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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
41/73

第2章 未来―二人の時間

 地は血に染まり、天は舞い躍る塵で澱む。


 遠くぼやけていく喧騒。そのざわざわとした気配を突き抜け、はっきりした声が届く。

「お~い、大丈夫か」


 ジャンが駆けつけてきた。


 赤ん坊を抱いているセイヤとリサのほか、手榴弾で負傷した2班8名の様子を見てとったジャンは、すぐにファンに連絡を入れ、状況説明し、救護要請をした。

 負傷した隊員らの応急措置をしたが、そのうち1名はすでに息がなかった。


 セイヤはリサに赤ん坊を渡すと、足を撃たれ倒れ込んでいる犯人の少年2名を確保した。


 負傷した特戦部隊隊員らも次々と病院へ運び込まれていった。


 複数の建造物から立ち登る煙が、埃で霞む黄昏の空へと混ざっていく。爆破は止んだが、いつまで経っても人々の混乱は収まることはなかった。 


   ・・・


 それから数時間経過した。捜査は不眠不休で続けられていた。


 治安部隊は複数の建造物爆破による騒ぎで混乱し、セイヤとリサが取り逃がした少年少女2名はそれに乗じて警察捜査隊の非常線を突破し、逃走を果たしたようだ。


 彼らが倉庫敷地を出るまでたどったとされる逃走経路には、爆破された周囲の建造物から飛び散ったガラス片やコンクリート片などが比較的少なく、爆破のタイミングとその箇所は全て計算されていた様子が伺えた。

 つまり、逃走経路含め、この事件は初めから計画されていたと考えられた。


「セイヤの言ったとおりトラップが仕掛けられていた……しかも地雷だと? その上、手榴弾も使われた……もはや兵器ではないか。そして周囲の建造物の爆破……これはもう戦争だ。あの少年少女のほかにプロの工作員が深く関わっていたということか」

 ファン隊長は臍をかんだ。


 地雷および手榴弾による死者は2名、負傷者11名のうち重傷8名だった。少年少女の起こした事件で、特戦部隊にこれだけの犠牲が出てしまったとは……。


 それでも犯人の少年2名を確保し、赤ん坊も多少衰弱していたものの命に別状はなかったのが、せめてもの救いだった。


「逮捕した少年2名はリサとセイヤが確保し、赤ん坊もセイヤが救った……またしても、あいつらが……」


 特戦部隊隊長室のデスクでファンは天を仰ぐ。そして、セイヤはもちろんのこと、ついにリサのことも認め――以前、マスコットガール扱いしバカにしてしまったことや、宣伝目的として『ヒロイン・リサ』の情報をマスコミにリークしたことを心の中で詫びた。


 中央都市ビルにある中央百貨店おもちゃ売り場で撃たれた子どもたちは重傷2名、軽傷3名。建造物爆破による負傷者は32名だった。


   ・・・


 数日後、逮捕した少年らの治療が済み、取調べが行われた。


 銃の入手経路については、逃走した犯人の一人である少女からもらったと供述していた。手榴弾も、逃走した少年と少女がそれぞれ持っていたらしい。どうやって銃や手榴弾を手に入れたのかは詳しく聞いておらず、倉庫内に地雷が仕掛けられていることも知らなかったようだ。


 またこの少年らが手にしていた銃は空砲だった。つまり、彼らは驚かすだけと思っていたそうで、逃走したほうの少年少女が本物の銃弾で子どもを撃ったことにびっくりはしたが、その時は興奮状態となり、無我夢中でその少年少女の後についていったという。


 なお、逃走した少女と少年については名前とメールアドレス以外のことは何も知らず、『トウアの未来を奪う会』で知り合い、意気投合したとのことだった。


 逃走した少女と少年の名前は偽名であり、偽造した身分証明書で携帯電話を取得し、架空口座で利用料金の引き落としがされていたようである。今のところ、彼らをたどることはできていなかった。



「工作員と深く関わっていたのは逃げた少年少女のほうか」

 治安局特命チーム専用室では報告書をパソコンで打ち終えたジャンが椅子にもたれかかり、誰に言うでもなく独りごちた。


「関わっていたというよりも、彼らはおそらく特殊訓練を受けた工作員そのものです。もちろん陰ではほかの仲間の工作員も深く関与したと思います。地雷や爆弾を仕掛け、爆弾はタイミングを見計らって起爆させ、彼らの逃走を助けたんでしょう」

