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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン4
61/73

第2章 サラと謎の女

 もう春が終わるというのに、夜は底冷えするような寒さが続いていた。


 西地区『シベリカ人街』の一角にある古びた食堂の地下室では――


 キリルがサラに助けられてから10日以上経つ。その間、キリルは厨房で皿洗いや掃除など人前に出ない仕事を手伝い、淡々と日々をやり過ごしていた。サラもキリルと同じように過ごしているように見えていた。そう、今までは。


「食事の時間……」

 ベッドに寝転がっていたキリルに、サラはつぶやくような抑揚のない声を投げかけ、厨房から運んできた夕食を木箱の上に乗せる。


 すると、キリルは猛烈な勢いでベッドから飛んできた。サラが食べようとしていたものを取り上げ、木箱の上に乗っていた自分の分と取り換えた。コップの水も取り換えた。


「オレの夕飯に睡眠薬、盛ったことあるだろう」


 キリルはサラを睨みつけると、取り上げた夕飯をかき込んだ。

 サラは無反応だった。


「オレを眠らせて、何をやっている?」


 今まで――夕飯を食べた後、30分くらいで猛烈な眠気が襲い、いつの間にか寝入ってしまい、そして一度も起きることなく昼間近くまで眠り、目覚めても頭がぼんやりする――そんなことが2回あった。

 1回目はずっと入院していたから相当体力が落ち、弱っていたからだろうと思っていた。が、昨日2回目も同じようなことがあり、さすがにおかしいと気づいた。


 そんなキリルを一瞥したサラはそっけなく言い放つ。

「あなたには関係ないこと」


 相変わらずサラはつれなかった。そしてキリルが取り換えてしまった夕飯を食べ始め、コップの水を飲んだ。


「今日のは睡眠薬入りじゃないのか」

「……」


 実は睡眠薬入りだった。が、キリルに気づかれてしまった以上、今夜は動かず、日頃の疲れを取るために、たっぷり眠ろうとサラは作戦を切り替えた。


 ただ、キリルを助ける前に全て『事』を終わらせておけばよかったと後悔した。でもタイミングというものもあり、実行はそう簡単ではない。下見も必要だ。

 そもそも、キリルがトウア国から出ることを拒否し、自分の傍に居座るとは想定外だった。協力者からも話が違うとモンクを言われてしまった。こうなったら、できるだけ早く終わらせるしかない。


 ――あと残り二人……それが済めば、もう思い残すことは何もない。この命はいつ朽ち果ててもいい。


 夕食を終えて30分後、サラは気を失うように眠りに落ちた。その様子をキリルはただただ黙って見つめていた。


   ・・・


 ジャン、セイヤ、リサの三人は、マオー氏の11歳になる孫のダイの警護するため、彼が通う小学校に来ていた。


 授業中は教室内には入らず、ジャンが教室外で待ち、セイヤとリサは校内に不審人物が紛れ込んでいないか見回った。

 ダイ本人とその周囲には「どこかから嫌がらせの脅迫状が届いたので、念のため警護している」と説明してあり、『殺害予告』だということは知らせていない。それを知っているのはマオー氏とダイの両親だけである。


 学校が終わるとダイをクルマに乗せ、家まで送り、その後は外出させず、家の中にいてもらうことにした。


 そんなダイの家は庭付き一戸建て。幾つも部屋があり、お屋敷と呼んでもいいくらいのスケールだった。広い庭には木々が茂り、時折吹く風に葉が揺れ、木漏れ日を明滅させていた。


