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第十三話 リンコ

 や、やっと書き上がった。

 その大狼は黒魔狼の群れの首領の娘として生まれた。同時に生まれたのは3頭、上の2頭は雄であった。

 父はいない。首領である母が群れから追い出したからだ。その理由は娘にある。

 異形。その娘の姿は余りにも他の黒魔狼(ブラックウルフ)達とは違っていたからだ。異物を嫌う母はそれを父のせいと決めつけ、その責任を負わせて群れから排除したのだ。

 黒魔狼の体毛は黒銀色であり、ピンと立った耳の脇に1本づつ小さな角が生えている。しかしその娘の体毛は森林迷彩ペンコットグリーンゾーン、角も額から長く鋭いものが1本だけ生えていた。

 生まれた時は2頭の兄達と変わらぬ大きさであったが、成長するにつれ大きく育ち、成獣になる頃には2回り以上の大きな体格となっていた。


 今はその娘に兄は1頭しかいない。初めての狩りの時に下の兄が命を落としたからだ。

 だが、今の娘には新たな弟妹(きょうだい)が3頭いる。父は違うが弟2頭と妹が1頭。娘はその弟妹達をとても可愛がっていた。2頭の兄達が自分にしてくれたのと同じ様に。


 母は娘に冷たかった。事あるごとに娘を群れから排除しようとしていた。だが、その度に兄達が庇ってくれた。特に下の兄は自分の身を挺して庇ってくれていたのだった。

 下の兄が死に、その役目を代わりに請け負う様になったのが上の兄であった。


 弟妹達も成獣となり、初めて狩りへの参加が決まった、そんなある日の出来事である。


「ハハウエ、フォーアームズベアーハハジメテノカリノアイテトシテハキケンスギマス。カンガエナオシテクダサイマセンカ」


「ダマレ、ワタシニイケンスルナ。ソレト、ワタシヲハハトヨブナ。キサマニハハナドトヨバレタクハナイ!」


「シカシ、フォーアームズベアーハ…」


「ダマレトイッテイル!」


 多足魔熊(フォーアームズベアー)。その魔物は下の兄が命を散らした因縁の魔物だった。


「アキラメロ、イモウトヨ。アノシュリョウハイイダシタラキカヌオカタダ」


「シカシアニウエ」


「オレトオマエデマモッテヤレバイイ。オマエハツヨイ、ダイジョウブダ」


「ボクタチモガンバルヨ。デモネ、アブナクナッタラマモッテネ、アネサマ」


「ナンノ、ワレラトテリッパナセイジュウ。アネウエノジャマハセヌ」


「ソウダゼアネキ、オレラモガンバルカラサ、シンパイナイッテ」


 兄や弟妹達の言葉を受けても娘の心配は晴れなかった。それ程にフォーアームズベアーは危険な魔物であったし、狩場ではどんな予想外の事態が起きてもおかしくはないのだから、下の兄を失った時の様に。



♦︎♢♦︎♢♦︎



『1パン、ハヤクソノハハグマヲヒキハナセ! 2ハン3パンハコグマダ、1トウヅツカクジツニシトメヨ!』


 大岩の上に立ち状況を伺う首領から念話による指示が飛び、群れ全体がそれに従う。獲物はフォーアームズベアーの母子(おやこ)、特に2頭いる子熊を狙っていた。

 娘は1班、獰猛な母熊を子熊から引き離す危険な班に加わっていた。とはいえ、最近の狩りではその危険な役割は娘1頭に任されていた為、数頭で担っている今回は娘にしてみれば楽な役割であった。何故、今回は班行動なのか、という疑問があるにはあるのだが。