 セイヤはきっぱり言い放った。


「え? 彼らが工作員? あんな子どもが?」

 ジャンがセイヤに顔を向ける。


「特に少女のほうは確実にそうです。リサに肩を撃たれても銃を手放さず、倒れもしなかった。声も上げなかったし、表情も変わらなかった。そして負傷しているにも関わらず、あっという間に走り去りました。それに銃の構えも素人じゃなかった。……相当な訓練を受けている」


「……」

 言葉を失っているジャンに、セイヤは断言した。


「捕まったほうの少年らは素人。単なる一般シベリカ人です。逃げ切った工作員の少年少女は、万が一の場合、素人少年らを盾にするつもりで、この犯罪に誘ったのかもしれません。一般人が関わったことで『トウアの未来を奪う会』の犯行にも見せかけられます

 素人の少年らが臆してついてこれなくても、それはそれでかまわない、足手まといになるようであれば、いつでも切り捨てるつもりだったのでしょう」


「私もそう思います」

 リサもセイヤと同じ感触を持っていた。


 銃口をセイヤに向けていた少女は淡々としていて、無表情だった。人を殺すのも、おそらく初めてではない。もう何人も殺しているだろう。手馴れたものを感じた。

 そのように年端もいかない少女を機械的に殺人をこなせるように訓練し、子どもにまで平気で銃撃できる人間に仕立て上げたシベリカ国の恐ろしさを噛みしめる。 


 そして今回の事件とリサの兄が殺された銀行強盗事件との酷似――周囲の建造物を爆破し、パニックを起こさせて、犯人を逃走させるやり方――つまり、あの銀行強盗事件もシベリカ工作員が関わっていた疑いが濃厚となった。


 ――兄さんを殺したのは、おそらくシベリカ工作員。そしてあの銀行強盗事件は、お金が欲しくてやったのではなく、今回のようなテロを仕掛けるための予行練習だった……。


 そう、周囲の建造物のどこをどういう風に、どのタイミングで爆発させ、工作員の逃走を助けるか、その時、警察捜査隊はどのように動くのか情報収集のために、あの銀行強盗事件は仕組まれた。今ではそうとしか考えられない。


 リサは改めて怒りに打ち震える。シベリカ工作員への憎悪が充満する頭の中で、兄が銀行強盗犯と格闘し、犯人の覆面を剥ぎ取ろうとした時に見えた『左口もとから頬にかけての傷』を思い出す。未だリサの兄を殺した犯人は捕まっていない。


 ――いつか必ず捕まえてやる。そして……地獄を見てもらう。

 


 それからのリサはさらに射撃訓練に没頭した。


 銃=人を殺傷する道具は、リサにとって『心のお守り』だ。銃を持っていると、いくらか怒りが鎮まった。憎しみを銃が吸い取ってくれているようだった。


 リサは人型の的に狙いを絞り、トリガーを引く。

 リサから吸い取った怒りと憎しみ。それらを乗せた銃弾は、人型の心臓を、眉間を、貫通する。


 シベリカ工作員らが仕掛けているのは、やるかやられるかの戦争だ。

 このままでは自分たちの未来はない。



 ルッカー局長も同じ思いを抱いていた。

 今、内側から犯罪という形をとった戦争を仕掛けられている。それに対処すべく、治安部隊は軍隊と同レベルの力、スキル、心構えが必要だとし、改めて軍へ、治安部隊の隊員らの訓練をお願いし、軍の特殊部隊との合同訓練を要請した。


   ・・・


 トウアの幼い子どもたちがシベリカ人らに無差別に銃撃されたというショッキングな事件は、シベリカ人への憎悪を際限なく膨張させ、トウア人とシベリカ人との溝を決定的にした。


 もはやトウア人のほうから「シベリカ人と共生していこう」という意見はほとんど聞かれなくなった。


 仮にそんなことを言えば、同じトウア人から反感を持たれ「シベリカのスパイ」「反トウア」と白い目で見られてしまうだろう。


 当初、テレビなどで「トウア人と一般シベリカ人は反目してはいけない。それこそが敵の狙いだ」と訴えていたルイも、今は控えるようにしていた。

 ただでさえ多くのシベリカ人から嫌われているのに、この上、トウア人にまで嫌われることは避けたかった。


 一方で、トウアに住む多くの一般シベリカ人は、どうしていいか分からず、戸惑っていた。

 もちろん一部の暴走するシベリカ人を止めたかったし、トウア社会へ謝罪したかったが、少しでも目立つことをすると「アンモン教授の二の舞になりたいか」という脅迫状が届き、行動を起こせないでいた。


