第23話 錬金術師は越国を急ぐ
なるべく無心になって移動するうちに、地平線から覗く太陽に気付く。
夜明けが訪れたようだ。
私は顔を少し顰めると、外套のフードを目深に被り直す。
この体質になってから日光が少し苦手になった。
劇的に体調が悪くなるわけではないものの、眠気が強まるのだ。
それは無視できる程度の変化だが、若干ながら集中力を欠いてしまう。
どうにか対策ができればいいものの、今のところは明確な案もない。
常に全身鎧を纏うのも面倒だ。
他の吸血鬼がどうしているのか知れれば楽だが、残念ながら亡き妻を除いて身近にはいなかった。
馬が疲労してきたので、私は木陰で休憩する。
ここは街道のそばで見晴らしも良い。
第三者から奇襲を受ける心配はなかった。
朝となったので盗賊から攻撃されることもないだろう。
馬に水を飲ませつつ、私も食事をとる。
樹木に寄りかかって座り、背嚢に手を突っ込んだ。
取り出したのは塩辛い干し肉だ。
それを齧って水で流し込む。
決して美味いものではないが栄養にはなる。
(ここに新鮮な血をかけられれば良いのだが……)
ふと沸いた危険な思考で我に返り、何度か咳き込んだ。
急いで水を飲んで息を吐く。
そばに立つ馬がちらりと私を見やったが、特に気にせず休憩を再開した。
私は額に滲んだ汗を拭い、干し肉を睨む。
今度は何の感想も思い浮かばない。
これはただの干し肉だ。
血をかけて味付けするなんてとんでもない。
(まったく、不味いな)
衝動は一旦は沈静化したが、実際は燻っているらしい。
耐え続けなければいけない。
サラのように動物の血で誤魔化すべきだろうか。
いっそのこと、目の前の馬を喰らえば楽になるだろうに。
「……駄目だ。違う。それではいけない」
私は首を左右に振り、干し肉の咀嚼に集中する。
おそらく歯止めが利かなくなる。
私には妻ほどの精神力がなかった。
たとえ動物の血だとしても、摂取してしまえば終わりだ。
妥協できなくなり、すぐに対象が人間へと移るだろう。
その確信があった。
私は、己が怪物へと変貌するのが恐ろしい。
このような状況だが、人間性を捨てたくなかった。
妻の遺骨を奪った者達への復讐を誓った。
そのためなら手段を選ばず、他のすべてを犠牲にできると思っていた。
ところが実際はこの体たらくだ。
結局は我が身を優先してしまうとは情けない。
いっそ完全な吸血鬼となって、遺骨奪取の関係者を片っ端から始末できればどんなに楽なことか。
取り返した後はどうとでもなる。
誰にも知られない辺境を旅し続ければいい。
また同じように襲撃されたところで、今の私なら返り討ちにできる。
それが最善の策だろうが、臆病な私は踏み出せないでいた。
(もしサラが私の立場なら、彼女はどうしたのだろう)
それは仮定の話だ。
決して起こり得ることのない可能性である。
ふと気になったのだった。
私と違って、彼女なら迷いなく決断できるのではないか。
どのような答えであれ、みっともない葛藤は抱かないと思う。
この苦しみは、自身の弱さそのものだ。
私は自嘲しながら干し肉を齧った。




