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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
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66/73

第3章 疑念

 党首討論会は放送前半の視聴率は優れなかったが、サマー医師が登場してから、徐々に上がり始め、おそらくネットでの速報や口コミで話題になり、そこで多くの人がチャンネルを合わせたのだろう。あるところから一気に跳ね上がり、右肩上がりを続け、最高瞬間視聴率50%超えを記録した。


 クジョウ首相に詰め寄られた共和党党首は「知らない」「秘書に任せていた」「よく分からない」と言い逃れをするだけだった。


   ・・・


 ここは繁華街から離れた寂れた古いワンルームマンション。

 生活感のない狭く乾いた部屋でミスズは例の党首討論会をネタにしたワイドショーをパソコンで見ていた。


 家具は小さなローテーブルがあるだけ、窓は昼間もカーテンを閉めっぱなし、ベッドもないので布団も床に敷きっぱなしだ。洗濯はコインランドリーで、食事も外食か出来合いの総菜を買って済ませているので、洗濯機も冷蔵庫。食器や調理器具も持っていない。


 余計な荷物は邪魔だ。住まいは根を張ることはなく、いつでも移動ができるようにしている。


 サラとキリルに逃げられたあの後、自力で小屋から抜け出し、バイクは西地区『シベリカ人街』の食堂に返しておいた。口止め料として礼もたっぷり弾んでおいた。銃創の治療は一般の病院に診せることはできないので、その手のツテで闇医者を紹介してもらって凌いだ。

 

 番組が終わり、ミスズはテレビを消した。

「マスコミの共和党叩き、凄まじかったわね……」


 共和党のスパイとなっていたミスズだが、サマー医師のことは知らなかった。任務と関係ないことは知らされない。シベリカ工作員サラとの仲介を任されていただけだ。


 全てを取り仕切っていたのは、共和党党首の第一秘書官リバー氏だ。

 党首は秘書のリバーに任せっきりで、詳細は知らなかっただろう。ミスズも秘書のリバー氏から指令を受けて動いていたに過ぎない。党首には会ったこともない。


 そう、ミスズはこのリバー氏の愛人でもあった。

 サラが欲しがっていた『8年前の夏にシベリカ国で心臓移植手術を受けたトウア人の子どもの情報』もリバー氏を通じて渡された。もちろんその情報の入手先は知らなかった。それはミスズの任務にとって必要な情報ではないからだ。愛人とはいえ、任務は任務としてミスズは割り切っていた。


 それにしても……今回、リバーの脇の甘さが、ミスズにはちょっと不可解だった。


 サラから国会襲撃工作の情報を得るところまでは、共和党の利益になっていた。

 しかし、クジョウ首相を陥れるためとはいえ、その後『サラの復讐』を利用し、マオー氏とヤハー氏の孫の殺害予告をし、シベリカでの心臓移植の件を公に晒そうとするのは、共和党にとっても危ない橋を渡ることになる。

 そして案の定、相手に放ったはずの刃はブーメランとなって返り、己が致命傷を負った。


 ただ、サマー医師がこんなに簡単に裏切り、おまけにテレビで証言してしまうとは思いもしなかったのかもしれない。そんなことをしたらサマー医師も世間から非難され、己の首を絞めることになるのだから。


「サマー医師の件は想定外だったのかもね……」

 ミスズはそう思い直した。聞くところによれば、サマー医師は3ヶ月後にトウア国を離れる予定だったという。確かゴルディア国の病院へ呼ばれていたとかで、トウア国立中央病院を辞めることになっていた。

 だからリバー氏は、サマー医師については手を打ったつもりだったのだろう。


「結局、私たちの作戦は失敗に終わったということなのかしら……?」


 何となくスッキリしなかった。それは「失敗したから」というのではなく、この作戦の目的が本当に「民主平和党に打撃を与えるため」だったのか、ふと疑問に思ったからだ。

 作戦は失敗し、共和党ももう終わりだ。


 なのに一度抱いた疑問は膨れ上がる。


 ――リバーは本当に共和党のために働いていたのかしら?