 脅迫状が届いても、治安局や警察捜査隊に相談するシベリカ人は皆無だった。

「トウアの警察がシベリカ人のために真剣に捜査してくれるはずがない」「常にシベリカ人を疑っているだろうトウアの警察とは関わりたくない」という思いが、警察への足を遠のかせていた。

 一般のシベリカ人たちは黙り込み、ただただ身を縮こまらせ、ひっそりとトウア社会で暮らすしかなかった。


 やがて――「トウアから独立すれば、肩身の狭い思いをしなくて済む」として『シベリカ人街の独立』を目指す運動に参加する一般シベリカ人が増えていった。


   ・・・


 今回の事件について、もちろんテレビをはじめとするマスメディアは特番・特集を組んで大騒ぎしていた。


 治安部隊は『少年である犯人』を銃撃し、怪我を負わせたが、それについて批判する者はほとんどいなかった。サハー氏でさえ何も言わなかった。


 ちょっと前までのトウア世論であれば、未成年である少年を銃撃すれば非難轟々だっただろう。

 が、幼児を狙った卑劣な犯行の上、あまりに犠牲者が多く、銃のほか手榴弾や地雷が使われたことを思えば、未成年者への銃撃はやむを得なしと誰もが思っていた。


 そして――犯人の少年を銃撃したのは実はあの『ヒロイン・リサ』だったわけだが、もう『ヒロイン・リサ』の情報がマスコミにリークされることはなかった。


 ちなみに公安からの情報では、この件に関してサギーの動きは全くなく、この事件についてはシロとのことだった。


 公安も人手不足であり、今後はサギーへの監視体制をゆるめ、さらにこのまま何もなければ、いずれは監視対象から外すということになった。

 

   ・・・


 中央都市ビル百貨店おもちゃ売り場での子どもへの無差別銃撃、赤ん坊を人質に立てこもり、手榴弾や地雷を使用しての攻撃、および建造物爆破事件のおかげで、しばらくの間、激務が続いたが、ジャンとセイヤとリサは何とか乗り切った。


