ドラゴン来襲 ②-2-3
「おお! 貴様か!」
一瞬で変化した視界。
遠くには船に向かって燃え盛る火炎を吐き出す竜の姿が見えた。
「大丈夫か。どこか痛む箇所はあるか?」
「ルベリウス……」
私はゆっくりとアンジェリカの体を地に寝かせる。
見える範囲に外傷はない。発汗は見られるし血圧の乱高下のせいか顔も青白くなってはいるが、致命傷を負っているようには見えない。
しかし念の為、私は彼女に対して疑似魔術を使用する。
――〈治癒力向上壱式〉――
およそ五秒の時間を経て、アンジェリカの身体が薄く淡い白の輝きに満たされた。発動したのは裂傷や骨折、打ち身などのダメージを持続的に回復する魔術だ。
――これで大丈夫なのか……? バイタルデータが取れないから効果が測れんな。
治癒の術のほとんどは術者に多大な魔力負荷をかけるという理由で禁術指定されている。魔術士の場合、禁術ほどの異能を行使すればすぐに己の中に感知できる魔力の動きで成否そのものがわかるらしい。
だが私にはその感覚器官自体が無い。私の場合は魔術という異能行使における構成様式が違うため、魔術師のようにその恩恵が正しく作用したかどうかを感覚的に測る術はない。
不可係数の大小は数字として確認できるがそれだけだ。どのくらいの数字がどのくらいどの程度の癒しに繋がったのかという事まではわからない。
ただ、近くで髭中年が私を見て驚いていたのを見る限り、恩恵をもたらしたとわかるくらいには効果があったのだろう。
パーティリングが光を発している様子から、どうも治癒の効果は意図せず、魔道具を経て皆に伝わってしまったようだ。竜の攻撃によってダメージを受けていたパーティメンバーにも異能が行き渡ったのは偶然だが、結果オーライとしよう。
「あなた、船の結界は大丈夫だったの?」
徐々に光が収まっていく腕輪を見ていた私にアンジェリカが声をかける。
「大丈夫とは? 結界とやらは壊れていたのだろう?」
「貴様よ、巫女見習いは、船に備わっている対転移防衛結界について言っているのだ」
「…………?」
「船には転移による侵入を阻む為の抗転移術結界が張られている。船内に転移術の終着座標が設定されると抗転移術式が起動するのだ」
髭中年の説明によると、その作用は転移術の終着座標に干渉しその位置をずらすというものらしい。
終着座標を歪められた転移術は経路そのものも歪められ、結果転移対象物を歪める――例えば対象が人であれば、その体は転移経路のズレで皮膚や肉や骨はもとより、脳やら内臓やらあらゆるものが捻じられる。結果、転移終着点に出てくるものは、人だった何かだと云々。
「設置型不意打ち術式の干渉を〈内在抗魔力変換〉だけで弾くとは。貴様はどれほど魔力を内包しているのだ。本当に化け物だな」
「……お前たちとは、その、なんだ、鍛え方が違うからな」
なるほど。どうやら先ほどの謎の攻撃とやらはそういう理屈だったのかと私は髭中年の説明で察した。意識が落ちたのはゲフィオン粒子に対する安全装置作動という現象だったのだろう。
髭中年のウンチクによると私は大変な事態を乗り終えたようだがそんなことはどうでもいい。すぐに復帰したし今現在ノーダメージなのだ。結論は魔力外装を戦闘用鎧衣に組み込んだ帝国科学の力が勝利したということで総括してよい。
「……ルベリウス」
そんな事よりも憂い顔で私の名を呼ぶアンジェリカの方が心配だ。どう見てもいつものご主人様ではない。
よほど怖い思いをしたのだろう。マルレーネの時と似たような表情になっている。さすがのコイツも今回ばかりは生きた心地がしなかったのだろう。
私は彼女の心情をおもんばかって、心のケアを考え優しく声をかける。
「安心しろご主人様よ。その身に降りかかる危険は悉く私が排除しよう。お前たちの言う守護天使とやらの名の通り、私は完璧にご主人様を守護して見せよう。いつなんどきでも如何なる事態からでも、何度でもな」
「……ルベリウス、私――」
「よって、私はあのトカゲを速やかに始末し、我が言の証明としよう。おい……彼女を頼めるか」
私は髭中年の目を見つめる。
「……うむ。任せるがいい」
それに対し髭中年は、一片の迷いも無く頷いた。
私はアンジェリカから離れて背を向ける。
髭中年がそう答えるだろうことはわかっていた。
奴は生意気でいけ好かない男だが、元帥を名乗るだけのことはあるようだ。
ここぞという時に期待を裏切らない事。外さない事。そうならないよう努め続けること。
それこそが、上に立つ者に求められる最低限の資質だ。
アンジェリカの事を髭中年に任せた今、私に求められる結果は事態の収束。
或いは決着。
我が主人はコミュ障で考え足らずでどこか根暗な空回りメンヘラである。
こと戦闘においてはまるっきり役に立たず当てにもならない無力な女である。
どう控えめに言っても世間知らずのくせに理想だけは高い頭でっかちな自尊心の塊で、本当に手の付けられないどうしようもない糞ガキである。
しかしながら。
ここで死なせるには惜しい人間とも、思える。
この残念な惑星内の蛮族の文化の中にあって尚、彼女は進化成長を目指し望む、帝国文明人にも劣らぬ人類である。
それは帝国貴族たる私が、手ずから力を振るい助けるに値する十分な理由だ。
――まずは私に注意をひきつけなければな。
――〈縮地〉――
不意を打つためというのではなく、アンジェリカの位置を竜に気取られるのを嫌って、私は初スキルをぶっつけで使用した。