   ・・・


「シジョウさん、また勝手に病院を抜け出しましたね」

 党首討論会を終え、病院に戻ってきたセイヤはさっそく看護師からお叱りを受けた。


 すると通りかかりの入院患者がセイヤに近寄り、顔をまじまじと見つめてきた。

「あれ? さっきテレビで党首討論会にサマー医師を連れてきた人じゃない? 見てましたよ。すごい番組になっちゃいましたよね」


 とっさにセイヤは否定する。

「違いますよ。人違いでしょ」


 看護師のほうは「テレビ?」と首をかしげていた。仕事中であの党首討論会なんて見ていなかったのだろう。それだけでも助かった。


「何でもありません。退屈だったんで、そこいらをブラブラ散歩していたんです」

 そう言って、そそくさと立ち去った。素知らぬ振りをするのが一番だ。


   ・


「疲れた……」

 公務員特別室に戻ったセイヤはベッドに寝転んだ。体が重くどこまでも沈んでいくようだ。


「それにしても共和党のやったことはあまりにお粗末だったな……」


 何となくひっかかりを覚える。政敵を貶めるために人の命をオモチャにし、こんな危なっかしいリスクの高いことをするだろうか。この疑問がずっとセイヤにつきまとっていた。


 そして――自分がやったことは、果たしてよかったのか――これもよく分からなかった。

 ついに、あの殺された三人の子どもたちと、マオー氏とヤハー氏の孫が、以前から臓器売買が疑われていたシベリカ国で心臓移植を受けたことが世間に知られてしまったのだ。


「これからダイのやつ、大変かもしれないな」

 あの生意気そうな、でもちょっと自分に似ている気もしないでもないダイの顔を思い浮かべる。

 が、やがてセイヤの思考は霧散し、いつの間にか眠りに落ちてしまった。



 翌日、セイヤに退院許可が下りた。


「結局、無駄な入院だったよな。今まで病院を抜け出して、普通に出歩いていたし」

 荷物を整理し、手続きを進めて退院準備していたら、リサがやってきた。


「あれ、仕事は?」

「お休みもらった。ダイ君らの警護は民間の警備会社が受け持つことになって、治安局は手を引いたから」


 臓器売買が疑われるシベリカでの心臓移植の件が世間に知られてしまったので、特命チームが極秘警護する必要性がなくなったのだ。


「ところで、昨日の党首討論会でサマー医師とやらを連れて乱入したのセイヤなんだって? また病院を抜け出して、一体何をやっていたの?」

 さっそくリサがつっかかってきた。


「いや、その、極秘任務だよ」

 ついウソをついてしまった。もう説明するのが面倒だ。


「入院中の隊員にそんなことやらせるはずないでしょ」

「実は入院を装っての極秘任務だったんだ」


 セイヤはさらなるウソをつく。こうなったら、ごまかし通そう。


「ええ? ウソでしょ」

「本当はもう入院の必要なんてなかったんだ。医者もグルだったんだ」


 そうだ、そういうことにしておこう。じゃないとまたリサがうるさく怒りそうだ。


「そんなのありえないでしょ」

 まだリサはしつこく食い下がる。


 なので、セイヤはこの話題を打ち切るように言い放った。

「これ以上はノーコメントだ。機密だ。詳細は明かせない」


 リサはまだ疑う眼差しを向けてきた。そりゃそうだろう。でも、気にしないことにした。


「ま、でも今日で退院だし、お祝い気分に浸りたいから、仕事のことは忘れよう」

 これ以上追及しても仕方ないと思ったのか、ようやくリサは笑顔を見せてくれた。


 セイヤとリサは病院近くの食堂で軽く昼食を済ませ、タクシーで帰途に就いた。

 外は晴天。雲一つない碧空が広がり、季節はすっかり夏に入っていた。窓を閉めっきりにしていたので部屋の中はすっかり蒸している。さっそくエアコンを点ける。


「やっぱり我が家が一番だよな」

 居間に入るなり、セイヤはソファにどっと身を預け、並んでいた『ゴリラ3兄弟』のぬいぐるみを蹴散らし、横になる。リサはシャワーを浴びに浴室へ直行し、その間、洗濯機を回す。


 微かに聞こえてくる生活を営む音。安らぎを覚える家庭の息吹を子守歌に、いつの間にかセイヤはソファで寝入ってしまった。


 どのくらいの時間が経ったんだろうか、窓の外は淡い黄昏色に満ちていた。晴天だった空は茜色に染まり、夕刻であることを知らせていた。


 カレーの匂いが漂ってきて、セイヤは目を開ける。


「あ、目が覚めた? もうすぐ夕飯だよ」

 リサがキッチンから顔を出し、声をかけてきた。

「玉ねぎと人参と冷凍のシーフードがあったから、手っ取り早くカレーにしちゃった」


「カレーで上等だよ。リサも疲れているんだろう? 出前でも良かったのに」

 セイヤは伸びをし、ソファから体を起こす。


「ま、出前だと栄養偏るし、けっこう高いしね」

 そう応えながら、リサはカレー鍋をかき回しグツグツ煮込む。カレーはセイヤの大好物。これはささやかな退院祝いだった。


 セイヤは何となしにテレビを点け、ニュース番組にチャンネルを合わせる。すると怒声と罵声が入り混じった音が飛び込んできた。「シベリカ人の子どもへ臓器を返せ」「恥知らずのトウア人、心臓を返せ」「金にモノを言わせて、シベリカの子どもから臓器を奪うな」「人殺し」と人々が叫んでいた。今回の党首討論会のことで世間は大騒ぎしていた。当然シベリカ人たちも黙っているはずはなく、ニュースはシベリカ人たちの反応を伝えていた。