 捜査が一段落し、やっとまともな休みが取れた。

 セイヤとリサは、過重労働で悲鳴を上げていた体と擦り減らした心を休めるべく、一日中ベッドの中でゴロゴロしていた。


 セイヤは夢を見ていた。


 ――やわらかい木漏れ日の中、赤ん坊を抱いていた。隣にはリサがいた。家族で公園かどこかに遊びに来ているようだ。緑の芝生の上に敷物を敷き、お弁当を広げていた。


 とても穏やかで幸せな気分だった。


 だけど、赤ん坊の顔を覗こうとしたところで目が覚めてしまった。


「何だ……夢か……」

 つい、独りごちた。カーテンから明るい日差しがこぼれている。もうお昼過ぎだ。


 すると、隣で「何?」と声がした。


 リサも目覚めていたものの、そのままベッドに横になってボ~ッと過ごしていたようだ。


「どういう夢?」

 リサは寝ながら、セイヤに顔を向けた。


「……いや」


 なかなか答えないセイヤに、リサはからかうような笑みを浮かべた。

「もしかして、いやらしい夢でも見てた?」


「違うっ……ったく、ジャン先輩と一緒にするなよ」

「けど、幸せそうな寝顔してたよ」


「……赤ん坊」

「え?」

「いや……どうしているかな。脱水症状起こしていたらしいけど」


 急にあの時、助けた赤ん坊が気になった。


「ああ、あの赤ちゃんね。大丈夫、元気になったって聞いたじゃない。赤ちゃんが無事だっただけでも救いになったよね」

「……ああ」


「ありがとう」

「ん?」

「赤ちゃんと私のことをかばってくれたじゃない」

「それを言うなら、オレもリサに救われた。リサがいなきゃオレは撃たれていた」

「……うん」


 そこで、しばしの沈黙が落ちた。


 隣にいるセイヤの息吹を感じながらリサは物思いにふける。


 ――リサがいなきゃオレは撃たれていた。


 今さっきのセイヤの言葉がリサの心臓を締め付けた。


 防弾ベストを身につけていたとはいえ、あの場面を思い出すと今さらながらに恐ろしくなった。セイヤを失うなど考えられない。


 あの時――犯人が投げた手榴弾で、特戦部隊の隊員らが血まみれになって倒れていった。防弾ベストやヘルメットに護られたものの、手足に傷を負った。


 が、そのうち一人が亡くなった。飛び散った破片が運悪く頸動脈を傷つけた。

 かつての同僚で顔見知りだっただけにショックだった。確か、子どもが生まれたばかりと聞いていた。

 地雷で亡くなった隊員も元同僚だ。こちらは結婚したばかりだったという。


 二人の遺された奥さんのことを思うといたたまれなくなる。自分だったら耐えられない。家族を失うのはもうたくさん。


 ほかにも職場復帰が危ぶまれる重傷者もいる。今も入院中だ。何とか回復してほしい……。


 今まではあまりの激務で一時的に無感情になっていたが、犠牲者のことを思い出すとリサは胸が苦しくなった。

 殺された兄のことも思い出され、怒りと悲しみと悔しさと恐ろしさといったどうしようもなくネガティブな感情に支配される。


 リサはそのネガティブな感情を体から追い出すように、セイヤに背を向け、深く息を吐く。


 その時、セイヤの声が後ろから聞こえてきた。


「オレが撃たれていたら、放られた赤ん坊を受け止めることができず、おそらく赤ん坊も大怪我したと思う。打ち所が悪ければ死んだかもしれない。だからリサも赤ん坊を救ったんだ」


「うん……」

 救われた赤ちゃんのことを思うと少し落ち着くことができ、リサは寝返りを打った。


「子ども……」

 またセイヤの声。少し遠慮気だった。


「ん?」

「平和になったら……子ども、欲しいな」

「……うん」 


 リサも、セイヤの腕に抱かれていた赤ちゃんを見た時、二人っきりの新婚生活は充分楽しんだし、そろそろ……と思うようにはなっていた。


 けど、平和になるんだろうか?


 ――だってこれはもう戦争だ。今、巧妙に戦争を仕掛けられている。ちょっと前まで平和は当たり前のことで、ずっと続くと思っていた。でも簡単に壊されてしまうものなんだ。


 これから、どうなってしまうんだろう……。再びリサの胸に大きな不安が広がる。


 けれど、そんな不安を押しやるように、セイヤが全く違う話題を振ってきた。

「……あ、結局、ぬいぐるみもソファもテーブルも買い損なったよな」


「ん、そういえば、そうだね」

 すっかり忘れていた。


「次の休みの日に、買いに行くか?」


 セイヤはそう言ってくれたが、あまり買いたい気分にはなれなかった。

 それにそういった贅沢が許されないような気持ちになっていた。ぬいぐるみもソファもテーブルもどうでもいいことのように思えた。


 ――でも……こんな投げやりな気持ちになることこそ、負けなんだ。


「これからも……」

「ん?」

「大切にしたいね、この暮らし」


 このかけがえのない日常を何とかして守ろう。だからこそ今の生活を楽しまなければ、とも思った。

「うん、次の休みの時、ソファとテーブルを買いに行こう」


「ああ」

 セイヤの力強い返事が聞こえた。


 中央百貨店はしばらく閉店していたが、最近再開したようだ。けれど、おもちゃ売り場はなくなってしまった。

 だから、ぬいぐるみは……買えない。たとえ売り場にぬいぐるみがあったとしても、気持ち的に買うことができない。銃撃された子どもの一人は未だ回復していないと聞いていた。


 でもこれから――

 逃走した犯人が捕まり、被害を受けた子どもたちが元気になり、いつかトウアの街が平和になった時、ぬいぐるみが欲しくなるかもしれない。その時もまた迷うかも……ペンギンもいいけど、やっぱりゴリラも捨てがたいと。


「よし、起きるか。ゴハン作ろう」

 リサはようやくベッドから身を起こし、立ち上がった。


「その前に買い物、行ってこなきゃね。何食べたい?」

 何だかお腹が空いてきた。


「……じゃ、買い物しながら決めようか」

 セイヤも起き上がる。


 二人の時間が動き出した。

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