俺に任せて先に行けっ!!
崩落した天井に崩れ落ちた床……ぱらぱらと瓦礫が舞い落ちる中、ひとりの少年が立ち上がる。
「こんにちは、勇者の皆さん。
ボクは、第二の魔王……ただいまをもって貴方たちに宣戦布告し、先代の敵を討ちに来ました」
タキシードを着込んだ彼は赤色の髪の毛を撫で付け、角つきの頭を誇るようにして、優雅にお辞儀をする。
「…………」
「はわ……はわわ……はわわぁ……」
抱きかかえたままのⅠ号が赤面して、俺の顔を見つめ続けている。勇者に選ばれてからは修行の毎日で、まともに男慣れしていないのだろう。戦闘モードから日常モードに切り替わってしまったらしい。
「貴方が勇者ですね」
問いかけられ、俺は半目を向ける。
「残念ながら、違うね。こんな面構えの勇者がいたら、民衆の皆さんは安心して床に入れないと思わないか。
俺は居合わせただけの端役、ただの村人Aだ」
「ふむ……」
彼は、ニコリと笑う。
「確かに魔力量も大したこともない……ですが、今の一撃に反応できたのは、そこの麗しいお嬢さんではなく、貴方のように見受けられましたが」
「辛抱たまらず襲いかかったら、丁度、お前が来ただけだ」
「え、え、えっ!?」
いや、もちろん、ただの虚言だが……反応するなよ……初心かお前は……
「ちょ、ちょっと!! どうしたの!? 大丈夫!? 私のシキの完璧な顔は無事!?」
「どうしましたかどうしましたか。やはり、欠陥住宅でしたか。もしくは、シエラの見事な掃除ぶりに天井崩落を引き起こしましたか。高そうな壺を3個くらい割ってしまいましたが、一体、どうすればいいでしょうか」
ドレス姿のⅢ号が扉を開け放ち、メイド姿のⅡ号が飛び降りてくる。
目を丸くした魔王は、肩を竦める。
「おやおや、仮装パーティーの途中でしたか?
正装してきて正解だったようで」
「な、なによコイツ……」
「第二の魔王だ」
ふたりは、仰天する。
「えっ!? なんで!? どーして!? そんなことになっちゃったの!? また、次代の魔王が出てきちゃったの!?」
さて、コイツら、三人で対処できるかどうか……初撃の不意打ちに勇者Ⅰ号は反応できなかった……お約束の流れから言っても、第二の魔王が第一の魔王よりも弱いとは思えないが……しかも、Ⅰ号の戦闘モードが解けてしまっている……万全ではないな……
俺は、嘆息を吐く。
面倒だな。とっとと、片付けるか。
『皆!!』
俺の叫びに、勇者三人組がびくりと反応する。
『ココは、俺に任せて先に行け!!』
「え、あの、えっと、俺に任せて先に行けもなにも、先ってどこに――」
目の色が、変わる。
「そ、そんな、えっと、その、ダメですよ!! し、シキさんを残して、先になんて行けません!!」
『バカ野郎!! なに言ってる!! お前らが夕飯の材料を買いに隣町にまで行かなかったら、夜ご飯は抜きになるんだぞっ!!』
「夕飯の買い出しには、一緒に行けばいいじゃない!! 貴方を残して買い出しになんて行ったら貴方は!! 貴方はっ!!」
「……キミたちは、一体、なにをしていらっしゃるのかな? 夕飯の買い出しの相談は、後回しにして頂けたらと思うんだが?」
『泣くなよ、Ⅲ号』
俺は、号泣しているⅢ号の肩に手を置く。
『大丈夫だ……俺は絶対に生き残ってみせる……お前のクソマズイ手料理を食べるまで、死ねないからな……』
「ば、バカ……」
「ボクは、なにを見せつけられてるんだい?」
『さぁ、行けっ!!』
そして、三人は泣きながら駆け出す。
コレで、アイツらは隣町まで夕飯の買い出しに行くことになり、勇者の俊足をもってしても優に10分はかかるだろう。
片をつけるには、十二分だ。
「謎の寸劇を見せられたくらいで、ボクが逃がすとで――」
『お前の相手は俺だ』
勇者たちの追撃を図った第二の魔王の動きがピタリと止まり、目線が俺を捉える。
そして、ヤツの顔が恐怖で歪んだ。
「キミは……なんだ……?」
「ただの村人A」
外套を着込んで猫背になった俺は、ぬぼーっとした顔を魔王様に向け、てくてくと歩き始める。
「ぐっ!!」
宙空に描かれる現術書素、最上位の書式である『リングア・ラティーナ』で書かれたソレは、何重にも『威力』の呪文補強が為されて、第一の魔王を上回るほどの闇魔法が練り上げられる。
渦、渦、渦。
彼の両手の上で闇の螺旋が構成され、凄まじい勢いで回転しながら、なにもかもを吸い込んで無へと変じていく。せっかくの家具類は吸収されて暗黒へと陥り、俺の髪も逆だって、天空にはドス黒い孔が生じる。
舞い上がる長椅子、箪笥、楽器、大机、棚、本……ぐるぐるとワルツを踊るみたいにして、魔王と俺を中心に、家具の舞踏会が巻き起こる。
その最中を、俺は歩く。
一歩、また一歩、進む度に、第二の魔王の顔が歪んで、ぽたぽたと冷や汗が垂れ落ちる。
「く、来るな……来るなっ!!」
魔王の指先に導かれて、長椅子が飛ぶ。
俺、目掛けて、飛んできた凶弾は――
『あ、当たらない……だと……!?』
頬を掠め、背後の壁に当たって、粉々に砕け落ちる。
「な、なぜ、当たらない!? 嘘だ!? なんで!? どうしてっ!?」
ひゅん、ひゅん、ひゅん、飛んでくる家具、魔法、すべてが、神様の思し召し、俺をかすって消えていく。
「……一見、『俺に任せて先に行け』は、死亡フラグのように思えるが」
乱打された魔法の嵐の中を、俺はゆっくりと歩きながらささやく。
「俺が発した場合、すべてが生存フラグに変わる。
なぜなら――」
魔王の目の前に立った俺は、無表情でつぶやく。
「俺には、主人公補正があるからだ」
そして、そっと、彼の額に指先を添えて――ぺちんと、デコピンを当てた。
『ゆ、指、一本で……!?』
吹っ――飛ぶ。
ささやいた瞬間、ぐわんと第二の魔王の身体が背後へと引っ張られ、急激な回転、錐揉みしながら吹っ飛んでいく。
「強キャラのデコピンで吹っ飛ぶのは、バトル漫画のお約束だ」
彼方へと消えていった第二の魔王を見送ってから、俺は崩壊した大豪邸を見つめる。
「……メイドに任せるか」
その晩、まともに片付かなかった家の中で、Ⅲ号のクソマズイ手料理を食べている最中――ノックの音が聞こえて、来訪者を告げる。
扉を開けると、第二の魔王がいた。
「どうか、ボクを!! 弟子にしてくださいっ!!」
「……は?」
頭を下げる魔王をどうしたものかと、俺は頭を掻いた。