 とりあえずジャンとセイヤとリサは、ダイと一緒に2階の子ども部屋に籠ることにした。子ども部屋といえど、三人の大人が入り込んでも充分な広さがあった。

 窓を開ければ、気持ちいい風が入ってくるが、用心のために閉め切り、カーテンをする。


 が、宿題を済ませたダイは退屈し、外へ出たがった。


「リサ、遊んでやれよ」


 ジャンはリサに顎でダイを示す。けれど当のダイは「女なんかと遊べるかよ」と鼻で笑い、自分の友だちと遊びたいと駄々をこねた。


 が、そのダイの発言が聞き捨てならなかったのか、リサは説教を始める。

「ダイ君、女をバカにするのはよくないよ。そういう態度こそ男らしくないよ」


「そういやあ、女をバカにするといえばセイヤだよな。昔、任務からリサを外そうとしたじゃんか」

 ジャンが意地悪い笑みを浮かべ、セイヤを見やった。


「ああ、そういえば……そんなことありましたよね」

 リサは遠い目をした。


「ちょっと先輩、そんな昔の話をしなくてもいいでしょ。それに女をバカにしたつもりありません。ただリサが心配だったから……」


 セイヤが慌てて言い訳を始めると、リサはさらに昔の話を掘り起こしてきた。


「そうそうそう、訓練生時代、私が希望していた特戦部隊専門コースが通った時、セイヤったら『女なんか役に立たないのに税金の無駄遣いだ』って言ったんですよ」


「ちょっと待てよ。『女なんか役に立たない』なんて言った覚えないぞ。税金の無駄遣いだ、とは言ったかもしれないけど」


「それって『女は役に立たない』と言ってるのと同じでしょ」


 言い合いを始めたリサとセイヤの間にジャンが割って入った。

「おいおいおい、こんなとこで夫婦喧嘩するなよ。子どもが見ているぞ」


 ハッとして振り向くと、ダイは覚めた表情で「やれやれ」という風に肩をすくめていた。


「何か生意気な子ね」

 リサが半眼でボソッとつぶやく。


「生意気で、女をバカにする……こいつ、何かセイヤに感じが似ているよな。ということで、セイヤ、お前がダイの遊び相手してやれよ。似た者同士、気が合うだろ」


 あろうことか、ジャンはセイヤにお鉢を回してきた。


「え? オレが?」


「あら、セイヤ、子ども欲しいんでしょ。なのに子どもの相手ができないわけ?」

 リサまでジャンに加勢する。


 仕方なさそうにため息を吐き、セイヤはダイに視線を向け、話しかけた。

「じゃ、オレとリベートして過ごそうか……」


「リベート?」

 ダイは眉をひそめる。


「ちょっとセイヤ、何で子ども相手にリベートなのよ」

 リサが呆れ顔になって首を横に振っていた。


「ゲームのようなものだし、オレは楽しい遊びだと思うけど」

「そんなの楽しく感じるのセイヤくらいだよ」

「リベートなんてやらせたら、ますます生意気に拍車がかかるぜ。ゲームといえば、やっぱテレビゲームだろう」


 セイヤとリサの会話に再び割って入ったジャンに「テレビゲームなら相手してやってもいいけど」とダイが初めて乗り気を見せた。


「じゃあ、先輩が相手してくださいよ。オレ、そういうのやったことないから、よく分からないし」

「え? ゲームやったことないのか。今時めずらしいな」


「養護施設の寮にそんなものありませんでしたしね」

「そっか、そういやあ、お前ら養護施設出身だったよな」


 ジャンはセイヤに向けていた視線をダイに移した。

「ゲーム機とソフト、持ってるだろ。ソフトは何でもいいぜ。このオレ様が相手してやる」


 結局、ジャンがダイの遊び相手をすることになった。ダイはいそいそとゲーム機を持ってきて、大画面テレビにつなげ、ソフトをあれこれ選んでいた。


「オレは昼間、こいつにつきあう。お前らは夜中に警護してもらうから、今のうち仮眠とっておけ」

 ジャンはセイヤとリサにそう言うと、さっそくダイとゲームを始めた。すぐにヒートアップし、ジャンもダイもすっかり夢中になっている様子だ。


「先輩……完全に遊んでいるよね」


 リサはやれやれとばかりに部屋の隅に敷かれていた仮眠用マットの上に横になる。

 けどジャン先輩とダイのはしゃぐ声が耳に障り、眠れそうにもない。


