第40話 錬金術師は善意を避ける
店主は顔を顰めて私の顔を窺おうとした。
怪訝そうな視線である。
「よう……大丈夫か?」
「問題ない」
私はフードを目深に被りながら答える。
あまり顔を見られたくない。
吸血鬼であることは知られているが、注視されるのがなんとなく嫌だった。
このまま立ち去ることもできたものの、私の足は動かなかった。
なんとも気まずい心境に陥りながら、何も発言できずにいる。
情けない姿である。
店主はこちらまで歩み寄ってくると、私を見下ろしながら尋ねる。
「もう街を出ていくのか」
「用事は済んだ。次の目的をこなさなくてはならない」
幸運にも遺骨の奪還は完了した。
しかし、黒幕への報復が終わっていない。
もし傭兵達が仕事を失敗したと悟れば、再び私を狙うかもしれなかった。
二度と遺骨を奪われてはいけない。
ここで元凶を断つべきだろう。
店主は何かを考え込む。
そして彼は、声を落として私に忠告する。
「深くは訊かねぇが、引き際は考えておけよ。行き過ぎた執着に心を囚われると、戻ることすらままならなくなるぜ」
「分かっている」
「本当か? こいつはただのお節介だが、あんたは焦っているように見えるぞ。視野が狭まっているんじゃないか」
店主は真剣な様子で言葉を重ねた。
彼に詳しい事情は何も話していないが、私の雰囲気から察するものがあるのだろう。
こちらを気遣った上での発言だった。
それを素直に受け入れられる立場になく、私は店主に告げる。
「そうだとしても、私は止まれない。責務は果たさねばならない」
「強情だな。あんたにとって、それだけ大切なことなのか」
店主はため息を吐いた。
私を説得するのを諦めたらしい。
昨日、客として店を利用しただけだというのに、相当なお人好しなのだろう。
私はふと考えて切り出す。
「一つ頼みがあるのだが」
「おう。金を貸す以外なら応じるぜ」
「……何でもない」
「どうした。遠慮せずに言えよ」
「考えが変わった。もう大丈夫だ」
私は馬を連れて歩き出す。
万が一に備えて店主に遺骨を匿ったもらおうと思ったが、彼に迷惑がかかる可能性がある。
最悪、殺されてしまうかもしれない。
私のような悲劇を背負う者は一人でいい。
誰にも頼らず、私だけで解決すべきである。
遺骨も手元に置いておいた方がいいだろう。
「――死ぬなよ」
「分かっている」
店主の言葉を背に受けながら、私は街の雑踏に踏み込んでいく。
しばらく歩いたところで振り返る。
行き交う人に紛れて、武器屋はもう見えなかった。
前に向き直った私は街の出口を目指す。
気が付けば独り言を洩らしていた。
「因縁はここで断つ。禍根を残してはならない」
「罪には罰を。犠牲は私だけでいい」
「報復だ。この身に幸福はいらない。もう十分に、味わってきた」
「誰が何と言おうとやり切ってみせる。それが使命であり責務なのだ」
「私は、まだ人間だ」




