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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
67/73

断章 本当の敵(ミスズの独白)

 ――私の父は中学校教師をしていた。


 ここトウア国では弱者である子どもの人権をとても大切にしている。特に学校の教師は――体罰禁止は当然だけど、かつては子どもを傷つけるような発言も注意を払い、子どもを叱るという行為に大変気を遣っていた。


 だから子どもが何をしても見て見ぬふりして放置する教師も多い。口で優しく「いけませんよ」と諭すにとどまる。子ども同士でイジメがあっても「仲良くしましょう」「暴力はダメですよ」と呼びかけるだけで、それ以上は踏み込まない。あるいは「これはイジメではない。子ども同士の悪ふざけ」ということにして、後は大きな問題が起きないことを祈るのみ。


 この世からイジメはなくならない。犯罪、暴力、戦争がなくならないのと一緒。


 ある時、父が担任する教室でそのイジメが起きた。

 いえ、前々から父は気づいていて、それとなくいじめっ子たちに注意していたのだけど、彼らはどこ吹く風でイジメをやめなかったようだ。


 そこで、ついに父はいじめっ子たちを強く叱った。

 だけど子どもたちは知っている。教師はこれ以上、何もできないことを。


 いじめっ子たちは父をあざ笑うかのように反論した。

「先生、確固たる証拠もなく、オレたちを犯人扱いして……人権侵害です」

「オレたち、精神的苦痛を受けました。これって体罰と同じで禁止されてますよね」


 そして、いじめた子に向かって問う。

「お前、先生にいじめられているって言ったのかよ?」


 当然、いじめられている子は否定する。


「ほら、オレたちイジメてなんていませんよ」

「先生、謝ってください」


 父はいじめっ子生徒たちから詰め寄られた。

 しかし、父は謝らなかった。確信していたからだ、イジメは確実にあると。ここで謝ったら、いじめっ子たちはますます増長する。


 ほかの生徒たちはただただ黙って、ことの成り行きを見ていたという。父の味方をするでもなく、かと言って、いじめっ子たちに同調するでもなく、距離を置いていた。


 そんなその他大勢の生徒たちは当然、イジメも見て見ぬふりをしていただろう。ガラの悪いいじめっ子たちが怖くて、関わらないようにしていたのかもしれない。


 謝らない父にイラついたのか、いじめっ子グループの一人が蹴りを入れてきた。


 父はとっさにいじめっ子を叩いた。いじめっ子は転び、鼻血を出した。


 その後、父はいじめっ子の親から訴えられた。禁止されている体罰を行い、子どもの人権を踏みにじったと騒ぎ立て、学校と父に謝罪と慰謝料を求めてきた。


 父は謝罪はしたものの、慰謝料の支払いは拒否し、今の学校教育の在り方は歪んでいるとして「教師にもっと権限を与えるべきだ」と訴えた。このままでは教師は子どもを指導することができない。イジメ問題が起きても、教師は蓋をし、見て見ぬふりをするしかなくなる、と。


 しかし、被害者を装ういじめっ子の親は世間に訴え出た。


 このいじめっ子の父親は新聞記者だった。『教師の横暴を告発する』という内容の記事を書いて、世に問うたのだ。


 当時のトウア世論は『教師=教室内での強者』と捉え、強者から弱者である子どもを守るべきという考えに染まっていた。『強者に権限を与える』などとんでもないことだった。


 マスメディアは父を悪に仕立て上げた。生徒を叩き、心を傷つけ、自分の指導力不足を棚に上げ、権限が欲しいなどと恐ろしいことを言う横暴教師だと。


 また『平和と人権を守る教職員連合会』からも突き上げを食らい、父は学校でも孤立無援の状態だった。


 悪いことは重なった。

 ある時、父は通勤電車内で、痴漢をしたと訴えられた。通勤電車内は満員で、女性はすぐ後ろにいた父を犯人扱いした。


 もちろん、父は「やってない」と否定した。


 が、弱者である女性の供述だけが「正しい」とされ、否定し続ける父は「反省していない」ということで長期間拘留され、起訴され、被告人となった。


 当然、このことはマスメディアに取り沙汰された。週刊誌には『横暴教師、痴漢もやっていた』『暴力エロ教師』と騒がれ、テレビのワイドショーでも大きく取り扱われた。

 父は『教師のくせに弱者である子どもと女性の人権を踏みにじる恥ずべき悪人』として世間から断罪された。


 裁判を待つ身となった父は保釈請求が通り、家に戻ってきた。


 その時、父は母に離婚を申し入れた。現在の姓を捨て旧姓になり、私を連れて実家で新しい生活をスタートさせたほうがいいと説得した。


 母も周囲から白い目で見られたり、あるいは過度な同情をされたり、精神的に辛い思いをしていた。私も学校で皆から距離を置かれ、仲間外れにされ、イジメられるようになっていた。


