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元服

◇◇


 時が流れ、千熊丸は元服し、あらたな名が与えられた。


「ははは! これから俺は『統虎(むねとら)』だ! 強そうな名前だろ!? ははは!」


 この時、すでに大友家では宗麟が息子の義統(よしむね)に家督をゆずっていたため、君主から一字を頂戴したことになる。


「兄上は『熊』の次は『虎』でございますか! 強そうで羨ましゅうございます!」


「羨ましいか! だったら千若丸も強くなるんだな! ははは!」


 千若丸とて同年代の少年たちに混じれば腕っぷしは強く、器量もよい。だが千熊丸あらため、統虎はそんな弟すら足元にもおよばぬほどの大きな人物となっていた。

 大きな体に太い腕と足。相撲をとれば家中の誰よりも強かった。弓を扱わせれば目に見えぬほど遠くの的をいとも簡単に射貫くほどの腕前。

 そのうえ、厳粛な母の教えを守り、多くの書をよみ、よく学んだため、弁はたち、舞いや笛などの芸も達者。

 端正な顔立ちで人前に出れば礼儀正しく振る舞い、民や友には胸襟を開いて接する度量もある。

 まだ十五に届かないというのに、「我が娘を統虎の嫁に」と狙う男たちは少なくなかったのは想像に難くない。


 紹運にとっては自慢の子だが、表ではそれを出さぬようにした。時に厳しく、時に優しく、決して甘やかさず、かといって卑屈にさせず、のびのびと彼を育てた。

 そんな父に統虎は深く感謝していた。そして常々「俺は父上のように立派な男となって、高橋のお家を継ぐのだ」と言い放っていたのである。


◇◇


 統虎の元服の日、紹運は久々に居城の岩屋城にもどっていた。息子の晴れ姿を見届けるためだ。そうしてすべての式が終わった後、彼は酒を酌み交わそうと、統虎を中奥の縁側に呼びだした。


 盃になみなみとつがれた酒をくいっとあおった紹運は、ほんのりと赤くなった顔を統虎に向けた。


「統虎よ。分かっておるとは思うが、これから先は武士としての道を歩まねばならぬぞ」


「はい、分かっております、父上。戦場をかけ、敵を討ち果たし、大友家と高橋家の繁栄を築く所存です」


 あたりはすっかり暗くなり、冷たい夜風が体を冷やす。

 ぶるっと体を震わせた統虎に対し、紹運は愛おしそうに微笑んだ。


「そうか。それは頼もしいな」


 紹運は夜空を見上げた。薄い雲に覆われた半月がにじんでいる。今にも光を失いそうなその月を見て、まるで大友家のようだと、いつになく心が曇る。


 この頃の大友家は南から島津、西から龍造寺の猛攻にさらされ防戦一方。さらに悪いことに、日向国の耳川で勃発した島津軍との戦いに大敗し、多くの兵と家臣を亡くした。それからというものの、宗麟の求心力は著しく落ち、かつて九州の覇権を握っていた頃の輝きを急速に失っていたのである。


 筑後、筑前を任されている道雪と紹運は各地を転戦し、数万の敵軍を相手に、数千の兵で必死に戦い続けている。


 その状況を賢い統虎が知らぬはずもない。


 だからこそ悲壮ともとれる決意を、何のためらいもなく口にした統虎のことが頼もしいと思えた。だが同時に不憫でもあった。我が子が元服する前に平和な世を築くことこそが、自分たちの使命と心得て、ここまで戦ってきたからだ。


 それが収まるどころか、ますます戦は激化している……。現に明日は朝早くから戦場へ発たねばならない。

 申し訳なさと情けなさを喉の奥へ追いやるために、酒をもう一杯あおった。


 ……と、その時、統虎が言いづらそうにぼそりとつぶやいた。


「それともう一つ……」


「なんだ?」


 紹運は統虎の顔を覗き込んだ。統虎は覚悟を決めたように顔を引き締めていった。


「道雪殿にあっと言わせたいのです!」


「道雪殿に?」


 統虎の頭には、誾千代が立花の家督を継いだ時の一件がくっきりと残っているのだろう。


「はい。……おかしいでしょうか?」とうつむきながら上目で見てくる統虎がいじらしく、紹運は大笑いした。


「あははは! それは難題だな! あの『雷神』はお主が思うよりも、頑固で手強いぞ!」


 統虎は口をへの字に曲げて「それでもあのじじいの高い鼻をあかしてやりたいのだ!」と引く様子はない。

 紹運は大きな手で統虎の頭に手を当てて、諭すようにゆったりとした口調でいった。


「ならば『大友家一』、いや、『九州一』、いやいや、『西国一』の無双と呼ばれるほどの戦功をあげよ。その名を雲居の空にとどろかせるのだ。さすればさしもの道雪殿といえども、お主のことを認めざるを得まい」


「西国一の無双……。俺にできるでしょうか……?」


「志があれば何でもできるさ。己を疑うな。必ず成し遂げてみせると一歩もひかぬことが肝要と心得よ。それにお主は俺の子であるぞ。西国どころか天下一の無双だって夢ではない」


 統虎は目をらんらんと輝かせながら「はい!」と快活な声で返事した。

純粋無垢にして、意志を貫き通す強さもある。さながら大地を照らす太陽のようだと思うのは親馬鹿だからだろうか。


「もう少し付き合ってくれるか?」と紹運は盃を統虎に差し出した。


「はい! もちろんでございます」


 嬉々として酒瓶を手にした統虎を見つめながら、紹運は今宵ばかりは明日のことを考えるのはよそう、と決意したのだった。


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