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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
54/73

断章 拠り所(シベリカ工作員・少年キリルの独白)

 オレは孤児院で育った。よくある話だけど、赤ん坊の頃、院の門前に捨てられていたらしい。


 そこは木造建ての粗末な施設だった。

 狭くて埃臭い部屋にたくさんのガキが押しこめられ、食事も足りず、オレたちはいつも腹を空かせていた。


 そう、シベリカ国にはたくさんの孤児院がある。貧しくて子どもを育てきれず、子を捨てる親がけっこういるからだ。


 それでも孤児院に預けてくれる親はまだいい。中には子どもを売る親もいる。売り飛ばされた子どもは、売られた先で売春か臓器売買に利用されるんだろうな……。


 貧しさが全ての元凶だとして、シベリカ中央政府はこの状況を何とかしようとしている。

 工作員となったオレもそのために働いている。


 オレは運動能力だけはあった。自惚れてるかもしれないが、周りと較べてもかなり抜きん出ていたと思う。


 9歳になった頃――院の先生にある場所に連れて行かれた。そこは何かの訓練所のようなところだった。

 有無を言わさず、オレの生活の場は孤児院から国家諜報局工作員特殊訓練養成所に移った。


 そこには年端のいかない少年少女がたくさんいたが、訓練生の中ではオレが最年少だった。訓練生の少年少女は皆、孤児院出身だ。


 けれど程なくして、オレよりも年下の女の子が訓練所に入ってきた。その女の子は8歳だった。最年少訓練生の座は奪われた(笑)


 その女の子――ここでの名は『サラ』――は無口な少女だった。喜怒哀楽を表さず、虚ろで死んだような瞳をしていたが、頭はよく、短期間で数カ国の語学をマスターした。爆弾やトラップづくりもなかなかのものだった。運動能力も高く、射撃も上手かった。


 ただ、サラは親から捨てられたのではなく、売られたらしい。そしてその売られた先から逃げ出し、役所で保護され、孤児院に入ったという。つまり彼女の親は、子を臓器売買の業者に売り、子の命を金を換えたのだ。


 サラの瞳が暗い理由が分かった気がした。


 オレは捨てられ、サラは売られた。どっちも親にとっては『いらない子』だった。


 そんなオレたちを国は拾ってくれた。必要な人間だと選んでくれた。人よりも抜きん出ていると、人よりも優秀だと認めてくれた。


 訓練はキツかったけど、孤児院での暮らしよりは刺激的だった。それに腹いっぱい、飯を食わせてくれる。出される料理もそこそこ旨かった。


 粗末な食事そして誰にも期待されない孤児院での生活よりも、訓練所のほうが自分には合っていた。課題を上手くこなせば褒められるし、国家に期待されるのは、けっこう気持ちよかった。


 初めて自分に価値を見出せた気がした。

 そうだ、オレはここで生きる意味を見つけたんだ。


 国のために働き、結果を残せば、国の英雄になれるという。オレの名前を冠した病院あるいは道路、橋が造られる。殉国したら、オレが生きた証を国が残してくれる。


 もちろん、ちょこっと家族というものに興味もある。ただ、赤ん坊の頃に親に捨てられ、家族のことはまるで記憶にないから、正直あまりよく分からない。


 オレにとって大切なのは――オレを捨てた家族よりも、オレを拾ってくれた国だった。


 国はオレを必要としてくれた。国はオレに誇りを与えてくれた。

 それはオレにとって生きる拠りどころになった。


 こうして、工作員としての訓練が終わり、オレはサラと共にトウア国へ行き、そこで仕事をするようになった。彼女とは一緒に任務に就くこともあれば、別々の時もあった。


 百貨店で子どもを銃撃することになった時も、特に何も感じなかった。

 子どもだからといって、特別に何かを思うこともない。単なるターゲットだ。


 とはいっても、その子らに恨みがあるわけでもないし、やっぱり手加減してしまった。オレが撃った子は死んではいないはずだ。急所は外したから。


 オレは子どもだからといって優遇されたことも、甘くされたこともない。大人と同じ扱いだった。訓練所では事故死する子どももいた。いや、別に訓練所でなくても、オレの国では子どもの死は日常的だった。病死も多かった。


 オレたちに銃撃された子どもの親は嘆き悲しんだらしいけど、親に悲しんでもらえるだけで充分幸せだよな。


 だから、かわいそうとも思わない。うらやましいくらいだ。シベリカの地方の田舎では、親に捨てられたり、売られたりする子どもがたくさんいる、そんな子どもに較べたらな。


 それに、親に売られたシベリカ人の子どもの臓器をトウア人がこっそり買っているんだぜ。


 シベリカ人の子どものほうがよほど悲惨だ。臓器売買で今まで犠牲になった子はどのくらいいるんだろうか。


 だから、ほんの数人、子どもが銃撃されたくらいでトウア人は何を騒いでいるのか不思議だった。


 オレは死ぬのは怖くない。国会襲撃の指示を受けた時は死を覚悟しつつも興奮した。


 だけど、その時ふと――オレが死んでも悲しんでくれる者がいないことを、ちょっとだけ寂しく思った。


 ま、殉国すればオレの名前を冠した道路や橋ができる。それだけで充分満足だ。


 そういえば、子どもを銃撃した時も、国会襲撃の時もサラと一緒だったっけ。


 サラと一緒に死ねるならいいか……特別に好きというわけじゃないけど、一緒に仕事をするうち、ちょっと気になる存在になっていた。少し情も移ったかな。


 でも今――

 オレはベッドに寝かされている。白い天井が見える。消毒薬の匂いを微かに感じる。どうやらトウアの病院にいるようだ。治安部隊の連中に撃たれたところまでは覚えているんだけど……。


 オレは死ななかったのか。サラはどうなったんだろう? オレだけ生き残った?


 このまま回復してしまえば、トウアの警察捜査隊の事情聴取が待っている。

 法改正されれば、未成年のオレにも自白剤が使用されるかもしれない。自白剤は訓練所でも打たれたことがあるから、そこそこの耐性はあるけど、どのくらい耐えられるか。


 いや、それより死を選びたい。国の英雄になりたい。監視の目を盗んで何とかしなければ。


 でも、拘束されている……手も足も……体が動かねえ。ちくしょう……。

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