 母は父の提案に従った。母としては、私を守るための偽装離婚のつもりだったのだろう。


 でもそれから――母が私を連れて実家へ身を寄せてしばらくたったある日、父は首をつって自殺した。


 世間とマスメディアから、父は虐め抜かれ、ついに命を絶ったのだ。

 父と連絡がつかなくなり、様子を見に行った母が、父の首つり死体を見つけた。


 今なら、その遺体がどういう状態だったか想像がつく。首つり死体は、舌が伸び出て、糞尿が垂れ流しとなる惨めな死にざまだ。


 母は精神を病んだ。離婚して父を独りにしたことを悔いた。父を死に追いやったのは自分だと責めた。その間に、頼りにしていた祖父も祖母も亡くなり、10年後、皆の後を追うかのように母も自死した。自宅マンションの8階から飛び降りたのだ。


 今度は私が母の遺体を発見した。

 地面に血を吸わせ、体が変な方向へ曲がった母の遺体を私はずっと凝視していた。


 地面に激突した母の死にざまは今も脳裏にベッタリと張りついている。


 世間は私から両親を奪った。


 当時、私は20歳になっており、トウア国立大学の3年生になっていた。

 両親ともに自死で失った私は暗い学生だった。最初は同情してくれた大学の友人も、私から距離を置くようになった。


 ただ友人たちは、私の父が昔、世間で騒がれた『横暴エロ教師』ということは知らなかった。そう、私は家族のことは極力話さないようにしていた。心の許せる友人などいなかった。


 そのうち大学に通うのも面倒になった。授業やゼミも休んだ。

 もう、どうでもいい――虚無感が私の心を覆っていた。消えたいと思うものの自殺する元気さえなかった。自殺するってエネルギーいるものなのだと、その時に知った。


 そんな私を気にかけ続けてくれたのが、ゼミの研究室の先生だった。


 先生は根気よくゼミに出席するよう声をかけてくださった。先生の優しさに癒され、私は自暴自棄から脱することができた。


 当時、先生はマスコミについての研究をされており、マスメディアが世論を作り上げていくことに警笛を鳴らしていた。


 先生の言うとおり、私の父と母を殺したのは世間という魔物だった。その世間とイコールでつながっているのがマスコミだ。


 人々を操ることができるマスメディアこそ真の強者であり、政治家でさえ屈服させることができる真の権力者。そして正義を掲げながら、標的にした人物を社会的に抹殺し、時には本当の死へと追いやることができる究極のいじめっ子。


 ――銃で人を殺すこともできるけど、ペンも人を殺すことができるのだ。言論も凶器だ。


 私は先生の考えに共感した。

 先生のアシスタントとなった私はやっと生きる気力を得た。私の心は先生によって救われたと言っても過言ではない。


 でも、世間=マスメディアは先生をも私から奪った。


 もう5、6年くらい前になるのかしら……。


 中央地区の繁華街の一角にある銀行で強盗事件があり、その際、建造物爆破事件が並行して起こった。組織的なテロ事件の可能性もあるとして世間は騒いだ。


 その時、ワイドショーにコメンテータとしてテレビ出演していた先生は「治安部隊だけではなく、軍も出動させるべきだった」と発言してしまった。


 当時のトウア国では平和運動が真っ盛り。『軍=戦争』というイメージに支配されていて、世間は軍という存在を忌み嫌っていた。

 軍は年々予算を削られ、軍人や兵士は多くの人から白い目で見られた。


 治安部隊でさえ、人殺しの道具である銃を携帯し正当防衛と称して射殺することができる存在として、一部の市民団体から突き上げられていた。


 そんな世間に対し「軍を出せ」と発言してしまった先生は『戦争を肯定する危険人物』に仕立て上げられ、平和主義者たちの敵となった。


 平和主義者たちは団体で先生の勤務先であるトウア国立大学にまで押しかけ、教育者としてあるまじきことだと抗議の声を上げた。大学に寄せられる電話での苦情も凄まじかったという。


