第21話 錬金術師は血に沈める
私は死体と鮮血の只中にいた。
いずれも盗賊のものだ。
大半が焼死体で、刃物で首や腹を掻き切られている者もいた。
数歩先には、まだ生きている者がいた。
髭面の中年の盗賊である。
震える手は拳銃を持っているが、腰が引けていた。
その男こそ最後の盗賊である。
逃げようとした者は残らず撃ち殺した。
だからもう、彼しかいない。
私は足を引きずるようにして一歩進む。
千切れかけた右手にはナイフを握っていた。
しかし、指から滑り落ちそうになったので左手に持ち替える。
「う、うわあぁっ!?」
盗賊が悲鳴を上げた。
直後に銃声。
至近距離で放たれた弾丸は、私の右肩に突き刺さった。
衝撃で後ずさる。
弾丸は貫通しておらず、骨にめり込んで止まったようだ。
私はそれを無表情に確かめると、盗賊に向き直る。
「無駄だ。どれだけ撃たれても私は死なない」
「さっさとくたばれ、この死にぞこないがァッ!」
盗賊は必死の形相で拳銃を連射する。
全身各所に弾丸が炸裂したが、やはり私の命を奪うには至らなかった。
満身創痍でありながら、私は平然としている。
盗賊は弾切れになった拳銃を振り回した。
「く、くそ……」
盗賊は慌てて弾を込めようとする。
焦りによるものか、次々と転がり落ちていった。
それを冷徹に眺めながら、私は静かに歩み寄っていく。
「死ぬわけには、いかないんだ」
握ったナイフを持ち上げて、盗賊の喉へと運んだ。
刃先が皮膚を裂いて、その奥へと潜り込む。
盗賊が絶望に浸った目をした。
その目が白目を剥くと、力を失って崩れ落ちる。
うつ伏せになった盗賊は地面に血を広げていく。
「これで全滅か」
私はナイフを捨てて、片膝をついて脱力する。
四肢が少し震えていた。
妙に寒いのは出血量のためか。
全身に数十発の弾を受けて、剣による刺突や斬撃も食らったのだ。
いくら死なないとは言え、何の影響もないわけではない。
(まあ、休めば治るだろう)
私は死体のそばを離れると、血に汚れていない地面に座り込む。
目を細めて深呼吸に専念した。
息を吸うたびに弾丸が体外に排出される。
その違和感がむず痒いが我慢する。
その間、私は視線を周囲に巡らせた。
盗賊に追われていた冒険者達は見える範囲にはいない。
忽然と姿を消していた。
上手く逃げ出したらしい。
私に標的が切り替わったことを利用したのだろう。
それについては別に構わない。
介入したのはただの自己満足であり、感謝の言葉など求めていなかった。
ひとまず彼らを救うことができて良かったと思う。
私はまだ、人間なのだ。