「テレビ……消してくれるかな……」

 いつの間にかリサが暗い顔をして部屋の隅に突っ立っていた。


「あ、ああ」

 そうだ、今日くらいは安らかな気持ちでいたい。……今はもう勘弁してほしい。


 セイヤはテレビを消す。喧騒が消え、部屋が静まり返った。憎悪と敵意の声がなくなるだけでホッとする。

 あえて社会の不幸に目を背け、仮初の平和を得る。


「ご飯も炊けたし、カレー食べようか」

 テーブルには皿によそわれた熱々のカレーが並んでいた。エアコンをちょっと強めにする。


「いただきます」

 席に着くと同時にセイヤはカレーを口にかき込む。スパイスの効いた香りが食欲をそそる。味気ない病院食が続いただけに、久しぶりの我が家の食事がことさらおいしく感じられた。体が火照ってくる。エアコンの冷たい風が気持ちいい。


「早食いは健康に良くないよ」

「ん……」

 リサが注意するも、口の中がいっぱいで返事ができない。


 外の世界を忘れ、二人は平穏な家の中で食卓を囲み、ひと時の幸せをかみしめた。


   ・・・


 それから数日が経った。


 特命チームはとりあえず平常勤務に戻り、これまでの任務の報告書作成に明け暮れていた。その間に警察捜査隊の事情聴取にも協力する。


 マオー氏の孫を襲おうとした『少女』の捜索は警察捜査隊とパトロール隊が引き継いでいたが、シベリカ人たちの一部が暴徒化しており、選挙に向けて、街の治安対策も大きな課題になっていた。


 セイヤがサマー医師を連れて公共放送局に乗り込んだことで、ジャンやフィオ、ゴンザレ、アザーレからも話題にされ、いろいろ説明を求められたが、セイヤは個人的にやったこととし、始末書を書いていた。


 休み時間、リサに腕を引っ張られ「個人的にやったって? 極秘任務だったんじゃないの?」と詰め寄られたので、「任務だったんだけど、表向き、個人的に勝手にやったということになっている」と言い訳をし、そのことは口外しないよう言い含めた。

 嘘をつくのは心苦しかったけど、もうこの話題から離れたかった。


 相変わらずジャンとゴンザレとアザーレの野獣ゴリラ組は報告書作成に四苦八苦していた。

 一方、セイヤとリサとフィオとグレドは仕事を終え、終業時間がきたのでさっさと帰り支度をする。


「あ、ダイのとこに行く時間なくなっちまうな~」

 ジャンはぼやきながら、報告書と格闘していた。


「じゃ、お先に失礼します」

 セイヤとリサはそそくさと特命チーム専用室を出た。フィオとグレドは先に出てしまい、もう姿が見えなくなっていた。


「先輩、まだダイのところに行っているのか」

 何となしに放ったセイヤのつぶやきに、リサが応える。

「うん、任務ではなく個人的にね……テレビゲームで交流を深めているそうよ」

「へえ」

「ダイ君、今、学校にも行かず、家に引きこもっているそうだから」

「……そうか」


 ダイは、自分の心臓が実は臓器売買で心臓を取り出された子のものかもしれない、と思っているに違いない。きっとショックだろう。

 しかも、このことは全国放送のテレビで取り上げられ、トウア社会を駆け巡り、ほぼトウア国民の全員が知ってしまったのだ。心無い人たちから嫌がらせを受けているかもしれない。学校では陰口も叩かれているだろう。


「昼間なのに雨戸を閉めて、部屋でずっとテレビゲームをやっているんだって」

「……そうか」


 今はとことん現実逃避していいとセイヤは思った。そう、自分だってあまりにも救いのないこの事件から距離を置きたい。当事者ともなれば、その苦しみは想像を絶する。


「実はヤハーさんのお孫さんも、ダイ君と同じように引きこもっているらしくて、そっちはフィオが様子を見に行っているそうよ。漫画好きだから話が合うんだって」

「じゃあ、ひょっとしてあの『リサ漫画』見せているかもな」


 セイヤは少し笑った。リサも表情をゆるめた。


「あいつら……優しいんだな」

 心の底からジャンとフィオを尊敬した。自分には真似できない。傷ついているダイにどう接したらいいのか分からない。かける言葉も見つからない。慰めるどころか、自分も一緒に落ち込むだろう。

 ジャンとフィオのような人間がいることがせめてもの救いだ。


 それでも……気持ちが重かった。あまりに酷い事件だ。

 臓器売買で心臓を取り出されたシベリカ人の子どもはもちろんだが、殺された三人の子ども、そしてダイとヤハー氏の孫も犠牲者だ。彼らには何の罪もない。


 しかし、子どもや孫を助けたいがため、臓器売買を疑いつつも心臓移植を受けさせてしまった大人たちは間違っていた。


 いや、何といっても一番許されないのはシベリカで臓器売買を行っている組織である。またその組織を放置し、臓器売買を見て見ぬふりをしているシベリカ国も責任重大だ。


 ただ……あの少女はどういった理由で、シベリカで心臓移植をしたトウアの子どもたちを狙ったのだろうか。

 犠牲になったシベリカ人の子どもの関係者あるいは遺族としての復讐なのか? ならば狙うべきは移植をさせた大人のほうなのに。


 そして一番憎むべきは臓器売買を行っているシベリカの犯罪組織である。復讐心はその組織へ向けるべきだ。


 なのに何の罪もない一番弱い者をターゲットにして殺害するなんて……セイヤはどうしても、この点が解せなかった。

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