岩屋城の戦い②
◇◇
岩屋城は、その名の通り、岩屋山に建てられた山城である。
本丸と二の丸に分かれており、本丸を直接目指すならば、山の南側にある腰曲輪を抜けねばならない。そのためこの城を攻めるには、まずは二の丸を制圧した後、本丸に向かうのが定石と言えた。しかし二の丸から本丸へつながる道には細い切通しと、人を迷わす堀切があり、攻め手を苦しめるのは言うまでもない。それでも縄張りの規模は宝満や立花山に比べれば遥かに小さく、籠城するには物足りない城といえた。
五万の兵とともに城攻めを任されたのは島津忠長という、義久のいとこにあたる者だった。医術に長けた彼は人をよく愛する器の大きな将だ。そのため彼は岩屋城を大軍でぐるりと囲った後、紹運に対して再三再四降伏を呼び掛けた。
しかしいずれも丁重に断られてしまった。
「かくなる上は仕方あるまい」
忠長は嘆息とともに、義久から預かった黒地に十字紋をあしらった采配を振りかざした。
「全軍、攻めかかれ!!」
「おおおっ!」
猛獣と化した薩摩隼人たちが一斉に山道を駆けのぼっていく。
七月十四日、かくして島津軍の岩屋城攻めが幕をあげたのだった。
◇◇
岩屋の二の丸に続くのは細い一本道。五万の大軍といえども、その道を外れるわけにはいかない。
「きたぞ! 撃てい! 撃てい!」
東にそびえる三段の腰曲輪から高橋軍の鉄砲が火をふいた。
「ぎゃあっ!」
「怯むな! 前へ! 前へ!」
道に横たわる味方をそのままにぐんぐん山を登っていく島津軍。だが進めば進むほど、紹運の軍勢の攻撃は苛烈を極めた。
「竹束だ! 竹束を押し出せ!」
鉄砲を防ぐ竹の束を盾にしようとするが、戦の鬼と化した高橋軍は意にかいさない。
「竹ごと貫け! 撃ち続けよ!」
――ドドドドドッ!
耳をつんざく爆音が轟き、竹束は木端微塵となっていく。
無防備になった島津軍の兵に容赦なく鉄砲玉が豪雨のごとくあびせられ、山道は血の川と化す。
死屍累々の惨状を目の当たりにした忠長は「立て直すぞ! ひけ!」と撤退を命じざるをえなかった。
こうして緒戦は高橋軍の圧勝に終わったのだった。
◇◇
七月十五日。
細い山道から攻めるのは危険が大きい――。
そう考えた忠長は作戦を変えた。
「あの砦を攻めよ」
細い山道ではなく、二の丸からほど近い場所にある砦の制圧に切り替えることにしたのだ。
その砦を拠点として二の丸を全方位から攻めれば、敵の攻撃は分散し、味方の損害は少なくなる。
我ながら名案、と表情を明るくした忠長だったが、そんな彼は知る由もなかったのである。
その砦を守る者こそ、『かの者がいる限り、岩屋を攻めるのは無駄だ』と敵からたたえられた守りの名将、屋山中務であることを――。
同日、早朝。日が明けきれぬうちから島津軍の猛攻がはじまった。
二の丸の門へと続く山道を途中でそれて、三段ある腰曲輪へと寄せていく。
その様子を見た中務が、待ってましたとばかりに勇躍した。
「やはりこっちにきたな! 皆の者! 完膚なきまで叩き潰せ!」
「おおっ!」
斜面を這い上がってくる島津軍の頭上から、矢、石、がれきなどを星屑のように見舞った。
さらに中腹までこようものなら、大岩をいくつも転がす。
だが島津軍も負けてばかりはいられない。落ちてきた岩と味方の亡骸を踏み台として、上へ上へと執拗に登っていく。そして身を乗り出して応戦してくる相手には背にした鉄砲で撃ちぬいた。
昼夜を問わず男たちのうめき声があちらこちらから聞こえ、山の斜面は血で黒く染まった。まさにこの世の地獄である。
気づけば激戦は十日にも渡り、島津軍の犠牲者はすでに千を超えていたのだった。




