Chapter.000【Walpurgisnacht】
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ジュダスとは生まれながらにナノマシンを体内に持つ生命体である。
ジュダスの外見は確認されている銀河宇宙人類の中でも平均的なもので、一目で見分けるというのは困難である。
彼らはどこからどう見ても人にしか見えない。
しかし彼らは、人の目には見えない伸縮性に富む触手を持つ生命体であり、人類と呼ぶには異端な、人類社会において難しい地位にある存在だ。
素質、才能、訓練度の大小による個体差はあれど、ジュダス種はナノマシンを体から自由に出し入れすることで物理的干渉や常人には計り知れない感覚の感知を行うことができる。
ナノマシン器官――見えざる触手――を駆使する彼らは、個としては非常に強力な生命体だ。ただの人類が対抗できる存在ではない。
だが、彼らを支配したのは人類であった。
人類はジュダスを支配するのに、暴力では無く救済という手段を講じた。
ジュダスは常に死病と隣り合わせにいた。
その死病とは、ナノマシンが己自身の細胞を外敵と判断し攻撃する病、【蝕身】。
強大な力を持ちながらも種としての宿命たる死病を克服できなかった彼らは、四十年以上生きることの出来ない短命な種族であった。
そんな彼らに繁栄をもたらしたのが、銀河帝国アースガルズ王朝である。
帝国は彼らの体に存在する複数の【器官集合因子】を制御するための仕組みを、自らの誇る超科学力で生み出した。
その仕組みの名は【スローネシステム】。
天使の座とも呼ばれるそれは、細胞の磁気化技術を応用し発展させ開発した第四の細胞、【想起点】細胞によって構築されたジュダスの命綱である。
この技術供与以来、ジュダスの騎士は与えられた命の安全と繁栄の対価として、帝国の尖兵を担うに至った。
そうしてやっと、彼らは帝国から、人類として認められたのである。
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ルベリウスは皇帝に認められたジュダスの筆頭騎士にして帝国の最上級貴族である。
辺境コロニーの貧民街で育ったルベリウスは、物心ついた時には既にジュダスとしての力に覚醒していた。
彼が成り上がれたのもジュダスとして覚醒し獲得した強力な力によるところが大きい。
だがもしも、彼の能力がもっと早くにジュダスの異能を源にしているとわかったなら――彼は台頭前に始末されていたに違いない。
彼がジュダスの騎士だとわからなかったのは、一般的なジュダスの持たない極めて歪な異能を正なるモノより先に発現させていたからだ。
それは何故帝国の先兵として管理されていたジュダス種の彼が貧民街などにいたのかにも関わっている。
技師はその答えを、剔抉されるを待たず吐き出す。かくも簡単に。
「違法デザインチャイルドだったんで地球教から狙われたっすよ」
彼はジュダスの系譜ではない。
彼の正体は皇女の呪病を治療するために産み出された、ジュダスをベースとして品種改良された違法な人造人間・合成生命体である。
皇女の治療に使用された彼は、役目を終え、破棄され、そのまま死ぬ、予定だった廃棄物。
ルベリウスが生き残ってしまったのはその体に――どこからか流入した正体不明の粒子が悪戯をしたせいだ。
外部から混入した質量のない謎の物質によって、彼の体内を巡るナノマシンを制御する【スローネシステム】は暴走した。
スローネシステムは突如流入したエネルギーの飽和によって筐体が破損する可能性を感知し、即時解析を行い流入する未解明の力にプロトコルがあることを割り出す。
それは後の研究者らに伝わる奇跡――Deus vult事件。
スローネシステムがそれに対抗するためのパッチの生成に成功出来たのには、ルベリウスの記憶領域に存在していた皇女のとあるデータの存在があった。
彼女の記憶領域のいずこかの深層に、未解明の力に関するソレが秘されていたのだ。
帝国の征服した領土には未解明の力を振るう惑星住民・固有種がいくつか存在しており、皇族の共有するデータベースにはその記録も含まれている。
だがソレはそういうものとは一線を画するデータであり、後の研究でソレこそが呪病発現原因の根幹にかかわる要素であったのではないかと目されるようになる。
その未解明の力の解析記録はコードネーム【魔法】と名付けられ、帝国皇帝付・国家保安委員会直下特殊軍事兵器嚮導開発科第三十七研究班内において秘密裏に研究が続けられた。
その結果、ルベリウスに搭載されているスローネシステムだけが魔法を扱うための制御機構を奇跡的に獲得している事、かの者ならば例の星系と体系が違うであろう【かの惑星の魔法】に対しても、成果が望めうるだろうという仮説をもたらした。
あらゆる環境下での筐体の保全を優先課題とする命令を組み込まれたシステムが、種の本筋から異なる進化を遂げて、宿主の都合の如何を問わず一つの答えにたどり着き、粛々と問題の解決を図る。
それがルベリウス――帝国の知るジュダスとは明らかに違う交雑種。
弱点を克服した上に明確な弱みを持たない脅威の生命体を――そんな化け物を人類と認める担保など、帝国には用意できない。
破棄を試みるも、筐体を破壊しようとすると未解明の力が発動し宿主を何度でも復元する。その進化したスローネシステムが宿主の命を守った仕組みを、後に研究技師らは【自発功】と名付けた。
それはとどのつまり、皇女の呪病を再現したものであった。
皇女の呪病の受け皿となった彼が獲得したのは、皮肉にも、何人にも毒にしかならない魔法因子に対する適性だ。
「あれだけ殺しても死ななかったのに、今更死ぬとか流石にびっくりしたっすよ」
データを眺めていた研究技師は呟く。
昔を懐かしむような目で、技師は天井に視線を投げた。
「わからないっすか? まぁAIならそうっすよね。わからないのは正解っす」
空に浮かぶ文字をしばし眺め、技師は少し長めに間を持たせてから答える。
「かわらないんすよ。先輩は。
死の前に立ちはだかるとか、まさに現役時代を髣髴とさせる乾坤一擲の凄まじい振り切りだったっすね」
天井部を除く全天周パネルには夜明け前の海が映し出されている。
音は無い。
白い砂浜に打ち寄せる漣は波音を奏ではせず、しかしそれは、今にも潮の音が聞こえてきそうな幻想的な光景であった。
「結ばせるつもりは微塵もなかったんっすけど――」
無音の空間で、技師は思い出すように言う。
「――一筋縄ではいかないとも思ってはいたんすけどねぇ。先輩が想定の斜め上を行ったせいで一点先取されちゃったっすよ。んー。んー」
技師は指をくるくるさせつつ何度も唸る。
指の先のモニタには、標的に対して一斉攻撃を示すシグナルが明滅していた。
数秒後、重い機械音がしたかと思うと、息が詰まりそうな圧迫感が空間を満たす。
重力が反転し、霧散して、気圧が一気に下がっていく。
光が減っていき、空気が薄くなり、世界が凍り付いていく。
「まぁでもだからって負けはしないっすけど。あの女狐は既に詰んでいるんっすけどね。このあーしが出てきたからにはもうお終いっす。このあーしを相手にした不幸を盛大に嘆くがいいっすよ。そんでこのあーしのおかげでここからはスピード大団円間違いなしっす。確定的明らかってやつっす。そんでもってこのあーしが今度こそ――」
そんな中で、技師はおもむろに椅子から立ち上がるとヘルムに手をかけた。
ヘルメットを左右に揺らしてロックを解除し、技師はヘルメットを脱ぐ。
中から長く美しいシルバーブロンドが零れた。
「――先輩だけは、幸せにして見せるっすよ」




