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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
27/73

第3章 サギーVSセイヤ

「一体、何の捜査なのですか?」


 停船させられたシベリカ行き高速船の船長は憮然とした様子で訊いてきた。


「ある人物の拉致監禁事件に関する捜査です。この船にその人物が閉じ込められている可能性があります」


 この件を任された海上保安隊の班長がそう説明すると、ジャン、セイヤ、リサを含めた隊員らはこの高速船に乗り込み、さっそく捜査を開始した。


「この船はただの客船です。停船・捜査による遅延はほかのお客様にも多大なご迷惑がかかります。捜査令状はあるのですか? あるいはその人物が閉じ込められているという確固たる証拠があるのですか? もし何もなかったら、どう責任をとってくれるのですか? この遅延による損害は当然、補償してくれるのでしょうね。海上保安隊の横暴を世間に訴えますよ」


 船長は、海上保安隊の班長を恫喝する。


 それに対し、班長は頭を下げ「捜査協力をお願いします」と低姿勢だった。『世間』というフレーズを出されると弱かった。


 が、拉致目撃証言がある上に、ルイ・アイーダは常日頃から発信機を身に着けており、その発信機の位置がこの船を示しているのだ。この場合、緊急事態ということで捜査令状なしで捜索することは許されており、法的には何の問題もない。


「おい、本当に大丈夫か? 何も出てこなかったら海上保安隊や治安部隊全体が世間の批判に晒されるぞ」


 ジャンがセイヤに耳打ちしてきた。


「こっちは法に則って仕事しているだけです」


 そう応えると、セイヤは受信機が強く反応する方向を探り、それが貨物室を示していたので、貨物室を開けるよう船員に指示した。


 船員は渋々従う。さすがに銃装備もしている海上保安隊相手に抵抗しなかった。


 貨物室が開けられると辺りは埃臭く湿った空気に包まれた。室内には大小様々な荷が置かれており、その中にあった人間が一人入れそうな木箱に受信機がより強く反応した。


 セイヤは木箱を開けるよう命じた。


   ・・・


 その時、サギーは仲間から入った連絡を聞いていた。


 サギーからうすら笑いが消える。

 ――どういうこと……?


 心地よく鼻腔を漂っていたワインの香りはとっくに消え去り、生臭い潮の匂いが部屋を支配した。


   ・・・


 その木箱の中から、口を塞がれ、目隠しされ、手足を拘束されて丸まったルイの姿が発見された。すぐに海上保安隊の隊員らが駆けつけ、ルイを木箱から出し、拘束を外し、介抱した。

 リサも駆け寄り、ルイの名前を呼び続ける。


 やがてルイは意識を取り戻し、セイヤとリサを確認すると、二人を安心させようと二カーっと笑った。


 そんなルイを見ていたジャンがあることに気づき、怪訝な表情になる。そう、ルイ・アイーダは発信機を仕掛けた例のペンダントを身に着けていなかったからだ。


「あれ? ペンダントは? てっきり、リサと同じようにペンダントタイプの発信機を身に着けていると思ったけど? 携帯電話だって取られているだろうし」


「そういった情報もファン隊長からサギーに漏れている可能性が高いですからね。だからこそ、それを利用しました」


 セイヤが涼しい顔で答えた。


「利用?」


「わざと、リサと同じペンダントタイプの発信機も着けさせてました。犯人はそのペンダントだけを発信機だと思い込み、ほかに発信機を身に着けているとは考えないでしょう。案の定、ルイのペンダントはありません。犯人が外したんでしょうね。でも、ペンダントタイプのほうはダミーです。そっちは『第一トウア港』のほうへ向かってました」


「じゃあ、発信機はどこに?」


「発信機はここです」


 セイヤが示したのは、ルイが着けていたベルトのバックル部分だった。


 もちろん、それも見破られる可能性があったので、本命のこの発信機とルイが別々の船に乗せられることもセイヤは想定していた。もし、この高速船にルイがいなかったら、速やかにほかの船を捜索するつもりだった。


 そう、ルイが別の港から出る船に積荷として載せられることも視野に入れ、海上保安隊にはその旨を伝え、ファン隊長に働きかけてもらい、いつでも動けるよう体制を整えていた。


 この中央地区にある港は『第一トウア港』『第二トウア港』と十ヵ所ある漁港だ。漁港は地元の人たちの目があり、海洋関係のシベリカ系企業も入ってないので、漁港は利用しないだろう。


 また、犯人らが中央地区を抜け、別の地区の港まで行くには相当の時間がかかる。

 移動に時間がかかればかかるほど犯人らには不利になるので、その可能性は低いとセイヤは踏んでいた。


 ルイが拉致され、車を使って港に到着するだろう時間は簡単に予測がつく。本命の発信機が頼りにならなかった場合は、時間を逆算し、中央地区にある港から出航した外国行きの船全てを海上保安隊らに捜索してもらえばいい。


 それでもルイが見つからなかった場合を考え、全国の各港に密かに警察捜査隊を張らせるようにしていた。ほかの地区の港までは移動に相当な時間がかかるため、ルイを船に載せる前に押さえられるはずだ。


