第2章 少女サラVS治安部隊・特命チーム
夕刻から強くなってきた風は時折、唸り声をあげ、窓を保護する外戸をうるさいほどにガタガタ鳴らしていた。
ジャン、セイヤ、リサが張り込んでいるマオー氏の家。
就寝時間となり、ダイは1階の両親の寝室に移動する。
ダイの祖父でもあるクジョウ首相の筆頭秘書官のマオー氏には、護衛がついている首相の事務所に詰めてもらっていた。マオー氏がいたら邪魔なので、かえってそのほうがいい。犯人に人質にでも取られたら厄介なことになる。孫の傍にいたいだろうが、そのことはマオー氏にも納得してもらっていた。
「じゃ、そろそろ交代な」
ジャンは、仮眠をとっていたセイヤとリサを起こし、ダイの警護をバトンタッチした。
セイヤとリサは交代で軽食をとり、リサはダイと両親が寝ている部屋の前で待機し、セイヤは家の中の見回りを始めた。
戸締りはジャンが確認しているはずだが、念のためセイヤも再確認し、そして2階の階段口にある曇ガラスの小窓のところで待機する。犯人が来るとしたら、ここから入ってくると踏んでいた。
ほかの窓は外戸が閉まっているか、格子がはまっている。が、この小窓だけが何もない。1階の窓の庇を伝えば、2階のこの小窓に手が届く。普通の人間には難しいが、バランス感覚に優れ、自らの体重を持ち上げる腕力があり、身軽で細身の人間なら侵入できるだろう。
セイヤの脳裏に、類まれな身体能力を持つあの『少女』のことが思い浮かぶ。
そう、あの少女なら不可能ではない――。
それから4時間近くが経った。
夜半過ぎても風は弱まることなく吹き荒んでいた。
廊下と階段には小さな照明が灯されているものの薄暗かった。集中力が切れそうになり、何度か頭を振るセイヤだったが、程なくして、風が小窓を打つ音と共に微かな気配を感じ取り、意識を緊張させた。
セイヤが見張る小窓の曇ガラスに人影が写る。
やがて、鍵の周りのガラスを切っていくのが見て取れた。
セイヤは階段の衝立に身を潜めて、息を殺し、犯人が姿を現すのを待った。
切られたガラスが取り外され、そこから手が伸び、小窓の鍵を開ける。
それは小さい女の手だった。
――犯人を逃がしたくはない。姿を確認し、捕まえなければ。
セイヤは犯人が入ってくるまで動かず、そのまま身を隠す。
窓がスルスルと開いた。
ついに……入り込む風と一緒に小窓から侵入する犯人の姿を捉えた。
風に紛れ、ほとんど音を立てずに入ってきた犯人のその様は、曲芸を見させられたと思ったくらい、動きに無駄がなく身軽だった。
――あの『少女』だ。
セイヤの身が一瞬、固まる。
――とすると、これもシベリカによる工作なのか?
いや、考えるのは後だ。セイヤは立ち上がり、家の中に音もなく降り立った少女に銃を向けた。もう少女は檻の中だ。簡単には逃げられない。このまま逮捕できる。
「両手を頭の後ろにつけ、膝を着け……」
そう警告を発するも、すでに少女はセイヤに向かって突進していた。
セイヤの反応が遅れる。少女の素早い動きについていけなかった。
――そうだ、こいつに警告など通じるわけがない……ミスった。
・
少女=サラは、治安部隊が警護していることも覚悟の上で侵入した。
が、いつ襲われるかも分からない一人の子どもを警護するのにそんなに人数を割いているはずもない。治安部隊は人手不足だ。どんなに多くても四人。それ以上はつかないと踏んでいた。
四人以下であれば余裕でさばける。
また、一般人の家の中で治安部隊はそう簡単に発砲しないことも知っていた。しかも発砲の前に警告を出し、そして威嚇射撃という手順を踏む。中には発砲を躊躇する甘い隊員もいる。
それに少女である自分を本気で撃ちにくる隊員はまずいないだろう。だから、あえて銃は持たなかった。そのほうが安全だとサラは踏んでいた。
そう、トウアの警察は銃を持っていない丸腰の犯人にいきなり発砲することは絶対にない。それをやったら世間が許さなかった。今は世間の風が変わってきたとはいえ、意識はそう簡単に変えられない。それほどトウアの治安部隊は『人権意識』に縛られている。
案の定、目の前にいる男はすぐには撃ってこなかった。勝ったも同然だ。
サラは即座に接近戦に持ち込んだ。
身を低くしたサラから繰り出された掌がセイヤの顎を下から突き上げた。
顎を狙われたため、脳が揺すられたセイヤは意識が遠くなり、受け身を取る前に床に激しく体を打ちつけてしまった。
大きな物音。
サラは踵を返すと、階段を下りた。人間が放つ微かな音が1階から聞こえる。子どもの声――ターゲットだ。
雑魚にかまっている時間はない。
・
その物音に、1階でダイとその両親が寝ている部屋の隣で仮眠をとっていたジャンは飛び起きた。部屋を出ると、持ち場から離れて2階へ行こうとするリサの姿があった。
「離れるな。お前の持ち場はここだ」
ジャンは怒鳴り声を上げ、リサを引き戻す。そしてダイと家族に部屋のドア越しに、決して部屋から出ないよう、ドアの鍵を開けないようにお願いした。