「休める時に休んでおこう」

 リサの隣に寝転んだセイヤは自分にも言い聞かせるように低くつぶやき、目を閉じた。


   ・・・


 昼間はそれほどでもなかったのに、夕刻辺りから風が強くなり、時折、唸り音を立てて吹き荒び、家々の窓を打ち鳴らしていた。全国的に荒れた天気となっているようだ。


 深夜、店の家人が寝静まった頃、西地区『シベリカ人街』の一角にある食堂の地下室で、キリルとサラは木箱の上に並べた夕飯をボソボソと食べていた。


 あれから――サラに睡眠薬を仕込まれる隙を与えないよう、キリルは厨房へ行き、自分で料理して運ぶようにし、サラには触らせなかった。


「何をしているのか、まだ教えてくれないのか」

 食べ終わったキリルはコップの水を飲み干す。


 相変わらずサラは何もしゃべらず、ひたすらお皿にあるものを口に移動させるだけだった。


 キリルはさっさと食べ終え、皿やコップをトレイに片づける。それを両手に持ち「こいつを洗った後はシャワーでも浴びてくるか」とつぶやきながら、地下室を出て1階にある厨房へ上がっていった。

 サラはそれをただ黙って見つめていた。


 キリルの階段を上る足音が消え、地下室は静寂に包まれる。

 やがて上の階にある厨房から、キリルが食器を洗っているのか水の流れる音が聞こえてきた。


 そっと立ち上がったサラは滑るように移動し、地下室を出て音を立てずに階段を上る。


 まだ水の流れる音は続いている。

 様子を伺いながらサラは外へ通じるドアをそっと開けた。そのまま細く開けたドアの隙間から体を滑り込ませて外に出る。

 地下室にいたから分からなかったけど、だいぶ風が強い。煽られないようドアを注意深く静かに閉める。


 と、突風が襲ってきた。

 思わず顔をしかめながら、辺りを見回し、約束の場所から少し離れたところに、外灯の明かりを避けるようにして停まっていたクルマを確認すると、そこへ向かった。


 運転席には女がいた。目鼻立ちが整い、それだけに硬質な感じがする人形みたいな美人だ。肩下まで伸びたまっすぐな髪がその硬質さをさらに際立たせていた。


 風から逃げるようにクルマの助手席に乗り込んだサラは、隣の運転席の女に「出せ」と短く言いつける。

 だが女は動こうとせず、口だけ開いた。


「……今まで協力してきたけど、今日は説得に来たのよ。あなた、まだやるの? もう三人やったでしょ。その中にあなたの妹の分も入っていたはず。もうマオーとヤハーのところでは治安局の人間が動き出しているらしいし……これ以上は危険。やめたほうがいい。それにあなたが捕まったら、こっちも困るの。いつも助けてはあげられない」


 これはサラにとっては聞き入れられる話ではなかった。サラは憮然として応える。


「取引したはずだ。こっちはそっちの望みを果たした。だからそっちも約束を守れ。さもなければ、お前のことや今まで私が知り得た全てのことを公表する」


「そんなことしたら、あなた確実に捕まるわよ。捜査の手はあなただけでなく、キリルにも伸びるでしょうね。トウア国は来年にも少年法を改正して、未成年者にも自白剤を使用するようになる。きっと廃人にさせられるわ」


「その前に自分の命にケリをつける。彼は彼で何とかするだろう。それにキリルを助けたのは借りを返したかっただけだ。なのにあいつは勝手にトウアに残った。もう私の知ったことではない」


「捕まる危険性が高いから、マオーとヤハーの孫は襲撃させるなというのが上からの命令なんだけどね。どうしてもというのなら、治安部隊が手を引いてからでもいいんじゃないの?」


「もう、そんなに待てない。早くケリをつけたい。私は捕まらない。捕まるようなミスを犯した時は自決する。心配いらない」


「ならいいけど……」


「取引したのなら約束は守れ。私は守った」


「仕方ないわね……」


 女はため息を吐くと、エンジンをかけた。動き始めたクルマは曲がりくねった路地をゆっくり進み、『シベリカ人街』を出て大通りに出ると一気に加速した。

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