「……セイヤ、お前ってほんと想定魔だな」


 ジャンが口笛を鳴らすと、改めて船員らを見回した。


「さてと、お前ら、改めて事情聴取な」


「いえ、私たちは何も知りません」

 船長はおろおろと応えた。


「まさか、こんな若いお嬢さんが木箱に閉じ込められていたなんて驚きました」

 ほかの船員も船長と同じようなことを口にする。


「驚くのは、そこか?」

 セイヤが静かに問うた。


「何のことですか。当然、驚きますよ」

 船長は訝しげな表情を顔に張りつける。


「いや、あの旧アリア国戦犯の孫娘である有名人ルイ・アイーダが閉じ込められていたのに、そのうすい反応はかえって怪しいなと思ったんだが。あんた、ルイをただ『若いお嬢さん』と言ったよな。フツ~『あのルイ・アイーダが』と、びっくりしないか?」

 セイヤは鋭い視線を船長に投げかける。


「……いえ、その……ルイ・アイーダさんですか……私はその方のことを存じませんでした。テレビのワイドショーなどはあまり見ないので」

 船長はしどろもどろに答えた。船員らも同調した。


「シベリカでもルイは有名人らしいな。『戦犯の孫娘がシベリカにケンカを売っている』ってことで、かなり話題になっているって聞くけどな」

 そう言いながらセイヤは船長に近寄り、詰問した。

「なぜ、ルイがワイドショーによく出演していることを知っている? あんた、さっきワイドショーはあまり見ないから、ルイを知らないって言ったよな? 矛盾してないか」


「……」

 船長は何も答えられなかった。顔が強張り、かすかに体が震えている。


「船長、ルイ・アイーダがこの船に閉じ込められていたことを知っていたな? つまりルイ・アイーダの拉致監禁にこの船も関わっていたということだ」

 セイヤは言い逃れは許さないとばかりに船長を睨みつける。


 船長と船員らは黙り込み、視線を下に落とした。


「後は我々が引き継ぎます」

 海上保安隊は船長と船員らを拘束し、高速船をトウア国に戻した後、客らには振り替えの船を手配する。

 当然、この高速船を運営している船舶会社も捜査対象となり、連絡を受けた警察捜査隊が今、船舶会社へ向かっているはずだ。


 ジャン、セイヤ、リサのほうはルイに付き添い、病院へ連れていくことになった。

 ルイは軽い擦り傷がある程度で元気なものの、やはり精神的なショックもある。その後、落ち着いたらルイにも事情聴取をお願いすることになるだろう。


 そしてセイヤとリサも、ルイ・アイーダに発信機を仕掛けた経緯、理由を治安局に説明しなければならなかった。

 まだまだ膨大な報告書作成など事務処理の仕事が残っている。

 犯人たちへの事情聴取は警察捜査隊の仕事となり、自分たちの手から離れる。やれるだけのことはやった。後はこの事件がどこまで解明できるのか。サギーがどこまで関わっているのか、サギーまでたどり着けるのか、工作員という存在を明らかにできるのか、今後の捜査に期待するしかなかった。



 その後、ルイ・アイーダ拉致事件はトウアのマスコミを大騒ぎさせた。

 そして拉致監禁に関わった船舶会社がシベリカ系企業であったことから、日頃からルイが訴えていた『シベリカへの疑惑』が真実味を増し、トウア国民の間に『反シベリカ』の空気が急速に広がっていくのだった。


   ・・・


「私の仕掛けた工作が裏目に出たというわけね……」


 サギーは、ルイ・アイーダ拉致監禁事件で騒いでいるテレビを尻目に独りごちた。これでルイを拉致してシベリカへ送る計画は当分、見送るしかなかった。


「セイヤ……たぶん、あなたが私の作戦を見通し、裏をかいたのね」

 自嘲しつつテレビを消した。


 ――できるなら、ルイは始末しておいたほうがいい。


 挽回しなければとサギーは焦りの感情に支配されていた。口に手をやり親指の爪を噛む。


 トウア世論は『反シベリカ』へ傾きつつあった。一部のトウア人がシベリカ人を毛嫌いするようになり、一般のシベリカ移民への嫌がらせや暴行事件も起きるようになっていた。


「……そうだ、今の状況ならば」

 ある考えが思い浮かび、噛んでいた爪を口から離す。


 ――ルイ・アイーダは厄介な存在。機会があるなら、つぶすべき……。


 その時ふと、かつて養護施設付設学校で教員をしていた頃、学生だったセイヤに「あなたは血に染まった手でご飯を食べることができますか」と問うたことを思い出す。


 ――ええ、私たちは、動物を殺してその肉を食べている。生きるために、すでにその手は血に染まっている。その血が動物か人間かの違い……ただ、それだけのこと。


 すでにサギーの手は、たくさんの人の血で染まっていた。そして、いつか自分の血を捧げることになることを覚悟していた。


 ――心の安寧など『あの人』を失った時から、とうに求めていない……。


「さてと、今夜もレアステーキにしようかしら」

 気を取り直したサギーはキッチンへ立ち、血をまとった肉の塊を冷蔵庫から取り出した。


 ――そう、人間の天敵は人間。


   ・・・


 一方、リサは未だに肉が食べられずにいた。爆破事件で見た四肢がバラバラな焦げた死体のことが忘れられなかった。


 セイヤも当初はリサ同様に肉を食べられなかったが、今は吐き気を堪えながらも肉を口にするようにしていた。肉が食べられなければ、なぜか負ける気がした。食事も今のセイヤにとっては戦いだった。


 今晩は豚のヒレ肉を焼いた。

 セイヤは義務のように肉を口に押し込む。食卓は、戦うためのエネルギー補給の場だ。


 その傍らでリサが眉をひそめながらテレビを見ていた。トウア人によるシベリカ人への集団暴行事件を報道しているようだ。

 殺伐としたニュースを流すテレビをにらみつけながら、セイヤは肉を飲み込んだ。

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