先に部屋に行ってなさい
「師匠、お屋敷の掃除が終わりました!!」
第二の魔王の声が、響き渡る。
「師匠、買い出しに行ってきました!! 昔なじみのおじさんが、野菜を安く売ってくれました!」
毎日のようにして。
「師匠、腰をお揉みします!!」
なぜか、メイド服でロングのウィッグを着けた彼は。
「師匠、本日の御夕食は、イェリアブルーのソテー、野菜添え、芳醇なソースアメリケーヌです!!」
見事なまでの従者となっていた。
「……弟子はとらんと言った筈だけど」
女装姿の第二の魔王は、誘惑するかのように流し目で、俺の方を視て口端を曲げる。
「公認でなくても構いません。ただ、貴方の傍にいさせて頂ければ、ボクとしてはそれで満足です」
王侯貴族に呼び出された勇者三人組の代わりに、屋敷の管理を任されている俺は、ほぼほぼ日々の雑務をこなせていない。毎夜のように日課をプレイし、コイツの作る美味い飯を食べるだけだ。
……勇者のヒモか、俺は?
「で、なんで女装してんの? 趣味?」
「あぁ、コレですか」
Ⅱ号の私物であるメイド服を着た彼は、スカートの端をつまんで持ち上げ、ニコリと笑ってお辞儀をする。
「趣味です……というのは冗談ですが、『レイラ・オブシヴィアン』嬢が、大の男嫌いとのことだったので男装は止めにしました」
レイラ・オヴシヴィアン……確か、Ⅲ号のことだったか。
「男装? 男じゃないのか?」
「さて、どちらでしょうか」
ウィンクをして、彼は窓枠に腰掛ける。
「ところで、師匠。先程、荷物をまとめていらしたように見受けられましたが……どこかに長期のお出かけでも?」
「いや、ココから出ていくんだ」
「ほう」
歩き出した俺の後を、トコトコと魔王が付いてくる。
「あの小娘たち……失礼、勇者殿たちとの生活に嫌気が差したようには、見受けられませんが? むしろ、愉しげにボードゲームに興じていたご様子。
にも関わらず、なぜ?」
探りを入れてくる目線。
当然、人類の敵である魔王に『お約束と誓約』……俺の能力のことを話すわけにはいかない。第二、第三の魔王が目覚めた以上、これから先、お約束の塊みたいな勇者三人娘と一緒にいるのは危険だ。
じっと見つめていると、彼は片手を胸に当てて「えへん」と咳払いをした。
「ご安心ください! この第二の魔王、最早、貴方様の力の信奉者! 例え、この身が朽ち果てようとも、決して秘密を口外したりしないと誓います!」
「……お前、これ以上、俺と一緒にいたら本当に美少女魔王と化すぞ」
「え?」
倒した魔王が美少女でしたなんて、ありふれてるお約束だからな。しかも、コイツは、意図的に性別を隠しているから“流れ”によっては、元の性別から変化することが容易に考えられる。
「ともかく、俺はココから出ていく」
「では、ボクも」
「ダメだ、残れ」
第二の魔王は、頬を膨らませる。
「ボクは、あんな子供たちに興味はありません! 貴方に惹かれているんです! この館に残っても、なんの意味もありません!」
「……勘違いするなよ」
俺は、その細い首を掴んで絞り込む。
「お前は、一度、俺に敗けた。生き死にを握ってるのは俺だ。子犬みたいに尻尾振ってキャンキャン吠えてれば、ひとさじの憐憫を与えられ、寿命を伸ばしてくれるなんて思ったりするな。
俺はお前に興味なんてない。だから、容易に殺せる」
こひゅっと喉から音が漏れて、突き放すと、咳き込みながら倒れ込む。
「俺がお前を殺さないのは、俺が勇者じゃないからだ……魔王を殺すのは、お約束だからな」
まぁ、これくらい、念入りに脅していけば十分だろう――と思ったら、数歩歩いただけで付いてくる。さすがは魔王、人間の脅し文句なんて通用しないらしい。
嘆息を吐いて、やり方を変えることにした。
『おい、メイド』
「え、ボクのこと? はい?」
俺が、飾られている壺を地面に叩き落とすと、破砕音がして粉々に砕け落ちる。
『この壺を視てみろ……随分と酷い不始末をしてくれたものだな……数千万はくだらんぞ、この壺は……御主人様の大事な壺だ……』
「は!? えっ!? いや、今、自分で壊し――」
『お仕置きが必要かな?』
その瞬間、目の色が変わる。
「ご、御主人様……も、申し訳……ありませんでした……」
『主人の大事な壺を壊すなんて、はしたないメイドだ。もしかして、自ら“お仕置き”を望んでいるんじゃないのか?』
近づいてささやきかけると、耳朶が赤く染まって身体が震え始める。
『……先に部屋に行ってなさい』
そう言うと、こくりと頷いた彼は、そそくさと俺の部屋へと駆け込んだ。
さて、コレで、時間稼ぎとしては十分だ。一生、部屋に来ない御主人様を待って、やきもきしてもらうことにしよう。
悠々と階段を下りた俺は、玄関扉を開き――鉄の壁を視た。
「……勇者殿は、ご在宅か?」
魔王討伐の任を受けた征伐騎士団……銀鎧を身に纏った彼らは、野太い声で言った。
「第三の魔王の件で、ご相談に参った。お目通り願いたい」
もう、お約束が立ってるのか――帰ってきた勇者三人組の姿も視えて、ため息を吐いた俺は彼らを招き入れた。