 子熊を仕留める役割の2班には兄と妹、3班には弟2頭がそれぞれに加わっている。


「オイ、キケイヨ」


「ニンムチュウダ、シゴハツツシメ、マダラ」


 母である首領が娘の事をよく奇形と言っていたので、群れの連中は蔑みも込めて娘をキケイと呼んでいた。

 娘がマダラと呼んだのは、顔半分に銀色の斑模様のある個体の通称で、首領の忠実過ぎる信徒であった。


「マアキケヨ、ジツハナ、2ハンノホウデベツノクマノケハイガシタンダ」


「ナニ! ホントウカ!」


 フォーアームズベアーは子熊が生まれて暫くの間は父熊と母熊の両方で子育てをする。その期間は役一月程度で、その後は母熊だけが子育てをし、父熊は家族の元を去る。

 ブラックウルフの群れは狩りの前に偵察を出し、入念に下調べをしている。まだ父熊がいるのならば重大な脅威となるからだ。

 今回の獲物に父熊はいなかった筈である。だが、時として間違いも起こり得るのだ。下の兄を失った時のように…。


「ハハグマハワレラダケデオサエラレル、キケイハ2ハンノホウへイッテヤレ」


「スマン、タノム」


 嫌な予感がする。その予感は今回の狩りが決まった時からずっと続いていたものだった。

 娘は1班を離れ、兄妹(きょうだい)の元へと急いだ。不吉な予感を振り払う様に、懸命に四足を動かし続けて。


『マダラヨ、ツタエタカ?』


『ハッ、ゴメイレイドオリニ』


『ヨシ、コレデヨウヤクアレヲハイジョデキルナ、クックック』



♦︎♢♦︎♢♦︎



「アニサマ、クマガ!」


「ワカッテイル、オマエハサガッテイロ!」


 上の兄は既に手傷を負っていた。突如として現れた別の熊から下の妹を守った時にできた傷である。


「フセテクダサイ、アニウエ!」


 娘は圧倒的な跳躍力で兄の頭上を飛び超え、熊に強烈な一撃を与えた。そのまま熊の背後に回り込み、後ろ首へ牙を食い込ませる。


「おかしい?」娘はそう感じていた。今、攻撃を加えている熊は、父熊にしては小さく若過ぎるのだ。子熊と親熊の中間程の若さだと思う。


 殆どの動物、魔物にとって背中は死角だ、背後を取られた場合は攻撃する事も難しくなる。だが、それは相手が1頭だけの場合である。


「アネサマ、ウシロニ!」


 そう、敵が複数いる場合には死角は死角ではなくなってしまう。


「まずい!」そう思った時には既に遅い。深く食い込ませた牙は簡単には外せず、新たな敵に対して娘は逆に背中を見せる格好となってしまっている。


ギャインッ!


「アニウエ!」


 娘を攻撃しようとした新たな熊に対して上の兄が横合いから突進。反撃を受け、深手を負うも妹を助けることだけは成功した。


「イモウトヨ、アニウエヲツレテサガレ」


「ハイ、アネサマ」


 牙を離し、兄妹の前に立ち塞がるように2頭の熊と対峙した娘は驚愕の事実を目の当たりにする。

 新たに現れた2頭目の熊も父熊ではない。それは母熊であった。そしてその母熊の背後に3頭目の熊。最初の熊と同程度の体格を備えた3頭目の熊が姿を表したのだ。

 おそらくはこの3頭も親子。最初の標的とは別の、親離れ間近にまで育った子熊を育てる別の母子熊達である。


『フン、キョウダイソロッテヨケイナコトヲスルモノダナ』


『ハハウエ、ナニヲ…』


 突如として脳内に響く母の念話に娘は動揺する。


『キサマノアニノコトダ、オトウトドウヨウヨケイナコトヲシタトイッテイル』


『オトウト? シタノアニウエノコト?』


『ソウダ、スベテハキサマのセイヨ、キケイメ』


『ハハウエ?』


 娘は混乱する、わけがわからないと。だが、わかっている事もある。それは今の状況が最悪だという事だ。


 通常、子育て中のフォーアームズベアーの母子が、別の母子と行動を共にする事はない。たった一つの事例を除いては…。


『アネキ、デ、デカイクマガ、デカイクマガアラワレタ! タ、タスケテ』


 思考中の娘の脳内に割り込んで来た3班に属する下の弟からの念話。その念話で娘は理解する。

 たった一つの事例、それが現実に起こっているのだという事が。


『スグニイク! ソレマデタエロ! ワタシガイクマデ、ナントカタエテクレ!』


 その念話を弟へと送り終える前に娘は駆け出していた。目の前の3頭の母子熊へと。


 眼前の敵を瞬時に排除し弟達の救援に向かう! 今の娘の頭の中にはその事しかなかった。母への疑念を挟む隙間も惜しかったのである…。



♦︎♢♦︎♢♦︎



 満身創痍。全ての熊を撃退した娘達は、その言葉通りの様相となっていた。そしてもう一つ、この場に娘の兄の姿は既にない。娘を庇い手負いとなっていた兄は娘と共に熊達に抗ったが、健闘虚しくも命を散らす結果となってしまったのだった。

