守護天使①-3-2
「そうよ。あなたの言うベリなんとかなんて村はこの国周辺にはないわ。他国でも聞いたことがない。これでも私地理の成績はいいの。あなたの言う村がもし本当に実在したのだとしたら、それは大昔に滅びた村なのかもしれない。それなら私にもわからないわ?」
「いや待ってほしい。私は――」「とにかく残念だけどあなたは守護天使で間違いない。そうでなければその首に刻まれた【服従の祝福】の説明がつかないの。あなたの心臓には【聖痕】もあるはずよ」
少女はそう言って私の首を指さす。
――なにが、あるというのだ?
当然自分の目で自分の首を視認することは出来ないので、スローネシステムを介してAR表示で自分の筐体を映し出し、少女に指さされたあたりを確認してみる。
首元には、文字のような規則性を持つあざが存在していた。
――なんだこれは……待て、心臓にも、といっていたか?
スローネシステムでナノマシンを走らせ心臓各部を確認、してみたが、首の痣のようなものは見られない。
――いや、見えないからといって存在しないと決めつけるのは早計か。首にはあるのだ、識別符号の類がつけられている可能性は十分にある。
もしかするとこれは、この惑星に満ちる謎エネルギーの干渉によってもたらされるナニかなのではなかろうか。
――そういえば、アオイ中将の【魔法兵器への考察】という記録にそんなものがあったな。確か魔法とは精霊なるウィルスに汚染された個体が行使する非科学的な超常現象云々、とかだったか?
記録では、魔法のある例の惑星では魔法による恩恵が大きく、魔法が使える者は使えない者に比べ富を持ち強い権力を有していた。魔法による文化は選民思想を助長し、その結果特異な魔法を操る血族が尊ばれるようになり、それらはやがて支配階層となった。
支配階層は一般階層を支配し、その選別に刻印をもってあたっていたという。
文脈から察するに、その刻印とこの痣は、ひょっとすると同一種のギミックという可能性が――だとしたら、私は目の前の少女に、その類の枷をはめられてしまったということに……。
いかん。私は既に敵の術中に堕ちていたようだ。ならば既に私はまな板の鯉。下手に仕掛けるべきではない。正体不明の粒子が渦巻くこの惑星で、その粒子を操るすべを持つこの少女と事を構えるのは危険だ。
「それで、これがあるとどうなるのかね?」
冷静になれ私。相手の機嫌を損ねるな私。今から強硬手段を用いるのは愚策。ここは隙を伺い時間を作り現状を正確に把握することに専念すべきだ。
「どうなるって……それはあなたが私の使い魔だという証よ。守護天使っていうのは主人を守る【精霊従者】の中でも上位の存在で、【導き手】と呼ばれる召喚術者の切り札なのよ……一応」
「……一応? ということは、つまり私はそうじゃないと?」
「ええ、そうよ。あなたはどう見ても村人だもの」
「――村人……」
さっきから思っていたのだが、何故村人なのか。私の外見、服装が、そう思わせているのだろうか。
私は自分の着ている服に視線を落とす。今着ている病衣は地味な灰色をした、飾り気のない一見ぺらっぺらな薄布だ。この素材の正体を知らない者からすれば、ただの粗末な服という認識になるのかもしれない。
――彼女の今までの言い分を鑑みるに、感覚としては大スターを招待したはずだったのに実際に来たのが流浪者だったのでがっかりした、というところだろうか。
ふぅむ、なるほど。それはがっかりするかもしれない。「オードリーヘップバーンを呼んだつもりが実際来たのはアジアン角田」という諺がどこかの星系にあったが、その失望は計り知れまい。
「それは……本当に残念だったな」
「ええ、まったくだわ」
「だとすればやり直しを……あぁそうか。あの時のやり直し要請はそういうことだったのか」
「そうよ。でも駄目だった。あなたの覚えている通りよ」
「ということは、私を元の場所へ送り返すことも難しいのだろうか?」
「難しいんじゃなく不可能なの。できないのよ。出来たらとっくにやってるわ?」
「そうか。それはお互い不幸な事だな。なんというか、すまない。期待を外させてしまって」
「はぁ? ……なんなのよそれ……意味わかんない」
急に調子を合わせようとしたからか。少女は眉間にしわを寄せ、訝し気な視線を暫く私に向けていた。