 特に『平和と人権を守る教職員連合会』による先生への嫌がらせは半端ではなかった。


 先生は大学を辞めざるを得ない状況に追い込まれた。まるで犯罪者のごとく社会的制裁を受けた。先生は心痛で倒れ、その後、心不全を起こし、失意の中で亡くなった。


 私の大切な人たちは、正義を掲げる世間によって、マスメディアによって、平和主義者たちによって、次々に奪われていった。


 ――あいつらに一矢報いたい。


 私の心に黒い何かが生まれた。憎悪、怨嗟、憤怒……言葉では言い表せないそれらはみるみる膨らんだ。復讐心が私の生きる糧となった。


 まず敵を知ろうと思い、教員を目指した。『平和と人権を守る教職員連合会』に潜入するためだ。


 こうして数年後、私は教員免許を取得し、何とか非常勤講師の職を得た。教職員連合会は非常勤でも入会可能だった。


 けれど、呆れたことに……いつの間にか公立の学校教育の空気が変わり……体罰は『1回の平手打ちまでなら指導の範囲内』ということになっていた。


 かつて、父が世間に叩かれてからは、公立学校の教師らは生徒に一切注意をしなくなり、生徒が授業中に騒いでも放置するようになっていったようだ。


 イジメ問題にも一切関与しなくなったらしい。ただ、いじめられた側に対し、警察に行って被害届を出すように勧めるだけだった。モノを隠されたり壊されたりしたら『窃盗罪や器物損害罪』で、悪口を言われたら『名誉棄損』で、暴力を振るわれたら『傷害罪』で訴えるようアドバイスするにとどまった。後は生徒同士または親同士で話し合い、解決してくれということだ。


 教師の仕事は淡々と授業をするだけである。生徒が聞いているのかいないのかは問題にしなかった。

 そのほうが教師にとってもラクだったようだ。


 やがて学校教育が崩壊し、真面目に勉強をしたい生徒が静かに授業を受ける権利を、授業を妨害する生徒によって奪われる事態となった。


 子ども同士、どちらも弱者である。弱者の権利が、弱者に奪われる。


 ここでやっと世間も、授業を妨害する子やいじめっ子に対する相応の罰が必要だと気づき、教師にもう少し権限を与えようという空気になっていったようだ。


 私は唖然とした。「教師にもっと権限を」と主張した父をあれだけ責めておきながら、ずっと後になって、父と同じことを世間は主張するようになった。しかも父の事件などなかったかのように世間はふるまった。父のことなんかとうの昔に忘れていた……。


 爆発しそうになるのを何とかこらえた。まだまだ私は力不足。ここで無闇に動いても無駄に終わる。相手に打撃を与えられない。じっくりとチャンスが来るのを待とう。

 私の怒りは沈殿し、熟成されていった。あいつらへの憎悪が私にパワーを与えてくれた。


 それからさらに、世間はまた同じことを繰り返した。


 数年前「軍を出せ」と言った先生を散々非難したくせに――国会襲撃事件が起こり、シベリカ人の暴動が起き、自分たちの安全が脅かされる事態になると「軍を出せ」と叫び、「軍は国内犯罪問題に手出しすべきではない」と主張する者を叩くようになった。


 そう、私こと『ミスズ先生』もテレビで「軍を出すべきではない」と発言したら、こてんぱに叩かれたっけ(笑)


 本当に恐ろしいのはシベリカではなく、捉えどころのない世間の空気。


 その世間を支配するマスメディアは『正義の錦』を掲げながら、標的にした人間を虐め抜き、巧妙にその人の人生を狂わせる。

 そのくせ、自分たちの権利が脅かされると手のひらを返したように主張を変える。


 私が共和党のために働くようになったのは、先生が生前、共和党を応援していたことがきっかけだった。共和党のために働くことが先生への供養になると思った。「今のマスメディアは力を持ち過ぎる」として、共和党が陰でマスメディアに対する規制法を推し進めようとしていたことも大きかった。


 だけど一つ誤算があった。党首の第一秘書をやっていたリバーと恋仲になってしまった。

 やっぱり人間、なかなか孤独を貫けないわね。


 リバーは私の孤独につけこみ、利用しようとしているのかもしれない。けど、ついリバーの甘い言葉に酔わせられてしまう。彼の雰囲気が先生に似ている所為かしら……。


 共和党のために働いていたつもりだったけど、いつの間にかリバーのために働くようになってしまった。


 そのリバーは今、警察で取り調べを受けている。けど証拠がないから何とか切り抜けられるはず。例えサラが捕まったとしても、私がいなければ、警察はリバーまでたどり着けない。


 そういえば……サラとキリルはどうしているかしら。


 サラとキリル――ええ、彼らとは、教師となった私が『平和と人権を守る教職員連合会』に入ってから知り合った。


 この『教職員連合会』はトウア国において権利が制限されているシベリカ人を始めとする外国人への差別撤廃を目指し「自国民と外国人を平等に。権利の線引きをなくそう」という考えのもと、シベリカ人側に立っていた。そのためシベリカ人学生らとの交流があった。