が、その時すでにサラが姿を見せていた。足音も立てず、あっという間にジャンの目の前に来ていた。銃を構える暇もなかった。
「こいつ……」
ジャンの手がサラを捕える前に、サラはセイヤを倒したのと同じやり方で、ジャンの顎を突き、後ろへ飛ばした。セイヤと同じく脳が振られ、ジャンも一瞬失神し、その後、サラの蹴りを受け、壁に激突する。
ジャンが倒れたと同時にリサは拳銃を構え、その銃口をサラに向け、警告もせず、いきなり発砲した。
が、その前にサラは横に移動していた。銃弾が外れる。
いや、リサはすでにその動きを読んでいた。2発目はサラの右肩に命中する。
それでもサラは動きを止めなかった。さすがにそこまでは読めなかったリサは一瞬、体が強張る。その反応の遅さが、リサの攻撃の機会を奪った。
サラは、リサの手から銃を蹴り飛ばしていた。
銃がないリサは、負傷したとはいえサラの敵ではない。再度、繰り出されたサラの蹴りが、リサの胸を襲う。
「うぐっ」リサの呼吸が一時、止まる。胸が爆発したかのようだ。受け身が上手く取れないまま床に転がった。
その時、サラの背後に突進するセイヤがいた。失神から目覚めたのだろう、2階から下りてきていた。
が、すでにその気配を感じ取っていたサラは振り向きざまに、ホルダーから取り出したナイフを左手で持ち、セイヤの横っ腹を突き刺した。
しかし、サラがナイフを引き抜こうとした時、そのサラの手をセイヤが捉えようと両手でつかみかかろうとしていた。サラはとっさにセイヤの手を払いのける。ナイフは引き抜くことができずセイヤの腹に刺さったままだ。
セイヤは床に両膝を着き、ナイフの柄に手をやり、腹をかばうようにして倒れ込んだ。
サラの動きにはまるで無駄がなかった。次をどうするべきか、どう動くか、考える前に体が自然に動いている。その流れが止まることはない。
ナイフを手放したサラはそのままターゲットのいる部屋へ向かう。その部屋の前には、今さっきまで大男と女の二人の隊員が張りついていた。ターゲットはここにいると言っているようなものだった。サラにとっては探す手間が省けた。
だが、その部屋の前には意識を取り戻した大男が仁王立ちし不敵な笑みを浮かべていた。
「今度は同じ手は通用しないぜ。それにお前、右肩を負傷しているようだな」
リサも失神から目覚め、頭を振りながら起き上がろうとしていた。
サラは舌打ちをすると玄関に向かった。確かに銃弾による右肩の負傷は大きい。まさか女の隊員が、警告も威嚇射撃もなく、いきなり狙って撃ってくるとは思わなかった。これは想定外……誤算だった。
これ以上闘えば、捕まるリスクが高くなる。
今回は退散だ――サラは即断した。
そして、ふと思う。
そういえば……赤ん坊を人質に倉庫に立てこもり、外に出てきた時、一人の治安部隊の隊員から警告も威嚇射撃もなしに撃たれたことを思い出す。フルフェイスのヘルメットをしていたので顔は分からなかったが、あの時の隊員がこの女だったのでは。
――甘く見ていたのは私のほうか……。
サラは苦々しい思いを抱きながら、逃走へと舵を切る。
玄関へと走るサラの後をジャンが追いかける。形勢は逆転するかに見えた。
が、ジャンの手がサラに届いたと思った時、ジャンの視界からサラが消えていた。それと同時にジャンの体がまたしても吹っ飛び、床に転がる。サラの強烈な蹴りがジャンの鳩尾を直撃していた。
「こいつ……後ろに目がついているのかよ」
ジャンは膝を床に着き、腹を抱えた。思わず胃の中のものを吐く。目から涙がにじむ。内臓がせり上がってくるようで、しばらく動けなかった。
その間にサラは玄関からドアの鍵を開けて外に出てしまった。
意識を取り戻したリサは、腹を刺されているセイヤに気づき、取り乱した様子で救急車の手配をしていた。犯人の少女のことなど頭から吹っ飛んでいるようだった。
「オレたち三人……あんな少女一人に……やられてしまったのか……」
ジャンは床で体を丸めたまま、まだ起き上がることができなかった。
・・・
身を裂くような風の中、屋敷を飛び出したサラは女が待機させているクルマへ走った。
後ろのドアを開け、転がるように後部座席に乗り込み、息を整える。
そんなサラに、運転席の女は前を向いたまま声をかけた。
「しくじったの? これでマオーとヤハーの孫の件はあきらめてくれるわね?」
女はサラの様子から失敗の臭いを感じ取っていた。今までも下見と実行の際、送り迎えをし、協力してきた。サラはいつも無表情で感情を表に出さず、常に冷静だった。が、今日は息が上がり、その顔には微かに苦々しさがにじんでいた。
しかし女の問いに対し、サラは無言だった。あきらめるという選択肢はなさそうだ。
「やっぱり、あなたをこのままにしたら危険かもね」
女は振り向きざまに隠し持っていた銃をサラの眉間へ向けた。
「上からの命令なの。悪く思わないでね」
吹き荒む風の音が、乾いた銃声を飲み込んだ。




