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岩屋城の戦い⑤

◇◇

 

 正午すぎともなると、島津軍はいよいよ本丸に突入した。

 待ち構える紹運の軍勢は残り百五十人。


 それでも紹運はあきらめなかった。


「うおおおおっ!」


 猛獣のごとき雄たけびをあげながら、槍を振り回す。顔じゅうあちこちに矢傷があるが、目はぎらぎらと輝き、血色も悪くない。


「まだまだぁ!」


 これまでよく戦っていた高橋軍であったが、乱戦となると数に勝る島津軍が圧倒的に有利。百五十人の兵は一人また一人と地に倒れ、いつの間にか十人足らずとなってしまった。


 しかし……。


「狭い廊下で戦え!」


 しかし紹運はまだあきらめなかった――。


 館に入り、部屋に囲まれた廊下に敵を誘い込む。

 武器を槍から刀に変え、迫る敵を切り払うと、ひらりと猫のような身のこなしで奥へ奥へと駆けていく。そうしてまた狭いところに出ると、敵を迎え撃った。


 だが反撃はそこまでだった。


 突然、右の襖から襲いかかってきた敵に右肩を深く斬られてしまったのだ。


「ぐぬっ……。まだだ……。まだこの首をくれてやるわけにはいかぬ」


 紹運は左手一本で三人の敵兵を斬り伏せた後、再び館の奥へと疾風のように駆けだした。

 すでにそばにいるのは旗本の吉野左京のただ一人。彼は駆け足のまま進言した。


「殿! かくなる上は館に火を放ちましょう!」


「ならぬ! 俺の亡骸が焼けてなくなれば、俺が逃げたと思われるだろう。堂々と戦い、堂々と死ぬのだ! そうすればこの首は敵の恐怖となって焼き付けられるだろう」


 左京は紹運の凄まじい覚悟に口をつぐむ。彼らは館を抜けると三層の櫓の中へ入った。

 そして一番高いところまできたところで、ようやく足を止めた。

 


 敗軍の将に許された一瞬の静寂。



 左京は腰につけた水筒を取り出し、紹運に差し出した。


 苦しそうに息をしている紹運はうっすらと目をあけて「お主が飲め」とかすれた声で言う。


「主人を差し置いて、自分だけが口を潤すわけにはいきません」という左京に負けたように、紹運は水筒から零れ落ちる三滴を舌の上に転がした。


 喉をごくりと通った瞬間に脳裏に爽やかな風が吹く――。


 彼は視線を窓の外に移した。


 青い空に揺れる雲。



 かすれた視界の奥に映るのは家族の笑顔、笑顔、また笑顔……。



「ああ……。どうか幸せに……」



 そう漏らした後、彼は腰の短刀を抜いた。



 そして扉に一首書き残した後、腹を切って果てたのだった――。


 高橋紹運と七百六十三人の兵、全滅。


 だが彼らの残した戦果は計り知れないものだった。


 ――これより十五日この城を持たせ、敵の兵三千の首を討つ。


 紹運の宣言の通りに、山間の小城で十五日もの間持ちこたえ、討った敵兵は三千を超えたのである。



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