 連合会の考えは素晴らしいけど非現実的。

 人間は線引きが大好きな生き物なのよ。


 そう、彼らだって線引きをし、善人と悪人に分ける。彼らは『悪』と認定した私の父や先生を社会的に抹殺するべく、非難・苦情という武器で攻撃をした。


『正義の闘い』は人を高揚させる。

 自分たちと考えが違う者を『悪=敵』だとし、敵をやっつけるのは気持ちがいい。『悪』を罰し、正義の鉄槌を下すことで自分の正しさに酔える。


 その頃、リバーは共和党をバックに、極秘にシベリカ人らを監視、調査を始めていた。トウア政界の何人かは、シベリカ工作員が潜り込んでいることに感づき、何か仕掛けてくるだろうことを想定していた。


 そのうち、サラとキリルが工作員である疑いが浮上してきた。


 ちょうど『平和と人権を守る教職員連合会』に入っていた私は、リバーに「彼らから情報を引き出せ」という指令を受け、彼らに近づいた。

 けれど……キリルはともかく、サラはなかなか心を開いてくれなかった。


 ただ、サラには何となく私と似たところを感じた。周囲の人たちと一線を引き、決して心を開くことはない。

 彼女も孤独と虚無に支配されている。そんな気がした。


 ある時、私は自殺した両親の話をし、天涯孤独であることをサラに明かした。自殺という手段で私から永遠に離れて行ってしまった両親に裏切られた思いを抱えていると。結局、私は捨てられたのかもしれないと。自分の気持ちを吐露した。


 そう、父も母も、私のことよりこの世から逃げることを選んだ。私は優先されなかった。彼らの優先順位の下位に置かれたのだ。


 ――私は両親から捨てられ、世間から何もかも奪われた、空虚だけ抱えた孤独な人間……。その空虚を憎悪で埋めながら生きている。


 そんな私の話をサラは聞いてくれた。その間、ずっとお守りのようなものを握りしめて。


 そのうち、サラのほうから私に取引を持ちかけてきた。サラは自分が欲しいものを提示し、私に「お前の欲しいものは何だ?」と訊いてきた。


 恐るべき勘の鋭さ、いえ、観察力の鋭さと言ったほうがいいのかしら……サラは私の目的を見抜いていた。


 取引をするには相手の信用を勝ち取らなくてはならない。私は過去をさらけ出すことで、それに成功した。


 私とサラは極秘で取引をした。そして、それぞれの目的のために動いた。


 もちろん、心臓移植を受けた子たちを殺害するサラに協力したことでは、それなりの罪悪感は持っている。

 けど、そもそもシベリカ人の子どもを犠牲にした上で、その子たちは生きていた――つまり罪悪の上に生きてきたのだから、お互い様だと割り切った。

 そう、彼らは手術を受けられなければ、とっくの昔に死んでいた子どもたちだ。


 でも、その子らの親からすれば、シベリカの子を犠牲にしてでも生かしたかったのね……。


 私は、そんな親を持った子たちがうらやましかった。あの親たちは『悪』になってでも、自分の子どもを助けようとした……。私もそのくらい愛されたかった……。


 だから、サラに殺された子どもたちをかわいそうだとは、あまり思っていない。


 人間、欲のために他者を犠牲にしてしまう生き物なのかもしれない。私もその中の一人。

 良識ぶるマスメディアや平和主義者も根っこは同じね。


 あの連中は、私の大切な者たちを奪った単なる敵。

 善人ぶっているだけに虫唾が走る。私にとっては悪以外何物でもない存在。


 だから、まず『平和と人権を守る教職員連合会』を嵌めてやった。


『教職員連合会』の看板を背負ってミスズ先生としてテレビに出演していた時は、わざとトウア人に反感を持たれるような発言をした。その後『教職員連合会』には多くのシベリカ工作員が紛れ込んでいたことをネットに流した。おかげであの組織はトウア社会の信用をすっかり失い、瓦解した。


 今現在、マスコミに叩かれているのは共和党とサマー医師よ。

 クジョウ首相も、臓器売買が疑われるシベリカで心臓移植を受けたマオー氏とヤハー氏の孫のことを隠そうとしたとして人気が落ちた。


 正義面して標的を叩くマスメディア、笑っちゃうほど全く変わってない。


 そういえば、党首討論会の時、サマー医師を連れて公共放送局のスタジオに乗り込んだ若い男についても「以前、話題になった『ヒロイン・リサ』の夫だ」と一部の週刊誌が騒いでいたわね。

 けど、世間は叩きがいがある共和党とサマー医師とマオー氏やヤハー氏のほうに注目していたので、すぐに忘れ去られたっけ。『ヒロイン・リサ』もその夫も世間の餌食にならないよう祈るわ。


 そう、私の敵はトウア世論。……つまりトウア社会そのものだったの。


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