第92話 錬金術師は失う
私は、辛うじて立っていた。
狭まった視界。
痛みが本能を喚起する。
渇く。
血が足りない。どんどん出ていくのだ。
早く補給しなければ。
いや駄目だ。
血を吸えば弱くなる。
なぜ知っているのか。
試していないのに。分からない。
そう。
私は知っていた。
血は我慢だ。耐えれば強くなる。強い。
目の前。
敵だ。敵がいる。
怒っているのか。
怖がっているのか。
なぜだろう。
怪物が嫌いなのか。
私は嫌いだった。
知らない顔だ。知っている。彼は伯
私は踏み出して赤黒い爪を振るった。
先端が相手を抉る。
当たった。
抉る。傷口から。血が。出た。たくさん出た。
やった。
でも吸ってはいけないのだ。
吸ってはいけないのだ。
なぜだろう。
怪物が弱る。怪物は強くなければ弱い。
痛い。
痛い、いたたたたた。
殴られた。
骨が折れた。
誰の骨だ。
私だ。たぶん。
すぐに治ったので折れていない。
手に握ったものは何か。
そう、魔弾。魔弾だ。
私である私が手に握った魔弾を撃つ。
避けられた当たった。分からない。
私の両目がない。
短剣に抉られた。
はくしゃくに斬られたのだ。
それは誰だ。
はくしゃくはくしゃく。
はくしゃくは、はくしゃくだから、はくしゃくなのだ。
暗い。暗い。
これでは何も見えない。
両目が再生しかけている。やはり素晴らしい。
ここから反撃して 伯爵の腕が飛んだ。
いや違う飛んだのは私の腕だった。
しかし大丈夫なのだ。
血を伸ばせばすぐに繋がる。
だから殴る。貫く。蹴られた。切り裂く。
だけど噛み付かない。
私は怪物だが人間ではない。
つまり、そういことだどういうことだろう。
変な臭い。焼ける。
毒の瓶が割れたたたた。
危ない。意識が飛びそうにな
私は古傷の男を尋問する。
全身を撃たれた痛みが疼く。
もう再生して完治したというのに、まだ主張してくるのだ。
まずは他の傭兵達の居場所を訊かねば。
どんな手段を使ってでも探
そう。 いや、違うな。これは違うのだ。
私は――。
だれ、か し
◆
不明瞭な意識が戻ってくる。
思考は未だざらつくが、かなり楽になった。
視点が妙に高い。
天井がすぐそこにああった。
視線を落とすと、身体が見えてくる。
ほんの僅かな骨格を、闇が覆って肉付けしていた。
闇を肉と表現していいのか。
それはそうと実体は存在しないが、神経は通っていた。
(これは誰の身体だろう)
疑問に思う。
それなりの時間を要して、自分のものであると理解した。
私だ。私は私だ。
錬金術師ライリー・フォンランドである私は、吸血鬼化の影響で変貌した。
その特性を受け入れて、伯爵との死闘に望んだのだ。
猛攻によって肉体が全壊し、どういうわけか、闇で構成された巨大な怪物に至ったらしい。
足元には一人の男がいた。
血まみれで、片腕が潰れた満身創痍の男である。
男が大剣を持って跳躍し、私の胴体を切断した。
斬撃によって闇の身体が弾ける。
形が崩れそうになるが、それ以上の速度で修復していった。
私は五本ある右腕のうち一本で男を鷲掴みにすると、何も考えずに放り投げる。
部屋の壁が爆発して結界が粉砕された。
一面が瓦礫となり、男の姿は消えたきり戻ってこない。
(これでいい)
私は部屋の奥へと向かう。
たった数歩で着くと、七本の左腕で壁を薙ぎ払った。
堅牢なはずの壁は冗談のように粉々になった。
舞い上がる砂塵を背中の羽で吹き飛ばせば、余波で部屋が崩れ落ちていく。
建物全体が倒壊するまでには至らないが、甚大な被害だろう。
そういえば、私には同行者がいたはずだ。
名前が思い出せない。
誰だったか。
まあ、どうでもいい。
『この先だ。この先にある』
それだけは知っている。
それだけを知っている。
――私は、遺骨を求めて、歩き出した。