 それでもまだ娘を襲う受難は終わってはいない。未だに娘はその身を脅威に囲まれていた。

 本来なら味方である筈の母率いるブラックウルフの群れに。


「シッテイタノデスカハハウエ、アノクマタチノコトヲ」


「トウゼンダ、ジゼンノチョウサニオコタリハナイ」


 子育て中のフォーアームズベアー母子が別の母子と共に行動する理由は一つしかない、それは子を持たない雄のフォーアームズベアーが近づいている時である。

 子を持たぬ雄は自らの子孫を残す為に、雌が育てている子熊を殺し、代わりに自らの子を育てさせようとする事があるのだ。

 そんな時に子を持つ母熊は別の母熊と協力して自分達の子供を守ろうとする、それが別の母子同士が共に行動するに至るたった一つの理由である。

 そして首領である母は、標的としたフォーアームズベアーの母子がそんな状況である事を知っていたのだ。


「シッテイテナゼデス? ナゼアノオヤコヲネラッタノデスカ?」


「イワネバワカラヌノカ、キサマハ?」


「シタノアニウエノトキモデスカ?」


「モチロンダ、マダチチグマガハナレテイナイコトモハアクシテイタ」


 認めたくなかった、間違いであって欲しかった、が、事実は変わらない。下の兄も上の兄と同様に娘の身代わりとなって死んでいったのだ。母が娘に仕掛けた罠の犠牲となって。


「ハ、ハジメカラ、ワナナドシカケズトモ、ハジメカラワタシヲツイホウスレバヨカッタノダ。チチウエヲムレカラオイダシタノトオナジヨウニ」


「キサマヲ、キケイジヲウンダコトハワタシノオテンダ。ソノママニナドデキヌ、カクジツニシマツセネバナランノダ」


「そ、そこまで私の事が嫌いなのか」娘は信じたかった。冷たく当たるのは自分を鍛える為だと、母としての愛情は確かに存在しているのだと。


「ナ、ナゼキョウダイタチヲモキケンニサラシタ。ワタシガニクイノナラバワタシダケヲネラエバイイ、ナゼデス?」


「キサマナンゾニナツイタジテンデ、ソイツラモシッパイサクダ。シッパイサクナドイラン」


「ジ、ジブンノコドモタチダゾ」


「コドモナドマタツクレバヨイ」


「ハハウエ!」


「ワタシヲハハトヨブナ、ナンドイエバワカルノダ、キサマハ」


 く、狂っている。この母に親の愛情などというものは皆無だったのだ。


「シカシ…、ソウダナ、キサマラニチャンスヲヤロウ。ソノアネヲコロセバムレニモドルコトヲユルシテヤロウ。ドウスルガキドモ」


「フン、グモンダナ。ワレハアネウエニシタガウ。イマサラハハウエノモトニナドモドルキハナイナ」


 母の提案を上の弟が即座に否定する。雄熊との闘いで右目に深傷を負ってしまった上の弟も満身創痍だが、母の提案を歯牙にも掛けなかった。


「ボクモコトワルヨ。ボクハアネサマガスキ。カアサマハキライダヨ」


 続いて妹も母の提案を拒んだ。負傷した兄上を守りながら母子熊と奮戦した妹も疲労困憊で、母の群れと戦うことは難しいだろう。


「ダヨナ、アネキモイガイトヌケテルトコガアルシ、オレラガソバニイテヤラナイトナ。ソレニサ、オレハモウアンタヲオヤダトハオモッテネエヨ」


 最後に下の弟が母を完全に否定した。雄熊との戦闘中に母の部下である班から横槍を入れられた下の弟は左目を負傷。やはり以後の戦闘は厳しい状況にある。


「フン、バカドモガ、ナラバマトメテシヌガイイ!」


 娘は覚悟を決めていた。これ以上弟妹達を戦いに巻き込まないと。

 母との確執は自分の問題。ならば母の軍勢は全て自分一人で片付けるべきであると。


「ワタシモモウ、ハハヲハハトハオモワヌヨ。メノマエニイルモノドモハテキダ。テキハハイジョシナクテハナラナイ」


「フン、ソンナボロボロノナリデナニガデキルカ! キサマハコノハハミズカラガホウムッテヤロウ」


「キサマハハハデハナイ! タダノテキダ!」


アオオォォォーン!


 咆哮。勇ましくも悲しい長い咆哮を上げ、娘はブラックウルフの群れへと突っ込んで行った。それは長く悲しい確執の決着の時でもあったのだった・・・…。



○●○●○



「ネエネエアルジ、ボクトアネサマトドッチガスキ?」


「どっちってそんなの決められないな。どっちもフワフワモフモフでいい感じだよ」


「エー、アルジニモコノミガアルデショ、ドッチカニキメテヨー」


 主人(あるじ)は暫く考えた仕草を見せたが、悪戯っぽい笑みを見せながらこう切り出してきた。


「そうだな、ケンタは人懐っこくて甘えて来てくれるけど、リンコはまだ俺に対して堅いよなぁ。リンコも俺にもう少し甘えてくれても良いと思うけどなぁ」


「ナ、ナナナナナ、ナニヲイッテイルノダアルジサマ! ア、アマエルナドト、ナ、ナニヲバ、バカ、バカバカバカナコトヲ」


 照れて狼狽える姉様を見て、主人が満足そうに笑っている。


 姉様は最近よく笑う様になったし、色々な表情を見せてくれるようになったと思う。


 母様の群れを退け、決別してからの姉様はいつも無理をしていた様に思う。主人には負けちゃったけど、ボクは今の姉様の方がずっと好きだ。大好きな、とっても大好きなボクの姉様だよ。

 今週も木曜投稿はお休みします。

 次回投稿は31日の予定です。なんとか早く週2回投稿にもっていけるように頑張ります。

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