキがぁぁ! ガキの癖に色気図いて彼女連れまわして、俺に見せつけたのにかぁ!」
「柊さんと僕がカップルに見えるんですか? ありがとうございます。僕も彼氏でありたいとは思っているんですが、中々友達以上にはなれなくて困ってるんですよ?」
「はぁ!? 馬鹿にしているのか?」
「植杉くん! 一体何言っているの? こんな時に!? あ、貴方とは、友達だけど……」
犯人が僕と柊さんの関係を恋人に見えると言うので、隙を作ってもらうためにノロケ話をしてみる。
すると犯人だけでなく、固まってしまっていた柊さんも大声で突っ込んでくれた。
……効果抜群だね。これで、柊さんも動けるはず。
僕は柊さんに顔を向け、一瞬ウインクをする。
すると柊さんは僕の意図に気が付いてくれて、ゆっくりと犯人の視線から外れてくれた。
「イロガキがぁ!? お、俺にはなぁ。もう何も残っていないんだ! 『あの方』が言っていた。世界が自分を拒否するなら、世界を破壊しろと! 俺は死刑になってもイイ。その代わり、オマエらみたいな幸せそうな奴ら全員を道ずれに殺してやる!」
「愚かですね。自業自得な不幸を他人のせいにして社会を呪っても、何も解決しません。他者を汚す権利、貴方にはありません!」
僕は狙った場所までゆっくり前に進み、犯人を刺激する言葉を吐いた。
犯人の視線や思考を、僕に集中させるために。
「し、死にくされぇ。このクソガキがぁ!」
犯人は幼女を放り出し、ナイフを振り上げて僕に飛び掛かってきた。